日本財団 図書館


運輸政策研究機構
2003.5 NO.2
研究調査報告書要旨
「海洋汚染防止」国際共同研究プロジェクト
1. 調査の背景及び目的
 
(1)調査の背景
 平成9年1月に日本海で発生したナホトカ号の事故を教訓として、老朽船による油流出事故の再発防止を図るため、わが国は寄港国による外国船舶の監督(PSC:Port State Control)の強化等様々な防止策を提案し、IMOで採択されてきたところである。更に、平成11年12月にフランス沖で発生したエリカ号による油濁事故により、欧州諸国をはじめ国際的に、環境保護のためにも安全対策強化の必要性が認識され、IMOにおいて国際基準に適合していない船舶(サブスタンダード船)の排除やタンカーに対する安全基準の強化等の対策が審議されてきている。また、近年、海事産業全体のレベルアップを図ることを目的とするクオリティシッピングについて関心が高まってきている。
 このような中、平成14年1月に東京で開催された「交通に関する大臣会合」においては、「海洋汚染防止」が主要議題の一つとして議論され、国際条約の実施やサブスタンダード船の排除等について国際協調のもとでの一層の対策の推進を内容とする大臣共同声明が出されている。本プロジェクトは、大臣会合でもとりあげられている、海洋汚染防止の中の比較的新しいテーマである「インセンティブ手法」の研究を行うものである。
(2)調査の目的
 海洋汚染防止に向けたサブスタンダード船の排除・抑制のための方法として、上記の安全基準の強化等に加え、一定基準(安全、環境に関する国際基準や一定の評価基準)を満足した船舶に対し優遇措置であるインセンティブを付与することや、逆に基準を満足しない船舶に対してはディスインセンティブを与えることなど、様々な施策を組み合わせ、国際協調のもとで総合的に取り組むことにより、船主が自発的に安全性、環境保護の水準を向上することが海洋汚染防止にとって極めて重要であると考えられる。
 本研究では、様々な施策の内、これまであまり取り上げられていなかったインセンティブ手法に着目し、各種インセンティブ手法の実例調査、新たな手法およびその実現可能性等の検討について、平成13〜14年度の2ヵ年で行った。
 
2. インセンティブ手法導入の検討
 
(1)基本的考え方
 インセンティブ手法は、2002年1月の交通大臣会合で採択された「海洋汚染の防止に関する大臣共同声明アクションプラン」の中で導入促進が盛り込まれたが、1997年より行われてきているクオリティシッピング・キャンペーンにおける政策手段の一つであると位置付けられる。その目標は「海運の世界に品質に関する文化を定着させること」と理解することが出来る。これは、製造業、サービス業等で一般化してきている品質競争の考え方、すなわち品質・安全と経済性はトレードオフではなく品質の高いものが最終的には優位に立つ、という考えを海運関係業界に持ち込むことである。この考え方の定着、実践により海運業界も自律的にクオリティシッピング(高品質な船舶運航)を目指す流れが形成され、その結果高品質な船舶が経済的にも優位となりサブスタンダード船を駆逐することも可能となる。
 インセンティブとは誘引のことであるが、インセンティブ手法の目的は、環境、安全についてのクオリティシッピングの雰囲気を醸成することである。すなわち、クオリティシッピングの促進に役立つ行動等への優遇を手段として、海運関係業界のクオリティシッピングヘの関心を高め、関係者の実践、認識により考え方を定着させ、クオリティシッピングを目指す流れを加速する、一つの手段であると意義付けることが出来る。
 また、インセンティブ手法は関係者がクオリティシッピングの意義を理解し関連活動が自発的、自律的なものとなるまでの誘引であり、永続的な制度ではなく、短期的に効果的な成果があげられることが望ましい。
(2)クオリティシッピングの国際的動向
 国際会合でクオリティシッピングという言葉が使われたのは、1997年10月オランダで開かれたMare Forum '96,Safer Ships and Cleaner Oceansの推進に関する会合以降であり、1997年11月に英国で開かれた会議で英国とECからQuality Shipping Campaignが提唱され、クオリティシッピングという言葉が初めて用いられた会議であると思われる。1998年12月には英国でInternational Seminaron Substandard and Quality Shippingが開催され、クオリティシッピングに向けた行動原則である「質の向上に関する海事産業憲章」が欧州及び国際的な海事産業関係29団体により採択された。その後1999年6月オランダのMare Forum '99、2000年3月シンガポールのQuality Shipping Seminar 2000、2001年3月オーストラリアのInternational Symposium on Safer Shipping in the APEC Region等、世界各地でクオリティシッピングについて議論が行われて来ている。
 クオリティシッピングの成果の具体例は、前記「質の向上に関する海事産業憲章」や、船舶の安全、質に関する種々のデータをインターネット上で公開するEQUASIS(国際的船舶データベース)があり2000年5月より運用開始されている。
 クオリティシッピングの目標は質の高い海運、船舶運航であり、海事分野におけるサブスタンダードの排除、すなわち公的規制及び基準の遵守徹底だけでなく、海事関係者の連携により質の高い海運の実現を目指す動きを作っていくことであり、インセンティブ手法はこのような動きを促進する政策手段の一つである。
(3)具体的なインセンティブ手法案
 クオリティシッピング促進のためのインセンティブ手法には、各国の調査結果からもわかるように様々なものがありうる。
(1)船舶の格付制度
(2)船級協会による格付制度
(3)基準等先取り実施船舶に対する優良船認定
(4)環境インデックスによる差別的トン数税
(5)優良船舶に対するPSC優遇
(6)優良船舶に対する港湾料金等の割引、報奨金
(7)優良船舶に対する保険料優遇
(8)優良船舶利用荷主に対する補助金、減税等
 
3. 各案の評価及び導入の考え方
 
(1)概要
 これらのインセンティブ手法は、船舶の格付等を行う制度及び具体的インセンティブの提供を行う制度に大別され、それぞれ次のように考えられる。
(2)船舶の格付等を行う制度:(1)〜(3)
 船舶の品質等について評価を行い、格付(ランキング)等を行う制度である。船舶の環境・安全面等の評価に関する情報開示と提供により、用船者、荷主等が船舶選定の際に優良船舶を選択できるようにすることを通じて、海運関係者の船舶の品質への関心が向上し品質に配慮した取組が促進されるものである。
 政策手法としては情報的手法である。評価された格付に基づいて各種の優遇措置等を与える制度を設定することにより優良船舶の利用促進等を図ることが出来る点で、具体的インセンティブの提供を行う制度の前提となりうる基本的な制度でもある。
 優良船舶であるとの格付や認定は、当該船舶、事業者にとって品質に関する努力の証明となり、対外的には企業イメージ向上等の営業上の利益をもたらすとともに、社内的にも品質に関する取組の重要性を認知される端緒になると考えられる。
 格付の評価対象は、ハードである船舶自体の構造、状態等と、ソフトである船舶運航の状態、これらを総合した評価が考えられる。格付要素の選定及びランキング基準設定については内容の説明可能性や手続の透明性が必要であるが、基準に達しないものの排除が目的である規制とは性質が異なり厳密性は必ずしも必要とされず、利用者の信頼が得られる範囲で合理的に設定することが目的にかなうと考えられる。
(3)具体的インセンティブの提供を行う制度:(4)〜(8)
 船舶等にインセンティブとして提供される優遇措置等の制度である。優遇措置等の手段としては、観念的には船舶に関連する各種制度や経済的負担等あらゆるものを想定しうるが、実例等を参考に選定すると、税制、検査、各種料金、保険、荷主への補助金等がある。
 優遇措置の対象となるものの選定については、制度の中で確立し認定する場合と、前記の船舶の格付等を行う制度等の既存認定等を利用する場合がある。特定構造船舶が対象で既存認定を利用できる場合は容易であるが、PSC等のデータによる優良船舶の識別や、特定認証取得のために検査が必要な場合は内容、手続も複雑になる。
 優遇措置の享受者と、優遇措置のもととなった行動等の負担者の関係に留意が必要である。インセンティブとして与えられる経済的メリット等の優遇措置について、どの者が享受するかの問題で、船舶運航には船主、運航管理会社、用船者、フォワダー、荷主等多くの関係者が存在するためである。例えば港湾料金減額のインセンティブの場合には当該料金を支払う用船者がメリットを受けると思われるが、インセンティブの対象となる行動・結果等の負担者は船主である場合が多く、用船者が必ずしも負担者であるとは限らない。
 対象船舶の船籍、すなわち日本籍船か外国籍船については、インセンティブとなる優遇措置の手段と関係する。船籍による区別のない入港料等の手段であればいずれも対象となるが、船舶検査、税制等登録国の権限に関連する手段は日本籍船のみが対象となり、一方PSCは外国籍船のみが対象となる。海運業界の国際性から、わが国商船隊の船腹量約2,000隻のうち、日本籍船は1割にも満たない130隻程度であり、残る90%以上は仕組船及び単純外国用船でほとんどが便宜置籍の外国籍船であるという船籍構成の現状を認識し、わが国としてどのような船舶を対象に考えるかが要点となる。
 上記両制度の実施主体については、国等の公的主体と民間主体が想定される。クオリティシッピングは「海運の世界に品質の文化を定着する」を目標とすることからすると、民間主体が望ましいと考えられるが、インセンティブとしての優遇措置等の手段によっては、民間主体による実施が困難なものもある。例えば、税制やPSC検査のように公権力行使に係るものは公的主体しか実施できず、国際的協定とリンクするものは公的主体が大きく関与せざるを得ない。
(4)まとめ
 以上の検討結果をまとめると、以下のとおりである。
・船舶の格付等を行う制度については、導入検討を進めることが必要である。
 総合的な格付制度としては、案(1):船舶の格付制度、案(2):船級協会による格付制度、限定的な認定制度としては、案(3):基準等先取実施船舶に対する優良船認定、案(4):環境インデックスに結びつけた格付制度、がある。このうち案(2)及び案(3)は、問題がなく現実的であると考えられる。また、案(1)及び案(4)は、これからの課題であるが、公平な立場の第三者機関が実施する必要がある。
・具体的なインセンティブの提供を行う制度については、各案で実現可能性が異なる。
 実現可能性が比較的高いと考えられるのは、案(5):優良船舶に対するPSC優遇、案(6):優良船舶に対する港湾料金の割引、報奨金である。
 実現には課題が多いと考えられるのは、案(4):環境インデックスによる差別的トン数税、案(7):優良船舶に対する保険料優遇、案(8):優良船舶利用荷主に対する補助金、減税等であるが、案(7)については、保険料優遇という意味では歴史的に定着しているが、新たなインセンティブ手法という枠組みへの対応は、各実施主体による独自の判断で行われるべきものであろう。案(4)の差別的トン数税や、案(8)については、こうした考え方の検討が始まりつつある状況である。
 
