2003/11/03 朝日新聞朝刊
改憲志向、方向性バラバラ 候補者アンケート分析(憲法を考える)
総選挙が佳境を迎えた3日は、57年前に憲法が公布された日だ。その憲法はいま、少なからぬ候補者から「改正すべきだ」という視線を向けられている。どこをどう改めるのか。各党のスタンスは? 朝日新聞の候補者アンケートをもとに分析した。
○自民は9条・安全保障 民主は内閣・人権…論点分散
候補者アンケートでは憲法改正の是非に加え、「憲法を改正するとすればどの分野か」を自由回答で聞いた。その結果、「9条と安全保障」が圧倒的な自民、「新しい人権」一本の公明、「安保も人権も、統治機構も」と欲張りな民主、という傾向が浮かび上がった。改正の方向性は、まだばらばらだ。
■自民党■
安倍晋三幹事長は「改正すべきだ」を選択したうえで、「戦後半世紀が経過し、日本の国際的役割が増大するなど現状と憲法の間にギャップが生じており、国民の多数が憲法改正を望むようになっている。例えば9条など」と回答した。
「GHQ(連合国軍総司令部)の関与を受けて制定された法律なので全文書き直すべきだ」(高市早苗氏)のように、「押しつけ憲法論」の立場から改憲を訴える人もいた。「押しつけ」論に言及した人は、他の党にはいなかった。
もう一つ自民党だけに特徴的なのは、「国民の義務、責任」(小野晋也氏)を明記するよう主張する候補者が散見される点だ。「過剰な人権保障、個人主義の行き過ぎ」を嫌う同党の体質が反映しているといえる。
橋本元首相は「改正すべきだと思うか」の設問には無回答だったが、「一昨年9月アメリカで起きた同時多発テロ以降変化する世界情勢に対応できるなら」と記した。
■民主党■
菅代表は「どちらかと言えば改正すべきだ」を選び、具体的分野として「情報公開と国民の知る権利」をあげた。枝野幸男政調会長は改正の是非は「どちらとも言えない」とし、分野としては「内閣と首相の権限強化」を示した。
自民党はマニフェスト(政権公約)で、憲法改正の具体的手続きを定める「憲法改正国民投票法」などを成立させる、とうたっているが、民主党にもこれに賛同する候補者は少なくない。
小沢一郎氏は「改正すべきだ」を選択、「まず憲法改正条項を変えない限り、現実性がない。そういう意味で憲法改正の国民投票法制化を提案してきた。その上で、国際平和のための国連への積極的な協力や、参議院改革などに取り組むべきだ」と述べた。岡田克也幹事長も「どちらかと言えば改正」を選び、「憲法改正条項」をあげた。
民主党がマニフェストで「創憲」をうたっていることを反映して、「改正というより『新しい憲法』を創造するという視点」(樽床伸二氏)をアピールする意見も複数見られた。
■公明党■
02年の党大会で「憲法の3原則や9条は変えることなく、環境権やプライバシー権などを明記して補強する」という「加憲」の方針の検討を打ち出し、マニフェストにも盛り込んだ。このため、「環境権、プライバシー権などを追加」(神崎代表)という意見がほとんどを占めた。冬柴鉄三幹事長は「改正すべきでない」との立場だ。
ただ、神崎代表は総選挙公示前の朝日新聞のインタビューで「私自身は9条堅持の立場だが、党内には自衛隊の存在や国際貢献の明記を求める意見もある」と述べている。
○自公で立場に大差 政策課題とクロス分析
各党の憲法改正に対するスタンスを、個別の政策課題に対する考え方とクロスさせて分析した。安全保障と人権という、憲法の核心にかかわる政策分野では、憲法観との間にくっきりした相関関係が見られた。
アンケートでは、20項目の政策課題について意見を示し、それぞれの賛否を「賛成=1」から「反対=5」までの5段階の数字に置き換えて選んでもらった。候補者が選択した数字を加重平均して各党の平均値を求め、政策ごとに各党の憲法観の平均値と掛け合わせてグラフを作成した。
安保政策に関する問いのうち、「集団的自衛権の行使」に対する賛否を憲法観とクロスさせたところ、改憲志向の強い党ほど賛成が多く、保守新、自民、民主、公明、社民、共産の順にぴたりと重なった。「先制攻撃」への賛否でも同じ結果だった。
