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アイコウボウ USA?障害者とボランティア 13年のあゆみ

 事業名 国際交流活動に係る印刷物の配布及び講演会開催
 団体名 注目度注目度1


アイコウボウの協力者
 以前、ボランティアのアメリカ人が、アイコウボウを評して「小さな日本」と言ったことがある。実際その言葉どおり、アイコウボウは実に日本的な活動を続けている。
 藍染め、刺し子、組紐などの作業はもちろんのこと、節分、雛祭り、七夕などの年中行事、その上、茶道、生花、書道などの文化プログラムも盛んに行なわれている。まさに、アメリカの中の小さな日本である。
 しかし、これらの活動はすべて私たちだけで行なえるわけではない。多くの協力者があってこそ、こうした活動が続けていけるのである。
 ここにごく一部ではあるが、現地でお世話になっている協力者の方々を紹介したいと思う。
 
坂柚実子先生
 坂先生は裏千家のお茶の先生。坂先生宅には茶室があり、そこに月に一度茶道を習いに行く。
 アイコウボウが初めて先生と出会ったのは一九九〇年。きっかけは単純で、電話帳で茶道の教室を調べていて偶然かけた先が先生の所だったのである。
 一九九〇年というと、まだアイコウボウがバンクーバーにあった頃。バンクーバーの家は現在のバトルグラウンドよりも先生宅に近く、最初の頃は毎週茶道に通っていた。
 ふつう茶道は座礼で行なう。座礼とは畳に正座をして茶道をすることである。しかし、アイコウボウのメンバーの中には正座をするのが難しい人もいる。そういう時は立礼(りゅうれい)というやり方で行なう。
 立礼といっても立ってやるわけではない。イスに座ってテーブルでやるのである。この立礼の時に使うテーブルがちょっと変わっている。ふつうテーブルの天板は木製であるが、このテーブルは畳で出来ている。この畳のテーブルの上でお茶をたてるのである。
 茶道教室ではふくさのたたみ方からお茶のたて方、お茶をいただくときの作法などを教わるわけだが、先生は障害者と接するのは初めてだったらしく、最初の頃はどのように教えればいいのか戸惑いがあったそうである。アイコウボウのメンバーはそれぞれ障害の種類も違うし、障害の重さも違う。それに加えて人の出入りが激しいので、毎回いろいろな人がやってくる。そうした状況の中で茶道を教えるというのは大変なことだったようである。
「茶道は道具」と先生は言う。礼儀作法ももちろん大事だが、茶道でいちばん大事なのはお茶を楽しむ気持ち。ひとつの空間に人が集まり、お茶をいただきながらお話をし、楽しいひと時を過ごす。茶道はそのための道具に過ぎないということである。
 実際、先生の教室で印象的なのは、その雰囲気のなごやかさである。教室全体に先生のお人柄が出ているように思う。
「お茶を教える上で、アイコウボウの人たちに出会えたことは、私にとってのハイライトだった」
 今回この原稿を書くにあたって改めて坂先生にお会いした時、先生はそう言った。アイコウボウにとって、この上もない言葉である。
 
礼子グラネード先生
 礼子先生は池坊龍生派の生花の先生。月に二度、アイコウボウまで生花を教えに来てくれる。
 先生は、現在アイコウボウの理事長をしている橋本先生の奥さんが通っていた生花教室の先生で、その紹介で一九九五年頃からアイコウボウに関わってもらっている。
 礼子先生も障害者の人たちと接するのはアイコウボウが初めてで、教え方にはずいぶんと気を使ったそうである。
「教え方を考える点で、アイコウボウは私にとって新しいチャレンジだった」と先生は言う。
 生花にはそれぞれ流派によって基本的な生け方というものがある。普段一般の人たちに教えるときは、その基本をまずマスターしてもらうことから始める。しかし、そのやり方ではアイコウボウの人たちがのびのびと生花をすることが出来ないのではないか。そう考えた先生は、思い切っていつもと違うやり方をとることにした。
 まず、その人の思うままに生けてもらう。そうしてそこから始める。その人がなぜそう生けたのかを考え、その人との会話を楽しみながら一緒に直していく。そうすれば、みんな楽しく学ぶことが出来ると考えたのである。
 生花を教える時、先生はよく「ハローライン」という言葉を使う。龍生派の生け方はすべての花が前に十度傾く。その様子はまるで花がお辞儀をしているようである。だから「ハローライン」。
 この「ハローライン」という言葉、実は先生が作った言葉だそうである。威張ってふんぞり返るのではなく、「ハロー」とやさしく語りかける、そんな気持ちが伝わるように「ハローライン」と呼んでいるのだという。
 礼子先生は生花教室のたびに、いつもお昼を持ってきてくれた。アイコウボウではみんなそれを楽しみにし、「今日は何を持ってきてくれるのかな」と心待ちにしていた。いつか先生が持ってきてくれた手作りのいなり寿司の味は、今でも忘れることが出来ない。
 
新井陽子さん
 新井さんの本業は織物である。しかし、染色全般にも造詣が深く、アイコウボウでは藍染め教室を担当してもらっていた。
 初めて新井さんがアイコウボウを訪れたのは一九九九年の春。情報誌「ソイ・ソース」にアイコウボウの紹介記事が載ってすぐのことだった。
 新井さんは日本で織物をやっていた。織物といっても新井さんの織るものは立体的なアートで、特殊な織機を使って不思議な作品をいろいろと作っていた。そうして作った作品を展示会で発表したり、生徒さんをとって一般の人たちに織りを教えたりして活動していた。
 ところが、急にご主人の仕事の都合でポートランドに移り住むことになったのである。
 日本では織物作家として活動していた新井さんだが、ポートランドでは勝手が違う。なかなか思うように作品を作ることが出来なかった。
 同じ物作りの仲間が欲しい。そう思っていたとき、たまたま見た「ソイ・ソース」にアイコウボウのことが載っていたのである。
 織物をやっていると、糸のこと、染色のことに自然と詳しくなる。話を聞くと、新井さんは藍染めに関してもかなり精通していることが分かった。そこで私たちは、藍染め教室の講師としてアイコウボウに来ていただけないかとお願いをしたのである。
 新井さんは私たちの申し出を快く引き受けてくれた。そして、藍染め教室が立ち上がり、新井さんのおかげで活性化していったのである。
 現在、新井さんは藍染め教室の講師を辞め、自分の作品作りに専念している。
「藍染めはアメリカにはないものだから、これからも伸びていくはず」という新井さんの言葉を大切にし、これからも藍染め教室を続けていきたいと思う。







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更新日: 2009年1月3日

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