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 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成13年函審第61号(第1)
平成13年函審第62号(第2)
件名

(第1)漁船第六十五永昌丸機関損傷事件  
(第2)漁船第六十五永昌丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成14年3月13日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(安藤周二、工藤民雄、織戸孝治)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:第六十五永昌丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
ピストン及びシリンダライナの焼損

原因
(第1)主機トルクリッチ運転の回避措置不十分
(第2)主機ピストン及びシリンダライナの焼損の再発防止措置不十分

主文

(第1)
 本件機関損傷は、主機トルクリッチ運転の回避措置が不十分で、燃焼ガスが著しく吹き抜けてピストンとシリンダライナの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
(第2)
 本件機関損傷は、主機ピストン及びシリンダライナの焼損の再発防止措置が不十分で、燃焼ガスの吹抜けが増加するままに運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
(第1)
 平成13年1月31日21時05分
 北海道釧路港南西方沖合
(第2)
 平成13年3月9日22時00分
 北海道釧路港南西方沖合

2 船舶の要目
(第1、第2)
船種船名 漁船第六十五永昌丸
総トン数 124.75トン
登録長 31.82メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
回転数 毎分720

3 事実の経過
 第六十五永昌丸(以下「永昌丸」という。)は、昭和54年9月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として平成4年3月に株式会社新潟鉄工所(以下「新潟鉄工所」という。)が製造した6MG28CX型と呼称するディーゼル機関を備え、可変ピッチプロペラを有し、船橋から主機とプロペラ翼角(以下「翼角」という。)の遠隔操作ができるようになっていた。
 主機は、同年6月換装の際に据え付けられたもので、負荷制限装置の付設により計画出力1,029キロワット同回転数毎分640(以下、回転数は毎分のものを示す。)として登録され、換装後に同装置の設定が解除されていた。
 また、主機は、各シリンダに船首側を1番とする順番号が付されており、一体型の球状黒鉛鋳鉄製ピストンには、上部のピストンリング溝に3本の圧力リング及び2本の油かきリングのピストンリングがそれぞれ装着されていた。主機のシリンダライナは、内径280ミリメートル行程350ミリメートルの合金鋳鉄製で、クロムメッキが施された内面をピストンが摺動し、その摺動面が潤滑油のシステム油系統のはねかけにより注油される構造になっていた。
 A受審人は、昭和61年12月以来、平成7年7月から翌8年6月にかけて下船した期間を除き、永昌丸の機関長として乗り組み、主機の運転保守にあたっていた。
(第1)
 永昌丸は、北海道釧路港を根拠地とし、毎年8月から翌年5月まで択捉島、同港沖合等の漁場で操業を続け、6月から7月の休漁期間に船体や主機の定期整備を行い、同12年の休漁期間には、全シリンダのピストン、シリンダライナの抜出し、燃料噴射弁や燃料噴射ポンプ等の整備を行った後、例年どおり操業を再開した。
 ところで、主機は、運転取扱要領として、排気温度やシリンダ内最高圧力等の各計測値を工場試験の記録と定期的に比較して適正にすることが取扱説明書で指示されており、同記録における連続最大出力時の各シリンダ出口排気温度の最高値が摂氏375度(以下、温度は摂氏とする。)、平均値が371度であった。
 永昌丸は、水揚げのために漁場から根拠地に向け航海全速力前進で航行する際、船橋から遠隔操作で主機を回転数720、翼角21度としていたが、同12年9月以降に好漁が続いたことから漁獲物の満載及び荒天模様による影響を受け、船体抵抗が増加して主機が可変ピッチプロペラ特性曲線表に示されるトルクリッチの領域で運転され、主機の各シリンダ出口排気温度が最高値で460度に達し平均値で工場試験記録の連続最大出力時を54度ばかり超える高い状態になった。
 ところが、A受審人は、主機の排気温度を計測して同温度が高い状態を認めていたものの、これまで無難に運転しているから大丈夫と思い、船橋の操船者に翼角を下げさせるなどのトルクリッチ運転の回避措置をとることなく、翼角21度のままで運転を続けた。
 その後、主機は、トルクリッチ運転中に1番及び2番シリンダのピストンとシリンダライナとの摺動面に注油される潤滑油が炭化してピストンリング溝に付着し、ピストンリングが固着したことにより燃焼ガスが吹き抜けるようになった。
 こうして、永昌丸は、A受審人ほか14人が乗り組み、操業の目的で、船首1.8メートル船尾4.2メートルの喫水をもって、同13年1月30日23時40分釧路港を発し、同港南西方沖合の漁場に至り操業を行い、翌31日操業を終えて漁獲物を満載し、同漁場から同港に向け主機回転数720、翼角を21度として航行中、1番及び2番シリンダの燃焼ガスが著しく吹き抜けてピストンとシリンダライナとの摺動面の潤滑が阻害され、21時05分釧路埼灯台から真方位212度17海里の地点において、ピストンスカート部とシリンダライナとが焼き付き、主機が異音を発した。 
 当時、天候は曇で風力2の北風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、甲板作業中に船橋から主機の異音を知らされ、機関室に急行して主機を停止した後、クランク室を点検したところ1番及び2番シリンダのシリンダライナ下部水密Oリングの溶損による冷却水の滴下を認めて運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
 永昌丸は、付近を航行中の僚船に曳航され、翌2月1日釧路港に帰港し、主機を精査した結果、前示ピストン及びシリンダライナの焼損が判明し、各損傷部品を新替えした。
(第2)
 永昌丸は、平成13年2月3日に主機の焼損(第1)修理による臨時検査を受検し、操業が再開された後、水揚げのために漁場から根拠地に向け航海全速力前進で航行する際、依然、翼角21度としたまま、主機を回転数720にかけ運転していた。
 ところが、主機は、今度は4番、5番及び6番シリンダのピストンリングが固着し始め、燃焼ガスの吹抜けが次第に増加してクランク室に漏れ、同室のオイルミストがミスト管を経て甲板上に排出される状況となった。
 しかし、A受審人は、同月27日主機の運転中にオイルミストが多量に排出される状況を認めたものの、大事あるまいと思い、ピストンリングの状態を速やかに確かめるなどしてピストン及びシリンダライナの焼損の再発防止措置をとることなく、そのまま運転を続けた。
 こうして、永昌丸は、A受審人ほか14人が乗り組み、操業の目的で、船首1.8メートル船尾4.2メートルの喫水をもって、同13年3月8日23時30分釧路港を発し、同港南西方沖合の漁場に至り操業を行い、翌9日操業を終えて漁獲物を満載し、同漁場から同港に向け主機回転数720、翼角を21度として航行中、4番、5番及び6番シリンダの燃焼ガスの吹抜けによりピストンとシリンダライナとの摺動面の油膜が途切れて潤滑が阻害され、22時00分釧路埼灯台から真方位212度25海里の地点において、ピストンスカート部とシリンダライナとが焼き付き始め、白煙がミスト管を経て甲板上に噴出した。
 当時、天候は曇で風力5の北西風が吹き、海上には白波があった。
 A受審人は、甲板作業中に乗組員から白煙の噴出を知らされ、機関室に急行して主機を停止した後、クランク室の点検及びターニング等を行って始動を試み、低速で運転した。
 永昌丸は、続航して翌10日釧路港に帰港し、主機を精査した結果、前示ピストン及びシリンダライナの焼損が判明し、各損傷部品を新替えした。

(原因)
(第1)
 本件機関損傷は、主機トルクリッチ運転の回避措置が不十分で、排気温度が連続最大出力時を超える高い状態のままに運転され、ピストンリングの固着により燃焼ガスが著しく吹き抜けてピストンとシリンダライナの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(第2)
 本件機関損傷は、主機ピストン及びシリンダライナの焼損の再発防止措置が不十分で、ピストンリングの固着による燃焼ガスの吹抜けが増加するままに運転が続けられ、ピストンとシリンダライナの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
(第1)
 A受審人は、主機の運転保守にあたり、水揚げのために漁場から根拠地に向け航海全速力前進で航行中に漁獲物の満載及び荒天模様による影響を受けて排気温度の高い状態を認めた場合、船体抵抗が増加して主機がトルクリッチ運転になるから、排気温度が工場試験の連続最大出力時の記録を超えて上昇しないよう、船橋の操船者に翼角を下げさせるなどのトルクリッチ運転の回避措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、これまで無難に運転しているから大丈夫と思い、トルクリッチ運転の回避措置をとらなかった職務上の過失により、1番及び2番シリンダのピストンリングの固着により燃焼ガスが著しく吹き抜けてピストンとシリンダライナの潤滑が阻害される事態を招き、ピストン及びシリンダライナの焼損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
(第2)
 A受審人は、主機の運転中にクランク室のミスト管から排出される多量のオイルミストを認めた場合、ピストン及びシリンダライナの焼損が発生したあとでピストンリングが固着し始めていたから、燃焼ガスが吹き抜けないよう、ピストンリングの状態を速やかに確かめるなどして同焼損の再発防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、大事あるまいと思い、同焼損の再発防止措置をとらなかった職務上の過失により、4番、5番及び6番シリンダのピストンリングの固着による燃焼ガスの吹抜けが増加するままに運転を続け、ピストンとシリンダライナの潤滑が阻害される事態を招き、ピストン及びシリンダライナの焼損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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