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運輸政策研究機構
2003.5 NO.1
研究調査報告書要旨
「都市交通と環境」国際共同プロジェクト
1. 背景
 
 交通に起因する都市の大気汚染は増大する一方である。加えて、交通部門からの温室効果ガスの排出は世界中のほぼすべての国で上昇を続け、産業部門や民生部門の上昇率を大幅に上回っている。このままでは、交通が大気環境への最大の影響要因になることが確実とされている。
 2002年1月には、国土交通省の提唱により、環境にやさしい交通の実現をメインテーマとして、「交通に関する大臣会合」が世界20カ国余の参加により東京で開催された。この会合において、政策立案に資する情報や知見を共有するための国際共同プロジェクトの必要性があらためて確認された。
 世界交通学会においても、環境問題に対する国際的取り組みの重要さに鑑み、2001年7月に開催された第9回ソウル大会において交通と環境に関する研究分科会を設立した。こうしたことから、世界各国からの専門家を糾合して研究を行う必要性が高いと考え、会員の中から環境に深い関心を寄せる研究者が集まり、日本財団の助成のもと、国際共同研究プロジェクト―CUTE Project,The Comparative study on Urban Transport and the Environment―が立ち上げられた。
 
2. プロジェクトの目的と概要(第0章)
 
 交通整備はモビリティーを高め、豊かな社会形成に貢献した一方で、局地的な大気環境の悪化や、気候変動への重大な影響等、環境の質と健康を脅かしつつある。こうした中、CUTEプロジェクトは、交通と環境の複雑な連鎖メカニズムの現状とそれらの構造をシステマティックにとらえ、総合的な政策策定を支援することを目的として進められている。主として、自動車、バス、トラック、バイク、鉄道に代表される都市内交通機関を対象とし、排出ガス、騒音による局地的な環境問題から温室効果ガスによる地球規模の環境問題までを取り扱う。
 プロジェクトの成果として、自動車保有と利用の増加のメカニズム、自動車技術進展の効果、土地利用・交通・環境の相乗効果、広範な政策ツールがもたらすパフォーマンス、意識啓発の重要性等を明確化した。これらの成果をもとに、
(1)持続的な交通を達成するためには目標を意識した行動変化が重要
(2)クリーン自動車の技術開発に過度に頼ることは危険
(3)環境負荷削減のためには国際協調や官民両者の行動が必要
であることを提言した。
 本報告書は、背景、交通メカニズム、発生源・環境インパクト、政策手段、ケーススタディ、展望・提言の6章から構成されている。(下図参照)
図 CUTEプロジェクトの構成
 
3. 都市交通と環境問題(第1章)
 
 1980年から90年にかけて、先進国だけでなく開発途上国においてもGDPが増加し、モータリゼーションは世界的に拡大した。これに対し、先進各国ではマスキー法等による規制や、インフラ整備、交通システム管理、また1980年代に登場した交通需要管理といった各種の交通政策が適用され始めた。
 交通起因の環境問題は、NOx等による局地的(local)な問題から、CO2など全地球的(global)な問題へと、我々の環境問題に対する認識の拡大と共に広がりを見せた。現在、交通部門のエネルギー消費とそれに伴うCO2排出は増加傾向にあり、特に開発途上国では今後急速な増加が予想されている。
 自動車中心の都市交通システムは生活を豊かにする一方で、多くの外部不経済を発生させる。これに危機感を持ち、一つの地域や国という単位ではなく全地球的に柔軟な対策を同時に講じる必要がある。交通政策についても、それぞれの都市の性格に応じ、燃料/車両、交通流、交通需要、都市構造といった対象に対して、啓発、規制、経済的手法、技術開発等、様々な手法を組み合わせて総合的対策を講じていく必要がある。
 
 
4. 都市と自動車交通(第2章)
 
 環境問題をもたらす交通と都市構造のトレンドには、以下の3つが考えられる。
 第1に、自動車の保有と利用の増加である。これには、公共交通に対する自動車、徒歩交通等に対する動力使用交通への依存増加という2つの特徴が存在する。1人当りGDPはこの世界的傾向の最も重要な説明要因である。その他にも、都市化の進展度、都市人口密度、交通機関のインフラ供給、価格等の諸政策といった要因が働いている。
 第2は、旅客、貨物ともにドア・ツー・ドアでより高速な交通需要を喚起させていることである。一般的にこのトレンドは都市内公共交通需要を減退させ、より高速な自動車交通を増加させる。都市間交通では高速鉄道・航空による旅客需要の増加、貨物では鉄道による輸送の減少とトラック・航空の増加をもたらしている。
 第3は、世界的な都市郊外化現象の進行である。郊外化現象の速度や強弱は都市によって異なり、一般的にはアメリカ諸都市のそれが最も著しい。人口、職場の郊外化は自動車通勤の増加とその他の交通機関の低下を伴う。
 
5. 都市交通に起因する環境問題(第3章)
 
 都市交通に起因する環境問題の主なものは大気汚染と地球温暖化である。NOxはアメリカでも日本でも自動車交通によるものが多く、中でもディーゼル車の比率が高い。ディーゼル車は熱効率やCO排出ではガソリン車よりも優れているものの、NOxやPMへの影響が非常に大きい。これら汚染物質の抑制を図るための技術開発が重要であるが、NOx、CO、HC(炭化水素)の3成分を同時に抑制するのはエンジンの性質上難しい。現在、新エネルギー自動車の技術開発が進んでおり、こうした排出源対策を進めることが重要である。自動車は一般に速度が下がると燃焼効率が悪化し、排出係数が増大するので、平均速度を上げるための交通需要管理や交通制御等の交通計画および交通工学の視点からの施策も同時に重要である。
 温室効果ガス削減に向けては、自動車交通を削減し、従来技術によるエネルギーの効率化や、より高度に環境に配慮した自動車や低炭素燃料の開発が必要である。しかし、アメリカでは大型化、高出力化、加速性能の向上に重点を置いた技術開発が進められてきた結果、燃費の向上が10%足らず(1986年比)にとどまってしまったのが現状である。
 
6. 都市交通政策ナレッジベース(第4章)
 
 都市の環境改善のため、インフラ整備・管理、各種規制、情報提供、課金、土地利用等の都市交通政策を実施し、交通需要削減、自動車利用削減、公共交通改善、道路ネットワークの改善、自動車性能の改善を戦略的に行う必要がある。ただし、都市交通政策による影響は連鎖的で複雑であり、幾つかの政策目的はトレードオフの関係にあるため、全ての目的を同時に満足するものは存在しない。これらの関連を体系的に把握するため、各種政策のインパクトをナレッジベース(KonSULT)として整理している。
 政策決定の際には、都市の目的や優先性を定めた上で複数の政策をバランス良く組み合わせることが重要である。都市の目的や制度・文化によってベストな解決策は異なるが、ヨーロッパでは大型の公共交通や新規の道路建設よりも、プライシングの方が効果的であった。政策実施の際には、住民を巻き込んだアセスメントを行い、必要に応じて修正することも必要である。
 
7. ケーススタディ(第5章)
 
7.1 名古屋
 名古屋市は、都心部で道路面積率が40%以上(東京や大阪は25%程度)もあり道路混雑が少なく、また郊外部に自動車産業が展開していることもあって、自動車交通依存が強い。一方、公共交通に関しては都心部の地下鉄が充実しており、バス路線も都市全域をカバーしているものの、自動車交通に十分対抗できるものとなっていない。自動車公害は都市周辺部の幹線道路で特に問題になっている。
 路線バスと鉄道とのギャップを埋める公共交通機関として、名古屋独特の基幹バス、ガイドウェイバスが導入されている。いずれも自動車交通の削減に寄与したが、他路線に続けて採用されるほど広く普及するには至っていない。これらのシステム導入も含め、今後は地域が主体となって環境指向型交通政策に転換していくことが必要である。
 
7.2 リヨン
 フランスは人口の80%が都市に集中してスプロール化が進んでおり、自動車はこれらの地域に遍在している。フランスの特徴として、交通部門から排出されるCO2の割合が先進各国に比べて高いことが挙げられ、1994年時点でOECD諸国の平均が29.1%であるのに対し、フランスは38.8%である。
 近年実施された施策には次のようなものがある。(1)欧州レベル:排出ガス規制、騒音に関する安全基準の設定と強化、(2)国家レベル:通気性舗装の体系的な利用、大量輸送機関への投資にインセンティブの働く融資制度、(3)地方レベル:地方機関による法律として、国内交通法(1982)、大気およびエネルギーの合理的利用法(1996)、連帯と都市再生に関する法律(2000)の制定。その他、リヨンでは中心市街地での自動車利用制限と公共交通整備が実施されている。LRTは2000年に2路線が開業し、2006年までに3号線が整備される予定である。
 こうした様々な取り組みが行われているものの、都市の郊外化抑制、自動車利用の抑制に十分対応しているとは言えず、施策の継続が必要である。
 
