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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2001/05/03 毎日新聞朝刊
[社説]考えよう憲法/2 制定過程 国の将来像づくりを競え
 
◇「押し付け」論は説得力失う
 昨年設置された衆院憲法調査会の議論は、1945年から翌年にかけての日本国憲法制定過程の検証から始まった。
 「今の憲法は日本が自由意思で制定したものではない」という意見が、参考人の学者からも、議員からも出た。米国を中心とした占領軍によっていや応なく押し付けられたという「押し付け論」で、改憲論の有力な根拠になってきた。
 調査会では、これに否定的な意見もあったが、調査会のスタートは「押し付け憲法」であったことを確認するための作業であるかのような印象を与えた。
 憲法が施行されて10年後の57年に始まった内閣の憲法調査会審議もやはり制定過程から入っている。まるでタイムスリップしたかのようだ。
 
◇出生だけで判断できぬ
 物事を理解するために、誕生の経緯を知ることは重要だ。自分たちの最高法規のルーツを知りたいのはごく自然の感情でもある。しかし、生まれだけで判断したり、育ちを見ないで攻撃するのは説得力を欠く。
 日本国憲法が、絶対的な権力を持った占領軍支配という異常な状況の中で制定されたことは、多くの人が分かっている。学問的な解明も進んでいる。
 幣原喜重郎内閣にできた憲法問題調査委員会案に対する連合国軍総司令部(GHQ)の対応をはじめ、GHQ案を当時の吉田茂外相らに手渡したこと、GHQが30時間かけて日本政府案を逐条審議した経過だけをみれば「押し付け」そのものだ。
 しかし、日本はポツダム宣言を受諾して戦争を終結した。宣言には、民主主義、基本的人権、平和的傾向がうたわれ、新しい憲法制定はその帰結と言える。明治憲法改定の形をとった新憲法制定は枢密院諮詢(しじゅん)、詔勅による改正の発議、両院の審議・議決という手順を踏んでいる。国会審議では重要な修正も行われた。
 「半ば押し付け、半ば自ら望んだ憲法」という評価が可能だ。
 制定時、国会議員や識者の間には、いずれ独立したら、自前の憲法をつくるという考え方が根強かった。国家の基本である国防軍の保持を奪われたことに対する反発からだが、その根底に「押し付け論」があった。
 自主憲法制定は、51年のサンフランシスコ講和条約締結・独立後、保守勢力の課題となる。
 その試みはいくつかある。55年2月の総選挙で、鳩山一郎首相や岸信介氏らの日本民主党は憲法改正、とくに9条改正による自衛軍の創設を公約に掲げる。鳩山ブームで議席を伸ばすが、左右両社会党などの改憲反対勢力が3分の1を確保して挫折する。
 自民党結成後の56年、今度は改憲を目的とした小選挙区制導入を図るが、法案は衆院を通過したものの参院で廃案となる。そしてこの年の参院選でも社会党などが3分の1を超えた。
 衆参二つの選挙で有権者は改憲を目指す勢力に、改正の発議に必要な3分の2の議席を与えなかった。このころ自民党憲法調査会などで若手議員から「憲法は票にならない」「国民は改正を望んでいない」という意見が出た。
 「保守本流」という言葉が10年ほど前まで使われた。戦後政治の重要な時期を担った吉田茂、池田勇人、佐藤栄作元首相の人脈を言う。理念としては、日米安保体制・軽武装、経済主義の立場をとった。
 これに対抗したのが、鳩山、岸、河野一郎各氏らのグループの系譜だ。この二つの流れは、ずっと自民党政治に異なる色合いを与えてきたが、ルーツは、占領軍政治を肯定するか否かに行きつく。それは占領政治下にできた日本国憲法に対する態度に端的に表れた。
 鳩山氏らの改憲派の根底にあったのが「押し付け論」で、民族主義的な色合いを帯びていた。
 二つの潮流はその後競い合いながらも、改憲に消極的だった保守本流が長期間政権を担当して経済復興、高度成長のけん引力となった。ただ「政財官」の癒着構造を生んだことは見逃せない。
 自民党が結党時に決めた政綱には「現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う」とある。大会のたびに、これを決議文に盛り込み、廃棄することはなかった。ここには保守の執念がうかがえる。
 
◇日本は憲法を選択した
 自民党は「押し付け論」を引きずりながらも、大勢としては憲法を受け入れ、日米安保条約と車の両輪のようにして日本をリードした。国民の多くが定着したと受け止めるところまで育った。日本は憲法を時代に即して選択した。
 冷戦の終結、湾岸戦争は日本の憲法状況を大きく変えた。国会で憲法論議が始まったが、時代の変化に対応して国の将来像を描く立場に立つべきだ。後ろ向きの「押し付け」を理由とした改憲論はいまやほとんど意味を失った。
 意味があるとすれば、自分の国のあり方を規定する憲法に国民がアイデンティティー(帰属意識)を見いだすようになるべきだという議論との関係だ。
 国民の一人一人が国のあり方を考え、憲法の問題に向かい合う風潮をつくりたい。ここに「論憲」の意味がある。ただ「教育の荒廃」や「社会の乱れ」を「押し付け憲法」に求めるアイデンティティー論は本末転倒ではないか。自主的な憲法によって問題が解決するとも思えない。
 アイデンティティーは政治が国民に強要するものではない。一人一人が心豊かに持つものだ。


 
 
 
 
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