日本財団 図書館


2000/04/24 毎日新聞朝刊
[ニュースキー2000]教育基本法見直し 改憲論議が後押し
 
 戦後の教育改革でタブー視されてきた教育基本法の見直し問題が動き出した。森喜朗首相が首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」(江崎玲於奈座長)に見直し論議を正式に求めたことで、各党は対応を迫られている。憲法改正論議と同様、基本法見直しへの考えが政界再編の軸になるとの見方がある半面、「基本法の条文を読んだことがない」(自民党中堅議員)という国会議員も多い。各党の議論は「まず見直しありき」や「議論も認めない」といった硬直したレベルにとどまり、人づくりの具体的な議論を踏まえて見直しの是非を論議する形にはなっていない。【平林壮郎、澤圭一郎】
 「臨教審ではいろいろ制約があった。今回は自由に議論できるので大違いだ」
 今月13日の首相官邸。国民会議の江崎座長を招いた森首相は、文相だった臨時教育審議会(臨教審)当時の思い出を語った。
 中曽根康弘内閣が1984年から取り組んだ臨教審は、設置法第1条に「教育基本法の精神にのっとり・・・」と明記され、基本法の枠内での改革が前提となった。国会で協力を得たい野党の公明党が反対したことや、見直し絶対反対の日教組との対立激化を避けたい文部省に配慮し、中曽根内閣が「基本法には手を付けない」と判断したからだ。
 その公明党は与党に転じた。基本法見直し反対の姿勢を堅持する日教組も、95年に文部省との「協調路線」にかじを切っている。
 さらに基本法の見直し論議を促しているのは、憲法の改正論議が国会で始まったことだ。基本法は前文部分で「(憲法の)理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」とうたい、憲法の理念とセットになった性格を持っている。「55年体制」の崩壊に伴い、憲法に続き、基本法でも見直し論議が始まるのは自然の流れといえる。
 
◇「現場改革優先を」の声も
 改正を主張する保守、自由両党から見直し反対を鮮明にする共産、社民両党、反対の姿勢から議論は必要に変わった公明党と、各党の意見の違いは大きい。
 自民党内には、「愛国心や道徳心を育成するとの規定がない」と見直しを求める声が大きい。さらに、基本法が掲げた「教育の機会均等」が日本社会の「悪平等主義」のシンボルになっているとして、日本のシステム改革のためにも見直しが必要との意見もある。
 しかし、文教関係の議員らには「教育の荒廃は基本法を変えても改善されない。それに費やす労力は現場の改革に割いた方がいいし、道徳心の育成はカリキュラム編成などで対応できる」との慎重論も根強い。
 一方、文部省は「見直しありきで改正が先行すると、現場は混乱する」(幹部)と「政治主導」の見直し論議に困惑気味だ。首相官邸や与党が成果をアピールするために使われる、との懸念も出ている。
 
◇荒廃の原因は別/成立過程尊重を
 ◆佐藤秀夫・日本大教授(日本教育史)の話
 議論をすることは悪くない。しかし、教育の荒廃は基本法に原因があるというのは筋が違う。「無国籍の法」という指摘は基本法が否定したナショナリズムの復活ともいえるし、「伝統文化を尊重する視点が欠けている」といっても100年後の伝統文化は今と違うものだろう。もし日本が成熟した国家ならば、基本法そのものを無くし、大人が自己責任でモラルや道徳を考えるべきだ。
 
 ◆鈴木英一・名古屋大名誉教授(教育法)の話
 教育改革国民会議が1年間で討議できるかどうか。基本法は、敗戦直後に新たな教育への願いを込めて真剣に作られたものだ。成立過程をしっかり思い返したほうがいい。成り立ちが憲法とセットになっているので改正という話になるのだろうが、変に変えないほうがいいのではないか。国や自治体が「教育についての責任機関になるべきだ」という意見も出てくるのではないか。
 
◇戦後教育の指針
 教育基本法は1947年3月31日、学校教育法とともに公布された。敗戦後、教育勅語に代わる教育の指針が必要になり、吉田茂首相の諮問機関「教育刷新委員会」(初代会長、安倍能成元文相)が46年8月発足した。委員会発足当時のメンバーは38人。安倍氏をはじめ天野貞祐・旧制一高校長、務台理作・東京文理大学長、小宮豊隆・東京音楽学校長らが作業に着手。天野氏ら8人が第1特別委員会に所属して基本法制定にあたった。
 委員会は週1回程度のペースで審議を重ねた。文部省も委員会の議論を受けて根本法の素案を練り、(1)教育の機会均等(2)女子教育(3)義務教育(4)政治教育(5)宗教教育(6)学校教育の公共性(7)学問の自由、教育の自主性を守るための教育行政――などを盛り込んだ。
 