「日本の防衛力はもっと強化すべきだ」「日米安保体制は現在より強化すべきだ」といった意見への賛否でも、同じ傾向が見られた。
「治安と個人の権利の制約」「永住外国人への地方参政権付与」という人権保障分野での問いでも、それぞれの賛否と改憲志向の強弱がおおむね一致した。
特徴的なのは、共産、社民を除く4党は、程度の差はあれ、改憲志向への傾きという点では同じであるにもかかわらず、安保、人権の政策分野では、「自民、保守新」の立場と「民主、公明」の立場が、はっきり二分されているという点だ。
集団的自衛権の行使でも先制攻撃論でも、双方の賛否は鮮明に分かれ、鋭く対立している。
とりわけ与党の公明が、野党の民主以上に自民から遠い位置にいる点が際立つ。
憲法の核心分野での各党のスタンスの違いは、今後の国会での憲法論議に影響しそうだ。
「公共事業による地方の雇用確保は必要だ」「当面は景気対策のために財政出動すべきだ」といった経済政策関連の問いでは、各党の賛否と憲法観との間の相関関係は特に見られなかった。
●憲法状況意識して一票を 小林正弥・千葉大教授インタビュー
――憲法に関する総選挙候補者アンケートの結果から、何が読みとれるでしょうか。
自民、民主という、政権を争う大政党の候補者の多くが「憲法改正」を容認したということは、とりもなおさず、今回の総選挙で選ばれる衆院議員が改憲への引き金に手をかけることになる可能性がかなりある、ということを意味する。
衆参両院の憲法調査会は05年初めに調査期間を終えるし、自民党は同年に改正草案をまとめることを公約した。民主党もマニフェストで「論憲」から「創憲」に踏み込んだ。今度選ばれる議員の任期4年の間に、国会内で改憲を発議する機運が醸成される危険性は高い。私たち有権者は実質的に国民主権を行使するため、そのことを強く意識して一票を投じるべきだ。
○優先順位が問題
――各党はマニフェストでも憲法に触れていますが、選挙戦の焦点にはなっていません。
政策を競い合うマニフェスト選挙自体はいいことだ。しかし、問題は争点の優先順位だ。
いま世界は「反テロ」世界戦争の「戦中」にあるといっていい。日本政府はまもなく、戦闘が続くイラクへ自衛隊を派遣する。そうしたなかで与党が9条を軸とする憲法改正を視野に置くというのであれば、これら一連の平和問題が総選挙の最大の争点となってしかるべきだ。戦中なのに「戦争か平和か」が争点になっていないところに、今回の総選挙の深刻な欠落がある。
今回各党が正面に掲げて論戦している構造改革なども確かに重要だが、安全保障と憲法改正問題こそが戦後政治の最大の対立軸だったし、21世紀の日本の運命も決める。それなのに、社共両党を除けば、マニフェストにおける位置づけは低く、訴えも弱い。自民党はもとより、民主党もこの点で与党を追い詰めようとはしていない。最も重要な問題が隠蔽(いんぺい)され、焦点がぼかされている。
○過去問われず
さらに、マニフェスト選挙という標語には死角がある。「これから」何をするかという公約が専ら競われ、「これまで」何をしてきたかが問われにくいという点だ。小泉政権が大人気に迎えられて発足した時には、9・11もなければアフガニスタン戦もイラク戦もなかった。これらの事態に小泉政権がどう対応してきたか。その是非は? 米英の場合と同様に、有権者としては、未来への公約だけでなく、過去への審判も意識したい。
○「論憲」第一段階
――改憲への流れは、今後も勢いを増すでしょうか。
創憲論にも一理はあるので、改憲は未来永劫(えいごう)だめ、という立場は私は取らない。ただ現在の国際情勢の下では、国の根幹を変えるような議論を理性的に冷静に進めることは到底できない。少なくとも「反テロ」世界戦争が続いている間は、憲法改正を行うべきではない。戦争が終わる頃には、米国の先制攻撃論は世界中で今以上に厳しい批判にさらされ、逆に日本国憲法の平和主義の価値は見直されるだろう。
国会の憲法調査会を見ていると、「憲法には国民の権利ばかり書いてあるので、義務も書け」といった、近代憲法の成り立ちを理解しない拙劣な議論も横行しており、全体的に水準が低いが、旧来のドグマティックな護憲・改憲の対立を超えた新しい要素も出始めている。伝統的な「押し付け憲法」論は後退した。