4. 今後の課題
 
(1)総合的政策の推進
 インセンティブ手法はクオリティシッピング・キャンペーンにおける政策手段の一つであるが、サブスタンダード船排除という究極的目標のためには各種政策を総合的に遂行していくことが重要である。優良船舶に対するインセンティブ手法だけでなく、サブスタンダード船等に対するディスインセンティブや、サブスタンダード船の取締の強化も必要である。具体的にはPSCのさらなる重点実施や違反船舶に対する処分の強化、国際的には旗国による条約実施体制の強化への取組、船舶に関する各種情報交換等の様々な取組があり、これらを総合的に推進していくことが今後の課題である。
(2)国際性
 インセンティブ手法に関しては、現行の制度に関する情報交換や新規又は追加の制度の開発促進が大臣会合共同声明アクションプランの中に盛込まれている。大臣会合参加国には具体的に導入を検討している国もあり、今後は国際的にも導入促進が図られていくものと考えられる。
 クオリティシッピング促進を目的とするインセンティブ手法は安全基準等のように条約で国際的統一を図るべき性質のものではないが、各国で導入が進み適用を受ける船舶、船主、運航者等が増加していくことを想定すると、制度立案の際には国際協調性への配慮が必要である。
 格付等の対象要件が共通であれば、ある国や制度の認定、認証が他国の制度においても相互に利用可能となり、それぞれのインセンティブ手法の効果もより大きくなる。また、認定等の取得費用や手続的負担といった認定等を受ける船舶側の負担への配慮の点からも、格付等については国際的に共通であることが望ましい。
 
報告書名:
「海洋汚染防止」国際共同研究プロジェクト
(資料番号140059)
本文:A4版123頁
報告書目次:
1. プロジェクト概要
(1)背景及び目的
(2)対象範囲
2. 海運の安全、海洋環境保護への取組とインセンティブ手法
(1)関連する条約等の概要
(2)クオリティシッピングの国際的動向
(3)環境関連の政策手法について
3. 既存インセンティブ手法の概要
(1)実態調査
(2)各国のインセンティブ手法
4. インセンティブ手法導入の検討
(1)基本的考え方
(2)具体的なインセンティブ手法案
(3)各案の評価及び導入の考え方
(4)今後の課題
5. クオリティシッピング促進に関する国際シンポジウム
(1)開催の概要
(2)各講演者による発表の内容
 
【担当者名:露木伸宏、石井幸生、和平好弘】
 
【本調査は、日本財団の助成金を受けて実施したものである。】







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION