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平成14年横審第51号
件名

漁船孝生丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成14年8月29日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(長谷川峯清、森田秀彦、小須田 敏)

理事官
釜谷奬一

受審人
A 職名:孝生丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:孝生丸漁労長

損害
海水が船内に充満し、沈没

原因
気象・海象に対する配慮不十分
同調横揺れの危険性に対する配慮不十分
甲板・荷役等作業の不適切

主文

 本件転覆は、波浪中を航行する際の同調横揺れの危険性に対する配慮が十分でなかったことと、船尾甲板上に搭載した予備底びき網漁具等を固縛していなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年10月8日16時50分
 茨城県日立港北東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船孝生丸
総トン数 14.99トン
登録長 14.71メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 160

3 事実の経過
 孝生丸は、昭和53年に建造された小型機船底びき網漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人及び同受審人の兄であるB指定海難関係人ほか2人が乗り組み、船尾式オッタートロール漁法による底びき網漁の目的で、船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成13年10月7日22時30分基地とする茨城県大津港を発し、同県磯埼の東方沖合約6海里の漁場に向かった。
 孝生丸は、船首尾シヤーの大きな全通一層甲板船で、上甲板上には、船首から船尾までの両舷に同甲板上高さ0.7メートルのブルワーク、凌波(りょうは)性を良くするためにフレアを大きくして倉庫を備えた船首部、船首甲板、船体中央部に操舵室及び同室の船尾側に接続する機関室囲壁兼賄室並びに船尾甲板が、また、上甲板下には、船首端から後方へ順に空所、第1魚倉、第2魚倉、第3左右各舷魚倉とその中央に生け簀(す)機関室と同室両舷側に積込み容量が2キロリットルの左右各燃料油槽、船員室、同容量200リットルの清水槽、第4左右各舷魚倉及び第5左右各舷魚倉がそれぞれ配置され、操舵室及び機関室囲壁兼賄室の両舷にそれぞれ軽合金製の開き戸及び引き戸各1枚が設けられ、機関室囲壁兼賄室の天井上部左舷側に救命筏(いかだ)1基が備えられていた。
 船首甲板には、船首端から後方2.5メートル、4.6メートル及び6.7メートルのところからそれぞれ中央に、長さ0.7メートル幅1.0メートルの第1魚倉ハッチ、長さ0.9メートル幅1.1メートルの第2魚倉ハッチ及び長さ0.5メートル幅0.6メートルの生け簀ハッチが各1個、生け簀ハッチの両側に、同ハッチと同じ長さ、幅の第3左右各舷魚倉ハッチ各1個が、また、船尾甲板には、船首端から後方12.0メートルのところにトロールウインチ1対が備えられ、14.0メートル及び15.4メートルのところからそれぞれ左右に、長さ0.8メートル幅0.9メートルの第4及び第5両魚倉ハッチ各1個が設けられ、同ウインチから船尾端までが各ハッチの上も含めて長さ3.0メートル幅1.8メートルの作業甲板になっていた。
 機関室囲壁兼賄室の各引き戸の下部、船首甲板各魚倉ハッチ及び生け簀には、上甲板上高さ0.3メートルのコーミングが設けられ、同各ハッチには高さ0.1メートルのFRP製の蓋(ふた)が取り付けられていた。第2魚倉ハッチ、第3左右各舷魚倉ハッチ、操舵室及びトロールウインチの各横の両舷ブルワーク下部には、長さ0.2メートル高さ0.1メートルの半円形の排水口が設けられ、その外舷にはエダクタ式パイプがそれぞれ取り付けられていた。
 ところでA受審人は、出航時には、離岸出港から漁場まで操船に当たり、漁場に到着してから切り上げるまでの操業時には、操船指揮をB指定海難関係人に任せて船尾甲板で漁撈作業に当たり、帰航時には、漁獲物の選別作業を終え次第昇橋して再び操船に当たっていた。
