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 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 火災事件一覧 >  事件





平成12年仙審第82号
件名

漁船第三常磐丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成14年3月29日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(大山繁樹、東 晴二、喜多 保)
参審員 増田英俊、後藤幸弘

理事官
岸 良彬

指定海難関係人
Tドック鉄工株式会社塩釜事業所 業種名 船舶整備業
K工業 業種名 鉄工業

損害
機関室の諸機器を濡れ損、居住区及び船橋楼焼損

原因
船舶整備業者の防火管理不十分、従業員に対する防火指導不十分

主文

 本件火災は、元請けの船舶整備業者が、防火管理を十分に行わなかったことと、下請けの鉄工業者が、従業員に対する防火指導を十分に行わなかったこととにより、煙突倉庫床鋼板を溶接作業中、高温のスパッタが同倉庫下方区画の天井裏の可燃物に着火して延焼したことによって発生したものである。

理由

(事実)
第1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年8月20日09時40分
 塩釜港塩釜区造船所構内

第2 船舶の要目
船種船名 漁船第三常磐丸
総トン数 349トン
登録長 55.97メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,912キロワット

第3 事実の経過
1 第三常磐丸
(1)船体構造
 第三常磐丸(以下「常磐丸」という。)は、昭和58年12月に建造された、まき網漁業に従事する全通二層甲板型鋼製漁船で、上甲板上は、船首部が船首甲板、同甲板に続いて中央部までが両舷に甲板通路を設けた居住区、中央部から船尾までが漁労甲板で、居住区上方の船幅いっぱいにとられた船橋甲板上には、船首寄りに長さが居住区のほぼ半分で、幅が居住区よりやや狭い船橋楼を有し、その内部が船首方から順に操舵室、無線室、船長室、漁労長室となっており、漁労長室の船尾方が船体中心において左右に金網で仕切られ、右側が主機等の排気管が配管されて上方のファンネルに通じる機関室囲壁天井スペースで、左側が雑品等を収納する煙突倉庫として使用されていた。
 上甲板下は、船首方から順に3番清水タンク、錨鎖庫、機関室上段、7番、8番各魚倉及び操舵機室が、第2甲板下は、船首方から順に機関室下段、1ないし6番の魚倉が配置されていた。
(2)居住区
 居住区は、長さ約23.4メートル幅約7.5メートルで、船首側に中央のエアコン室を挟んで両舷に機関室用通風機室があり、船首尾方中央に通路(以下「居住区通路」という。)が設けられ、同通路を挟んで右舷側には船首から順に船横方向の通路、便所、船員室2部屋、機関室囲壁、食堂及び賄い室が、左舷側には船首方から順に1ないし6番の船員室、浴室、倉庫等がそれぞれ配置されていた。
 また、居住区通路右舷側には、中ほどに機関室及び魚倉へ降りる階段が、船首寄りに操舵室へ昇る階段がそれぞれ設けられていた。
(3)5番船員室
 5番船員室は、前後長さ約1.9メートル幅約2.9メートル高さ約2.0メートルで、右舷壁に木製の入口扉、左舷壁に丸窓を設け、四方の壁及び天井には化粧合板が張られ、床にはカーペットが敷かれていた。そして、左舷壁沿いに木製の2段ベッド、船尾壁沿いに木製のロッカー2個を設置し、照明器具が天井に取り付けられていた。
 5番船員室の天井裏は、天井の化粧合板(以下「天井板」という。)と煙突倉庫の床などに当たる船橋甲板との間の約30センチメートル(以下「センチ」という。)の空所で、4番、6番各船員室及び居住区通路の天井裏とはつながっていて、板などで仕切られていなかった。また、天井板の裏側には、厚さ5センチのグラスウールの断熱材が張られているほか、厚さ2.5センチのグラスウールの断熱材を巻いた通気ダクトが配置され、照明用等のビニール被覆電線及びあじろがい装電線が束ねて布設されており、グラスウールの断熱材には、片面にアルミ箔(はく)クラフト紙が張られていた。
