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 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 遭難事件一覧 >  事件





平成14年横審第20号
件名

リバーラフト(船名なし)遭難事件

事件区分
遭難事件
言渡年月日
平成14年10月31日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(黒岩 貢、原 清澄、長谷川峯清)

理事官
松浦数雄

指定海難関係人
A 職名:トリップリーダー
有限会社K 業種名:リバーラフティング業

損害
リバーガイド1人が溺水により死亡

原因
低体温症に対する配慮不十分

主文

 本件遭難は、低体温症に対する配慮が不十分で、リバーラフト(船名なし)からの落水者を速やかに救助する体制をとらなかったことによって発生したものである。
 
理由

(事実)
第1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年5月20日14時35分
 群馬県利根郡水上町利根川

第2 船舶の要目
船種船名 リバーラフト(船名なし)
全長 4.17メートル
1.88メートル
中央部深さ 0.50メートル

第3 事実の経過
1 リバーラフト
 リバーラフト(以下「ラフト」という。)は、ハイパロンと称する摩擦や紫外線等に対して耐久性の強い軽量のゴム素材から製造された、川下りに用いられる楕円形のゴムボートで、舷側となる外周チューブ、甲板部分に当たるフロア及び外周チューブの両舷間にはめ込まれた3本の円筒形スォートにそれぞれ空気を入れて膨張させることにより形成されており、外周チューブの直径が約50センチメートル(以下「センチ」という。)、フロアの厚さが約20センチ、スォートの直径が約40センチで同長さが約90センチとなっていた。また、外周チューブ及びスォート各上部には、直径9ミリメートル(以下「ミリ」という。)の化学繊維製ライフラインが、Dリングと称する計12個の金具により取り付けられていた。
 外周チューブ上端から船底までの深さは、艇首尾部で約60センチ、中央部で約50センチで、フロアまでの深さは約30センチとなっていた。
2 ラフティング
 ラフティングは、ラフトに乗り込んで急流や清流を川下りするスポーツで、以前はごく一部の愛好者が集って行うだけのものであったが、近年、アウトドアスポーツの普及に伴い、ラフトを所有してラフティングによるツアーを企画する会社(以下「ツアー会社」という。)が乗客を募り、用意したラフトに乗せて川を下る、営利目的のラフティングツアー(以下「ツアー」という。)が行われるようになった。
 ラフティングには、ラフトのほか、パドル、ヘルメット、ライフジャケット、ウェットスーツなどの装備を必要とするが、ツアーでは、ツアー料金の中にこれらのレンタル料が含まれ、各ラフトに、操艇技術、川のルート知識、危険回避術を十分に有するリバーガイドが1人同乗し、乗客は、同人の指示どおりパドルを漕いだり、姿勢を整えたりすることで安全に川を下ることができるとされ、複数のラフトでツアーを行う場合、各艇のリバーガイドのうちの1人がトリップリーダーとなり、全艇のまとめ役となっていた。
3 川の専門用語
(1)エディー
 エディーは、障害物によりできる逆流、渦あるいは流れが止まっている箇所をいう。急流の途中の川岸近くに存在するエディーは、格好の休憩場所や他艇との集合場所となる。
(2)ホール