■教育基本法見直し問題についての各党の考え方や姿勢■
 ◇自民党:国を愛する心、日本の歴史・伝統の尊重、国民としての義務、道徳などについては、基本法に明確に規定されていないので、その見直しを含めて検討する(「教育改革推進の提言」)
 ◇民主党:自立と共生を基本とする「最良の国・日本」の教育理念と制度はどうあるべきか。こうした理念と制度に照らして基本法をどう考えるか、党内のコンセンサスを得る(「教育基本問題調査会」趣意書)
 ◇公明党:基本法を絶対に変えてはいけないということはおかしい。まず、議論をしなくてはいけない。憲法の「論憲」と同じように「論基本法」だ(党幹部)
 ◇共産党:学校教育のゆがんだ現状を生んだ最大の原因は、歴代保守党政府によって基本法の理念と原則が踏みにじられてきたことにある。基本法見直しの名による形がい化・改悪、「教育勅語」復活のたくらみに反対する(「党の政策」)
 ◇保守党:保守の心を実現するため、21世紀の出来るだけ早い時期に新しい憲法と基本法を作る(「党暫定綱領」)
 ◇自由党:教育改革を長期的視点に立ち、全国民的立場から進めるために、基本法の見直しを含め、「教育問題調査会(仮称)」を国会に設置する(党基本政策「日本再興へのシナリオ」)
 ◇社民党:なんら変える必要はない。見直しは、日米防衛指針(ガイドライン)と同様、戦前回帰を含めた反動的な権力のさまざまな押しつけの一環と感じ取れる(党幹部)
 
◇結論急ぐ自民・自由−−公明・野党との違い歴然
 衆参両院で憲法調査会の論議が始まった。憲法改正を念頭に置いて結論を急ごうとする自民、自由両党と、「現段階では、あくまで論憲にとどめる」あるいは「護憲は譲れない」という他政党との姿勢の違いは歴然としている。それは国民意識が依然、多様であることの反映でもある。各党は違いを強調するだけでなく、一致点を見いだせるだろうか。問題点を整理した。【与良正男】
 
◆調査期間
 両院の調査会はおおむね5年をめどに最終報告を提出することとし、調査会には憲法改正の議案提出権が備わっていないことを確認してスタートした。だが、自民党の小山孝雄氏は「来年7月には中間報告を」(16日)と主張、自由党の野田毅氏は「3年で概要(をまとめ)、5年で新憲法制定を」(17日)と踏み込んだ。
 これに対し、共産、社民両党だけでなく、与党の公明党も「拙速は避けるべきだ」と反論した。一方、民主党の鳩山由紀夫代表は、調査会での発言ではないが、「自分たちが国会にいないかもしれない時期に結論を出すのでは、だれも信じない」と主張し、2、3年以内に党試案をまとめる考えを示している。
 
◆制定過程
 自民党は現行憲法制定当時の帝国議会(衆議院、貴族院)の議事録などの提出を求め、「制定過程を検討することが出発点」であるとアピールした。自民、自由両党の場合、米軍占領下で進んだ制定過程を検証することで「米国の押しつけ憲法」であるという側面を強調し、憲法改正につなげたい思惑もあるようだ。
 これに対し、民主党は「制定過程に問題があるから改正すべきだという立場はとらない」と反発している。共産党は「米ソ対立を受け、憲法施行(1947年)直後から、米国は日本の再軍備を検討し始めた。改憲論の源流は米国にあった」という点を、米国の公文書などを通じて明らかにしていく方針だ。
 
