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平成13年横審第86号
件名

遊覧船はまな転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成14年5月31日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(葉山忠雄、長谷川峯清、小須田 敏)


理事官
参審員(磯崎一郎、野本敏治)
酒井直樹

受審人
A 職名:はまな船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
転覆、船体全損、甲板員が溺水により死亡

原因
追い波の危険性に対する配慮不十分

主文

 本件転覆は、追い波の危険性に対する配慮が不十分で、ブローチング状態に陥ったことによって発生したものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年7月6日11時15分
 静岡県浜名港沖

2 船舶の要目
船種船名 遊覧船はまな
総トン数 19トン
全長 23.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 316キロワット

3 事実の経過
(1) 船体構造
 はまなは、平成7年7月に愛知県のヤマハ発動機株式会社蒲郡工場(以下「ヤマハ蒲郡工場」という。)で進水し、限定平水区域を航行区域とする最大とう載人員122人、垂線間長16.31メートル全幅4.74メートル深さ1.30メートルのFRP製旅客船で、遊覧船として奥浜名湖周遊航路に従事していた。
 はまなは、湖水面を航行する旅客船として建造され、その船体構造は、上甲板上に船首側から順に前部甲板、客室及び船尾甲板を設け、客室前部の上に操舵室が、客室及び船尾甲板の上にオーニングを張った客席を有する遊歩甲板があり、上甲板下に船首側から順に船首空所、バウスラスタ室、清水タンク室、燃料タンク及び汚水処理装置室、機関室、船尾空所並びに操舵機室を配置し、前部甲板、遊歩甲板客席前部及び同後部に、それぞれ計画満載喫水線上約7.5メートルの高さのFRP製前部、主及び後部マストを備えていた。
 また、船体中央部付近におけるブルワーク頂部の高さは、計画満載喫水線上1.07メートルかつ上甲板上0.52メートルで、客室及び機関室入口のコーミングの高さは5センチメートルあり、上甲板の床面に設けられた3箇所のハッチは、蝶番付きのFRP製ハッチカバーをクリップで閉鎖するようになっていた。
(2) 排水設備
 はまなは、上甲板下の排水設備として5台のビルジポンプを備え、毎分20リットルの排水能力を有するとともに、前部及び船尾両甲板の両舷側に直径5センチメートルの排水口を各1個設けていた。
(3) H湖遊覧船株式会社
 H湖遊覧船株式会社は、静岡県浜松市舘山寺町に船舶の運航管理に携わる舘山寺営業所を置き、遊覧船の係留地として舘山寺港を設けていたほか、浜名湖北西岸に瀬戸ハマナ・コスタ港及び同湖北東岸にフラワーパーク港を築き、両港にもそれぞれ営業所を置いていた。
 同社の社員総数は14人で、うち7人が遊覧船乗組員であった。
(4) 運航管理体制
 H湖遊覧船株式会社は、はまなのほかに総トン数90トンの奥浜名丸と同80トンの浜名丸を所有し、運航管理規程及び運航基準に従い、舘山寺営業所に運航管理者及び副運航管理者を、その他の営業所に運航管理補助者を常勤させて運航管理に当たらせ、舘山寺港を出発地として浜名湖橋に至る30分コース及び瀬戸ハマナ・コスタ港に至る60分コースの奥浜名湖周遊航路を毎日運航していた。
 遊覧船の運航は、その運航基準で風速毎秒16メートル以上、波高1.0メートル以上及び視程300メートル以下のいずれかの状況となった場合に中止することと定めていた。
 H湖遊覧船株式会社は、所有船舶を上架できる造船所が浜名湖湖岸に存在しなかったので、年1回の入渠に際しては、航行区域等の臨時変更証を取得し、回航経験を有する者を船長の任に当たらせてヤマハ蒲郡工場などに回航させるとともに、発航前に航行海域の気象及び海象情報を収集して当該船長に提供する一方、主要地点通過時に報告を行わせるなどして航行状況の把握に努めていた。