 ホールとは、岩などの障害物の上から急角度で川底へ落ちた水流が、同障害物の下流にできたエディーにより押し戻され、急激に水面に沸き上がるとともに、下流から上流への流れとなり、障害物から落ち込む流れと合流して縦方向の循環を繰り返す箇所をいう。ホールに入り込んだラフトは、川の流れに対して横向きになってその場で停止し、脱出が難しいばかりか、ラフトが上流に押し戻されると、障害物から流れ落ちる水流がラフトの上流側外周チューブを下方に押し、転覆することがあった。ラフトがホールから脱出するには、下流に向かう流れをパドルで掴まえて(つかまえて)漕ぐ、川岸からラフトをロープで引く、リバーガイドが川に飛び込みロープでラフトを引く等の方法があり、ラフトによる脱出が不可能な場合は、乗艇者全員が川に飛び込んで他艇による救助を待つ方法がとられていた。
4 ラフティングの危険性
 ラフティングにおいては、ラフトの転覆等により乗艇者が落水して急流に流されることがあり、その際、足が川底の障害物に挟まれる(以下「フットエントラップメント」という。)とか、長時間、低水温の川に流されていると低体温症を発症することもあるなど、危険を伴うことから、ツアー会社では、各種の安全対策を講じるとともに、通常、ツアー開始前、事故が起きた際には自己責任とする旨の同意書を乗客に提出させていた。
 ところで、低体温症とは、身体から奪われる熱の量が身体の産出する熱の量を上回って体温が低下し、手足の震え、心拍数の上昇等の初期段階から、やがて身体全体が震えたり、体の自由が利かなくなり、そのまま放置すると死亡に繋がる症状である。
5 ツアー時の安全及び救助体制
 ツアー会社では、ツアー時の安全措置として、乗客全員にヘルメット、ウェットスーツ、ウェットジャケット、ライフジャケットを着用させ、トリップリーダー及びリバーガイドには、乗客と同様の装備に加え、スローバッグという落水者救助用の長さ約20メートル直径9ミリの浮遊性化学繊維ロープ(以下「スローロープ」という。)を収納した円筒形の布製バッグを、クイックリリースフック付きベルトにより腰の真後ろに装備させていた。
 各艇のリバーガイドは、ツアー開始前、乗客に対し、次の各事項を実技指導するセーフティートークと呼ばれる説明会(以下「セーフティトーク」という。)を実施していた。
(1)ラフトの腰掛け方
(2)パドルの正しい持ち方
(3)パドルの操作方法
(4)「ラフトのライフラインに掴まれ。」、「しゃがめ。」の指示について
(5)ラフトが岩にぶつかる際の身体の移動の仕方
(6)ラフトから落水した際の泳ぎ方・体勢の維持について
(7)スローロープの使い方・拾い方
(8)ラフトから落水した人の寄せ方・引き上げ方
(9)転覆した際のラフトの起こし方
 リバーガイドは、出発地点の河原に置いたラフトに乗客を乗り組ませ、スォートまたは外周チューブに座らせた状態でこれらの説明を行い、その後、ラフトを川に浮かべてツアーを開始していた。
 また、ツアー会社は、1艇のみのツアーでは、非常時に他艇の協力が得られず、安全を確保することが難しいことから、2艇以上でツアーを組むことが多く、先行した艇が、難所を過ぎたところのエディーで待機して後から来る艇の救助体制をとり、後続艇が通過したところでその後方につき、順次、この救助体制を繰り返すこと(以下「ローリングカバー」という。)により、全艇の安全を図る、という方法をとっていた。
 さらに、ツアー会社によっては、以上の方法に加え、陸上を移動するサポート班を配置したり、カヤックをツアーの前後に配備するなど、より一層の安全対策を講じている会社もあった。
 とりわけ、雪解け水が流れ込む低水温の河川で落水した場合、例えウェットスーツ及びジャケットを着用していても著しい早さで身体の熱が奪われるため、低体温症発症の危険性に対する十分な配慮が求められ、落水した際の素早い救助体制が不可欠であり、きめ細かなローリングカバーやさらなる安全対策が必要であった。
6 利根川のラフティング
 利根川は、支流を含めた流路延長が約6,700キロメートルに及び、新潟県と群馬県との県境にある大水上山に水源を発して関東平野を北西から南東へ貫き、千葉県銚子市から太平洋へと注ぐ1級河川である。
