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平成13年仙審第30号
件名

引船新日丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成13年11月15日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(東 晴二、喜多 保、大山繁樹)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:新日丸船長 海技免状:二級海技士(航海)

損害
二等航海士が第2腰椎破裂骨折並びに右足関節及び右肘の挫傷、通信長が左下腿開放骨折並びに左股関節の脱臼及び骨折

原因
波に対する監視不十分

主文

 本件乗組員負傷は、波に対する監視が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成10年1月12日17時10分
 鹿児島県種子島南南東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 引船新日丸
総トン数 698トン
全長 60.30メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,942キロワット

3 事実の経過
 新日丸は、航行区域を近海区域とし、2基2軸、2舵、バウスラスターなどを装備した船首楼付き1層甲板型鋼製引船兼救助船兼作業船で、船尾から船体中央部にかけての上甲板が長さ34.0メートルの作業甲板となっていて、同甲板の前端両舷側にタガーウインチと称する作業用ウインチ、前部左舷側に油圧クレーン、中央部船体中心線上に曳航(えいこう)索を通した特注の硬質ゴム製プロテクター(以下「プロテクター」という。)を固定する門型ビット、後部船体中心線の左右にこれも曳航索を通したもう1本のプロテクターを固定するアイプレート4個、船尾端中心線上船横方向に船尾ローラを備え、同甲板の船首側に隣接する前後4.0メートルの区画の中央に曳航索用ウインチを備え、作業甲板のブルワークの高さは1.0メートルであった。
 新日丸は、鹿児島港谷山1区において、年末年始のレスキュー待機中のところ、機関故障のため漂流中のパシフィック イーグル(以下「パ号」という。)を大阪港まで曳航する目的で、A受審人ほか7人が乗り組み、バラストタンク及び清水タンクに海水321トンを張り、船首3.97メートル、船尾4.32メートルの喫水をもって、平成10年1月11日23時30分鹿児島港を発し、種子島南方沖合の北緯29度55.0分、東経130度46.3分の地点に向かった。
 パ号は、船籍港パナマ共和国パナマ、総トン数5,518トン、全長98.13メートルで、木材製品7,845トンを積載し、ほぼ満船状態にあり、喫水が船首6.21メートル、船尾6.21メートルであった。
 翌12日08時30分新日丸は、種子島南南東方の北緯29度50分、東経131度00分の地点でパ号と会合し、A受審人の指揮の下で曳航索を同船に送るなど曳航準備作業に着手したが、低気圧通過直後の強い北北西風が吹き、波が高いため、また新日丸から出した浮標付き先取りロープの切断もあって、10時30分作業を中止し、パ号が海潮流及び風により東方に圧流されるなか、待機を余儀なくされ、14時50分海上模様がやや好転したことから、同船が北北西風を左舷正横方向から受け、東北東方に向首した状態のところ、日没前に作業を終えることとして作業を再開した。
 作業甲板上においては、機関長が曳航索用ウインチの機側操作に当たり、一等航海士、二等航海士I、二等機関士及び通信長Hが作業甲板上で作業に当たり、これらは全員作業用救命衣、安全帽、皮手袋、安全靴などを着用し、このとき作業甲板の高さは水面上約1.0メートルであった。
 A受審人は、曳航索先端に取り付けた直径46ミリメートル(以下「ミリ」という。)、長さ30メートルのブライドルと称するワイヤー2本を先取りロープを介してパ号に送り、同船船首左右のビットに繋止させ、ブライドル部分も含めて曳航索を所定の550メートルまで延出したのち、いつものように曳航索の左右への振れ止め及び擦れによる切断防止のための作業を指示するとともに、16時30分北緯29度50分、東経131度14分の地点で、針路をパ号の船首方向に合わせた075度に定め、翼角を適宜調整して曳航を開始し、自動操舵とし、海潮流により大幅に左方に圧流されながら、3.8ノットの対地速力で進行した。
 このとき、A受審人は、低気圧が遠のき、風波の勢いがやや収まったものの、北北西方からの風波が強く、かつ低気圧通過に伴う西方からのうねりが生じており、また低速力であったこともあって、低い作業甲板に大波が打ち込むおそれがあったが、それまで作業甲板上に波が打ち込むことがなかったので、そのようなことはないと思い、作業甲板上で作業する乗組員が退避できるよう、波の監視を行う見張員を配置する、あるいは作業を行う乗組員に波に注意するよう指示するなどの波に対する監視を十分に行うことなく、操船に当たる傍ら作業状況を見ながらマイク及びスピーカーにより引き続いて指揮に当たった。
 作業甲板上においては、一等航海士及びI二等航海士が船尾部で作業に当たり、機関長が曳航索用ウインチの、二等機関士及びH通信長がそれぞれ両舷作業用ウインチの操作に当たった。
 ところで、曳航索の振れ止め及び擦れ防止のための作業は、曳航索の固定及び保護用として曳航索の末端処理前に通してあるプロテクター2本を使用し、1本は前示門型ビットの支柱に固定してあるものをそのまま使用し、もう1本については、曳航索を延出するとき一緒に出ていかないよう門型ビットの船尾方にロープで仮止めしてあるもので、これに回した4本の輪状の固縛用チェーンの他端に通した一端をそれぞれ両舷作業用ウインチのワイヤーフックに掛け、両舷作業用ウインチ及び曳航索用ウインチによりプロテクターを船体中心線上に維持しつつ後退させ、船尾ローラに乗せたうえ、前後左右に移動しないよう、ワイヤーフックから外したうえ、固縛用チェーンの各一端をそれぞれシャックルを介して甲板上の各アイプレートに止め、プロテクターを固定するものであり、曳航時の通常の作業であった。
 なお、両舷作業用ウインチのワイヤーは同ウインチからそれぞれ船尾端両舷のフェアリーダー及びその前方両舷のボラードを経て固縛用チェーンに掛けるようにしており、プロテクターは、いずれも長さ2.5メートル、内径60ミリ、外径200ミリで、固縛用チェーンは3メートルのものを輪状にしたものであった。
 一等航海士、I二等航海士及びH通信長の3人が作業甲板船尾部において、船尾ローラ上に固定する方のプロテクターの仮止めを解き、一等航海士及びI二等航海士が一旦曳航索用ウインチ区画付近に退き、その間機関長が曳航索用ウインチを、二等機関士及びH通信長がそれぞれ両舷作業用ウインチを操作してプロテクターを船尾ローラの位置に移動させた。
 17時00分プロテクターを固定するため、二等機関士が両舷作業用ウインチを必要に応じて操作できるよう、作業甲板中央部左舷寄りのところで待機し、一等航海士が船尾端右舷側に、H通信長が船尾端左舷側に、I二等航海士がH通信長のすぐ船首側にそれぞれ位置し、プロテクターにとった4本の固縛用チェーンの各一端をシャックルによりアイプレート4個に止める作業を開始した。
 17時10分少し前A受審人は、同針路で続航中、たまたま船橋船尾側から後方を見たとき、船尾方の大波の盛り上がりに気付いてマイクで「波がきた。逃げろ。」と伝えたが、間に合わず、17時10分種子島南南東方沖合の北緯29度51分、東経131度17分の地点において、船尾少し左舷方から船尾ローラ及びブルワークを越えて打ち込んだ大波により、I二等航海士が船尾端左舷寄りから曳航索用ウインチ区画まで流されて付近の構造物に打ち付けられ、H通信長が船尾端左舷寄りから作業甲板中ほど左舷側まで流されてブルワークと機関室からのエスケープハッチとの間に打ち付けられ、左足を挟まれた。
 当時、天候は晴で風力6の北北西風が吹き、同方向からの波高2メートルの波があり、西方からのうねりが伴い、九州南方海上、日向灘及び鹿児島海域に海上風警報が発表されており、北東方に流れる2ないし3ノットの海潮流があった。
 A受審人は、負傷者に応急措置を施すとともに、会社に事故を連絡し、プロテクターを所定の位置に固定したうえ、鹿児島港に向かうこととしてパ号の曳航を続け、途中ヘリコプターによる負傷者の搬送を要請した。
 翌13日早朝I二等航海士及びH通信長は、来援したヘリコプター2機にそれぞれ収容され、鹿児島市谷山空港へ搬送された。
 新日丸はパ号を曳航して翌々15日17時30分大阪港に入港した。
 その結果、I二等航海士は、第2腰椎破裂骨折並びに右足関節及び右肘の挫傷を、H通信長は、左下腿開放骨折並びに左股関節の脱臼及び骨折をそれぞれ負った。

