2000/10/20 朝日新聞朝刊
制定過程:下 9条芦田修正(点検・内閣調査会 1957―64年)
憲法を考える
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」(憲法九条二項)
「前項の目的を達するため」という一文の解釈をめぐり、戦後の再軍備の流れの中で自衛戦争が認められるか否かという激しい論争が繰り広げられてきた。
帝国議会に提出された政府案には「陸海空軍その他の戦力はこれを保持してはならない」と書かれていたが、一九四六年七月から八月までの「帝国憲法改正案委員小委員会」(芦田均委員長)で修正されて、この部分が加わった。「芦田修正」と呼ばれるものだ。
五七年十二月の内閣調査会の総会で、参考人として出席した芦田氏は、修正の経緯をこう振り返った。
「九条二項が原案のままでは、わが国の防衛力を奪う結果となることを憂慮した。『前項の目的を達するため』という字句を挿入することで、原案では無条件に戦力を保有しないとされたものが、一定の条件の下で武力を持たないことになった」
芦田氏は五〇年代に入り、この修正を根拠に「自衛のための戦争を禁じていない」と発言するようになり、政府の「自衛戦力合憲論」を後押しする大きな役割を果たしたといわれる。
しかし、その後明らかにされた芦田氏の日記や近年公開された芦田委員会の議事録を見ても、芦田氏が後に主張した「自衛のための武力行使を禁じたものではない」ということに触れた記述は存在しない。
芦田委員会が、どんな意図で修正を施したのか、今なお評価は定まらない。
また、この芦田修正とのからみで大きな論争となってきたのが、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」(憲法六六条二項)という文民条項だった。
芦田修正を受け入れた憲法改正案は衆院で議決され、四六年八月に貴族院での審議に入る。そこで、極東委員会の強い要請を受けた連合国軍総司令部(GHQ)の申し入れにより、もともとなかった文民条項が憲法改正案に加わった。
内閣調査会の調査で、芦田修正を知った極東委員会のメンバーが「日本の中で、将来自衛のために軍備ができるという解釈が出てくる」と懸念する声を上げたことが、その背景にあったことが浮かび上がった。
この芦田修正と文民条項挿入の関係をどう見るかは、今年二月から四月までの衆院憲法調査会の参考人質疑でも取りあげられた。
「極東委員会が芦田修正で再軍備の懸念を抱いたのは事実だが、日本側はだれも(修正により自衛戦争は許されるなどと)考えたことはなかった」(長谷川正安・名古屋大名誉教授)「芦田氏は自衛戦争も放棄する形で日本の安全保障ができるとは思っていなかった。極東委員会は芦田修正で日本が自衛、国連の安全保障活動への参加という形での軍事活動が可能と考えたから文民条項の挿入を要求してきた」(五百旗頭真・神戸大教授)などと見方は様々だった。
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