私が参考人として出席した6月の衆院調査会基本的人権小委員会では、人権と公共の福祉の関係という古くて新しい問題をめぐり、コミュニティー・道徳・公共性の観点から新しい議論を提起したため、多くの議員は真剣に議論していた。国会がまじめに「公共哲学」を手探りする姿は、これまでに少ない、まれな瞬間に思えた。
「論憲」はまだ第1段階にすぎない。5年間の調査期間にとらわれず、国会は新しい国家構想、新しい公共哲学を引き続き議論し、「熟議の民主主義」の実践の場となって欲しい。実はそれこそが真の「政治改革」であり、「創憲」の前に国会の憲法論議の水準の改革こそがなされるべきだ。
こばやし・まさや
63年生まれ。東大法学部卒。専門は政治哲学、比較政治。主な著書に『政治的恩顧主義論』『非戦の哲学』など。今年、研究者と市民で「地球平和公共ネットワーク」を結成し、「『反テロ』世界戦争に抗する包括的非戦声明」を発表した。
<各党のマニフェスト、政策集に見る憲法への姿勢>
■自民■
○立党50年を迎える05年に憲法草案をまとめ、国民的議論を展開する。誰もが自ら誇りにし、国際社会から尊敬される品格ある国家をめざす。
○「公共」の概念を国民全体で共有し、健全な常識が社会を律する国家の建設をめざす。
○憲法改正の具体的な手続きを定める「国会法改正」「憲法改正国民投票法」を成立させる。
■民主■
○国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という三つの基本理念を踏まえつつ、基本的人権の多様化、国際協調の必要といった時代の要請にも即した論議を進める。
○憲法を「不磨の大典」とすることなく、またその時々に都合のよい憲法解釈を編み出すのではなく、国民的な憲法論議を起こし、国民合意のもとで「論憲」から「創憲」へと発展させる。
■公明■
○環境権やプライバシー権を明記して補強する「加憲」方式を党内で検討対象にする。
○基本姿勢は、憲法について議論することを避けない「論憲」の立場であり、憲法は絶対に変えてはいけないとはとらえていないが、国民主権主義、恒久平和主義、基本的人権の保障の「3原則」は不変と考えている。
■共産■
○現憲法のすべての条項を厳格に守り、とりわけ平和的・民主的条項を完全実施することを要求する。
○主権在民、戦争の放棄、国民の基本的人権、国権の最高機関としての国会の地位、地方自治という大事な原則を、政治・経済・外交・社会のすべての分野で生かす立場から、憲法改悪に反対する。
■社民■
○9条を国家の意思として世界に知らしめるため「非核不戦国家」を宣言する国会決議を行い、国連に「非核不戦国家の地位」の承認を求める。
○将来的に日米安保条約の役割を終わらせ、平和友好条約への転換を目指す。憲法の下に「平和基本法」を制定し、自衛隊を必要最小限の水準に縮小する。
■保守新■
○2010年までに新憲法の制定を目指す。来年中に党の原案を発表する。緊急事態に対する危機管理体制の明確化、自衛隊の憲法上の明確な位置づけと集団的自衛権保持の明確化などを図る。
○「憲法改正国民投票法」の制定を図る。
◇キーワード
<論憲・加憲・創憲>
90年代以降、各党は旧来の「護憲」「改憲」とは異なる立場で憲法に取り組もうと、様々なキャッチフレーズを考え出してきた。
「論憲」は、「憲法について論議することを避けない立場」だ。民主党や公明党が、護憲のために論議することすらタブー視する風潮を疑問視し、掲げてきた。
「加憲」は、今の条文は一切改めないまま、新たな人権などを定めた条項を追加、補強することは認める考え方。公明党が検討対象にしている。
「創憲」は、現行の条文も含めて一から見直し、時代に合った憲法を創造しようという民主党の新しい立場。「改正」という表現を避け、自民党との違いを強調する。
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