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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1964/07/04 朝日新聞朝刊
ある憲法とあるべき憲法(社説)
 
 およそ国家の存するところ、その基礎法たる憲法が存在する。それは必ずしも「成文憲法」たることを要しない。成文憲法をもたないイギリスが、三権分立制や議院内閣制の発祥地であることは、周知の事実だ。近代的意味における世界最初の成文憲法は、北アメリカのイギリス植民地に生れたが、それは母国の憲法に類似するものだった。しかし、独立宣言とともにイギリスの支配を脱したアメリカ合衆国の成文憲法は、母国とは異った「人民主権」の思想に基づいて制定せられた。「人間は生れつき自由かつ独立であり、一定の生得の権利をもつ」という考え方である。この基本的人権は、憲法によってはじめて与えられたものではない。自然権としてすでに現存するものと理解せられたのである。
 ジョン・ロックやモンテスキューが確立した人民主義や三権分立の思想が、近代憲法の骨格を形成し、合衆国憲法やフランス革命直後のフランス憲法を生み、これが近代国家の成文憲法の先駆をなすに至った。わが明治憲法は、立憲君主制を採るプロシャ憲法を受けついだが、これも近代憲法の系譜につらなるものである。現行憲法は、敗戦、占領統治という一種の革命的状態の下で、英米両憲法の原則である国民主権、三権分立、議院内閣制を骨子として作り上げられた。それはまさに近代立憲国家の所産を継受したものといってよいのである。
 日本国憲法は、国民主権主義、国際平和主義、基本的人権の尊重という三本の柱によって支えられている。その前文において「主権が国民に在することを宣言し」たのも、「人類普遍の原理」である国民主権の思想を受けついだことを明白に認めたものである。また、太平洋戦争の惨たんたる敗北の体験から、「恒久の平和を念願し」「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し」、戦争放棄の第九条を制定したのも、国際平和主義に徹しようとの国民的念願に基づくものであった。現行憲法の基本原則は、世界的普遍性に立脚するものである。人類の貴重な所産をわれわれは堂堂と受けつぎ、これを発展せしめることによって、はじめて近代国家を建設することができるのである。
 
自主憲法とは何をさすか
 憲法調査会の最終報告書を一見するに、いわゆる多数改憲論者はその制定経過を評価して、現行憲法は日本国民の自由意志に基づいたものでないことを論拠とし、「日本のあるべき憲法」として、日本国民が自主的に制定する憲法、人類普遍の原理とともに、日本の歴史、伝統、個性、国民性に適合する憲法であることを強調している。われわれも、占領治下に制定せられた憲法が、その草案の作成においても、また議会の審議過程においても、多大の制約があった事実を否定はしない。しかしまた当時の国民世論の大多数が、主権在民、戦争放棄の民主、平和憲法を歓迎した記憶も忘れてはいない。制定の経過はいかがともあれ、人民主権に根ざす近代憲法の体系がはじめて日本に打ち立てられたことこそ、肝心要めの眼目なのである。
 それならば、いわゆる自主的な憲法をわれわれはどのようにして作りうるのであろうか。国民主権の原理をいまさら廃棄できるであろうか。戦争放棄の理想を履(へいり)のごとく捨去りうるであろうか。自由かつ平等の基本的人権を否定しうるであろうか。改憲論者といえども、「人類普遍の原理」を守るとはいっている。ただし「日本の歴史、伝統、個性、国民性に適合する憲法」を作らねばならぬとしている。その言葉は確かに美しいが、具体的にいって、何が歴史であり、伝統であり、個性であり、国民性であるかの判定は、しかく容易なことではあるまい。近代憲法を生み出した大きな思想の流れに逆行することは、もはや不可能である。とすれば、「自主憲法」を新たに作るといっても、せいぜい現行憲法の部分的な手直し程度にすぎないのではなかろうか。
 
内閣、国会は慎重なれ
 憲法調査会の膨大な報告書は、憲法制定の経過や、運用の実際についての調査を丹念に行い、全国各地での公聴会の意見や、海外憲法学者の意見を紹介したのち、その第四編で調査会におけるもろもろの見解を詳しくのべ、最後の第四章で、憲法改正の要否について、多数の改正論と少数の改正不要論とを併記している。約七年にわたり、二億七千万円の巨費を投じて作成されたこの報告書は、憲法再検討の際の貴重な資料を提供するものといえよう。それはまた国民に対して、憲法普及の役割を担うことも否定できない。とくに改正論と改正不要論とを併記することによって、今日における憲法論争の所在を浮きぼりにする効果をももたらしている。
 ただここに留意すべきは、調査会内の多数が改正論だから、それが国民多数の意見を代表するものと受取ってはならないことである。今日まで、公私の機関が行った公聴会や世論調査の結果に徴すると、むしろ国民の多数は改正反対に傾いているのではないかと思われる。内閣や国会は、この報告書を受取り、これにどう対処すべきかを決定することになろうが、憲法の最終決定権はあくまで国民全体にあるのだから、世論の動向をよく見定め、慎重に対処することを要望しておきたい。
 
国民と共にある憲法
 報告書にある多数改正見解が、「現行憲法の不備、欠陥はもはや解釈、運用によっては措置しえない段階に達している」とし、「今日すでに改正の方向に踏切るべき時期であり、その方針を速やかに確立し、その実現のために必要な活動に着手すべきである」としている点については、われわれは同意することができないのである。この点について改正不要論が、「現行憲法には今日、絶対に改正を加えなければならない不備、欠陥があるとはいうべきでない」とし、それらは「現行憲法の解釈、運用によって措置すべきものである」とのべている方に賛成したい。
 憲法というものは、その他の法律とは異って、きわめて理想的色彩の強い法規範である。人民の権利宣言から発した近代憲法の歴史をみれば、これは容易に理解できよう。その理想的な規範と現実の事実との間にしばしばギャップが生れることは、やむをえないといってもよい。その際、性急に規範を事実に引きよせるため改正の道を選ぶか、あるいは事実を理想に近づけるため現行憲法擁護の道を選ぶか、二者択一を迫られる場合が生じよう。しかし一方において、この理想と現実との緊張を不即不離の関係におき、法の解釈、運用を通じて、理想を追求しつつ現実的な解決をはかるという道もあることを念頭におく必要があろう。
 憲法の理想や原理が国民生活の中にとけこみ、その血となり肉となって、近代国家を形成してゆく過程において、生きた憲法秩序が生成発展してゆく。憲法はつねに国民と共にあり、国民と共に前進してゆくべき性質のものである。ある憲法をあるべき憲法の理想に合致させてゆくことこそ、国民全体の課題である。それには、国民の憲法感情、憲法意識の成熟が、何よりも肝要といわねばならぬ。あらかじめ定められた方向に国民を引きずって行こうとするようなやり方は、「国民と共にある憲法」のあり方を無視するものといえよう。人類の貴重な遺産である近代憲法の系譜をうけつぎ、これを完成してゆくことこそ、われわれ日本国民の責務といわねばならない。


 
 
 
 
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