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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1990/05/03 朝日新聞朝刊
平和憲法と国際秩序づくり(社説)
 
 「我々の目標は1990年代の新しい政策を求めて、封じ込めを乗り超え、ソ連を国際社会の中に統合し、世界の秩序の中に引き戻すことだ」
 「トルーマン・ドクトリンやチャーチルのフルトン演説(鉄のカーテン)を前提として政策を組み立てることは、もはや不可能だ。新しいアプローチで考え、行動しなければならないときなのだ。それもいそいで」
 前者はブッシュ米大統領、後者はゴルバチョフ・ソ連大統領の言葉である。1945年に第2次世界大戦が終わって以来、これほど米ソ両大国の指導者が協調に向けて一致したことがあっただろうか。
 
○軍事以外で世界に貢献
 この対立から協調への潮流を逆流させてはならない。手放しで楽観できぬが、核兵器による「恐怖の均衡」が変わる兆しもある。
 日本はこれからの国際秩序づくりに積極的に貢献し、責任ある立場を占めるべきだ。国際社会の現実に冷静に対応しながらも、日本国憲法が掲げた平和主義の理想と国際協調の精神にあらためて新しい生命を吹き込む努力をしなければならないと思う。
 海部首相は4月30日、インド議会で「軍事大国にならない」と述べた。1977年にマニラを訪問した福田首相も「福田ドクトリン」を発表、非軍事大国路線を誓った。当時は、経済的に力をつけてきた日本の進路が現在と同様に国際的に、とくにアジア諸国から注目されていた時であった。
 これらの首相言明は第2次大戦によるアジアの惨禍に大きな責任がある日本の誓約としては、当然のことだ。だが、日本の政治指導者が言葉で「平和国家」を繰り返しても、必ずしも信用されないような既成事実が積み上げられてきたことも否定できない。
 防衛費の国民総生産(GNP)比1%枠をはずした1987年1月の施政方針演説で、中曽根首相は「もとより、平和憲法の下、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならないとの方針にいささかの揺るぎもありません」と述べた。世界第3位グループの金額になる軍事費を計上しながらも、軍事大国にならないという。これでは説得力を欠く。
 ソ連のアフガニスタン侵攻によって起こった国際緊張には一応の決着がつき、軍事力ではなく、政治力、経済力を柱にする方向で世界の新秩序づくりが進んでいる。
 米国内でも、日本の軍事力の拡大を心配する動きが出てきた。「世界の安全は依然として抑止と力の均衡で確保されている」(海部首相)と繰り返すのでは、世界の現実に前向きに対処しているとはいえぬ。アジアの軍縮に率先して音頭をとり、軍事力以外で世界に貢献する道をさぐる時だ。
 
○民意が支えた平和志向
 もともとは改憲論者の中曽根首相も、国会では「平和憲法の下」と発言した。戦後の日本の歩みで平和憲法が果たした役割を過小に評価することはできない。
 この憲法は第2次大戦の悲惨な経験に基づいて「恒久の平和を念願」して制定された。起草の過程で米占領軍の強い圧力があったのは事実だが、その平和主義の理想が敗戦直後の国民から圧倒的に支持されたのは周知の通りである。
 その後、冷戦の激化にともなう米国の政策変更によって、日本の自衛力は積み上げられていく。当初の理想はゆがめられたが、「憲法の制約」が軍備拡大を求める国内外の動きにつねにブレーキをかけてきたことは軽視できない。もしこの憲法がなかったら、日本の安全保障のあり方は現状と相当に違ったものになっていただろう。
 さらに、平和憲法は日本人のエネルギーを軍事面ではなく、戦後復興、経済成長という経済面に集中する精神的なよりどころになった。資源に乏しい日本が経済的発展をとげるためには、国際平和の維持が不可欠である。日本の経済繁栄の源泉のひとつに、平和を志向する国民意識をあげたい。
 たび重なる保守陣営からの改憲の動きがあったものの、現行憲法が維持されてきたのは、大多数の国民が、軍事力に頼らない「平和国家」の基本姿勢を崩すまいとしたからにほかならない。
 
○1国だけの繁栄でなく
 シュミット前・西独首相は新しい国際秩序に関連して日本に言及「日本人自身は民主主義だと信じているが、日本は民主国家にはならない。要するにそれは、2、3の省庁の第1級の官僚による、見事に組織された支配だ」と指摘している。
 日本人の側から反論することは難しくないが、なぜ、このようなイメージで見られるか、謙虚に受け止める必要がある。
 軍事的な、あるいは領土的な野心を持たない限り、どのようなことをしても許されるという思い込みが、いまとがめられているのではないか。政官財界をあげて、経済繁栄という目的に向かって、節度を欠いて進むことが国際社会に不気味な印象を与えている。
 自由主義陣営に所属する利点を最大限にいかしながら、平和と繁栄を目指す経済優先主義は日本に一定の成功をもたらした。だが、同時に国際経済の均衡を崩して、国際協調を基本とする本来の平和主義をそこない、日本の民主主義まで疑われる結果になった。ここにも、これまでの日本のあり方を改めねばならない緊急の課題がある。
 国連発足は1945年10月、日本国憲法の公布は46年11月、封じ込めのトルーマン・ドクトリン発表は47年3月。そして、47年5月3日に新憲法は施行された。
 米ソ対立が進行し始めていた時期ではあったが、日本国憲法を制定した議会の審議では将来の安全保障について国連の機能に期待をよせた。
 冷戦の激化と長期化によって、国連の活動は当初の目標と、ほど遠いものになった。日本国憲法の平和主義の理想がゆがめられていったのと軌を一にしている。
 ところが、ベルリンの壁が崩れた現在は、各国や諸民族が新しい国際秩序を模索し始めた意味で国連発足、日本国憲法制定の時に匹敵する再出発の時期である。国連の平和維持、国際協力の機能にも新しい現実的な意味が出てくるだろう。
 戦後の約45年間に世界は大きく変わった。たとえば、植民地独立と南北問題の登場、敗戦国だった日独の経済力増大、相互依存関係の深化、環境問題のような地球規模の課題の発生、人権・福祉を尊重する意識の向上などは、国連発足の時には予想もできなかっただろう。
 
○現実的意味もつ国際協調
 その現実を踏まえて、日本は国際社会に貢献する方法をさぐらねばならない。経済力による貢献は政府開発援助(ODA)が世界第1の水準に達したように、量的に拡大した。
 それにもかかわらず、いま1つ日本の国際的なイメージが向上しない。日本が国際社会でどのような位置を占めようとするか、その理念がはっきりしないからだ。
 これまでの日本の政治はあまりにも、「内向き」だった。ソ連や東欧の激変と並行して行われた総選挙で、国際環境の変化に対応する論議が乏しかったのは記憶に新しい。
 だが、経済力をつけた日本が国際社会でどのように振る舞うか、世界は注目している。
 現行憲法が掲げた理想が、現在の世界の潮流のなかで新しい意味を持ち始めたのは確かだ。いま日本の政治に必要なことは、平和主義に徹した国家目標について国民合意を形成、世界に向けて発言していくことだろう。


 
 
 
 
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