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平成12年門審第105号
件名

瀬渡船昴釣客負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成13年8月2日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(西村敏和、佐和 明、原 清澄)

理事官
今泉豊光

受審人
A 職名:昴船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
釣客1人が右下腿近位部骨折(入院加療4箇月)

原因
釣客の安全に対する配慮不十分

主文

 本件釣客負傷は、釣客の安全に対する配慮が不十分であったことによ
って発生したものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年12月11日10時20分
 鹿児島県甑島列島

2 船舶の要目
船種船名 瀬渡船昴
総トン数 16トン
全長 18.95メートル
登録長 14.20メートル
4.00メートル
深さ 1.48メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 601キロワット

3 事実の経過
 昴は、2基2軸を備えた旅客定員35人のFRP製瀬渡船で、船体中央部に操舵室があり、同室上部右舷側にも操縦席(以下「上部操縦席」という。)があって、上下いずれでも操船することができ、船首先端部は、幅1.05メートル及び海面上の高さ1.70メートルで、両側に高さ1.05メートルの手すりが設置され、前端に直径0.85メートル幅0.20メートルの自動車タイヤ2本を重ねた防舷物が取り付けられていて、同先端部を岩場などに着け、そこから釣客を乗下船させていた。
 A受審人は、昴に1人で乗り組み、釣客35人を乗せ、瀬渡しの目的で、船首0.5メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、平成11年12月11日03時00分鹿児島県串木野港を発し、同県甑島列島に向かい、04時30分ごろ上甑島南端の茅牟田埼沖合に到着した。
 A受審人は、平成8年から有限会社Kが所有する昴及び瀬渡船昴エキスプレス(総トン数19.9トン)の甲板員などとして乗り組んだ後、平成10年6月から昴の船長職に就き、1年間に200回以上にわたり甑島列島周辺の岩場に瀬渡ししていたので、各岩場及び付近海域の事情についてはよく知っていた。
 A受審人は、釣客Bほか15人が職場主催の磯釣大会に参加していたので、同大会参加者を茅牟田埼から中甑島東岸沖合にかけて点在する岩場に2人ずつ順次上陸させながら南下し、B釣客ほか1人(以下「同僚」という。)を中甑島南端沖合にある弁慶島東方の岩場に上陸させた後、他の釣客を下甑島東岸の周呂鼻南西方にかけての各岩場にそれぞれ上陸させ、06時30分ごろまでに釣客全員を上陸させた。
 A受審人は、見通しのよい上部操縦席で操船に当たり、各岩場を見回っていたところ、北西風が次第に強くなり、B釣客らを上陸させた岩場の高さが低く、高潮時には波浪が岩場を洗うおそれがあったので、別の岩場に移動させることにし、10時00分ごろB釣客らを昴に収容し、更に付近の岩場から磯釣大会参加者2人を収容して、17.0ノットの速力で、各岩場の釣客の状況を確認しながら下甑島東岸に沿って南下した。
 10時15分ごろA受審人は、下甑島周呂鼻沖合に到着し、北西風が毎秒12ないし13メートル吹いていたので、下甑島寄りの風当たりが弱い岩場を探したが、釣客が多くて空いている岩場がなく、ようやく周呂鼻南西方約500メートルのところに点在する岩場のうち、最も沖合に空いている岩場を見つけ、これに向かった。
 ところで、空いていた岩場は、下甑島東岸から約100メートル沖合にあって、同岩場南西側(以下「南西岸」という。)の長さは20メートル足らずで、ここを底辺として頂点を北東方に向けた三角形をしており、東側の最も高いところで海面上約4メートルしかなく、更に南西岸西端から南西方に長さ約6メートル高さ約1.5メートルの長細い岩(以下「象鼻」という。)が張り出し、象鼻の東方約10メートルのところには危険な暗岩が存在していた。
 A受審人は、これまで南西岸の中央部から少し西寄りのところにある約1メートル四方の比較的平坦な場所(以下「接岸地点」という。)に接岸していたが、進入路の左舷側に当たる象鼻の高さが低くて北西風を十分に遮ることができないうえに、南西岸西端と象鼻北東端との間の一段低くなったところを北西風が吹き抜けるような地形となっていることから、船首を北東方に向けて象鼻と暗岩との間に進入すると、両舷側端からそれぞれ2ないし3メートルの余裕しかなく、北西風により右方に圧流されて暗岩に接近するおそれがあるなど、同地点への接岸が難しいことから、これまでに2ないし3回しか同岩場に瀬渡ししたことがなかった。
 一方、B釣客は、防寒・防水型の上下服と救命胴衣を着用し、靴底に滑り止めの付いた磯釣用の靴を履き、釣竿ケース、リュックサック、クーラー及び餌入れ用バックを船首部に置いて、何も持たずに岩場に降り、他の釣客から釣道具を手渡してもらうことにし、同僚とともに上陸の準備を整えた。
 A受審人は、間もなく岩場の南西方に到着し、北西風が強吹していたので、接岸時における風圧流の影響を確認するため、船首を北東方に向け、機関を両舷毎分550回転の極微速力前進にかけて、5.0ノットの速力で接岸地点に向けて進行したところ、北西風により右方に圧流されることが分かった。
 A受審人は、接岸時に右方に圧流されて暗岩に接近したときには、機関及び舵を使用して船体姿勢を立て直すことが必要となり、B釣客らが岩場に降りた後、直ちに安全なところに移動させないと、船体姿勢の立て直しに伴って同釣客らに危険を及ぼすおそれが生じることから、同釣客らを岩場に上陸させるに当たり、予め同釣客らに対し、岩場に降りた後、直ちに左上方の安全なところに移動し、船首が接岸地点に圧着したのを確認したうえで釣道具を受け取るよう、上陸時の注意事項について具体的に指示する必要があった。
 ところが、A受審人は、機関回転数を上げて接岸すれば風圧の影響が少なくなり、また、B釣客らを弁慶島東方の岩場において乗下船させた際、同岩場を機敏に移動していたので、上陸時の注意事項について具体的に指示しなくても、同釣客らの判断で左上方の安全なところに移動するものと思い、同釣客らに対して具体的に指示することなく、釣客の安全に対する配慮を十分に行わなかった。
 こうして、A受審人は、10時19分半、接岸地点の南西方約30メートルのところから、船首を北東方に向け、機関を毎分700回転の微速力前進にかけ、速力を上げて接近を始め、船首が左舷側の象鼻に差し掛かったころ、機関を中立にして象鼻から約3メートル隔てて前進惰力で進入し、船首が同地点まで約0.5メートルとなったころ、後進をかけて行きあしを減じ、同時20分少し前、同僚が岩場に降りたのを認め、直後に「コツン」とショックがあって船首が接岸地点にほぼ直角に着いたので、再び機関を毎分700回転の微速力前進にかけ、同時20分わずか前、B釣客が岩場に降りたのを確認した。
 B釣客は、これまで何回も他の瀬渡船で磯釣りに出かけたことがあり、岩場に降りた後、正船首方向に留まることが危険であることを知っていたので、A受審人から何も指示がなかったものの、船首のどちらかの側に移動して釣道具を受け取ることにし、同僚が船首の左舷側に移動したので、自身は正船首方向に降りた後、船首の右舷側に移動した。
 A受審人は、B釣客が岩場に降りた直後、左舷正横付近から強い北西風を受け、船体が右方に圧流されたことにより、船体中央部が右舷側の暗岩まで約1メートルとなって船底が接触するおそれが生じ、このとき同釣客から目を離したので、同釣客が船首の右舷側にいることに気付かず、10時20分極わずか前、急いで右舵一杯をとり、右舷機毎分800回転及び左舷機同1,000回転に上げ、船首を接岸地点に圧着したまま船尾を左に振って船体を同暗岩から遠ざけようとしたところ、船首がB釣客に向かって岩場をせり上がるように前進を始めた。
 B釣客は、船首の右舷側で釣道具を受け取ろうとして振り返ったとき、突然船首が自身に向かって迫ってきたが、足場が狭くて退避することができなかった。
 昴は、10時20分藺牟田港沖防波堤東灯台から真方位201度3,780メートルの岩場において、B釣客の右足膝下部を船首と岩場との間に挟んだ。
 当時、天候は晴で風力6の北西風が吹き、潮候は下げ潮の初期であった。
 A受審人は、B釣客の大声を聞いて事故の発生を知り、機関を後進にかけて岩場から離れたところ、同釣客が海中に転落したので、同僚や他の釣客に引き揚げを依頼し、昴に収容して病院に搬送した。
 その結果、B釣客は、約4箇月の入院加療を要する右下腿近位部骨折などの重傷を負った。

