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結核の統計2002を読む
−2年連続して減少した結核新登録患者−
結核予防会国際部長
結核研究所副所長
石川 信克
 
 「結核の統計2002年版」(厚生労働省監修、結核予防会発行)が出版された。これは平成13年(2001年)中に全国の保健所に登録された結核患者と対策の状況に関する諸統計を結核発生動向調査としてまとめたものである。今回より統計値は新活動性分類(新分類。非定型抗酸菌陽性者を除外、肺結核の定義を肺に限定、塗抹陽性を喀痰塗抹陽性肺結核に限定)のみの数値を用い、この数年行ってきた旧分類による数値の併記はない。概況は厚生労働省から既に発表され、そのポイントが表1にまとめられている。主なトピックスについては、本書のグラビアで分かりやすく示されている。本稿では主な内容に対しいくつかの追加分析を加えたコメントを述べる。
 
新登録患者数と罹患率は2年続けて減少−減少率は10%程度
 
 結核基本統計値の3年間の動きを表2に示す。平成13年に全国で35,489人の結核患者が新たに登録された(前年比3,895人減)。人口10万人対の新登録患者数(結核罹患率)は27.9(前年比3.1減)であった。減少率は実数で9.9%、罹患率で10.0%であった。前年に引き続きほぼ10%の減少率と言える。
 
表1. 平成13年結核発生動向調査年報のポイント
(1)平成9年より3年連続で増加していた新登録患者は2年続けて減少した
○新登録患者数:35,489人
○罹患率(人口10万人対新登録患者数):27.9
(2)新登録患者における高齢者の割合は約4割を占め、増加傾向にある
 70歳以上の患者の占める割合は39.6%
 (平成11年37.8%、12年38.7%)
(3)国内の地域間格差はやや縮小したものの、依然大きい
 大阪市の罹患率(82.6)は、長野県(13.6)の6.1倍
(4)世界的に見て、日本は依然として結核中進国である
 日本の罹患率(27.9)は、スウェーデン(4.7)の5.9倍、米国(5.8)の4.8倍
 
表2. 結核基本統計値の3年間の動き
  1999年(平成11年) 2000年(平成12年) 2001年(平成13年)
新登録患者数
(罹患率:10万対率)
43,818人(100%)
(34.6)
39,384人(100%)
(31.0)
35,489人(100%)
(27.9)
0〜19歳(%) 816人(1.9%) 649人(1.6%) 616人(1.7%)
20〜39歳(%) 7,424人(16.9%) 6,852人(17.4%) 6,198人(17.5%)
40〜59歳(%) 10,891人(24.9%) 9,675人(24.6%) 8,395人(23.7%)
60歳以上(%) 24,687人(56.3%) 22,208人(56.4%) 20,280人(57.1%)
70歳以上(再掲) 16,571人(37.8%) 15,255人(38.7%) 14,062人(39.6%)
80歳以上(再掲) 6,694人(15.3%) 6,410人(16.3%) 6,161人(17.4%)
肺結核/全結核(%) 82.6% 82.1% 81.3%
喀痰塗抹陽性患者数
(同上罹患率:10万対率)
肺結核患者中の割合
14,482人
(11.4)
40.0%
13,220人
(10.4)
40.9%
12,656人
(9.9)
43.8%
菌陽性肺結核患者数
肺結核患者中の割合
20,617人
57.0%
19,347人
59.8%
18,284人
63.3%
結核死亡数
(死亡率順位)
2,935人
(2.3、21位)
2,650人
(2.1、24位)
2,488人
(2.0、25位)
年末活動性患者数
(有病率:10万対率)
48,888人
(38.6)
41,971人
(33.1)
36,288人
(28.5)
 
 新登録患者は平成9年(1997年)に逆転上昇し3年連続して増加、平成12年(2000年)に4年ぶりに減少に転じたが、今回2年連続で減少したことになる。年齢階級で罹患率を見ると、若年層を除いてすべての年齢層で減少している。実数は少ないが5〜9歳で微増、10〜14歳と15〜19歳では前年と不変で、若年層、特に0〜19歳での減り方が5.1%と低い。前年この年齢層の減り方が最も大きかったのと対照的である。
 
減少傾向は従来の鈍化の線上か、10%近い減少が続くか?
 