 群馬県利根郡水上町の利根川は、両岸から急峻な崖や岩棚、岩盤の迫る渓谷の様相を呈し、ところによっては広々とした河原や温泉街の中を流れる箇所もあって変化に富み、10年ほど前からツアーが行われるようになった。そして現在では同町を拠点とする12社ほどのツアー会社と、埼玉県などに拠点を持つ数社が同町内で営業し、これらの会社を構成員とする水上ラフティング組合が中心となって、日頃からリバーガイドの研修や救助訓練を行い、組合全体の技術力の向上を図っていた。
 水上町のツアーは、主に同町幸地の東京電力株式会社沼田工務所小松発電所小松取水口左岸ダム(以下「幸地ダム」という。)付近の河原から下流において、当日の水量や気象条件に応じて区間を選んで行われていた。また、上流から順に紅葉峡、水上峡、諏訪峡と呼ばれる各渓谷には、岩や両岸の岩盤、さらに流れの速さなどから、ところどころに難所となる早瀬やホールが形成されていた。
 このうち、紅葉峡は、幸地ダムから1,300メートル下流のJR上越線の橋梁(以下「JR橋梁」という。)付近までを指し、その中の難所の一つが、同ダム下流700メートル付近の、JR水上変電所南側の東京電力株式会社清水南線No.55鉄塔(以下「基点」という。)から108度(真方位、以下同じ。)140メートルにある、地元のツアー会社の間で「スリーシスターズの瀬」と呼称される早瀬(以下「スリーシスターズの瀬」という。)であり、川幅は約17メートルであるが、その中央やや左岸寄りに、幅約5メートルの大岩があり、同岩頂部から落差80センチメートルで流れ落ちる水流によりホールが形成されていた。そして、ここをラフトで通行する際には、ホールを避け、右岸と大岩の間の幅約7メートルの流れの中央部を通るのが通常のコース取りとなっていた。
 スリーシスターズの瀬まで南南西方に向いていた川の流れは、このすぐ下流左岸の、地元のツアー会社の間で「ザ・ウォール」と呼称される垂直の岸壁(以下「ザ・ウォール」という。)に当たって南西方に30度ばかり右折し、川の流れが緩くなる600メートル下流のJR橋梁付近まではほぼ直線の急流が続くが、この間、両岸には数箇所のエディーが存在し、救助体制をとりやすい状況となっていた。
 また、例年4月から5月にかけての利根川上流は、谷川岳連峰からの雪解け水が流れ込むため水温が低く、低体温症の発症を避けるためには落水者の素早い救出体制が不可欠であった。
 水上町の各ツアー会社では、事故発生時、担当者が他社と連絡を取り合い、各社リバーガイドが自発的に救助に参加するという暗黙の了解がなされていたものの、水上ラフティング組合全体で取り組む統合的な救助体制は整備されていなかった。
7 日本リバーガイド協会
 日本リバーガイド協会(以下「RAJ」という。)は、ラフティングが、営利目的のレジャースポーツとして発展するに伴い、ツアー会社の事業内容の質、安全管理の不備等が指摘され始め、業界として自主的な対策を講じる必要があるとの認識から、平成9年5月に設立され、現在までのところ、国内の河川におけるラフティングの運行規約、リバーガイド規約等を定める唯一の任意団体である。
 RAJは、河川の知識、救助救急法を含めたラフティング技術等についてのリバーガイドの認定基準を設け、さらにリバーガイドとしての経歴、年齢に応じ、より高い技術認定基準を満たす者としてシニア・リバーガイド、マスター・リバーガイド、リバーガイド・インストラクター、リバーガイド・エグザミナー資格の認定を行っていた。
8 指定海難関係人
(1)指定海難関係人A
 A指定海難関係人は、平成元年から同3年にかけてアメリカ合衆国ワイオミング州においてラフティング及びカヤックの研修を受け、アメリカカヌー協会のフラットウォーター水域でのインストラクターの認定を受けたのち帰国し、埼玉県秩父郡長瀞町のカヤックスクールで5年間インストラクターを勤め、その後、平成8年から9年にかけてツアー会社である有限会社Kの発足、設立に関わり、同社取締役社長に就任した。
 また、A指定海難関係人は、RAJ認定のリバーガイド・エグザミナー及びリバーガイド・インストラクターの資格を持ち、自社が企画したツアーにリバーガイドまたはトリップリーダーとして乗艇し、リバーガイドの育成、指導にも当たっており、紅葉峡でのツアーも数多く経験していた。
 一方、A指定海難関係人は、スリーシスターズの瀬やそのすぐ下流のザ・ウォール付近でラフトが転覆し、落水した乗客を600メートル下流のJR橋梁付近で救助した際、乗客の何人かが低体温症を発症したという経験があったが、多くの乗客は何事もなかったことから、スリーシスターズの瀬付近で落水しても、作業の容易なJR橋梁付近で救助すれば問題ないと考え、落水した乗客の低体温症発症の危険性に対し、十分に配慮していなかった。
(2)指定海難関係人有限会社K
 指定海難関係人有限会社K(以下「キ社」という。)は、平成8年4月アウトドアスポーツの企画会社である有限会社フィールドワークスの事業部の一つとして、本拠地を長瀞町に置いて発足し、同町内の荒川及び水上町、群馬県勢多郡赤城村の利根川等において、ツアーの企画営業を行っていたところ、同9年4月A指定海難関係人をキ社の取締役社長として独立し、同事業を引き継ぎ、同12年11月にはRAJ認定の資格を有するリバーガイド12人その他事務職6ないし7人を雇用する規模になっていた。
 キ社は、RAJの運行規約及び運行規定作成ガイドラインに基づいて運行規定を設け、ツアー催行基準、同中止基準、同装備規定、安全管理規定、事故対策、組織構成を定めていた。ツアー催行基準には、ツアーには原則として最低2人のリバーガイド、1人のトリップリーダーが同行すること、定員を遵守すること、ツアー開始前に乗客に対して安全を確保するためのセーフティートークを実施し、理解させること、技術的に難しい急流については、事前にリバーガイドによって必要な安全対策を施すこと等が記載され、安全管理規定には、ツアー参加者の資格条件、スタート前の同トークの内容等が具体的に示されていた。
 さらに、キ社では、事故対策の一環として、救助救命の講習等への積極的な参加により技術向上を図り、救助体制については他社と同様のローリングカバーによる手法をとっていた。
 また、キ社では、利根川の水温が低いことから、ウェットジャケットの着用を水上町で最初に取り入れるなど、安全面でも他社に一歩先んじるところがあったが、陸上のサポート班の設置や救助用カヤックをツアーの前後に配備するなど、一部他社が実施しているような救助体制をとっていなかった。
 このような情勢の下、キ社では、同社運行規定を遵守して営業活動を行っていたにもかかわらず、同13年4月29日赤城村の利根川において、ツアー中に乗客の死亡事故を起こし、RAJの資格停止処分を受けて一旦業務を停止していたところ、同年5月19日自社のツアーが2艇以下の場合、他社のツアーと行動を共にすること等を条件にRAJの資格停止処分解除を受けたことからツアーの再開に踏み切ったものであった。
(3)リバーガイドT
 Tリバーガイドは、平成9年にキ社に入社し、RAJのリバーガイド資格認定を受有したリバーガイドで、紅葉峡でのツアーを数十回経験していた。
9 遭難に至る経緯
 ラフト(船名なし)(以下「和知艇」という。)は、Tがリバーガイドとして乗り組み、A指定海難関係人がリバーガイド兼トリップリーダーとして乗艇するラフト(以下「豊野艇」という。)と2艇でキ社のツアーを組み、水上町の同業者である有限会社フォレスト アンド ウォーター(以下「F社」という。)のラフト5艇及び長瀞町で営業する株式会社ベルカディア モンベル アウトドア チャレンジ(以下「MOC社」という。)のラフト1艇(以下「MOC艇」という。)とともに、平成13年5月20日13時55分基点から024度720メートルとなる、幸地ダム北西方80メートルの利根川右岸(以下「出発地点」という。)に集合した。
 ところで、この前日、キ社では、20日の午後のツアー予約客が2艇分しか集まらなかったため、自社2艇だけのツアーは行わないという営業再開条件を考慮し、同日午後に出発地点から5艇でのツアーを予定していたF社に対し一緒に川下りしたい旨申し入れるとともに、A指定海難関係人とTリバーガイドが、出発地点の700メートル下流となるスリーシスターズの瀬について、大岩直下のホールに入り込まないよう、大岩と右岸の中央部を通過すること等を打ち合わせていた。
 当日、A指定海難関係人及びTリバーガイドは、午前中、諏訪峡出口付近に架かる銚子橋から下流のツアーを済ませたのち再び事務所に戻り、12時50分から午後の乗客13人に対し、装備について説明したのち、13時20分ごろ出発地点に移動し、豊野艇及び和知艇を川岸近くの河原に置き、A指定海難関係人、Tリバーガイドの指導のもと、豊野艇に6人、和知艇に7人の乗客をそれぞれ乗せた上でセーフティートークを実施し、パドルの操作方法や「掴まれ、しゃがめ。」等の号令に対する動作の練習をさせていたところ、F社の5艇のほかに、リバーガイドの研修目的で水上町に来ていた前示MOC艇も出発地点付近でツアーの準備をしており、艇が多い方が緊急時に対応しやすいとの判断から、計8艇で川を下ることとなった。
 こうして和知艇は、乗客7人を乗せ、ラフティングの目的で、艇首艇尾とも0.18メートルの喫水をもって、14時10分ごろツアーを開始したF社4艇とJR橋梁付近で合流することとし、14時15分F社の残りの1艇(以下「F社艇」という。)、和知艇、豊野艇、MOC艇の順序で出発地点を発し、銚子橋付近に向かった。
 発進後Tリバーガイドは、時々他艇の様子を見て途中のエディーでの休憩を繰り返しつつ、自艇の乗客にパドル操作を指示しながら紅葉峡上流部を通過し、先行するF社艇がスリーシスターズの瀬の上流130メートルにある右岸のエディーに入るのを見て、14時30分少し前続いて下ってきた豊野艇とともに、同エディーの対岸となる基点から069度210メートルの左岸のエディーに入った。
 14時30分Tリバーガイドは、豊野艇の後方から下ってきたMOC艇がエディーに入らずにそのまま下ったのを見て、同艇に続くこととし、最初、上流に向けて漕ぎ出して川の流れに乗り、その20メートル後方に豊野艇が、さらに20メートル後方にF社艇が続いた。
 14時30分12秒Tリバーガイドは、基点から083度175メートルの地点に達したとき、進路を212度に定め、時速14.4キロメートルの速力で進行し、同時30分26秒基点から096度155メートルの地点において、進路をスリーシスターズの瀬の大岩と右岸との中央に向く230度に転じて続航した。
 まもなくTリバーガイドは、自艇が大岩と右岸との中央ではなく、8度ばかり左寄りに圧流されて222度の進路となり、大岩の右端に向いていることを知ったが、このままでも安全にホールを替わると思ったものか、それとも、ホールに近づいて乗客にスリルと醍醐味を与えようとでも思ったものか同進路で進行し、14時30分30秒には乗客に漕ぐのを止めさせ、姿勢を低くし、ライフラインをしっかり掴むよう指示して進行した。
 14時30分33秒和知艇は、艇首を下流方向に向けてスリーシスターズの瀬に差し掛かったとき、ラフトの左舷側が大岩の右端に乗り上がり、その直後、基点から108度140メートルの地点にある大岩直下のホールに艇首から落下し、同時に乗客6人が落水するとともに、同艇は、Tリバーガイドと乗客1人が乗ったまま、川の流れに横向きになった状態でホールに入り込んだ。
 このとき、和知艇に先行していたMOC艇は、ザ・ウォールから40メートルばかり下流の右岸のエディーに入っており、緊急時に備えてリバーガイドがスローロープを構えた姿勢をとっていたところ、まもなく数人の落水者が流れてくるのを認め、直ちにラフトを漕ぎ出して救助作業に取りかかった。
 一方、和知艇の後方を下っていたA指定海難関係人は、和知艇から数人が落水し、同艇がホールに入り込んだのを認め、14時30分38秒そのままスリーシスターズの瀬の右岸寄りを通過したが、そのとき、Tリバーガイドと乗客1人が、ラフトの艇首と艇尾の各外周チューブにそれぞれ腰を掛け、2人で懸命にラフトの上流側への転覆を防ぐべくバランスを取りながら、Tリバーガイドが下流に向かう流れをパドルで掴まえ、ホールからの脱出を試みているのを見て、とりあえず乗客の救助を優先することとして下流に向かった。
 A指定海難関係人は、MOC艇が待機していたエディー付近で和知艇の乗客1人を救助し、まもなく、先行するMOC艇の合図で同艇が残りの乗客5人を救助したことを知ったが、すでに川筋の屈曲でスリーシスターズの瀬付近を見通すことができず、ホールに入り込んだ和知艇の安否が気になり、しばらく待機してみようと14時31分55秒基点から198度160メートルのエディーに入った。
 A指定海難関係人は、和知艇がホールから脱出できなかった場合、いずれ転覆してTガイドと乗客が落水して流されることを予測できたが、低体温症に対する配慮が不十分で、同症発症の危険性に思い及ばず、落水してもスリーシスターズの瀬から600メートル下流のJR橋梁付近で安全に救助できると思っていたことから、エディーに待機して落水者を早期に救助する体制をとらず、姿の見えない後続のF社艇が和知艇の救助に当たっているとの期待もあり、まもなくエディーから出て下流に向かった。
 そのころ、和知艇は、流れに対して横向きの状態のまま、時々艇首と艇尾が入れ替わるように反転を繰り返し、依然、ホールから脱出できず、Tリバーガイドと乗客が艇の下流側に移動するなどして懸命にバランスを保って転覆を防いでいたが、14時32分30秒上流側に転覆し、2人とも落水して流された。
 また、豊野艇に後続したF社艇は、ホールに入り込んだ和知艇を目撃後、MOC艇が待機したエディーに入って川岸に係留し、岸からスローロープを投げて和知艇をホールから脱出させようと、F社艇のリバーガイドが岸伝いに上流に向かったが、途中で和知艇の転覆を認めた。
 一方、エディーを出たA指定海難関係人は、14時34分少し過ぎ基点から230度500メートルのJR橋梁直下の河原に係留したところ、同時35分少し前Tリバーガイドと乗客1人が上流から流れてくるのを発見し、Tリバーガイドの救助を自分より上流側の岩の上にいたMOC艇のリバーガイドに任せ、自らは乗客に対してスローロープを投げ、これを掴んだ乗客は、14時35分引き上げられたが、体力が消耗し、意識が朦朧とした低体温症の状態となっていた。
 一方、Tリバーガイドは、乗客と同様に体力が消耗した様子が認められ、MOC艇のリバーガイドが岩の上から投げたスローロープに掴まったものの、そのまま水中に沈んだ。
 当時、天候は晴で、風力3の東南東風が吹き、気温は摂氏26度で、利根川紅葉峡付近の水温は摂氏6度であった。
10 救助の措置
 最後に救助された乗客は、直ちに救急車で病院に運ばれ、大事に至らなかったが、Tリバーガイド(昭和48年1月25日生)は、駆けつけた他社のリバーガイドの協力やカヤックによる救助活動の結果、同人の腰に付けたスローバッグから流出したスローロープが水中の障害物に絡んでいることが分かり、同ロープをナイフで切断したのち、15時15分引き上げられ、病院に運ばれたが、溺水により死亡と診断された。
11 遭難後のキ社の対応
 本件発生後、RAJから無期限資格停止処分を受けたキ社では、1艇につきリバーガイド2人を乗せるなど、運行規定の見直しを行い、平成13年7月RAJより安全対策マニュアルを完備することなどを条件に同処分を解除され、営業再開を目指して各種マニュアル等の整備を行い、同年9月長瀞町においてツアーの営業を再開したが、翌14年安全面を考慮して運行規程等を改善することとし、ツアーの営業を自粛した。

(原因に対する考察)
 本件遭難は、群馬県利根郡水上町の利根川上流において、8艇のラフトでツアーを行った際、和知艇がスリーシスターズの瀬直下のホールに落ち込んで大きく傾き、落水した乗客6人は他艇により直ちに救助されたが、和知艇は、Tリバーガイド及び乗客1人が乗ったまま、ホールから脱出できず、まもなく転覆により両人とも落水し、雪解け水で低水温となった急流を約600メートル流された結果、それぞれ著しく体力を消耗し、低体温症の状態となったもので、落水した乗客は意識が朦朧とした状態で救助され、Tリバーガイドはスローロープを掴んだまま水中に引き込まれ、溺水により死亡したものであるが、原因について考察する。
1 和知艇がホールに入り込んだことについて
 A指定海難関係人の当廷における供述によると、本件発生の前日、Tリバーガイドとスリーシスターズの瀬の通り方について打ち合わせ、大岩と右岸との中央を通行するよう決めていたが、ツアー自体、乗客に急流下りのスリルを楽しませるもので、場合によっては、意図的にホールに入り込み、あるいは接近することもあり、最終的な判断は個々の艇のリバーガイドが決めるものと述べている。
 今回、最後までTリバーガイドとともに和知艇に残った乗客は、同人に対する質問調書の中で、「ホールに接近する少し前まで、パドルを漕げとの指令があったが、ホールの手前では『しゃがめ。』との指令だけで漕がなかった。」と述べ、和知艇の乗客全員がツアー経験者であったことから、Tリバーガイドが意図的にホールに接近した進路で川を下ったのではないかとの判断もできる。また、同乗客は同調書の中で「ロープをしっかり掴んでいたから落ちなかった。」と供述しており、全員が彼のようにロープをしっかりと掴んでいたら落水することはなく、艇がホールに入り込んだとしても、全員でパドルを漕ぐことにより比較的容易にホールから脱出できたものと思われる。
 また、ホールで落水した6人の乗客が、直ちに他艇により救助されていることを考慮すると、ホールに入り込んだこと自体を本件発生の原因とすることはできない。
2 転覆について
 ツアー中のラフトの転覆は、たまに発生するものであり、一般船舶の転覆のような大事故に至るものではないと言われる。ツアー開始前のセーフティートークでは、転覆もするとの前提で、転覆した際の対処法、ラフトの起こし方等を説明しており、転覆して落水した際の早急な救助体制さえ確立しておれば生命に危険を及ぼす重大な出来事ではなく、ラフトの転覆を原因とすることはできない。
3 救助方法について
 本件時、A指定海難関係人は、和知艇から落水した乗客を救助しながら下流に流れ、途中のエディーに入ったとき、後続のF社艇が和知艇の救助に当たっているとの期待もあって、結局は転覆地点から600メートル下流のJR橋梁付近での救助を選択した。
 A指定海難関係人は、和知艇の転覆及びそれに伴う乗艇者の落水が予測されたのであるから、スリーシスターズの瀬下流のエディーに入った際、その場で待機し、落水者を待ち受けて速やかに救助する体制をとることもできたはずであるが、低水温の急流を流される落水者の早急な救助の必要性に考えが及ばなかった。その結果、落水者が低体温症の状態となったもので、低体温症に対する配慮が不十分で、早めの救助体制をとらなかったことは明らかであり、このことを本件発生の原因と言わざるを得ない。
 一方、キ社は、自社艇の乗客が2艇分しか集まらなかったため、F社に行動を共にしたい旨を要請し、結局、MOC艇を加えた8艇で川下り行うことになり、きめ細かなローリングカバーが期待できる、十分な救助体制でツアーを実施していた。1艇にリバーガイド2人を乗せるべきとの意見もあるが、瞬間的な判断が求められるツアーにおいて同じ艇にリバーガイド2人が乗ると、かえって操艇指揮が混乱するとも言われ、1艇にリバーガイド1人という世界的な流れを考慮すると、キ社が1艇にリバーガイド2人を乗せなかったことを本件発生の原因としてとらえることはできない。
 しかしながら、キ社においては、ツアーに伴って陸上を移動するサポート班の配置、熟練者の乗ったカヤックをツアーの前後に配備するなどの更なる救助体制をとっていれば、落水者を直ちにラフトまたは陸上に引き上げることができ、遭難者や死者の発生を未然に防げた可能性が高かったことも事実であるが、このような救助体制の整備をキ社1社だけで行うのは難しく、水上ラフティング組合や他社との協力の下で救助体制の強化を図るとともに、より安全に使用可能なスローバッグの開発、整備を行うなど、今後、この種の事故の再発防止に努めるよう要望する。
4 Tリバーガイドの死亡について
 Tリバーガイドが、JR橋梁付近で救助ロープに掴まった直後、腰に付けたスローバッグから流出したロープが水中の障害物に絡み水中に引き込まれ、溺水により死亡したことは明らかであるが、浮遊性のロープが水深4ないし5メートルの水中の障害物に絡んだことは、偶発的な出来事と言わざるを得ない。
 Tリバーガイドのスローバッグは、クイックリリース付きベルトで腰に装着されていたが、水中に引き込まれた際、なぜ、クイックリリースを外せなかったかについては、水圧で体がV字状に折れ、ライフジャケットを着た状態ではクイックリリースは外れ難かったとの見解と、疲労困憊状態で流され、ようやくロープを掴んだものの、その直後に水中に引き込まれたためパニック状態となってクイックリリースを外せなかった、という見解もあり、後者の場合、落水直後に救助活動が展開されていたならば、たとえロープが水中の障害物に絡んでも、自らクイックリリースを外して救助された可能性もある。

(原因)
 本件遭難は、群馬県利根郡水上町の利根川上流において、和知艇がホールに入り込み、いずれ同艇の転覆により乗艇者2人が落水することが予測できる状況となった際、低体温症に対する配慮が不十分で、落水者を速やかに救助する体制をとらなかったことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、群馬県利根郡水上町の利根川上流において、キ社2艇のトリップリーダーとして他社6艇とともにツアー中、自社艇である和知艇が、Tリバーガイドと乗客1人が乗ったままホールに入り込み、いずれ同艇の転覆により両人が落水することが予測できる状況となった際、同川は谷川岳連峰から流れ込む雪解け水により低水温となっていたから、両人が低体温症とならないよう、できるだけホールに近い下流のエディーで待機して落水者を速やかに救助する体制をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 指定海難関係人有限会社Kの所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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