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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1985/05/03 朝日新聞朝刊
「会社人間」におくる憲法論(社説)
 
 さわやかに晴れ渡った1日、東京・新宿の超高層ビル街を歩いたあと、日本一の高さを誇る池袋のビルの展望台へ上がった。初めて祖国の土を踏んだ中国残留孤児たちが、東京見物に歩く順路である。
 そびえ立つ高層建築、自動車があふれる高速道路、ととのった身なりの道行く人たち――おそらく、孤児たちの目には、日本の繁栄ぶりが強く焼き付けられたに違いない。
 見渡す限り焼け野原だった40年前を知る人たちにとっては、今の東京の姿は奇跡と映るかもしれない。この繁栄は、過密・過疎、公害などのひずみ、管理社会化の深まり、対外的には貿易摩擦といったさまざまな問題を抱えている。しかし、総体としてみれば、戦後の日本が達成した成果として評価されてしかるべきであろう。
 
〇勤勉性を実らせたもの
 戦後40年という節目の憲法記念日にあたって、戦後の日本の経済的繁栄は何によって支えられ、どこに問題点があるか考えてみたい。それが次の時代への新たな針路をさぐることになると思う。
 日本経済の秘密を解くカギとしては、いろいろな見方がある。「官民一体の日本株式会社」論から日本的経営システム、教育水準の高さや勤勉性といった社会的文化的要因を重視する考え方や、エネルギー革命と技術革新、朝鮮特需やベトナム特需などの影響、さらには米国の復興援助や日米安保体制等の対外環境を強調する見方も成り立とう。
 おそらく戦後日本の成功は、こうした要因が複合的に作用してもたらされたのであろうが、とりわけ重要なのは、勤勉に働き続けてきたたくさんの「会社人間」の存在である。質のよい労働力がなければ経済的発展はあり得なかったのだから。
 だが、個人の勤勉性だけでは豊かな社会にはつながらない。それは戦前の日本を考えればはっきりする。テレビドラマの『おしん』のように、戦前の日本人も戦後以上に身を粉にして働いた。だが、多くの人の暮らしは貧しく、追い詰められていた。
 明らかに、戦後の日本は戦前と違って、個人の勤勉性を実りあるものにするような政治的、社会的条件を備えるようになったのである。それが日本国憲法の規定に示された諸制度にほかならない。
 憲法が経済的繁栄をもたらしたというのは、いささか奇異に聞こえるかもしれない。しかし、憲法が示した平和主義と基本的人権の尊重という2つの原理が、戦後の社会に及ぼした効果を説明すれば、その疑問は解消するはずだ。
 
〇平和がもたらす経済成長
 40年間続いた平和な環境が、日本経済の発展に大きなプラスだったことは疑問の余地はあるまい。この歳月は、日露戦争から太平洋戦争が終わるまでと同じ期間である。戦前の日本がこの間何度も兵火を引き起こしていたことを考えれば、憲法の平和主義がいかに貴重であるかは十分理解できよう。
 中国、韓国、台湾、東南アジア諸国など、かつて戦争と植民地支配で惨禍をまき散らした国々に、わが国が戦後あらためて経済的進出をはかった際、平和主義の国是が助けとなったことも見落としてはなるまい。もちろんすべて順調だったわけではないが、平和主義の旗印がなければ、現在のような緊密な関係はとうてい期待できなかったであろう。
 平和主義の何よりも大きな効果は、軍事費負担の少ないことが経済成長をたすけたことである。軍事費が経済を拡大させる効果もないわけではないが、長期的にみれば民間経済が必要とする資金や人材の供給を圧迫するもとである。
 国連の「軍縮と開発」に関する専門家グループの報告書(81年9月)は「世界の軍事費の増加額の半分を平和転換するだけでも、世界経済の成長を大きくかさ上げできる」と述べている。日本の防衛費に関するGNP1%枠は経済的にも賢明な政策といえよう。
 基本的人権の尊重とは、言いかえれば自由と平等の保障である。言論の自由と企業活動を並べてみるとあまり関係なさそうにみえるが、経済停滞に悩むソ連や東欧諸国の実情をみれば、個人の創意や工夫を生かす自由の保障がどのくらい大切かがよく分かる。
 日本でも市民的自由の保障が戦後の発展の大前提だった。経済企画庁の次官を務めた宮崎勇氏は次のように述べている。「日本経済の成功の秘密は、ごく単純化していえば、市場経済の基礎的要件としての『人間の自由化』が進行していたからである。・・・日本経済の成功は、戦後の制度改革の効果のあらわれる過程だったといえる」
 
〇試練の中で考えたいこと
 平等の保障については、春闘方式の賃上げシステムが具体例になる。昭和30年以降の毎年の賃上げ要求は、経済的にみれば国内市場の年ごとの拡大を約束し、それが次の賃上げの足掛かりとなるというサイクルを生んだ。労働基本権の保障という憲法の規定は経済成長のメカニズムでもあった。
 春闘方式が所得の不平等を是正する効果を発揮したことも注目すべきであろう。農地解放による農村の再出発、社会保障制度の拡充といった制度改革も国内市場の拡大、所得格差の是正という効果をもたらした。
 このように、憲法が支えるシステムは、この40年間きわめて有効に機能し、社会に活力を生んだ。あまりに有効に働いたからこそ貿易摩擦を招き、このシステム自体も試練に立たされているともいえるだろう。
 端的に言えば、日本の軍事費負担が少ないことに対して、各国の非難が集中するおそれが次第に強まっていることだ。すでに米国議会は露骨に日本ただ乗り論を展開しているし、やがては西欧諸国にも波及しかねない。いまや、憲法の平和主義と国際協調主義を両立させていくことが急務になっている。
 その対応策として、徹底的な市場開放と思い切った海外援助政策の実行が必要なことはいうまでもない。大事なことは、その上で日本として何を世界に訴えるかであろう。
 それは「日本の繁栄は平和を大事にしたからだ」と自信をもって説得することである。そのためには、首相や外相が国連総会で演説する程度では済まない。世界に散らばる「会社人間」1人ひとりを通じて、「あれが日本人のものの考え方だ」と認識されるようになる必要がある。
 世界史的にみると、かつての英国は議会政治を、米国はデモクラシーを、普遍的な価値観として世界に広めた。日本も世界的存在として「軍縮と自由による繁栄」という価値観を、第三世界にも、東側にも広めていくことが今後の使命ではなかろうか。
 
〇人間としての幅を広げよう
 「会社人間」は、国内でも脱皮を迫られている。一言でいえば、企業の枠内に閉じこもった従順な人間から、個性をもった生き生きした存在に変わることだ。そのためには企業にささげる時間を減らし、地域での生活を充実することが必要だろう。やがてそれは、戦後日本固有の文化を生む土壌となり、その文化が「顔のない日本人」に表情を与え、国際交流を豊かにしていくのではないか。
 戦後の日本を営々として築いてきた人たちに呼びかけたい。会社人間としての生き方を見直し、人間としての幅を広げることに目を向けよう。それが憲法の掲げる「健康で文化的な生活」への道であり、自らの高齢化社会へのパスポートになるはずだ。それはまた、広い意味で、世界の中で日本が生きてゆくための道につながる。


 
 
 
 
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