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“私”という全体性の獲得
 では、全体性とは何か。
 個人でいえば先に見たように「からだ・あたま・こころ」を統合する全体性ということがいえます。いわゆる「全人」ということです。
 身体的疾病であっても知性、霊性をないがしろにしてボディ修理工場のような治療をしても人は癒されないし、健康を取り戻せはしないということでもあります。
 日本でもやっとインフォームド・コンセントということが受け入れられる態勢ができてきたようです。これは医者が患者に診断結果を示して病状をよく説明し、本人の理解と納得のもと治療方針を立て、了解を得ながら治療を進めていくことですが、このプロセスでは知的存在としての患者の尊厳が尊重されているわけです。一歩前進です。
 日本でこれから真剣に模索されなければならないのは、患者の霊的、すなわちスピリチュアルな尊厳をどのように真剣に受けとめる態勢を整えていくか、ということではないでしょうか。それで初めて「私」としての全体が完結するのです。それは病院の専門外、と簡単に片付けてしまわないでください。病院の使命が「健康の回復」にあるならば、つまり人としての全体性の回復を支えることを目指すのであれば、避けて通れないことのはずです。
 
“いま・ここ”での自分らしさの獲得
 「自分らしさ」「自分としての全体性」といっても、なにか不変の確固とした形があるわけではありません。当然のことですが5歳のときには5歳児としての「自分らしさの全体性」があり、50歳の「私」には50歳なりのそれがあります。また80歳になればそのときなりの全体性というものがあるでしょう。20代の頃を思い出して体力の衰えを嘆き、「あの頃のような若さと健康は失われてしまった。せっかく獲得した全体性が欠け、年老いてしまった」と嘆くのは見当違いです。昔の自分を理想化し、「いまの自分」をそれに合わせようとするのは不健康なことです。常に「いま、ここ」にいる「私」において全体性が、健康が追求され、見いだされていかなければならないからです。20代には精一杯であったことでも、50代のいま振り返れば未熟なことも多々あった。あの頃には思いもよらなかった人生の深い味わいをいま楽しむことができる。人生、その時その時に応じての「私の全体性」があるわけです。
 逆説的に聞こえるかもしれませんが、病いを得ながらも自分なりの全体性を獲得している限り「健康だ」というのです。同時に、健康診断で太鼓判を押されたって自分としては不健康をかこつということもあるということです。
 ここのところをもう少し説明しておきましょう。
 たとえばがんを得たとします。実際に体験なさった方にはたいへん失礼だと存じますがお許しください。がんという余分なものが発生してしまったために、その人の健康、すなわちそれまでの全体性が崩れてしまった。どうしたらいいか。余分ながんを切除するか消滅させることで、もとの全体性が取り戻せるはずです。それによってその人は癒され、健康を回復するのです。
 がんが切除できない場合があるかもしれません。その人には原状回復のチャンスがなく、もはや健康を回復することはできないのでしょうか。答えはイエスかもしれないしノーかもしれません。それを決めるのは医師ではなくあなた自身なのです。ここであなたのスピリチュアルなあり方が大きくものをいいます。
 昨日までは、がんのないのが私の全体性だった。だから私は健康だった。しかしいまここにいる私は「昨日までの私プラスがん」なのです。それが受け入れられない限り、「もはや全体性を失ってしまった自分」という幻想のもと、失意のうちに日々を送らなければならないかもしれません。
 ところで、昨日までの自分はさておいて「がんを抱えた私」という新しい現実を「全体(ホール)」として受容できるでしょうか。それができればそのときその人は「癒され(ヒール)」始めているのです。がんと共にその人らしく生きる模索が始まるとき「健康(ヘルス)」に至る道標を新たに獲得したといえるのではないでしょうか。
 いままでの自分から何かを失った体験の場合も同じことがいえます。たとえば胃を全部摘出してしまったとします。「生まれながらの自分マイナス胃袋」です。昔のような健康体は二度と再び取り戻せないと嘆く限り、予後が順調でも完全に「癒(ヒール)される」ことはなく、新たに「健康(ヘルス)」を得ることはむずかしいのです。
 ところが「マイナス胃袋の自分」をあるがままに直視し、そんないまの自分の「全体性(ホール)」を受容するとき、その人は「癒(ヒール)され」、きっと新たなる「健康(ヘルス)」を獲得できるのです。
 いや、それどころかいままでは気づかなかった旬の野菜の一口の味に感動し、他人のふとした心遣いに感謝の念を抱き、花の香りが一段とかぐわしく感じられ、これまでにないほど深く豊かで幸せな日々をエンジョイできるようになるかもしれません。







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