(原因)
 本件乗組員負傷は、鹿児島県種子島南南東方沖合において、低気圧通過後北北西方からの風波が強く、かつ低気圧通過に伴う西方からのうねりが生じている状況下、機関故障の貨物船を曳航するため、曳航索を同船に送って船首に繋止させ、東北東方に針路を定め、低速力で曳航を開始したのち、水面からの高さが低い作業甲板上で曳航索の振れ止め及び擦れ防止のため、曳航索を通したプロテクターを船尾ローラ上に固定する作業中、波の監視を行う見張員を配置する、あるいは同作業を行う乗組員に波に注意するよう指示するなどの波に対する監視が不十分で、船尾方向から打ち寄せた大波が作業甲板上に打ち込んだ際、同作業に従事していた乗組員が作業甲板上を船首方に押し流されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、鹿児島県種子島南南東方沖合において、低気圧通過後の北北西方からの風波が強く、かつ低気圧通過に伴う西方からのうねりが生じている状況下、機関故障の貨物船を曳航するため、曳航索を同船に送って船首に繋止させ、東北東方に針路を定め、低速力で曳航を開始したのち、水面からの高さが低い作業甲板上で、曳航索の振れ止め及び擦れ防止のため、乗組員に曳航索を通したプロテクターを船尾ローラ上に固定する作業を行わせる場合、波が打ち込むおそれがあったから、作業する乗組員が退避できるよう、波の監視を行う見張員を配置する、あるいは同作業を行う乗組員に波に注意するよう指示するなど波に対する監視を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同受審人は、波に対する監視を十分に行わなかった職務上の過失により、船尾方から打ち寄せる大波に気付くのが遅れ、作業甲板上への大波の打ち込みを受けた際、乗組員が作業甲板上を船首方に流される事態を招き、I二等航海士に第2腰椎破裂骨折並びに右足関節及び右肘の挫傷を、H通信長に左下腿開放骨折並びに左股関節の脱臼及び骨折をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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