 この2年続いたほぼ10%の減少率は、それまで20年間続いていた3%程度の鈍化した減少を振り切って、今後1970年代のような減少へと続くのであろうか。昨年よりその可能性は上がっているが、図1で見ても分かるように、今のところこの傾向が定着したとは言えず、今後の推移を見守る必要がある。
 減少傾向がこのまま定着したとしたら、その要因は前述の鈍化傾向やその後の増加の要因と合わせて分析に値しよう。減少の鈍化に関しては、基本的には人口の高齢化(高齢者・超高齢者数の増加)、高齢者中の高い既感染率、若年者での低い既感染率、糖尿病等の発病危険因子の増加などで、ある程度説明できよう。それ以外にも様々な環境因子や急速な都市化による感染危険率の増加の可能性、非定型抗酸菌陽性者や他疾患の混入、外国人の増加なども考えられる。1999年のピークに関しても緊急事態宣言そのものの影響の可能性もあろう。関心の向上による登録や早期発見の促進、過剰診断などもあろう。減少を促進する対策の効果とそれを鈍化させる諸因子のバランスも考慮した今後の解明が待たれる。
 
塗抹陽性患者の減少は4%台
 
 喀痰塗抹陽性肺結核患者数は12,656人(前年比564人減)、罹患率は10万対9.9(前年比0.5減)と共に減少しているが、減少率はそれぞれ4.3%、4.8%と前年の半分程度である。従来横這いであった塗抹陽性罹患率の推移が、平成11年、12年と大幅に減少したが、全結核の10%の減少傾向とどう連動しているか。今後の推移が待たれる。
 図2で1975年以降の年齢別の推移を見てみる。70歳以上の高齢者が実数で圧倒的に増加してきた傾向、20歳台、30歳台で1000人以上が続き、最近でも900人前後が発生している。最近は、各年齢層で減少傾向が見られる。
 
さらに進む高齢化
 
 新登録患者で60歳以上、70歳以上、80歳以上の占める割合は、それぞれ57.1%、39.6%、17.4%であり、その割合が年々増加している(表2)。一方高齢者の増加に比べ39歳以下の割合はあまり変わっていない。また塗抹陽性患者の年齢別推移を過去14年間、7年単位で見ると、年齢分布がより年齢の高い高齢者層に移行してきていること、80歳以上でさらにその傾向が著しいことが分かる。この10数年間に80歳以上の患者の実数も割合も著しく高くなっている。これは、既感染率の高い(超)高齢者の人口が増加していることによろう。
 
図1. 結核罹患率の推移(全結核)
 
図2. 塗抹陽性肺結核罹患数の推移
 
患者の31%は結核菌喀痰塗抹陽性肺結核
 
 新登録結核患者35,489人の内訳を見てみよう。
 肺結核が81%を占め、そのうち喀痰塗抹陽性が35%、培養その他の検査で陽性が16%で、合計51%が菌陽性結核である。肺外結核は19%である。肺外結核には、胸膜、気管支、縦隔洞リンパ節結核などの呼吸器結核も含まれる。
 
どの地域の結核問題が大きいか−地域格差の量と質
 
 結核新登録患者数の多い順に地域を概観して、全国患者総数の半数までをどの地域が占めるか表3で見た。47都道府県(指定都市を除く)と12指定都市の合計59自治体の中で、11の自治体が患者の約半数を占めている。特に東京と大阪が4分の1を占めている。日本の結核患者の11.6%が東京都(特別区+都下)で、12.9%が大阪(府+市)で発生している。
 またこれらの2大都市周辺の県・市に多いことも分かる。罹患率では、大阪市(82.6)が前年より改善を示したとは言え著しく高く、2位の神戸市(43.2)の2倍近くで、これに名古屋市(41.7)、東京都特別区(39.5)が続く。また埼玉県、千葉県、愛知県、神奈川県等は罹患率が低くても患者の絶対数が多く、対策上の課題が大きい。これら以外で、罹患率が全国の27.9より大きい地域は表の右側に並べた。量(患者数)及び質(罹患率)の両面から地域の結核問題に迫る必要がある。これらの地域の高齢者や若年層の割合、外国人の割合、その他のリスク要因等で見た分析も必要である。
 
図3. 新登録患者の年齢別推移(塗抹陽性)
 
図4. 新登録結核患者(35,489人)の内訳(2001年)
 