(5) はまなの復原性
 ヤマハ蒲郡工場から手交されたはまなに関する船長のための復原性資料は、排水量等曲線図、復原力交叉曲線図、重量重心計算書、中央断面図、復原性試験成績書及び一般配置図等であった。
 重量重心計算書によれば、軽荷状態における基線上重心高さ及びメタセンタ高さは、それぞれ1.34メートル及び3.18メートル、空倉出港状態では、1.27メートル及び2.99メートル、遊歩甲板に19人、後部甲板に53人及び客室に48人の旅客を乗船させた満載入港状態では、1.62メートル及び2.11メートルであった。
(6) 回航時の船体コンディション
 はまなは、浜名湖南岸に架かる西浜名橋の可航高さが低いことから、舘山寺港を出航する前にマスト灯を装備した前部マストを取り外して陸揚げし、起倒式となっている主マストを船尾方に、同式の後部マストを船首方にそれぞれ倒して遊歩甲板上のハンドレールに固定していた。また、同甲板上のオーニング及びその支柱も回航に不要なことから、回航前に陸揚げしていた。
 ヤマハ蒲郡工場を発航するとき、はまなの船体コンディションは、甲板下のバウスラスタ室に約20キログラムのロープ類を格納し、清水タンクに満載量の1トン及び燃料タンクに半載量の軽油600リットルをそれぞれ積込み、更に容量が200リットルの循環式汚水処理装置を稼動させていたものの、他の室内、各空所及び甲板上に積載する物もなく、ほぼ重量重心計算書の空倉出港状態であった。
(7) 浜名港港口の地形
 浜名港は、遠州灘に面して南方に開口した港口を有する浜名湖南岸に位置しており、その港口東岸南端から南方に長さ約100メートルの港口東導流堤が延び、更に同導流堤南端の南側約20メートルの地点から南南西方に長さ約220メートルの港口離岸導流堤(以下「離岸導流堤」という。)が築造され、その南端部に浜名港口離岸導流堤灯台(以下「導流堤灯台」という。)が設置されていた。 また、港口西岸南端から南方に長さ約160メートルの港口西導流堤が延び、同導流堤南端部の西方約80メートルの地点から西方に新居離岸堤と呼ばれる長さ150メートルの3本の離岸堤(以下「新居離岸堤」という。)が、海岸線と平行に40メートル間隔で一列に築造されており、同離岸堤の南側には、水深2メートル以下の浅所が500メートル沖合まで舌状に拡延していた。
 浜名港港口は、東側の港口東導流堤及び離岸導流堤と西側の港口西導流堤及び新居離岸堤南側浅所とに挟まれた、幅180メートル長さ650メートルの水路(以下「港口水路」という。)となっており、同水路内中央から東側の水深は約6メートルであったが、その西側は同浅所に向けて徐々に浅くなっていた。
(8) 本件時の波浪状況
 平成13年7月6日09時の沿岸波浪図によれば、同月2日09時にフィリピンの東方海上で発生し、その後西進した台風4号から伝播(でんぱ)した波が、浜名港港口南方約20海里の地点で、波高3.1メートル周期10秒波長約160メートルのうねりとなって到達しており、同港口の数海里沖合においては、波高2.5メートルとなって海岸線とほぼ直角に寄せていたものと推定される。
 このうねりは、長時間かけて伝播していることから、波高、周期及び波長がいずれも規則的な波となっていたものの、水深の浅い沿岸域に進入すると、海底摩擦などの影響により進行速度(以下「波速」という。)が遅くなるとともに波長が著しく短くなるため、波の傾斜(以下「波形こう配」という。)が次第に険しくなる。このため、約1海里沖合に陸岸とほぼ平行な20メートル等深線が存在する港口水路入口付近の波は、数海里沖合の波よりも一段と波形こう配が険しく、波速が遅くなっていたうえに、新居離岸堤の南側に浅所が拡延していたため、その進行方向が同浅所側に屈折する状況となっていた。
 港口水路に向けて追い波中を北上する船舶は、同水路入口に接近するにつれて右舷方から波形こう配の険しい斜め追い波を受ける状況となり、波速に等しいかそれよりやや遅い対地速力(以下「速力」という。)で航行すると、波の下り斜面で急激な右回頭を強いられるブローチング状態に陥り、船体が大傾斜して復原力を喪失するおそれがあったので、追い波の危険性に対して十分に配慮し、速力を調整するなどしてブローチング状態に陥らないようにする必要があった。
(9) 本件発生に至る経緯
 はまなは、就航時から専任船長として運航に従事していたA受審人が甲板員Oと2人で乗り組み、外板塗装後の回航の目的で、船首0.49メートル船尾1.37メートルの喫水をもって、平成13年7月6日07時15分ヤマハ蒲郡工場の岸壁を発し、舘山寺港に向かった。
 これより先、A受審人は、同日05時30分のテレビ放送の天気予報や浜松測候所から得た海象情報で、遠州灘に有義波高3.0メートル以上の波浪注意報が発表されていることを知ったものの、伊勢湾フェリー株式会社伊良湖営業所から得た伊良湖水道の波浪状況や、運航管理者から得た大王埼灯台及び舞阪灯台などの各気象及び海象情報から、航行に差し支えない状況と判断して発航に至ったものであった。
 その後A受審人は、O甲板員と適宜交代しながら操舵に当たって渥美湾及び伊良湖水道を南下し、08時50分伊良湖岬灯台から183度(真方位、以下同じ。)1.4海里の地点で、渥美半島南岸沖をほぼ20メートル等深線に沿って東行する針路に転じたところ、台風4号から伝播した波高約2.5メートルのうねりを右舷側から受ける態勢となったものの、波形こう配が緩やかなうえに上甲板上に海水が打ち込む状況でもなかったため、航行に不安を感じないまま進行した。
 A受審人は、10時22分導流堤灯台から257度10.0海里の地点で、針路を港口水路の沖合に向かう079度に定め、機関を全速力前進の毎分回転数2,300にかけ、12.4ノットの速力で手動操舵により続航した。
 11時09分少し過ぎA受審人は、導流堤灯台の南西方800メートルの地点に差し掛かったとき、港口水路入口中央付近から新居離岸堤の南側浅所にかけての水域に隆起した磯波を認めたので、磯波が生じていない港口水路の東側に寄って入航することとし、同時10分半同灯台から185度540メートルの水深約11メートルの地点で、針路を000度に転じ、同水路入口付近の波浪の様子を見るために、機関を毎分回転数700にして3.0ノットの速力で進行した。
 A受審人は、11時14分港口水路入口まで約200メートルとなる導流堤灯台から193度210メートルの水深約7メートルの地点に達したとき、一段と波形こう配の険しい波を右舷船尾方から受けるようになり、波速近くまで増速するとブローチング状態に陥るおそれがある状況であったが、磯波が生じていない港口水路の東側を素早く航過すれば安全に入航できるものと思い、追い波の危険性に対して十分に配慮しなかったので、このことに気付かず、波速に近づかないよう、速力を調整することなく機関を毎分回転数1,600にかけて増速しながら続航した。
 はまなは、11時15分わずか前速力が波速よりやや遅い9.8ノットになったとき、右舷船尾約20度から寄せる追い波に船尾を持ち上げられるとともに急激に右回頭を強いられるブローチング状態に陥って左舷側に大傾斜し、11時15分導流堤灯台から239度55メートルの地点において、引き続く波浪の下り斜面で復原力を喪失して転覆した。
 当時、天候は晴で風力4の西北西風が吹き、潮候は下げ潮の末期で、波高は2.5メートルであった。
(10) 転覆後のはまな及び乗組員の状況
 転覆の結果、はまなは、北西方に流されて静岡県新居町の海岸に打ち上げられ、全損となって廃船処理された。また、A受審人は、自力で操舵室から脱出し、新居離岸堤に向かって泳いでいたところを静岡県警察本部のヘリコプターによって救助されたが、O甲板員(昭和38年4月15日生)は、行方不明となり、のち遺体で発見され、溺水による死亡と認定された。
(11) 事後の措置
 H湖遊覧船株式会社は、社内に事故調査委員会を設置して事故原因の調査と同種海難事故の再発防止策についての検討を行い、平成13年11月1日付で「船舶検査及び船体整備により浜名湖外へ航行する場合の基本事項」と題する文書を作成して社員に周知した。