◆焦点、やはり9条
 16(参院)、17(衆院)両日の議論では、(1)「環境権」「知る権利」「プライバシー権」などの新たな権利を加えるか(2)首相公選制を導入するか。その場合、天皇制との関係はどうなるか(3)衆院との重複性が指摘される参院を、どう改革するか(4)道州制を導入すべきか(5)公に属さない教育事業などへの公金支出を禁じた89条と現実に行われている私学助成の関係――など、制定当時は議論の対象外だった課題も出そろった。
 だが、最大の焦点は、やはり安全保障との関連。9条をめぐる論議も動き出した。「ポスト冷戦下での日本の役割=国際貢献・自衛隊の海外派遣」という新たなテーマに直面するきっかけといえば、91年の湾岸戦争だった。この間の議論をリードした小沢一郎・自由党党首は「国際貢献は、むしろ憲法に合致する」と主張し、「同盟国への攻撃に対し、(同盟国と共同で防衛する)集団的自衛権の行使は許されない」という従来の政府の憲法解釈の変更を求めてきた。
 小沢氏は昨秋、憲法改正試案を発表し、「もはや個別的自衛権や集団的自衛権だけで自国を守ることは不可能。地球規模の警察力により世界秩序を維持するしかない」のだから、憲法の条文に「兵力の提供を含むあらゆる手段を通じ、世界平和のために積極的に貢献しなければならない」というくだりを加えるべきだという。その一方で、民主党の鳩山氏は「自衛隊はだれが見ても軍隊なのだから、(憲法の条文で)『戦力保持』を明記すべきだ」と主張する。
 共産、社民両党と公明党は9条見直しに反対している。9条には近隣諸国に対する「不戦のメッセージ」という側面があり、仮に改正した場合、軍国主義回帰を連想させ、国際間の政治問題に発展する可能性はある。そうした懸念を取り除きつつ、広く国民に根差した「論憲」を進めることができるかどうか――。
 
 衆院憲法調査会の委員(50人。50音順、敬称略)=◎は会長、○は会長代理、※は幹事
<自民党>
 ◎中山太郎、※愛知和男、※杉浦正健、※中川昭一、※葉梨信行、※保岡興治、石川要三、石破茂、衛藤晟一、奥田幹生、奥野誠亮、久間章生、小泉純一郎、左藤恵、白川勝彦、田中真紀子、中川秀直、中曽根康弘、平沼赳夫、船田元、穂積良行、三塚博、村岡兼造、森山真弓、柳沢伯夫、山崎拓、横内正明
 
<民主党>
 ○鹿野道彦、※仙谷由人、石毛子、枝野幸男、中野寛成、畑英次郎、福岡宗也、藤村修、横路孝弘
 
<公明党・改革クラブ>
 ※平田米男、石田勝之、太田昭宏、倉田栄喜、福島豊
 
<自由党>
 ※野田毅、安倍基雄、中村鋭一、二見伸明
 
<共産党>
 佐々木陸海、志位和夫、東中光雄
 
<社民党・市民連合>
 伊藤茂、深田肇
 
◇衆院も月2回ペース
 衆院の憲法調査会は24日に第2回会合を開き、参考人質疑を行う。午前の参考人は西修・駒沢大法学部教授(憲法学)。午後の参考人は未定。今後は原則として月2回開く。
 また、自民党が現行憲法制定当時の帝国議会の議事録と、戦後の一時期、内閣に置かれた憲法調査会の報告書の提出を求め、来週中に調査会委員に配布することも決めた。
 
○・・・識者はこうみる・・・○
◇すること別にある
 山口二郎・北海道大教授(41)=政治学
 憲法調査会の発足はバカバカしいの一語につきる。空騒ぎに過ぎない。1990年代の政治改革の不毛な終着駅だと思う。日本の政治家は政治改革というお菓子を食べ散らかして汚したまま、憲法というお菓子もおいしそうだとばかりに食い付いているようなものだ。「この10年間で日本の政治を果たして変えることができたのか」という政治改革の総括が全くできていない。
 政治家は不まじめで、次から次に改革の名の下に食い散らかすだけだ。私は小沢一郎氏と鳩山由紀夫氏に対して不信感を抱いている。小沢氏は改革者ではない。鳩山氏が野党の党首として「憲法論議を今やるべきだ」と主張するのは的外れもはなはだしい。社会保障や財政赤字削減という国民の生活に直結する問題に真剣に取り組まなければいけないのに、統治能力がないことをごまかすために憲法論議を利用しているだけだ。(談)
 
◇論点出尽くした
 北岡伸一・東京大教授(51)=日本政治史
 衆参両院の調査会にタブーなき議論を求めたい。護憲派が「制定過程を調査、研究することは『自主憲法制定』につながるからダメ」というのはおかしい。明治憲法の制定過程を研究することをダメだと言う人はいないではないか。私は緩やかな護憲はいいと思うが、かたくなな護憲は戦前、明治憲法を絶対視した人々のメンタリティーと同じだと考える。
 憲法の論点は出尽くしている。5年(間の調査)なんて言わずにさっさとやるべきだ。自由党の国民投票法構想を「改憲を加速させる」と指摘する人々もいるが、それも政治的思惑含みだ。憲法は国民自ら政治に参画していくためのルールであることを忘れてはならない。ただ、憲法論議は政界再編の軸にならないと思う。政治は理屈が後からついてくる。憲法観が違う者同士でも、政権に手が届くと思えば手を組むのではないか。(談)


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION