1999/07/07 朝日新聞朝刊
大ぶろしきを広げる前に 憲法調査会(社説)
衆院に憲法調査会を設置するための国会法改正案が、自民、自由、民主、公明各党などの賛成多数で衆院を通過した。参院では、調査会を参院にも置くよう修正し、成立する見通しだ。
来年の通常国会から、国会の正式な機関として活動を始める。
憲法改正を国民に対して発議する権能を持つ国会に、憲法問題を集中的に議論する場ができるのは初めてのことだ。施行後五十二年を超えた憲法をめぐる状況に、一つの変化が生まれたことは間違いない。
だが、ここに至るまでの各党間の論議は上すべりで、表面的なものに終始した。設置の是非を含め、参院段階で改めて議論を深めるよう、強く求めたい。
憲法は、時々の政治変動で改定することは想定されていない根本規範である。いまなぜ、その憲法を取り上げるのか。どの条文にどんな不備があるというのか。
こうした根本的な疑問に対して、法案に賛成した各党は依然として説得力のある説明をほとんどしていない。
自民党は、「変動する国際情勢や国民の価値観の変化を見極めつつ、憲法のあり方を常に点検するのは当然だ」(森喜朗幹事長)と主張する。
野党第一党の民主党は、「情報公開や環境問題への対応をはじめ、新しい課題や多様化した国民の要請に適応した憲法のあり方を不断に検討すべきだと考える」(菅直人代表)という立場だ。
いずれも当たり前の抽象論にとどまっている。政治が、「変化」や「新しい課題」に対応すべきことはいうまでもない。
問題は、憲法が本当に時代遅れのものとなっているのか、ということだ。
そもそも改憲を鮮明にしている自由党と護憲の主張を堅持する共産、社民両党を除くと、それぞれの政党の内部においてさえ、憲法観が整理されていない。
自民党は伝統的に、九条の戦争放棄条項を主たる標的とする改憲志向を内包してきた。他方で反対論や慎重論も強い。
民主党も五五年体制以来の護憲派から、それを「政治的憶病」と批判する保守系まで、さまざまな立場が混在している。
各党内で論議を重ね、党としての基本方針を打ち出すのが先決ではないか。
それを怠ったまま、調査会の設置だけを急ぐのでは、政党として不見識であり、無責任のそしりを免れまい。
法案などによると、調査会は「日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行う」とされている。調査期間は五年程度で、終了後、報告書を議長に提出する。
常任委員会のような議案提出権はなく、調査会報告が改憲の発案に直ちに結びつくわけではないとの説明だ。
これだけでは、調査の内容や進め方はさっぱりわからない。議長のもとで報告書がどのように扱われるかも不明である。
憲法がなぜ、法律の上に置かれなければならないのか、という基本原理や、憲法と社会の現実とのかかわりを真剣に検証することなく、改憲の空気づくりだけを急いでいると見られても仕方がない。
先に成立したガイドライン関連法をはじめ、国旗・国歌法案、通信傍受法案、住民基本台帳法改正案などは、いずれも憲法の理念に触れかねない内容をはらむ。
憲法を語るなら、これらの個別の法案に即した議論をするのが政治の責任だ。大ぶろしきを広げるのはそれからである。
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