(4)煙突倉庫
 煙突倉庫は、前後長さ約1.9メートル、幅が船首側から船尾側に向かって狭くなり、船首側の幅が約2.9メートル、船尾側の幅が約2.5メートル、高さが約2.1メートルで、左舷壁に船橋甲板から出入りする扉が設けられ、同倉庫の床は、厚さ6ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鋼板で、表面に強化プラスチックが張られていた。
(5)居住区通路
 居住区通路は、幅約0.9メートル高さ約2.0メートルで、天井板の裏側には、通気ダクトが配置され、動力・照明用等のビニール被覆電線及びあじろがい装電線が布設されていた。同ダクトの周囲には、片面にアルミ箔クラフト紙を張った厚さ2.5センチのグラスウールの断熱材が巻かれていたが、天井板の裏側には断熱材は張られていなかった。
(6)機関室用通風機
 機関室用通風機は、容量が7.5キロワット毎分550立方メートルの軸流可逆型で、居住区船首側両舷の機関室用通風機室に1台ずつ設置され、吸・排気用の発停スイッチが機関室に設けられていた。
2 指定海難関係人
(1)指定海難関係人Tドック鉄工株式会社塩釜事業所
 指定海難関係人Tドック鉄工株式会社塩釜事業所(以下「塩釜事業所」という。)は、昭和62年7月30日に設立され、船舶の修理及び整備を主業務として、沖修理を含めて年間約300隻程度手がけ、同事業所内に船舶営業部、船舶工作部の2部を設け、同工作部は、船体課、機電課、設計室及び船渠長で構成され、工事中の各船工事の現場責任者は、船体及び機電各課の係長職の者が当たっていた。
 また、塩釜事業所は、入渠船の防火管理に当たり、消防法に則って「消防計画」を策定し、溶接及び溶断等の火気作業を行う場合は、発生する火花等を考慮し、周囲の可燃物を除去し、安全を確保してから作業を行うこと、特に裏側の可燃物に注意を払い、必要な場合は監視員を置いて作業を行うことなど、社員及び下請け業者の順守事項を決め、このほかに「消防計画」をもとに「火気使用基準」を策定し、火気作業に当たっては、火気使用箇所の周囲、隔壁、天井及びそれらの裏側の構造と状況を確認するなど、より細かく火気作業の基準を定めており、各船現場の防火責任者には、各船の工事現場責任者でもある係長職の者が就いていた。
(2)指定海難関係人K工業
 指定海難関係人K工業(以下「K工業」という。)は、代表者Dが平成5年に代表として設立した、鋼材の溶接・溶断工事を事業とする従業員5人の個人企業で、造船、鉄骨業等の元請け会社のもとで下請け作業に従事し、Tドック鉄工株式会社から随時注文を受けていた。
3 本件に至る経過
(1)入渠工事
 常磐丸は、静岡県焼津港において水揚げ後、船長Oほか19人が乗り組み、定期検査工事の目的で、船首2.80メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、平成12年7月30日09時00分同港を発し、翌31日06時00分塩釜港塩釜区の塩釜事業所に入渠し、同事業所と工程表、修理箇所の確認などの打合せを行ったのち上架され、8月28日に海上試運転を行う予定で同工事が始められた。
 工事期間中、乗組員は全員が休暇で下船し、必要な場合に塩釜事業所が船長、機関長宅に電話を入れ、打合せや立会いを求めて工事を進めていたところ、常磐丸は8月12日に下架され、その後塩釜港導灯(前灯)から真方位075度1,080メートルの地点において、塩釜事業所第3船台前の岸壁に船首を南に向けて左舷付けし、工事が続けられた。
(2)塩釜事業所の防火管理状況
 塩釜事業所は、火気作業を伴う工事において、前示の「消防計画」及び「火気使用基準」をもとに担当係長が朝礼時に防火について注意を促し、構内には持運び式消火器、水を入れるバケツ等を用意して必要なとき作業員が借りられるようにし、担当係長が船内の工事箇所を写真撮影するなどして適宜巡視していたが、長期間大きな火災事故が発生していなかったこともあって、社員及び下請け業者の従業員の火気作業に対する防火の取り組みも形式的になり、火気使用箇所及びその周辺を各船の一般配置図で確認するなど実状に合わせた、具体性のある防火管理が徹底されていなかった。
