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1946/11/03 毎日新聞朝刊
新憲法公布と国民の覚悟(社説)
 
 きょう、昭和二十一年十一月三日は日本国民にとって永く記念せらるべき日となった。平和な文化国家を目指す新日本の基盤たる新憲法はこの日を期して天下に公布せられ、六ヵ月後の来春五月から施行されることに確定したのである。
 思えば敗戦後の悲惨極りなき日本にとって僅かに降服後一年余にしてかくの如く民主的なる新憲法を得ることを誰が予想し得たであろうか。敗戦国の中でドイツは元よりイタリヤその他の国においても敗戦後●を持った国は未だどこにもない。日本が逸早く新憲法を持ち得たことは何といっても身に余る幸福であり、光栄であるといわざるを得ない。
 しかも新憲法は正式には現行憲法の改正なのであるが、実質的には封建的な現行憲法とは同列に談じ得ぬ画期的な民主憲法であり、現行憲法の残滓は全く跡形も無く払拭せられたのである。天皇は国家の「象徴」たるに止り、主権は全て国民より発することが明文化●となり、中央においては議員内閣制が確立せられ、地方においては地方自治制の徹底せる民主化が規定せられているのである。更に重大性を有することは戦争放棄の規定であり、人権が広範囲に確認せられ労働権、団体権が保証せられたことも特記せねばならない。これら新憲法のどの一項目を取り上げて見ても、過去並に現在の日本の制度乃至慣行と比較して甚だしく進歩的であり、革新的であることは間違いない事実である。
 従ってこの革命的内容を有する新憲法の施行を前にして国民が真剣に考えるべきことは、国民が如何にすればこの新憲法の規定に適合し●由来法律は如何に完璧であっても、これが遵守されねばおよそ意味がない。世界の歴史は過去において実施せられなかった幾多の憲法や法律を残している。結局この画期的な民主憲法を生かすも殺すも八千万国民の責任なのである。新憲法がその補則において公布より施行までに六ヶ月の期間を置いたことも、その間に十分なる準備と国民大衆への普及徹底を考慮したからに外ならぬのである。この六ヶ月の準備期間において第一に新憲法に即応して改新せらるべき皇室典範、参議院法、国会法、民法、刑法等等各種の法律の制定が急がれねばならない。臨時法政調査会において既に改正草案が決定したものもあるが、何分改正は殆ど公法私法の全部にわたり膨大なる内容を有するのであるから、議会の審議等も到底短期間で終ることは予想出来ない。われらは主要なる改正法律は全て新憲法施行と同時に、或はこれに先立って施行せらるべきであると思う。この点については政府の一段の努力を要請せねばならない。
 第二は国民大衆の新憲法に対する理解の問題である。新憲法の普及徹底に関する官民の委員会も出来ているが、法律の施行に当って何よりも大事なことは、その内容を国民大衆が知悉することである。また新憲法の理解に徹することは懸命なる民主主義の理解に一歩も二歩も進むことになるのである。言論機関もこの目的のために努力を集中せねばならぬし、講演会その他あらゆる企画がなされねばならぬが、この際会議や儀式等の集会に際しての新憲法主要部分の朗読を提唱したい。この方が教育勅語の朗読よりどれだけ新時代に適合する意義を持つかわからない。更にこの期間各学校においては大学、高専、中等国民の各学校の程度に応じて、新憲法の講義をなし、青少年層までこれが適正なる認識を持たしむる努力が必要であると信ずる。新憲法の内容が革新的であるだけに、余程の準備がなされねば国民大衆はこれについて行けない事がないではない。ある論者は現行憲法の不備が日本今日の悲惨事を招いたともいうが、それはむしろ現行憲法の精神が歪曲せられたこと、乃至は歪曲せらるる間隙があったことに罪因があるのである。新憲法の普及徹底については、どれだけ努力がなされても十分ということはないのである。
 最後に附言せねばならぬことは、新憲法の公布は確かに日本国民にとって最大の喜びである。だが、決して歓呼乱舞すべきお祭ではない。全国民はこの日を期して厳粛に過去の非道を反省し、新憲法に基づく新日本のあり方について深甚なる配慮を払うべきである。

(日本財団注:●は新聞紙面のマイクロフィルムの判読が不可能な文字、あるいは文章)

 
 
 
 
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