(原因)
 本件釣客負傷は、北西風が強吹する状況下、鹿児島県下甑島東岸沖合の岩場において、釣客を岩場に上陸させる際、釣客の安全に対する配慮が不十分で、岩場に降りた釣客が、船首と岩場との間に挟まれたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、北西風が強吹する状況下、鹿児島県下甑島東岸沖合の岩場において、釣客を岩場に上陸させる場合、接岸時に北西風を受けて右方に圧流されるおそれがあったのであるから、予め釣客に対し、岩場に降りた後、直ちに左上方の安全なところに移動するよう、上陸時の注意事項について具体的に指示するなど、釣客の安全に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、機関回転数を上げて接岸すれば風圧の影響が少なくなり、また、釣客が弁慶島東方の岩場において機敏に移動していたので、上陸時の注意事項について具体的に指示しなくても、釣客自身の判断で左上方の安全なところに移動するものと思い、予め釣客に対し、上陸時の注意事項について具体的に指示せず、釣客の安全に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、機関回転数を上げて接岸したものの、釣客が岩場に降りた直後に強い北西風を受けて右方に圧流され、急いで機関及び舵を使用して船体姿勢の立て直しを行ったところ、船首が釣客に向かって前進したことにより、釣客の右足を船首と岩場との間に挟み、右下腿近位部骨折などの重傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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