(3)煙突倉庫床の修理
 常磐丸は、煙突倉庫に雨水などが入ると、5番船員室天井から水漏れをしていたことから、同倉庫床を点検のうえ修理するようドックオーダーを出していた。工事の船体関係の現場責任者である船体課船体係長Sは、8月中頃下請けのC工業に指示して煙突倉庫床表面の強化プラスチックを剥がし(はがし)、5番船員室の天井板を剥がして点検したところ、同倉庫床鋼板に腐食した小指大の破口を数箇所認めたので、破口箇所に厚さ6ミリの鋼板片を当てる溶接(以下「パッチ当て」という。)をすることとし、常磐丸の定期検査工事に伴って下請けとして雇入れされ、各所の溶接工事を行っていたK工業に同修理を指示した。
 ところで、煙突倉庫床は、下方に当たる5番、4番各船員室及びそれらの右舷側に隣接する居住区通路の3区画に、天井裏を介してまたがっていたが、S係長は、水漏れするのが5番船員室とドックオーダーに記載されていたことから、煙突倉庫床の下方が同船員室のみと思い込み、同倉庫床下方の配置状況を常磐丸の一般配置図などで確認しなかったので、このことに気付かなかった。
 このため、S係長は、煙突倉庫床の溶接修理をK工業に行わせるに当たり、5番船員室については、前示C工業が天井を剥がした際に、床のカーペットが汚れないように段ボールを敷き、取り外した天井板及び同板に敷かれていた断熱材を寝台に置いていたが、居住区通路寄りの天井板を取り外さず、断熱材の一部を垂る木上に置いたままとしていたので、5番船員室で監視に当たる者にとって天井裏で見えにくい部分があり、溶接の際に発生する高温のスパッタ(以下「スパッタ」という。)が落下しても気付かないおそれがあった。また、S係長は、4番船員室については、天井板の取り外しは全く行わなかった。一方、居住区通路については、天井から水漏れすることがあるので、同通路天井裏の通気ダクトなどを点検することとしたドックオーダーも出ていたことから、その点検の準備として、下請け業者に天井板を取り外させていた。 
 K代表者は、S係長から常磐丸の工事が他船の工事と重なって遅れ気味なので、煙突倉庫床の修理を早めるように指示され、8月17日にガス溶接経験10年以上のNを、翌18日に電気及びガス溶接経験10年以上のHをそれぞれ従業員として雇入れし、19日土曜日、20日日曜日に同修理を行うこととした。
 19日K代表者は、N従業員と2人で煙突倉庫床をパッチ当てするに当たり、N従業員を5番船員室でスパッタが可燃物に落下して火災とならないよう監視に当たらせたが、同倉庫床の腐食が激しく、補修してもまたすぐに破口を生じるおそれがあったので、S係長と相談のうえ、パッチ当てした上から床全面に厚さ6ミリの鋼板を溶接して張り付けることとし、鋼板を同倉庫床の大きさに切断したうえ4分割し、そのうち2枚の鋼板を同倉庫床前部の左右に置き、壁、床及び両鋼板の接合面とにそれぞれ点溶接により仮溶接し、残りの鋼板2枚を翌20日に点溶接することにして16時00分ごろその日の作業を終了した。
 翌20日08時00分S係長は、社員及び下請け業者の従業員全員で体操をしたのち、円陣を組んで火災について注意し、持運び式消火器と水の入ったバケツの用意、火気使用箇所の裏側への監視員の配置などを指示し、08時30分から1時間ばかりの予定で、常磐丸船内の修理箇所を写真撮影しながら巡視を開始した。
 K代表者は、前日に引き続き煙突倉庫床の残り2枚の鋼板を溶接修理することにしたが、上甲板下の魚倉の修理もあったことから、その修理を自ら行うこととし、煙突倉庫床の方の修理は、H従業員を溶接に当たらせ、N従業員には前日同様5番船員室で監視をさせたが、「そっちの方の仕事は頼むな。」と言っただけで、「溶接を終了しても見えないところでスパッタが落下してくすぶっていることがあるから、暫く(しばらく)は持ち場を離れず、監視を続けよ。」というような防火に対する指導を十分に行わなかった。
 なお、当時常磐丸船内では、上甲板下の機関室、魚倉等で下請け業者が数社入って作業をしていたものの、居住区及び船橋楼で作業を行っていたのは、K工業以外に賄い室の床鋼板の張替えに当たっていた下請けの有限会社北東工業の従業員が1人だけであった。
(4)火災発生の経緯
 09時00分H従業員は、煙突倉庫で3枚目の鋼板を床後部の右に置いて溶接を始め、N従業員は、5番船員室に持運び式消火器と水の入ったバケツを置いて、監視に当たった。
 こうして溶接修理中、スパッタが煙突倉庫床鋼板の塞がれて(ふさがれて)いなかった腐食破口箇所、若しくは溶接中に生じた破口箇所から、5番船員室天井裏の天井板、垂る木、断熱材、電線、断熱材を巻いた通気ダクト、あるいは居住区通路天井裏の垂る木、電線、断熱材を巻いた通気ダクト等のいずれかに落ち、綿ごみを介在物として天井板、垂る木等の可燃物に着火してくすぶり始めた。
 09時30分5番船員室で監視中のN従業員は、H従業員から休憩の合図の床を叩く(たたく)音を聞いたが、このとき、天井裏のくすぶりによる煙の量がまだ少なかったうえに、取り除いていなかった天井板や断熱材の陰になっていたこともあって、煙に気付かないまま、すぐに同船員室をあとにして、居住区通路の船尾側入口扉から上甲板に出て、居住区船尾側の階段から船橋甲板に上がって煙突倉庫でH従業員と休憩に入った。
 その後、くすぶりによる煙が広がり、09時38分ごろ5番船員室、居住区通路などの天井付近が煙で充満し、H、N両従業員は休憩を終え、H従業員が引き続き3枚目の鋼板の点溶接を始めて間もなく、煙突倉庫床の中央付近でまだ4枚目の鋼板の張っていない箇所からたばこの煙のようなものが立ち上がり、これを両従業員が認め、不審に思ったN従業員が急いで5番船員室に向かった。
 このころ機関室では、同室内換気のため居住区船首側左舷の機関室用通風機のみを吸気運転していたが、5番船員室及び居住区通路の天井に発生した煙が、開けていたエアコン室及び左舷の機関室用通風機室の入口扉を経て吸い込まれたことから、急激に機関室内が煙で充満し、機関室作業を巡視中の機電課主任Wが、排煙しようとして同通風機を吸気から排気に切り替えたところ、機関室内の空気が居住区通路に排出されたため、くすぶっていた天井板や垂る木が短時間で一気に燃え上がり、09時40分居住区通路の船尾側入口扉から中に入ろうとしたN従業員が、同扉から大量の黒煙が吹き出ているのを認めた。
 当時、天候は晴で風力4の南南東風が吹いていた。
(5)消火作業及び焼損状況 
 S係長は、常磐丸の巡視を終えて事務所に帰ってほどなく、火災を知らせる構内クレーンのサイレンを聞き、事務所の外へ出て常磐丸の船橋付近から煙の出ているのを認め、社員とともに駆けつけて上甲板上から消火ホースで居住区通路の船尾側入口めがけて放水したものの火勢が強くて手に負えず、岸壁に戻って陸電を切り、アセチレンガス、酸素の元栓を閉めた。
 上甲板下では、機関室、魚倉等で作業中の社員及び下請け業者の従業員が、外で火災を知らせる叫び声や煙などで異状を知り、居住区内の階段から脱出しようとしたものの煙でかなわず、船尾側の8番魚倉ハッチから上甲板に脱出して岸壁へ逃れた。
 09時49分塩釜消防署の最初の消防車が現場に到着し、同時56分消火放水を開始し、その後9台の消防車によって消火作業が行われ、10時30分ごろ塩釜海上保安部の巡視艇など4隻が加わって海上からも消火作業に当たったところ、居住区及び船橋楼をほぼ全焼して13時55分鎮火した。
 火災の結果、常磐丸は、前示箇所をほぼ全焼したほか、消火放水で機関室の諸機器を濡れ損したが、のち焼損した居住区及び船橋楼が撤去されたうえ新しく建造され、内部の設備、無線、漁労機器等が新替えされ、濡れ損した機関室の諸機器が整備されるなど、損傷部はすべて修理された。
(6)本件後の防火対策
 本件後塩釜事業所は、防火対策を強化し、修繕船の一般配置図を見やすいところに掲示して火気使用箇所の裏側を確認しやすいようにし、また、「火気使用基準」を改正し、火気使用後1時間は現場を離れないなど具体的な防火対策を加えて「火災・爆発防止対策基準」にまとめ、更に防火対策漏れがないよう同防止対策基準の末尾のチェックリスト部分をポケット版にして、社員及び下請け業者の従業員全員に配布するなど、防火管理に努めている。
 本件後K工業は、従業員に溶接作業を行わせるに当たり、溶接箇所裏側の監視を十分に行うよう指導し、防火に努めている。

