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平成14年函審第10号
件名

漁船第十六銀洋丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成14年9月4日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(工藤民雄、安藤周二、古川隆一)

理事官
堀川康基

受審人
A 職名:第十六銀洋丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
船外機に濡損
甲板員2人が打撲傷、甲板員1人が行方不明、のち溺死

原因
気象・海象に対する配慮不十分

主文

 本件転覆は、定置網の網起こし作業を開始する際、磯波の発生状況の確認が不十分で、網起こし作業が中止されなかったことによって発生したものである。
 なお、乗組員が死亡したのは、救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年8月19日05時15分
 北海道沙留岬南東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第十六銀洋丸
総トン数 2.55トン
全長 9.63メートル
2.02メートル
深さ 0.65メートル
機関の種類 電気点火機関
漁船法馬力数 30

3 事実の経過
 第十六銀洋丸(以下「銀洋丸」という。)は、昭和54年9月に進水した、さけます定置網漁業に従事する水密甲板のないFRP製漁船で、船首端から約1.7メートルの区画が物入庫、その後方が魚置き場で差し板により6区画に仕切られ、船尾右舷側に長さ約38センチメートル(以下「センチ」という。)幅約43センチ深さ約28センチの蓄電池格納箱、凹状船尾中央部に船外機が取り付けられていた。また物入庫及び蓄電池格納箱には、各1個のかぶせ蓋が設けられていた。
 銀洋丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、操業の目的で、船首0.15メートル船尾0.35メートルの喫水をもって、平成13年8月19日05時03分北海道沙留漁港を発し、沙留岬南東方2.0海里付近の、紋別郡興部町富丘地先沖合に設置された興さけます定第19号と称する定置網漁場(以下「定置網漁場」という。)に向かった。
 ところで、定置網漁場は、7月1日から9月15日までの間、沙留港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から140度(真方位、以下同じ。)2,100メートルの地点を基点として031.5度方向に延びる、幅100メートル長さ400メートルの長方形区域に設定され、同区域内には陸岸から長さ約120メートルの垣網が沖に延び、その先に岡網と称する東西に延びる幅約12メートル長さ約50メートルの身網(以下「岡網」という。)が、更に同網から垣網が沖に約230メートル延び、これに沖網と称する岡網より一回り大きい身網(以下「沖網」という。)がそれぞれ設置されていた。
 一方、定置網が設置された富丘地先の海域は、海岸がオホーツク海に面した南東から北西方向に延びる遠浅の砂浜になっていて、沖網付近と比べ岡網付近の水深が約3メートルと浅く、沖合からのうねりが押し寄せるときには、同付近でうねりが磯波となって一段と隆起しやすい状況にあった。
 A受審人は、長年にわたり当地で定置網漁業に従事し、岡網付近では特に磯波が発生しやすい状況を知っており、平素、うねりや波浪がある海象下で網起こし作業を行う際には、沖網から作業を始め時間をかけて岡網付近の状況を見た後、岡網に移動するようにしていた。
 また、8月19日当時の北海道北東岸海域は、低気圧がオホーツク海東部及び北海道東方に進み、高気圧に覆われて風が弱かったものの、前日やや強い北寄りの風が吹いた影響により北東のうねりが残り、富丘地先の海岸近くには時折、波高2メートルばかりの磯波が発生していた。
 A受審人は、05時07分半定置網漁場に到着し、北東のうねりが少し残っている海象下で網起こし作業を開始するとき、この程度のうねりなら大きな磯波が発生することはあるまいと思い、岡網から離れて磯波の発生状況を十分に確認しなかったので、岡網付近で高まった磯波が発生していることに気付かず、同作業を中止しないまま、岡網の溜まりと称する箱網部の北西側に船首を沖に向けて右舷側を付け、船外機を停止してプロペラを海面から引き上げ、物入庫及び蓄電池格納箱の蓋をそれぞれかぶせた状態で、自らが船尾に位置し乗組員3人が順に船首方に立ち、いずれも作業用救命衣を着用しないで一斉に網起こし作業を開始した。
 A受審人は、船首をほぼ北東方に向けた状態で網を手繰って徐々に東方に移動し、05時15分少し前、岡網の溜まり部東端に至り、袋網から魚を直接船内に落とし込もうとしたものの、魚が多く取り込めなかったことから、船体の右舷側をロープで網に固定した後、たもを使用して魚を取り入れることに変更し、右舷側数箇所を網に固定したとき、船首方近くに高波が立ち上がったのを認め見守っているうち、高起して波面が急峻となった高さ約2メートルの磯波を受け、船首が持ち上げられ右方に振れながら右舷側に大傾斜して復原力を喪失し、銀洋丸は、05時15分東防波堤灯台から138度1.1海里の地点において、右舷側に転覆した。
 当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期にあたり、転覆地点付近の海域には波高約2メートルの磯波があった。
 転覆の結果、乗組員全員は、海上に投げ出され、A受審人が付近の砂浜に泳ぎつき、甲板員2人が間もなく僚船に救助されたものの打撲傷などを負ったほか、甲板員N(昭和33年4月23日生)が行方不明となり、のち遺体で収容され溺死と検案された。また、銀洋丸は、船外機に濡損を生じた。

(原因)
 本件転覆は、北海道沙留岬南東方のオホーツク海に面したさけます定置網漁場において、北東のうねりが残る海象下、網起こし作業を開始する際、磯波の発生状況の確認が不十分で、網起こし作業が中止されず、高起した磯波を受け、大傾斜して復原力を喪失したことによって発生したものである。
 なお、乗組員が死亡したのは、救命胴衣を着用していなかったことによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、沙留岬南東方のさけます定置網漁場において、北東のうねりが残る海象下、網起こし作業を開始する場合、水深の浅い岡網付近海域ではうねりや波浪が一段と隆起しやすかったから、高起した磯波を見落とすことのないよう、岡網から離れて磯波の発生状況を十分に確認すべき注意義務があった。ところが、同人は、この程度のうねりなら大きな磯波が発生することはあるまいと思い、岡網から離れて磯波の発生状況を十分に確認しなかった職務上の過失により、岡網付近で高まった磯波が発生していることに気付かず、網起こし作業を中止しないまま、高起した磯波を船首方に受け、大傾斜して復原力を喪失し転覆する事態を招き、船外機に濡損を生じさせ、乗組員2人が負傷し、ほか1人が溺死するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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