7.3 ベルリン
 ベルリンは1945年から61年まで部分的に分割され、61年から90年までは完全に分断されていた。壁崩壊以降は都市構造が変化し、現在ベルリンはヨーロッパで最大の建設工事が行われている。
 ベルリンの特徴として、第一に自動車交通の増加にもかかわらず技術の進展や車両の一新、産業衰退等により大気汚染が減少していること、第二に温室効果ガスは1990年から2000年で交通部門のみ増加していること、第三に公共交通の利用者の減少と自動車利用者の増加など、交通政策を誤ってしまったこと、第四にその理由は、自動車供給の増化と、新しい道路網の整備、土地利用計画で郊外へのスプロール化を阻止できなかったことであり、第五に最近では新しい土地利用計画の導入や公共交通の整備促進、チケットシステムの統合等の政策変更を行っていることが挙げられる。
 
7.4 カイロ
 カイロでは、自動車保有台数、自動車のトリップ数、機関分担率ともに増加し続けており、これらは渋滞の長時間化、走行速度の低下を招いている。バスの低いサービスレベルも自動車利用を増加させる要因となっている。
 現在まで実施されてきた交通政策として、タクシー燃料のCNG化、地下鉄の建設、バスの空調導入、汚染車両の規制・取締等があるが、どれも継続的なものではなかった。今後、CNG政策の拡大による本格的なPMの削減、排出ガスモニタリングの継続、不整備車両の利用規制等を含めた環境法が実施される予定であり、実行可能な方法を段階的に実施することが重要である。
 
8. 国際的な環境政策(第6章)
 
 ヨーロッパでは、イギリス南部やライン川周辺等の人口過密地域を中心に、NOxなど大気汚染の問題や騒音の問題が深刻化している。
 NOxやPMは局地的(HOT SPOT)なものと捉えられがちであるが、例えばPMは地球温暖化との相関も指摘されており、都市環境の問題の解決に当たっては、まずこうした局地的問題としての視野のみならず、グローバルな視野を持つことが必要である。また、モーダルシフト、インフラの開発、規制、税制、メーカーヘのインセンティブ、国際連携といった一般的対策をそのまま適用するのではなく、サンチアゴでとられた手法のように、地域に応じて適切な対策を組み合わせることが重要である。さらに、民主主義の下では環境対策の受け入れ可能性にも配慮すべきである。すなわち、環境対策の導入は、国や産業界の受け入れ可能性のサイクルに準拠せざるを得ないが、例えば環境負荷を軽減するための民間イニシアチブを要請する手法をとることにより、そのサイクルを短縮することが可能である。
 このほか、輸送機関の役割分担、都市のケーススタディの蓄積、国家間の責任分担、発展途上国の取り組みを支援するための協定、および世銀やUNDPによる資金供与制度など、京都プロトコルを実現していくための様々な取り組みが必要である。
 
報告書名:
「都市交通と環境」国際共同研究プロジェクト(資料番号140058)
本文:A4版182頁
報告書目次
第0章 プロジェクトの概要
0.0 交通と環境を取り巻く状況の変化
0.2 本報告書の目的
0.3 本報告書の構成
0.4 本報告書における交通と環境の捉え方
第1章 都市交通と環境の概要
1.1 自動車社会の進展
1.2 都市交通起因の環境問題
1.3 地球環境問題
第2章 世界の自動車交通
2.1 自動車の保有状況
2.2 自動車の利用状況
第3章 都市交通による環境問題
3.1 発生源
3.2 局地大気環境
第4章 都市交通政策ナレッジベース
4.1 ナレッジベースの概要
4.2 KonSULT:都市交通政策ナレッジベースプロジェクト
第5章 ケーススタディ
5.1 名古屋
5.2 リヨン
5.3 ベルリン
5.4 カイロ
第6章 国際協力による環境政策
6.1 総論
6.2 先進国
6.3 開発途上国
6.4 国際協力および資金供給システム
第7章 まとめ
 
【担当者名:有村幹治、市原道男、花岡伸也(50音順)】
 
【本調査は、日本財団の助成を受けて実施したものである。】







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