(原因に対する考察)
 本件火災は、上甲板上の前部構造物である居住区から出火し、居住区及び船橋楼をほぼ全焼したもので、着火源及び着火した可燃物について考察する。
1 着火源
 本件当時、居住区及び船橋楼における火気作業は、煙突倉庫と賄い室の溶接作業である。賄い室で作業をしていた下請け業者の従業員は、本件時、賄い室船首側の食堂及び居住区通路側2箇所の入口扉から煙が入ってきたと述べていることから、少なくとも賄い室からの出火ではなく、これに、塩釜消防署の5番船員室の焼損が最も激しい旨の回答書とを勘案して、煙突倉庫床の溶接修理に伴う火災が推定されるが、これ以外の着火源についても可能性が全くないわけではないので、その点を含めて検討する。
(1)電気火災
 船内電源は、陸電から取り、機関室の主配電盤を経由して分電盤に配電されているが、機関室では、機関室用通風機を運転し、室内の照明灯を使用して作業に当たっていたが、本件発生時同通風機が正常に運転され、照明灯も点灯しており、また、居住区通路の照明灯も本件発生時まで点灯し、主配電盤、分電盤の各ブレーカーが飛んだ形跡もないことから、動力・照明用電線の短絡、漏電等が着火源とは認められない。
 溶接作業は、岸壁に置いた電気溶接機から溶接用ケーブルを船内に引き込んでいたが、煙突倉庫及び賄い室をはじめとして船内の溶接作業が支障なく行われ、また、5番船員室で溶接作業が行われていないこと、本件発生時同溶接機、同ケーブル等に焼損がなく、本件後もそれらに使用上問題がないことから、同溶接機及び同ケーブルの短絡等が着火源とは認められない。
(2)アセチレンガス火災
 アセチレンガスによる溶断作業は、アセチレンガス及び酸素のホースを岸壁の元栓から船内に引き込んで行っていたが、本件発生時それらのホースを岸壁に引き戻し、本件後ホースに漏洩(ろうえい)等がなく、そのまま使用されていること、本件発生時居住区でアセチレンガス溶断作業が行われていないことから、アセチレンガスによる火災とは認められない。
(3)たばこの火による火災
 喫煙場所以外での喫煙は禁止され、日頃このことが順守されていたこと、入室可能な場所にシンナー、ガソリン等の可燃性のものがなかったこと、5番船員室以外の船員室が施錠されていること、居住区通路、入室可能な食堂、賄い室等の床が鋼板製で、火のついたたばこを捨てても火災になり得ないこと、本件当日、甲板下の機関室及び魚倉で作業に当たる人は、居住区内では、居住区通路以外通っていないことなどから、たばこの火が着火源とは認められない。
 以上の検討により、本件火災は、煙突倉庫床鋼板の溶接作業が関係したもので、着火源は、溶接時に発生するスパッタで、本件後煙突倉庫床鋼板に破口が確認されていること、溶接中の3枚目の鋼板下方が5番船員室及び居住区通路に該当していることから、スパッタが破口箇所から同船員室あるいは同通路に落下し、また当時の状況から、同船員室あるいは同通路の天井裏の可燃物に着火したものと認められる。
2 着火した可燃物
 5番船員室の天井裏には、断熱材、垂る木、天井板、電線、断熱材を巻いた通気ダクトが存在し、居住区通路の天井裏にも、断熱材、垂る木、電線、断熱材を巻いた通気ダクトが残っており、また、事実認定で示したように天井裏には一般に綿ごみが存在している。スパッタが天井裏のいずれの可燃物に着火したかについて検討する。
(1)電線
 電線は、あじろがい装電線とビニール被覆電線であるが、あじろがい装電線は、鉄編組線を絶縁層の外側に被せたものであり、スパッタが電線表面に落下しても着火延焼するとは認められない。また、ビニール被覆電線は、短絡すると被覆が着火して延焼する可能性はあるが、本件のような状況のもとではスパッタがビニール被覆表面に着火しても、被覆が難燃性であることから延焼に至るとは認められない。したがって、スパッタがこれらの電線に着火して延焼したものとは認められない。
(2)断熱材
 グラスウールの断熱材は、5番船員室の天井板に厚さ5センチのものが敷いてあり、一方、同船員室と居住区通路の金属製通気ダクトに巻いているのは厚さ2.5センチのもので、いずれもグラスウール表面の片側には、アルミ箔クラフト紙が張られている。
 スパッタが断熱材表面のアルミ箔に落下すると、アルミ箔とその下のクラフト紙を貫通してグラスウールに達するが、グラスウールそのものは、スパッタと接触して溶けるが不燃性で燃えるものではなく、また、クラフト紙は、スパッタが落下すると焼損貫通するが、急激に熱源がなくなり、発火温度以下となるので延焼するとは認められない。
(3)垂る木及び天井板
 5番船員室及び居住区通路の垂る木は木製で、同船員室入口寄りの取り外していなかった天井板は、室内側に化粧を施してあるものの、天井裏側が合板のままであり、垂る木、天井板いずれもスパッタが落下すると着火する可能性がある。本件発生時に垂る木や天井板が着火してくすぶり続け、機関室用通風機の排気で一気に燃えた可能性は否定できないが、以下で述べる綿ごみと併せて考える必要がある。
(4)綿ごみ
 綿ごみは、断熱材をはじめとして、垂る木、電線等天井裏のものすべての表面にその量の多寡は別として堆積している。垂る木や天井板は、断熱材が張られていて綿ごみのない箇所もあるが、断熱材を取り外す際には同箇所にも綿ごみが付着することになる。
 したがって、スパッタの落下した箇所が垂る木や天井板以外でも、スパッタが綿ごみの多いところに落下すると着火して火が走り、走った火が垂る木や天井板に至って着火し、延焼する可能性がある。また、綿ごみの付着した垂る木や天井板は、スパッタが落下すると、綿ごみの付着していないときよりも、一層着火しやすくなることは明らかである。
 以上の検討により、着火した可燃物は、綿ごみを介在物として、5番船員室天井の垂る木や天井板あるいは居住区通路の垂る木等と認められる。

