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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1987/05/02 朝日新聞朝刊
「豊かな憲法」めざして(社説)
 
 日本国憲法は、敗戦の虚脱感から抜け切らぬ昭和22年5月3日、新しい国づくりの指針として大きな期待のなかに誕生した。あすは、それから40回目の記念日である。
 ひと口に40年といっても、その間に憲法が歩んだ道は決して平たんではなかった。民主主義の教科書のようにもてはやされた時代は短く、いまに至る30年余は「改憲」を党是とする自民党政権のもとで、終始冷ややかな扱いをうけてきた。昨今では、ごく一部とはいえ、憲法を諸悪の根源ででもあるかのように、ののしる勢力すらみられる。
 憲法40年は、護憲グループと、憲法に好意をもたぬ勢力のせめぎあいのなかで、もみくちゃにされながら苦難の連続だった。
 
○繁栄の基礎をきずく
 しかし、どのような政治的立場をとるにせよ、歴史を客観的に観察する人なら、わが国の今日の繁栄が憲法の「平和、民主、人権尊重」の原則の上に築かれたものであるという現実は否定できないだろう。
 憲法は、かつてのような輝きを失ったかにみえる。空気や水のように、そこにあるのが当然と感じる若い世代もふえている。しかし、そのこと自体、憲法が日々の生活に浸透、定着し、われわれの血となり肉となっている事実を物語っているといえよう。
 ここ数カ月、政治の焦点だった売上税法案を事実上の廃案に追いこんだのは、さきの統一地方選挙の結果にあらわれた民意と、それをうけての政権党内部の動揺だった。
 選挙結果には、もちろん税負担の増加をきらう庶民の本音がのぞいている。だが、その本音に大義名分を与えたのは、公約違反という民主政治の基本にかかわる中曽根首相の強引な政治手法に対する反発だった。そこにも権力の、限度を超えた逸脱を抑制する民主主義の健全な働きをみることができる。
 それでは、憲法をとりまく環境やその運用に問題がないかといえば、もちろんそうではない。わが国がいま直面する最大の課題は貿易摩擦の解消であるが、これとて憲法のありようと無関係ではない。現在の経済問題の多くが、憲法の平和主義のもとで経済優先、輸出立国を国是とし、その路線をひた走ってきた結果であることを考えれば、それは容易に理解できよう。
 先日、東京で開かれた海外日系人の大会では「かつて士魂、農魂の国だった日本は、いまや商魂のみの国になった」といった批判が相次いだ。そこには、経済秩序のかく乱者として世界の指弾をうける父祖の国に、自覚を促す叱責(しっせき)の響きがある。
 
○補強迫られる平和主義
 憲法の掲げる理想のなかで、とりわけ補強を迫られているのは、平和主義の内容とそのあり方である。戦後のわが国のように、軍事力に頼らず、経済力で国際的地位を築いた例は歴史的にもまれで、それは十分誇りにしてよい。しかし、われわれはこれまで、平和主義というものを軍事問題とのからみで考えすぎてこなかっただろうか。
 平和主義が軍事中心の観念であるのは否定できないとしても、それは核や強大な軍備を持たないということだけなのだろうか。経済力で他国の存立を脅かすことは、平和主義の精神に反しないだろうか。
 憲法前文には「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって・・・」とある。軍事的侵略とは違って、経済的進出には罪の意識が伴わない。それだけに、被害者の痛みにとかく無とんちゃくになりがちだ。しかし、他人の痛みを自分の痛みと感じる心の支えがなければ、平和主義は本物とはいえまい。
 これからは、思い切った海外援助の実行と並んで、世界経済の均衡ある発展への貢献を通して平和主義の意味と内容を広げていくことを、われわれの目標とすべきである。
 長年、慣れ親んできた行動様式を改めるのには、痛みが伴うことも覚悟しなければならない。しかし、市場開放や内需拡大に関する個々の政策以前の、日本人の振る舞い方自体に対する不信が高まりつつあるいま、それは避けることのできない道である。
 同じようなことは、いわゆる権利意識についてもいえる。近年、行政や社会に対する要求を人権問題として、さらにもっと端的に法的な権利として主張する場面がふえてきた。それに伴い、環境権や嫌煙権といった新顔の権利もだいぶ耳慣れてきた。
 技術文明が便利さと同時に、大規模な環境汚染などをもたらしたことへの反省、権利意識の高まりなどが、その背景にある。
 
○権利主張と心くばり
 気になるのは、権利の提唱者たちが、それを裁判所や役所に認知させるのにばかり急だということだ。主に国家と個人との間に成立する基本的人権は別として、一般に権利とは、市民の間の対立しあう利害を調整し、お互いの自由を守るルールなのだという認識にやや欠けるきらいが感じられる。
 自分の権利は熱心に主張するが、他人の権利主張にはとかく冷ややかなのも、そこに原因がありはしないか。もっと広げていえば、日本人の優しさや、和を重んじる気風が、国際的にも国内的にも、身内の情にとどまりがちなのと同根の問題のようにも思える。
 権利の主張を通して、豊かな生活を築いていこうとするなら、権利が自分の自由とともに他人の生存をも守るとりでであるということを心にしっかり刻みこみ、共存と連帯のきずなを強めていく努力と心くばりがとくに大切なのではないだろうか。
 もう1つ指摘しておきたいのは、われわれの憲法に対する姿勢に、ある傾きがみられるということだ。
 一般に日本人は、法を尊重する国民だと思う。だがその半面、法の柔軟な運用を好み、とくにしゃくし定規をきらう気質ももっている。そこから、憲法についてもいわば「政治の努力目標」ととらえ、憲法の原則と現実のズレに寛容すぎる傾向がみられる。
 議員定数の不均衡について、裁判所から何度も「違憲」の指摘をうけながら是正への動きがにぶいのも、「それなりに努力しているのだから」という議員の甘えと、それを許す国民の憲法観に原因がありそうだ。
 たしかに、憲法には政策の指針を掲げた規定や解釈に幅のある規定が少なくないが、他面、統治の原理として逸脱を許さぬ「厳密な法規」の性格をもつ部分も多いのである。
 
○研ぎすましたい憲法感覚
 規範と現実との食い違いをある程度まで許容する態度は、法規一本やりに比べれば、バランス感覚にまさっているといえるだろう。しかし、それはひとつ間違えば、憲法の空洞化に手をかす危険をはらんでいる。
 今日、政治の振り子は現実主義の方向に大きく傾き、憲法9条の理念と防衛力の実態とのズレの拡大をはじめ、政教分離原則のなし崩し、国家秘密法制定の動きなど、憲法の命運をも左右しかねない流れがきわだっている。それだけに、憲法観に潜む問題点を自ら問い直してみることが、いま何より求められているのではなかろうか。
 そのような努力を通じて研ぎすまされた憲法感覚は、解釈による運用の行きづまりから台頭しはじめた改憲の動きに対しても、確かな防波堤の役割を果たすはずである。
 日本国憲法は、今世紀末に50歳の誕生日を迎える。それまでに、経済的な対日批判をはじめ、わが国をとりまく苦境を知恵とねばり強い努力で打開し、平和、民主、人権のいずれの面でも一層豊かな内実を備え、成熟した憲法の実現をめざしたいと思う。


 
 
 
 
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