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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1998/05/03 朝日新聞朝刊
憲法をアジアに生かそう 「52回目の記念日に」(社説)
 
 「アメリカは知らない。日本は知らないふりをする」
 アジアの経済危機が日々深まっていたころ、東南アジアの政治家たちからよく聞いた言葉だ。
 米国は地域の実情を十分わきまえず、国際通貨基金(IMF)を通じて米国流の構造改革を迫る。一方、アジアの経済大国日本は国内の経済問題と政治の駆け引きに追われ、本気で危機に対処する姿勢が見えない。そんな失望が込められていた。
 東南アジアや韓国の経済がいかに日本と結びつき、日本の政策決定がこれらの国々にいかに大きく影響するか。我が身にかまけて、この事実を忘れてはいないか。それが、アジア危機が日本に向けて発したメッセージだったといっていいだろう。
 
○自らの言葉で語らぬ国
 新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に基づいて、いわゆる「周辺事態」が発生した際、米軍の戦闘行動を自衛隊が後方支援するための法制度が整えられようとしている。
 対米協力の枠内とはいえ、将来にわたって、この地域に複雑な反応を呼び起こす可能性がある、大きな変化である。
 アジア危機の背景には市場経済の地球化がある。日米の新指針は安保再定義の産物だ。どちらも、冷戦後という時代が日本をいや応なくアジアに向き合わせ、どのような責任を果たすべきか、を問いかけているといっていい。
 それにもかかわらず、アジアの平和や繁栄、また近隣諸国との信頼づくりの方途について、日本はいまなお、自らの言葉で語ることができないでいる。
 思い出されるのは昨年一月、橋本龍太郎首相がシンガポールでおこなった演説だ。新指針づくりに関連し、「日米安保体制は一種の公共財」と語ったのである。
 米軍の展開を、多くのアジア諸国は支持している。日本の軍事的役割が拡大するにしても、それに協力するだけなのだから安心してほしい、という趣旨だったと思える。
 ここには緊張緩和や紛争予防、地域を包む安全保障秩序作りに、主体的な構想を示そうという意思が欠けている。世界有数の防衛費大国であり通常戦力大国である日本が、そうした方向に向けて、みずから何をなすべきかという視点が抜けている。
 日本に期待されるのは、「対米協力」を言い訳に現状維持を図ることではない。日本自身の外交や安全保障努力を、真に東アジア安定のための「公共財」にふさわしいものにするための努力であろう。
 戦後の日本のアジア政策は、朝鮮半島の植民地支配、中国侵略、戦場として踏みにじった東南アジアに対し、贖罪(しょくざい)意識を抱きつつも、もっぱら商売の相手としての付き合いを優先してきた。長い冷戦も好都合な環境だったといえる。
 厄介な問題は米国の後をついていくことですますという行動様式は、いまも基本的に変わってはいない。
 しかし、もうそうした態度は許されない。国際的な視野と感覚を欠き、内向きの都合にばかりとらわれている日本は、アジアだけでなく、世界のかく乱要素になりかねない。
 そんな日本が、頼みとすべきものがある。ほかならぬ日本国憲法である。五十一年前のきょう施行されたこの憲法をひもとく意味は、ふたつある。
 
○九条を出発点としてこそ
 第一に、九条の存在がアジアの国々にどれほど安心感を与え、地域の安定をいかに助けてきたか、また、ひいてはそれが日本自身の利益にいかに寄与してきたか、を思うことである。
 韓国の金大中大統領は、先週の日本記者団との会見で、「世界平和を維持し、過ちを繰り返さないという確固たる決心をもった平和憲法」を、戦後の日本の肯定的な現実として評価すると語った。
 九条の解釈は、自衛隊の発足から冷戦時代、そして「周辺事態」を対象にした今回の法整備を通じて、憲法制定当時とはまったく様変わりした。それでも、有形無形、さまざまな形で、日本の軍事的な機能を抑制する重しの役割を果たし続けていることは厳然たる事実だ。
 九条のこうした役割への評価は、近隣諸国はもちろん、日本に軍事的な支援を求め続ける米国内にも根付いていることを、軽視すべきではない。
 しかし、九条に基づいて、たとえば集団的自衛権の行使や武力行使についての制約を厳格に課すことは、日本がなすべき最低限のことにすぎない。
 日米安保体制の重要な機能のひとつとして、しばしば語られるのが「びんのふた」論である。米国は、ともすれば軍事的に独り歩きしかねない「危なっかしい日本」を抑えている。それが、世界の安定に役立っている、という論理だ。
 同様に、九条にも「びんのふた」としての役割を見て取る国々が少なくない。
 しかし、日本は「ふた」がなくなると何をするかわからない、という不安をもたれている限り、国際社会との確かな信頼は築けない。九条さえ守っていれば事足れり、というわけにはいかないのだ。
 
○内向き憲法論はいらない
 日本に問われているのは、九条を出発点に、さらに一歩進んで国際社会に身を浸し、日本のもっている知恵と力を平和や安定のために提供できるかどうか、である。それが、憲法からくみ取るべき第二の課題である。手がかりは前文にある。
 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、(中略)この憲法を確定する」
 「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」
 「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」
 これらはたんなる理想論ではない。
 確たる外交構想がない政治、不徹底な戦後処理、巨額の援助をしているにもかかわらず、途上国の人々の経済不安や貧困、紛争への関心の乏しさ。前文の精神からほど遠い現実が、国際社会での日本の存在感と信頼を掘り崩してきた。
 いまこそ憲法の国際主義に立ち返らねばならない。それは、国際貢献の拡大を名目にしながら、独り善がりのナショナリズムや大国志向に支えられた内向きの改憲主張とは、まったく異なるものだ。
 アジア経済を再生の軌道に乗せ、地域の安定を助けなくてはならない。その一歩一歩を、「びんのふた」の呪縛(じゅばく)を解くことにつなげなければならない。


 
 
 
 
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