(原因)
 本件火災は、元請けの船舶整備業者が、煙突倉庫床鋼板を修理のため溶接作業を行わせるに当たり、防火管理が不十分で、同倉庫下方区画の確認及び同区画の天井板、断熱材などの除去が十分に行われなかったことと、下請けの鉄工業者が、従業員に溶接作業を行わせるに当たり、防火指導が不十分で、溶接作業中、同区画の監視が継続して行われなかったこととにより、同床鋼板の破口箇所から落下した溶接中のスパッタが、同区画天井裏の綿ごみや垂る木等の可燃物に着火し、周囲に延焼したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 塩釜事業所が、消防計画及び火気使用基準を策定し、防火管理体制を敷いていたものの、煙突倉庫床鋼板の修理のため溶接作業を行わせるに当たり、同倉庫下方区画を一般配置図で確認せず、また、同区画の監視を行いやすいように天井板、断熱材等を十分に除去せず、防火管理を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 塩釜事業所に対しては、本件後防火対策を強化し、修繕船の一般配置図を見やすいところに掲示して溶接作業の裏側を確認しやすいようにし、また、火気使用後1時間は監視を継続するなど具体的な防火対策を加えて火気使用基準を火災・爆発防止対策基準に改正したうえ、同防止対策基準の末尾のチェックリスト部分をポケット版にして社員及び下請け業者の従業員全員に配布するなど、修繕船の防火管理に努めている点に徴し、勧告しない。
 K工業が、煙突倉庫床鋼板の溶接作業を従業員に行わせるに当たり、同倉庫下方区画の監視に当たる者が、一時作業を中断する際にも、現場を離れずに監視を継続しなければならないなどの従業員に対する防火指導が十分でなかったことは、本件発生の原因となる。
 K工業に対しては、本件後従業員に溶接作業を行わせるに当たり、溶接箇所裏側の監視に当たる者が、現場を離れずに継続して監視しなければならないなどの従業員に対する防火指導に努めている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。 





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