(原因に対する考察)
 本件は、追い波を受けながら港口水路に向けて航行中に転覆したものであり、その原因について考察する。
1 発航の判断について
 遠州灘に波浪注意報が発表中であったことから、A受審人の発航の判断が適切でなかったとの考えもあるが、当時の沿岸波浪図及び同受審人の当廷における、「渥美半島南岸沖合を東行中に、舷側から海水の打ち込みはなく、港口水路に向首して3ノットの速力で北上中も、船尾甲板に海水が打ち込む状況ではなかった。転覆直前まで、不安は感じていなかった。」旨の供述から、遠州灘に波浪注意報が発表されていたものの、遠州灘における波浪そのものは、波高、周期及び波長が規則的な波であったこと、航行中に不安を感じる状況ではなかったこと及び一定の条件がそろった場合にブローチングを生じる可能性が高いことなどから、発航したことが本件発生の原因であるとは認められない。
2 ブローチングについて
 数多くのブローチングに関する実験などから、速力が波速と等しいか波速よりやや遅いとき、波長が船の長さの1.25倍から3.0倍程度であるとき、追い波を船首尾線に対して10度から40度の出会い角で受けるとき及び波高と波長との比が0.04以上であるときの各条件がそろうと、ブローチングが発生する可能性が高いことが分かっている。
 外洋から沿岸に寄せる波は、水深が波長のほぼ半分くらいまで浅くなると海底摩擦などの影響を受けて波高、波長及び波速に変化が始まり、水深が浅い沿岸域に進入すると、水深の減少に伴って波高は一旦減少したのちゆっくりと増大するものの、波長及び波速は減少し続けることが知られている。また、浅所が拡延するところでは、その周辺を進む波よりも波速が遅くなるために、波の進行方向が浅所側に屈折することも知られている。
 本件発生当時、港口水路入口付近に寄せていた波は、沖合の波よりも一段と波形こう配が険しくなり、かつ、その進行方向が新居離岸堤南側の浅所側に屈折していたものと認められる。このことは、当廷におけるA受審人の、「港口水路入口付近に接近するとともに波形こう配の険しい波を右舷船尾方から受けるようになった。転覆後、新居離岸堤の沖に向かって流された。」旨の供述とも一致している。
 港口水路に向けて追い波中を北上する船舶は、同水路入口付近に接近するとともに波形こう配の険しい斜め追い波を受ける状況となるため、追い波の危険性に対して十分に配慮し、ブローチング状態に陥ることのないように速力を調整する必要があり、地元漁船などは、経験から波速を超える速力で入航するのを通例としている。
 A受審人は、港口水路入口付近の波浪模様から、そのまま進行すると波形こう配の険しい斜め追い波を受けることとなり、そのような状況下で速力と波速がほぼ等しくなるとブローチング状態に陥るおそれがあったから、波速に近づけることのないように速力を調整してブローチング状態を発生させる要因を排除すべきであった。しかしながら、同受審人は、追い波の危険性に十分配慮しないまま、磯波が生じていない港口水路の東側を素早く航過しようと増速したことにより、速力が波速に近づくこととなってブローチング状態に陥ったものであり、このことが本件発生の原因となる。

(原因)
 本件転覆は、静岡県浜名港沖において、波形こう配の険しい斜め追い波を受けながら港口水路に向けて航行する際、追い波の危険性に対する配慮が不十分で、波速に近づく速力にしてブローチング状態に陥り、船体が大傾斜して復原力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、静岡県浜名港沖において、波形こう配の険しい斜め追い波を受けながら港口水路に向けて航行する場合、波速に近づく速力にするとブローチング状態に陥るおそれがあったから、波速に近づけないよう、速力を調整すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、磯波が生じていない港口水路の東側を素早く航過すれば安全に入航できるものと思い、波速に近づけないように速力を調整しなかった職務上の過失により、ブローチング状態に陥り、船体が大傾斜して復原力を喪失したことによって転覆を招き、船体を全損させるとともに乗組員を溺水により死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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