表3 新登録患者数及び結核罹患率の大きい県・市(2001年)
(新登録患者数が700人以上) (左記以外で罹患率が28以上)
県・市名 人口
(千人)
新登録者数
(人)
罹患率
(10万対)
喀痰塗抹 陽性
罹患率
新登録者数
累計%
県・市名 新登録者数
(人)
罹患率
(10万対)
喀痰塗抹 陽性
罹患率
東京 12,138 4,116 33.9 12.9 11.6% 神戸市 649 43.2 14.2
東京都
特別区
(再)
8,210 3,241 39.5 15.3 (9.1%) 川崎市 463 36.6 13.5
大阪府 6,208 2,420 39.0 14.4 18.4% 徳島 276 33.6 11.8
大阪市 2,609 2,155 82.6 31.5 24.5% 北九州市 332 32.9 12.0
埼玉 6,978 1,624 23.3 9.4 29.1% 長崎 497 32.8 11.5
兵庫 4,067 1,419 34.9 12.6 33.1% 奈良 460 31.9 9.6
愛知 4,910 1,287 26.2 8.0 36.7% 京都市 457 31.1 11.0
千葉 5,072 1,176 23.2 8.9 40.0% 高知 251 30.9 9.6
横浜市 3,462 985 28.5 10.3 42.8% 福岡市 418 30.9 10.2
名古屋市 2,177 908 41.7 17.1 45.3% 鹿児島 549 30.8 9.8
静岡 3,781 871 23.0 8.6 47.8% 和歌山 326 30.6 11.4
神奈川 3,842 808 21.0 8.3 50.1% 大分 368 30.1 11.8
福岡 2,669 803 30.1 9.8 52.3% 岐阜 634 30.0 9.8
北海道 3,846 788 20.5 5.9 54.6% 沖縄 380 28.6 11.1
                   
全国 127,291 35,489 27.9 9.9 100.0% 小計 6,060    
 
日本は国際的には結核中まん延国
 
 わが国の結核罹患率は、西欧諸国のほとんどが10万対10かそれ以下であるのに比べまだかなり高く、それらの国の状態に達するにはさらに30年以上かかるであろう(図5)。これは、主に結核の流行の歴史的なずれによるためで、国際的には結核中まん延国と言われ、西欧先進国より大きな課題があると言える。
 
さらに改善したい対策指標の動き
 
 対策に関するいくつかの指標から最近4年間の改善傾向を見てみよう。表4に示すように、症状発現後1ヵ月以内の発見(診断)が増加しており、発見の遅れが改善している(「結核の統計2002年版」P55、表7)。新登録肺結核患者中の菌陽性率も向上しており、的確な診断がなされるようになっていると判断される。治療コホート情報あり(不明以外)の割合も向上、治癒と治療完了を加えた治療成功率も前年より改善している(「結核の統計2002年版」p97〜104、表26)。ただし、厳しく見れば、これらの指標は満足できる値とは言えない。65%もが1ヵ月以上の発見の遅れであること、43%もがコホート情報がないこと、治療成功率75%は国際的にも決して十分でなく、治療失敗6.6%も改善の余地がある。
 
新しい結核対策への提言
 
 最近の結核予防法の見直しに関する提言や新しい結核対策の動きについては、グラビア18〜19に背景や内容が整理されている。結核疫学像の変化に伴い、集団的取り組みから高危険群への個別的対応、DOTS拡大による治療の強化、BCG初回接種の徹底と再接種の中止、その他これからの新しい対策の重点策などが分かりやすく示されている。
 
各自治体・保健所の課題
 
 全国的に結核罹患率が2年連続して減少したとはいえ、約35,000人もの新しい患者が発生していることは、国内最大の感染症として依然「結核緊急事態宣言」発令中と言える。各自治体、保健所にとってもそれぞれの地域の予防計画策定のために疫学的推移や問題の分析が必要である。結核担当者はそれぞれの地域の情報に加え、長期間の疫学的推移、対策指標を用いた評価、他地区との比較など様々な分析・検討を行うことができよう。それにより発生動向調査の内容がさらに充実したものになろう。
 
図5. 先進諸国の結核罹患率(2000年)
 
表4. 対策指標でみた改善の動き
指標 1998年 1999年 2000年 2001年
症状後1カ月以内の発見 30.4% 31.1% 33.0% 34.5%
新肺結核中菌陽性率 54.7% 57.0% 59.8% 63.3%
治療コホート情報あり 14.8% 40.1% 47.1% 57.2%
喀痰塗抹陽性治療成功率 71.2% 72.3% 74.7%







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