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 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成13年広審第40号
件名

旅客船こんぴら2機関損傷事件 

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成14年3月27日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、?橋昭雄、横須賀勇一)
参審員(永井欣一、廣安博之)

理事官
安部雅生

指定海難関係人
N株式会社総合エンジニアリング事業部重工センター重工部 業種名:機関製造業
K汽船株式会社 業種名:海運業

損害
左舷主機6番及び7番シリンダのピストンとシリンダライナ焼損

原因
主機の燃焼不良の改善に向けた原因究明を十分に行わなかったこと、乗組員に対して主機取扱い上の指示を十分に与えなかったこと

主文

 本件機関損傷は、燃焼不良に起因する不具合を繰り返す主機に対し、機関製造業者が、改善に向けた原因究明を十分に行わなかったことと、船舶所有者が、乗組員に対して主機取扱い上の指示を十分に与えなかったこととによって発生したものである。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年7月18日15時55分
 香川県高松港沖合

2 船舶の要目
船種船名 旅客船こんぴら2
総トン数 3,639トン
全長 115.90メートル
機関の種類 過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関
出力 8,826キロワット
回転数 毎分520

3 事実の経過
(1) こんぴら2
 こんぴら2は、平成元年10月に進水した、航行区域を沿海区域とする最大搭載人員449人の、2基2軸を備えた全通船楼船首船橋型の鋼製旅客船兼自動車渡船で、主機として、いずれもN株式会社(以下「N」という。)が同年に製造した、NKK−SEMT−ピールスティック 8PC2−6L型と称する立型ディーゼル機関を備え、翌2年3月に進水した姉妹船りつりん2とともに、神戸港と高松港間を約4時間で結ぶ毎日上下各5便の定期運航に従事しており、主機の運転時間は年間6,500時間ばかりであった。また、両船の乗組員については、一括公認を受けて船長が2労2休、船長以外の乗組員が4労2休の就労体制となっていた。
(2) 指定海難関係人N総合エンジニアリング事業部重工センター重工部
 指定海難関係人N総合エンジニアリング事業部重工センター重工部(以下「重工部」という。)は、同社が昭和39年からフランス共和国SEMT−ピールスティック社とライセンス契約を結んでいるPC型機関など、各種ディーゼル機関の技術・設計から製造及びアフターサービスまでを統括管理する業務を行っており、PC2−6型機関に関しては、昭和59年に初号機を完成させて以来製造を続けていたところ、22号機から25号機にあたるこんぴら2及びりつりん2の主機を受注した。
 ところで、重工部は、保証期間経過後の納入機関に対する、部品供給を含めたアフターサービス業務をNの連結子会社であるエヌケーケープラント建設株式会社(以下「プラント建設」という。)に委ねる形態をとっていたが、同社で対処しきれない技術的な問題が生じた場合などには、直接対応して問題処理に当たるようにしていた。
(3) 指定海難関係人K汽船株式会社
 指定海難関係人K汽船株式会社(以下「K汽船」という。)は、海陸運送業及び港湾運送業等を目的として設立され、主として一般自動車航送及び旅客定期航路事業を営んでおり、所有船の保船管理に当たる工務部を設けていた。
 そして、K汽船は、神戸港、高松港間でカーフェリーの定期航路を運航していた他船社が本四架橋の完成を見込んで撤退していくなか、引き続き同航路での運航を継続することにし、大型化による輸送能力の増強及び運航ダイヤの厳守を目的に、こんぴら2及びりつりん2を建造して順次就航させた。
(4) 主機及びプロペラ等の選定経緯
 K汽船は、両船の主機としてC重油専焼仕様のN製PC2−6L型ディーゼル機関を選定するに当たり、重工部が、クラッチ嵌合時の過大な燃料投入などによる弊害を回避するため、自己逆転機関と減速機の組合わせ、もしくは一方向回転機関に減速機と可変ピッチプロペラとを組み合わせた方式を推奨したのに対し、瀬戸内海ではプロペラの損傷が多いため、保船費用及び不稼損失の低減を図ることや、接舷時の安全性及び操船性の観点から、一方向回転機関にクラッチ付逆転減速機と固定ピッチプロペラとを組み合わせた方式を採用した。
 一方、重工部は、それまで納入したPC2−6型主機にはK汽船が採用した組合わせ例はなかったものの、クラッチ付機関としても十分に対応できるものと判断し、燃料噴射系や過給機等の仕様を検討するなどの対策をとらなかった。
(5) 主機及び付属装置
 主機は、シリンダ内径400ミリメートル(以下「ミリ」という。)行程460ミリで、各シリンダヘッドには吸気弁及び排気弁を各2個のほか、開弁圧力300キログラム毎平方センチメートルの燃料噴射弁、指圧器弁などを各1個等を装備し、各シリンダには船尾側から1番ないし8番の順番号が付されていた。
 ピストンは、高さ626.5ミリの球形黒鉛鋳鉄(材料記号FCD600相当)製の一体鋳造型で、頭部は油室に導かれた潤滑油のシェーカー作用によって冷却され、頂部に吸・排気弁用リセスをピストンピン軸に対して非対称に4箇所設け、外周上部にはピストンリング4本及びオイルリング2本を装着するようになっていた。一方、シリンダライナは遠心鋳造製で、上部はボアクーリング方式が採用されていた。
 また、主機は、負荷制限機構(以下「トルクリミッタ」という。)を付加した機械油圧式の調速機を備え、それぞれ弾性継手及び油圧湿式多板クラッチ(以下「クラッチ」という。)内蔵の逆転減速機等を介して、直径3,400ミリの5翼一体ハイスキュー形固定ピッチプロペラを駆動し、遠隔操縦装置により操舵室から発停を含むすべての運転操作ができるようになっていた。
 ところで、主機は、中立運転時の回転数を250(毎分回転数、以下同じ。)とし、クラッチ嵌合極微速力時の回転数を160、航海中の常用回転数を470までと定め、増速時には遠隔操縦装置に組み込まれた増速プログラムにより、竣工時は回転数370から1分間につき5回転ずつ自動的に上げるように設定されていたものの、就航後、増速に要する時間を短縮するため、1分間に約6回転ずつ上げるように変更された。
(6) 主機の運転及び整備状況
 主機は、船体及びプロペラとのマッチングが必ずしも適切でなかったことや、逆転クラッチ嵌合時の燃料ラック突込量を確保する目的から、調速機トルクリミッタの設定が大幅に緩められていたので、始動時やクラッチ嵌合時には瞬間的に多量の燃料が噴射されるばかりか、全般的な給気量の不足により、低負荷時の燃焼状態が極めて不良であった。また、前示の増速プログラム設定では、船速の伸びに対する主機回転数の増速が早過ぎ、過給機が十分に追従できないこともあって、回転数390付近から排気温度が急激に上昇し、回転数440付近までの間で燃焼室の熱負荷が最も高くなるトルクリッチの状態となっていた。
 一方、こんぴら2は、1日に6回出入港を繰り返していたことから、主機に関しては、支障のない限り停泊中も冷却清水ポンプ、潤滑油ポンプ、動弁油ポンプ及び燃料油供給ポンプ等の付属ポンプを連続運転とし、主機のターニング及びエアランニングを昼間の停泊中に1日1回だけとしていたので、燃焼不良の状態で燃焼室内に残留した排気ガス中の亜硫酸ガスから硫酸が生成され、シリンダライナの腐食偏摩耗を進行させ、ピストンによる潤滑油のかき上げ量が増大していた。
 このような状況のもと、主機は、毎年11月の入渠時に全シリンダの開放整備が、半年ごとに過給機及びシリンダヘッドの開放整備がそれぞれ実施されたにもかかわらず、シリンダライナの偏摩耗や潤滑油の消費量過多に加えて、運転時間の経過とともに、不完全燃焼による粘着性の硬質カーボンが燃焼室に蓄積し、カーボンの噛み込みによる吸・排気弁の吹抜けを繰り返すようになったうえ、平成5年以降には、主として熱負荷が急増するプログラム増速中に、ピストンとシリンダライナの焼付きが相次いで発生するようになった。
(7) 主機の諸問題に対する対応
 重工部は、こんぴら2及びりつりん2の就航以来、毎日の通常航海中の主機運転データや取扱い状況等についての情報を入手し、平成2年から同5年まではプラント建設を支援する形で、定期的なシリンダライナのホーニング加工、ピストンリング及びオイルリングの形状変更並びに電動補助ブロワの新設など、潤滑油消費量過多や低負荷時の燃焼改善のための対策を講じたものの、こんぴら2の主機でピストンとシリンダライナの焼付きが発生するに及んで、直接、原因調査と改善策の検討に乗り出した。
 そして、重工部は、こんぴら2主機の開放整備に立ち会うなどして調査し、主機に生じた不具合は主に燃焼不良に起因するものとして、同6年から7年にかけ、燃料噴射弁ノズルの小径化及び燃料噴射時期の調整による低負荷時の燃焼改善、機関室空気ダクトの改造による両舷主機給気量均衡化、ピストン頂部の削正及びスカート部テーパー加工によるシリンダライナとの当たり緩和、並びに低負荷時の吸・排気弁開閉時期変更による吹抜け防止等の対策をK汽船に提案するとともに、前示主機運転データから、常用運転域がトルクリッチ状態にあるとしてプロペラカットを推奨した。
 K汽船は、重工部の提案した前示対策を順次実施したのち、こんぴら2については同9年11月入渠時に両プロペラ翼先端の一部削除を実施した。
 ところが、重工部は、プロペラカットによって主機の諸問題が解決するものと考え、前示の対策やプロペラカットが実施されたのち、主機のクラッチ嵌合から通常運航に至るまでの、運転諸元の計測や指圧図等での燃焼解析によりその効果を検証するなどして、燃焼不良の改善に向けての系統的な原因究明を十分に行わなかったので、依然としてクラッチ嵌合時の燃料投入量の最適化が図れなかったばかりか、現状の増速プログラム設定では、増速域でトルクリッチ状態に陥り、熱負荷が急増することなどを把握できていなかった。
 一方、K汽船は、こんぴら2及びりつりん2の就航以来、主機の燃焼不良、潤滑油の消費量過多及び吸・排気弁の吹抜け等の問題に苦慮し、毎年の主機開放整備の際にはプラント建設に対してサービスエンジニアの立ち会いを依頼するほか、重工部提案の各種対策を講ずるも、期待した成果が得られないまま、やがてピストンとシリンダライナが焼付くなど、部品の新替え費用が多大となり、運航にも支障が生じるようになった。しかし、両船では主機の取扱いが適切に行われているものとし、重工部からも指摘を受けた、毎入港後のエアランニングを励行することや、停泊中は主機の保温に努めることなど、主機取扱い上の注意を乗組員に対して指示、徹底しなかったので、その後も主機の取扱いが不適切で、燃焼室部材の損耗などを助長させていることに気付かないままであった。
(8) 本件に至る経過
 主機は、低負荷運転中の燃焼不良及び増速プログラム中における燃焼室の熱負荷急増が十分に改善されないまま運転が続けられたうえ、燃料噴射時期が早められたことで火焔先端がピストン頂部やシリンダライナに直接当たるようになり、ピストン頂面に付着した未燃燃料油が増速中に後燃えすることもあって、使用時間や燃料噴射弁の状況などで個々のシリンダによって差異はあるものの、ピストン頂部の火焔マーク付近に生じた焼食が進行するとともに、未燃カーボンの生成、堆積でピストンの冷却が阻害されて過熱膨張する一方、低温腐食や未燃燃料の影響を受けてシリンダライナの潤滑性が低下する状況となっていた。
 こうして、こんぴら2は、船長H及び機関長Tほか11人が乗り組んで定期運航を続け、平成12年7月18日14時10分高松港に入港し、乗客87人及び車両53台を載せ、船首4.3メートル船尾4.9メートルの喫水をもって、15時32分同港を発して神戸港に向かい、両舷主機が増速プログラムによって増速中、15時55分庵治白石礁照射灯から真方位280度1,200メートルの地点において、左舷主機6番シリンダで過熱膨張したピストン頂部と潤滑性の低下したシリンダライナとが金属接触を起こし、回転数が380ばかりとなったとき、同機のクランク室オイルミスト警報装置が作動した。
 当時、天候は晴で風力3の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
 T機関長は、直ちに左舷主機を減速、停止して点検したところ、6番シリンダのピストンとシリンダライナの間から冷却清水の漏洩を認め、同機の運転は困難と判断してその旨を船長に報告した。
 こんぴら2は、右舷主機のみ低速で運転して同日17時00分高松港に引き返し、乗客及び車両を予備船に移乗させたのち、整備委託業者の手により、左舷主機6番シリンダの損傷部品を新替えして修理を終え、同夜同港沖合で試運転に取り掛かり、両舷主機をプログラム増速中、再びオイルミスト警報装置が作動したため点検したところ、左舷主機7番シリンダにピストンとシリンダライナとの焼付きが発見され、翌19日同シリンダの損傷部品を新替えして修理された。
 なお、左舷主機両ピストンの推定総使用時間は、6番シリンダが70,000時間、7番シリンダが40,000時間であった。
(9) 事後措置
 本件発生後、K汽船は、こんぴら2の運航を断念したうえ、重工部と協議を重ね、同船とりつりん2を順次入渠させて主機を開放することとし、同部に対してピストン焼損事故等の徹底的な原因究明と根本的な対策立案を要請した。
 そして、重工部は、原因究明に向けてプロジェクトチームを編成し、主機燃焼室主要部品の損耗状況を詳細に調査するとともに、運航時における両船の主機回転数と燃料ラック挙動などの運転諸元を計測するなど、ピストン焼損に至るメカニズムを検討した結果、燃焼不良の改善に向け、調速機トルクリミッタの運転可能限界までの調整、増速プログラムの変更による増速率の緩和、燃料噴射時期の再調整及び過給機の再マッチング等、同種事故の再発防止のための抜本的な対策をK汽船に提言、実施した。
 一方、K汽船は、重工部などの調査から、両船とも昼間の停泊時間の長いときのみ主機のターニング及びエアランニングを行い、他の停止時には省略していたことなどが判明したため、両船に対して、毎入港時の主機停止後にエアランニングを励行するよう厳命し、停泊中の主機の保温対策として清水加熱器の容量アップを計画するなど、同種事故の再発防止策を講じた。


(原因についての考察等)
 本件は、就航以来燃焼不良に起因する不具合の発生を繰り返す主機に対し、種々の改善対策が講じられたにもかかわらず、ピストン焼損事故が防止できなかったもので、その原因について考察する。
1 固定ピッチプロペラ及び逆転減速機の採用について
 こんぴら2は、主機の仕様検討に当たり、重工部が自己逆転機関または可変ピッチプロペラの装備を推奨したのに対し、保船費用の軽減や接岸時の安全性などの観点から、K汽船の要望した一方向回転機関にクラッチ付逆転減速機と固定ピッチプロペラとを組み合わせた方式が採用されることになった。
 重工部は、それまで同方式によるPC2−6型機関の納入実績がなかったから、想定される燃焼不良等の問題をできるだけ軽減するよう、機関製造業者として機種選定及び仕様について十分検討を要するところであったが、同機関が同方式にも対応できると判断し、仕様を変更する等の対策はとらなかった。
 したがって、同部の、「前示方式が採用された結果、クラッチ嵌合時に一時的に過剰な燃料が投入されることは不可避であり、定常的な不完全燃焼による燃焼室の汚損及び未燃焼残査の堆積を惹起した。」とする主張は認めることができない。
2 トルクリッチの影響及びプロペラカット後の対策
 こんぴら2は、常用運転域がトルクリッチ状態にあるという重工部の指摘により、平成9年のプロペラカットが実施され、同運転域での運転状態は改善されたものの、その後も主機には燃焼不良に起因する不具合が頻発する状況であった。これに対し、重工部は、「プロペラカットとともに本件後実施したような改善策を行っていれば、本件事故は回避し得た可能性が高く、K汽船からプロペラカットについて事前の通達や要請がなかったので、対応できなかった。」旨を主張している。
 しかしながら、重工部は、K汽船に対してプロペラカットを推奨した際、再チューニングを含む改善案を具体的に提示した証拠はなく、また、こんぴら2の毎入渠工事には、プラント建設のサービスエンジニアが立ち会い、プロペラカット施工を知り得る立場にあり、翌年以降に対策を講じることが可能であったにもかかわらず、何ら実施しておらず、同部の主張は認めることはできない。

(原因)
 本件機関損傷は、就航以来、燃焼不良に起因する吸・排気弁の吹抜け、ピストン焼損等を繰り返す主機に対し、機関製造業者が、改善に向けた原因究明を十分に行わず、クラッチ嵌合時の過大な燃料投入や増速中の熱負荷増大などへの対策が講じられなかったことと、船舶所有者が、乗組員に対して、停止後にエアランニングを励行するなどの主機取扱い上の指示を十分に与えず、ピストン及びシリンダライナの損耗が助長されたこととにより、香川県高松港を発して増速中、過熱膨張したピストン頂部と潤滑性が低下したシリンダライナとが金属接触したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 重工部が、燃焼不良に起因する主機の不具合防止対策を講ずるに当たり、改善に向けた原因究明を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 重工部に対しては、本件発生後、プロジェクトチームを編成して原因究明に努め、調速機トルクリミッタの最適化及び増速プログラムの変更など、同種事故の再発防止のための恒久的な対策を船舶所有者に提言し、実施した点に徴し、勧告しない。
 K汽船が、就航以来、乗組員に対して、エアランニングを励行するなどの主機取扱い上の指示を十分に与えなかったことは、本件発生の原因となる。
 K汽船に対しては、本件発生後、機関製造業者と協議を重ね、乗組員に対して主機停止後のエアランニングを励行するよう厳命するなど、同種事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。 





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