2000/02/19 朝日新聞朝刊
聞くべき意見はあった 憲法調査会(社説)
衆参両院に設けられた憲法調査会が、本格的な活動を始めた。
今後の調査の進め方をめぐる議論に加え、断片的ながら各党、各議員の憲法観が示された。興味深く聞くことができた。
各党が示した意見を大きく分ければ、自民と自由は「改憲」、民主と公明が「論憲」、共産と社民が「護憲」となろうか。改憲と護憲はともかく、「論憲」を立場と呼べるかどうかは疑問である。
もっとも、最初から改正の是非を問うのは建設的ではあるまい。調査会の論議を見つめる国民としては、それぞれの主張が導かれるまでの過程を注意深く解きほぐし、吟味し続ける作業が大切だと思う。
各党とも、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という憲法の根幹をなす三原則は堅持していくべきだ、という基本姿勢において違いはない。
傾聴に値すると思われたのは、公明党の平田米男氏の発言である。
「憲法は、個人の尊厳を守ることを中心に組み立てられている。個人の尊厳を守り支えるものとして三原則も条文もある」
「日本のあるべき姿は今後も、国民およびわが国に居住するすべての人々の個人の尊厳を守るものでなければならない」
近代立憲主義の根底にある理念を、議論の前提にしようという姿勢がうかがえた。日本の将来像を描くには、国家と個人、公と私との関係を再構築することが欠かせない。その際の大事な視点である。
平田氏は公明党の主張に沿って、九条は堅持すべきだと明言した。ならば、連立相手の自民、自由両党が九条の改正を視野に入れていることをどう考えるのか。自自公連立の本質にかかわる問題といえる。
自由党の平野貞夫氏と民主党の簗瀬進氏の発言は、調査会の今後のありようをめぐって対比を示した。
「まやかしの平和主義や規律なき市場主義、偏った人権、崩壊した教育など、歴史と伝統を忘れた戦後日本のあり方が揺さぶられている。原因は、敗戦と占領体制の後遺症、ポツダム・シンドロームにある」
平野氏はこう述べ、まず憲法制定過程の調査を求めた。米国からの「押しつけ憲法」論を前面に出す意図がのぞく。
これに対し簗瀬氏は、明治維新から軍部独走、敗戦に至る「憲法制定前史」を厳しく洗い直すよう提案した。過去の「呪縛(じゅばく)」を解くことなしには日本人は自己決定能力を取り戻せないし、もとより憲法改正などはおぼつかないという主張である。
制定過程に絞るか、前史にまでさかのぼるか。立場は異なるにせよ、憲法を歴史の流れの中に位置づけ、果たしてきた役割を検証しようとする点では一致している。問題の大きさからみて、短期間で結論が出せるような作業ではあるまい。
憲法とそれを取り巻く内外の現実が、かい離してしまっているとの認識は、各議員にほぼ共通していた。これについては、憲法が古びて現実から遅れたと見るより、現実が憲法の豊かな内容に追いついていない面がある、と考えるべきだと思う。
憲法は理想であり安易に変えてはならないのか、最高法規とはいえ実定法の一つであり必要に応じての改正に遠慮はいらないのか。そもそも憲法とは何か、という根本認識の議論にも、揺らぎが見えた。
ともかく、まっとうな議論を聞きたい。調査は始まったばかりだ。じっくりと腰を据えて、議論を進めたらいい。
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