 B指定海難関係人は、40年以上漁撈長職に就いており、天気予報などによる気象情報を入手せず、長年の経験に基づく目視観察により、波高が3メートルを超えたり、風速が毎秒15メートルを超えるようであれば、出漁を中止したり、漁を切り上げることにしていた。また、これまでにそれ以上の波や風となる荒天に遭遇した経験が何回もあり、波や風を横方向から受けて船体が傾斜し、舷側から海水が浸入する状況になれば、波を船尾に受けるように回頭してエダクタ式パイプが取り付けられた排水口から浸入海水を排出し、傾斜を直して元の針路に戻すように操船していた。
 A受審人は、発航に先立ち、同日19時前のテレビで気象情報を確認したところ、中心気圧950ヘクトパスカルの台風20号が同日09時に小笠原諸島父島の西南西方約660キロメートルにあって、勢力を弱めながら北東方に時速25キロメートルで移動していたものの、茨城県には気象に関する警報も注意報も発令されていないことから、多少波が高くなるかもしれないが操業の支障になるほどのことはないと考えて発航することとし、その後気象情報の入手を行わなかったため、同日21時45分に水戸地方気象台が同県北部及び鹿行両地域に対して強風、波浪各注意報を発表したことを知らなかった。
 A受審人は、発航の際、左右の燃料油槽に合計2.5キロリットルのA重油、第2魚倉内前部に1本の重量が200キログラム(以下「キロ」という。)の角氷5本を四つ割りにして移動しないように2段に敷き詰め、同魚倉内後部に直径0.7メートル高さ0.8メートルで1個の重量が5キロの合成樹脂製の魚樽6個を動かないように並べ、第1魚倉ハッチの横に同樽30個を両舷に分けて固縛し、また、船尾端のギャロース両舷に直径1.3メートル重量約300キログラムのオッターボード各1個を吊り下げてロープで固定したが、全長25メートルで重量が約1トンの使用する予定の底びき網漁具(以下「使用漁具」という。)を作業甲板に広げて固縛せずに置き、同重量の予備底びき網漁具(以下「予備漁具」という。)2ケ統を船首端から後方13.1メートルのところから後方に、幅0.8メートル高さ1.0メートルで船縦方向に2.5メートルとして、船尾甲板の左右各舷側に沿わせて固縛せずに置き、また、各ハッチの蓋も固縛せずに被せていた。同受審人は、強風と大波を受けて船体が大きく動揺すると、固縛されていない予備漁具等が移動して復原力を喪失するおそれのある状況であったが、これまでに漁具等が移動するほど大傾斜したことがないし、洋上では破網したら直ちに交換作業を行う必要があるので、予備漁具もハッチ蓋も固縛せずに置いておくだけで良いと思い、これら漁具等を十分に固縛しなかった。
 こうして、A受審人は、出港操船に引き続いて船橋当直に就き、翌8日01時30分磯埼灯台から096度(真方位、以下同じ。)6.0海里の漁場に到着したとき、B指定海難関係人に操船を任せて作業甲板に赴き、その後漁撈作業に当たった。
 B指定海難関係人は、卓越波向が北東で、波長約76メートル、卓越周期約7秒及び有義波高(以下「波高」という。)約2.5メートルの波浪(うねりと風浪との合成波、以下「波浪」という。)と風力5の北東風とを左舷船尾に受け、前示漁場に到着と同時に、南方に向けて水深約50メートルの等深線沿いに第1回目の曳網(えいもう)を開始した。
 05時30分B指定海難関係人は、磯埼灯台から135度9.0海里の地点で、第1回目の曳網を終えたとき、波浪の周期がわずかに短くなり、風もわずかに北に回って強まってきたことを感じたものの、波浪と風との状況が長年の経験から得られた操業を打ち切る判断基準に至っていなかったことから、同基準に至る波浪と風とになるまでにはまだ時間がかかるものと考え、少しでも基地に近づけるように北上しながら曳網することとし、引き続き同地点から北方に向け、水深約50メートルの等深線沿いに第2回目の曳網を開始した。
 その後B指定海難関係人は、右舷船首方に波浪と風とを受けながら等深線沿いに操業を続け、08時30分磯埼灯台から093度7.5海里の地点から第3回目の水深約80メートルの曳網を行い、11時30分同灯台から058度10.8海里の地点から第4回目の水深約90メートルの曳網を開始したのち、第3回目までの曳網で漁獲したヤリイカ130キロ、マコガレイ15キロ及びその他の製品となる魚種10キロを、第2魚倉の6個の樽に砕いた氷約150キロとともに入れて氷蔵した。
 14時30分B指定海難関係人は、磯埼灯台から044度17.6海里の地点で第4回目の揚網を終えたとき、北東風が風力7まで増勢し、同方向からの波浪が波高約3メートルを超えたことから、これ以上操業を続けることができないと判断し、最後の曳網の漁獲物約50キロの処理は帰途に行うこととして使用漁具と一緒に作業甲板上に固縛せずに置いたまま、オッターボードの固定など操業切り上げ作業を行うためいったん漂泊し、船体が横揺れ周期6ないし7秒で傾斜角左右各20度と大きく揺られ、波浪と風とによって南西方に約1.0ノットの対地速力で圧流されながら、A受審人ほか乗組員に同作業を始めさせた。
 15時05分A受審人は、磯埼灯台から044度17.0海里の地点で操業切り上げ作業を終え、B指定海難関係人に操船を任せて発進したとき、北東方向からの波浪が波高約3.1メートル、波長約64メートル、卓越周期約6.4秒及び波速毎秒約10メートルとなり、船体の横揺れ周期と卓越周期とがほぼ同じであったことから、同波浪中を基地に向けて帰航する際、波浪を正横方向から受ける針路で航行すると、同調横揺れを起こして船体が大傾斜するおそれのある状況であったが、同指定海難関係人が無資格者ではあるものの、長年漁撈長職に就いており、漁撈作業のみならず操船についても知識が豊富なので、同指定海難関係人に操船を任せておいても無難に波浪中を航行できるものと思い、波浪中を航行する際の同調横揺れの危険性に対して十分に配慮することなく、同調横揺れを起こして船体が大傾斜するおそれのあることに気づかず、自ら昇橋して操船指揮を執り、波浪を右舷船首方から受けるような針路に設定することも、横揺れで移動するおそれのある予備漁具等を固縛することもしないまま、作業甲板で漁獲物の選別作業を始めた。
 発進時にB指定海難関係人は、基地に直行する針路にすると、波浪による衝撃が激しくなり、航行が困難となるうえに選別作業が行いにくいことから、いったん陸岸に寄せてから北上する進路をとることとし、同調横揺れの危険性についての知識を有する有資格者のA受審人に昇橋を求めないまま、針路を320度に定め、機関を半速力前進にかけ、波浪と風とを右舷正横から受けて左方に20度圧流されながら、6.0ノットの対地速力で、自動操舵により進行した。
 その後B指定海難関係人は、傾斜角左右各20度の横揺れと10回に1回ばかりの周期的な傾斜角30度を超える横揺れとを受けながら続航中、15時20分磯埼灯台から039度16.6海里の地点に差し掛かったとき、同調横揺れが起きて船体が左舷側に大傾斜し、船尾甲板上に置いてあった予備漁具2ケ統、使用漁具及び第4回目曳網の漁獲物等が左舷側に移動し、傾斜角40度で釣り合い状態となったまま元に戻らなくなり、船首尾シヤーで低くなった左舷側船体中央部に、ブルワークを越えて浸入した海水が滞留する状況となったが、次々に来襲する波浪を監視することに気をとられ、滞留した海水に気づかないまま、同じ針路、速力で進行した。
 15時24分B指定海難関係人は、磯埼灯台から038度16.6海里の地点に達したとき、漸く(ようやく)左舷側船体中央部に滞留した海水に気づき、いつものように操船して傾斜を直そうと、半速力前進のまま左舵一杯にとって回頭を始め、反転するまで回頭したが傾斜が元に戻らなかった。
 A受審人は、作業甲板で選別作業中、同調横揺れが起きて左舷側に大傾斜したとき、同舷側の予備漁具と移動してきた右舷側の予備漁具とに身体を挟まれ、その後何とか同漁具の間から抜け出して右舷側の予備漁具の上を這って操舵室に赴いたところ、B指定海難関係人から移動した予備漁具を海中に投入するよう言われたが、傾斜が大き過ぎてその作業を行うことができず、第3右舷魚倉に雑用海水ホースを突っ込み、海水を注入したが効果なく、依然、傾斜は元に戻らなかった。
 B指定海難関係人は、反転したのち、傾斜舷が風上に向いて横揺れが続いたことから海水の浸入が激しくなったため、傾斜を元に戻すことは不可能と判断して船体を放棄することとし、機関担当の乗組員に機関停止及びA受審人に救命筏の投下をそれぞれ命じるとともに、付近で操業中の僚船に救助を要請した。
 A受審人は、B指定海難関係人から船体放棄、救命筏降下を命じられて同筏を降下して間もなく、機関が停止して行きあしが止まったので、船体に結びつけた同筏に乗組員を全員移乗させ、218度方向に1.0ノットの対地速力で圧流されながら漂流していたところを、16時40分来援した僚船に全員が救助され、同船に乗り移って見守る中、孝生丸は、左舷側に大傾斜したまま横揺れを続けているうち、多量の海水が船内に浸入し、16時50分磯埼灯台から038度15.2海里の地点において、行きあしがない状態で船首を140度に向け、復原力を喪失して転覆した。
 当時、天候は曇で風力7の北東風が吹き、潮候は上げ潮の末期にあたり、北東方から波高約3.1メートルの波浪があった。
 その結果、孝生丸は、左舷舷側から浸入した海水が船内に充満し、17時47分磯埼灯台から038度14.3海里の水深73メートルの地点で、浮力を喪失して船尾から沈没した。
 B指定海難関係人は、本件後、出漁に先立って気象情報に注意を払い、操業中止の判断基準を改善するなどして安全操業に努めることとした。

(原因)
 本件転覆は、茨城県日立港北東方沖合において、北東方向から強風と船体の横揺れ周期とほぼ同じ卓越周期の波浪とが吹き寄せている状況下、北北西方の基地に向けて帰航中、同調横揺れの危険性に対する配慮が不十分で、船体の横揺れ周期と波浪との出会い周期とが等しくなるような針路及び速力で進行して船体が大傾斜したことと、船尾甲板上に搭載した予備漁具等の固縛が不十分で、同漁具等が傾斜舷側に移動したこととにより、大傾斜して釣り合い状態となったまま横揺れを続けているうち、同舷側から浸入した多量の海水により、復原力を喪失したことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは、船長が、波浪中を航行する際の同調横揺れの危険性について十分に配慮しなかったばかりか、船尾甲板上に搭載した予備漁具等を十分に固縛しなかったことと、漁撈長が、船長に昇橋を求めなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は、茨城県日立港北東方沖合において、北東方向から強風と船体の横揺れ周期とほぼ同じ卓越周期の波浪とが吹き寄せている状況下、北北西方の基地に向けて帰航する場合、同調横揺れを起こすと船体が大傾斜するおそれがあったから、同調横揺れを起こさないよう、自ら昇橋して操船指揮を執り、波浪を右舷船首方から受けるような針路に設定するなど波浪中を航行する際の同調横揺れの危険性について十分に配慮するべき注意義務があった。ところが、同受審人は、B指定海難関係人が無資格者ではあるものの、長年漁撈長職に就いており、漁撈作業のみならず操船についても知識が豊富なので、同指定海難関係人に操船を任せておいても無難に波浪中を航行できるものと思い、自ら昇橋して操船指揮を執り、波浪を右舷船首方から受けるような針路に設定するなど波浪中を航行する際の同調横揺れの危険性について十分に配慮しなかった職務上の過失により、風と波浪とを右舷正横から受けながら進行中、同調横揺れを起こして左舷側への大傾斜を招き、固縛していなかった予備漁具等が移動し、大傾斜したまま釣り合い状態となって横揺れが続くうちに、左舷側船体中央部のブルワークから浸入した多量の海水により、復原力を喪失させて転覆を生じさせたのち、沈没させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人は、茨城県日立港北東方沖合において、北東方向からの強風と波浪とが吹き寄せている状況下、北北西方の基地に向けて帰航する際、A受審人に昇橋を求めないまま、風と波浪とを右舷正横から受けるように針路及び速力を設定して進行させ、船体を大傾斜させたことは、本件発生の原因となる。
 以上のB指定海難関係人の所為に対しては、本件後、出漁に先立って気象情報に注意を払い、操業中止の判断基準を改善するなどして安全操業に努めることとした点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。 





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