日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2001年度(平成13年) > 死傷事件一覧 >  事件





平成13年横審第27号
件名

油送船第五富士宮丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成13年8月21日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(吉川 進、黒岩 貢、小須田 敏)

理事官
古川隆一

受審人
A 職名:第五富士宮丸船長 海技免状:六級海技士(航海)(旧就業範囲)
指定海難関係人
L海運株式会社船舶管理部 業種名:海運業

損害
一等機関士が乏酸素性窒息で死亡

原因
タンク内のガス濃度不測定、指導、確認の不適切

主文

 本件乗組員死亡は、ガソリン揚荷後のガスフリー作業において、タンク底部の残油を回収するに当たり、タンク内のガス濃度が測定されなかったことによって発生したものである。
 運航会社船舶管理部が、ガスフリー作業の手順について、タンクに入る際にタンク内のガス濃度を測定するよう船長らを指導したのち、作業の実施状況を確認しなかったことは本件発生の原因となる。
 受審人Aの六級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年4月3日15時00分
 東京都荒川

2 船舶の要目
船種船名 油送船第五富士宮丸
総トン数 199.31トン
全長 36.48メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 257キロワット

3 事実の経過
 第五富士宮丸(以下「富士宮丸」という。)は、昭和57年10月に進水した鋼製油送船で、東京湾内の精油所と荒川上流の油槽所との間でガソリン、灯油及び軽油の輸送に従事し、船主の子会社であるL海運株式会社によって運航が管理されていた。
 船体は、平甲板型で、船首側から船首倉、1番バラストタンクに続いて、1番、2番及び3番の各貨物油(以下「貨油」という。)タンクを、更に貨油タンク後部の機関室周囲に燃料タンク、2番バラストタンク、3番バラストタンク及び船尾清水タンクをそれぞれ配置していた。
 貨油タンクは、幅7.85メートル、深さ2.8メートル、上甲板上の膨張トランク部の幅が5.4メートル、フレーム間距離が1.5メートルで、1番及び3番が3フレーム分、2番が6フレーム分をそれぞれ占め、中心線上には開口部を有する隔壁が通り、各タンクとも膨張トランク上に直径600ミリメートル(以下「ミリ」という。)のマンホールと直径300ミリのアレージホールをそれぞれ両舷に備え、マンホールにはタンク内部に降りる縦梯子(はしご)が備えられていた。また、タンク中央部の船尾寄りに、貨油ポンプの呼び径150ミリの吸込管ベルマウス(以下「ベルマウス」という。)とストリッピングポンプの呼び径80ミリの吸込管端部が並んで底面に接するように開口し、各タンク共通の通風装置としてタンク上に油圧モーター駆動の排気式ガスフリーファンが1台設置されていた。
 3番貨油タンクは、108.445立方メートルの容積を有し、ストリッピングポンプでタンクの底さらいをしたあとも、同ポンプ吸込管内の回収できない残油が、逆流してベルマウス付近に集まるようになっていたが、3つの貨油タンク中、最も船尾側に位置するため残油量が多かった。
 ところで、富士宮丸は、ガソリンを揚荷したのち軽油または灯油を積載するときには、タンク内ガス濃度が爆発濃度範囲に入らないよう、タンク空間部のガソリン蒸気を排除するガスフリー作業を行い、その際には、従来からマンホール蓋を開いてガスフリーファンを運転し、タンク底部が概ね乾燥するまで換気したあと、2人の乗組員が両舷に分かれてタンク内に入り、ベルマウス付近の残油を塵取りでバケツに回収し、モップで拭き取る方法をとっていた。
 L海運株式会社船舶管理部(以下「L海運」という。)は、船主保有船を含む油送船9隻の運航管理と配乗を行い、作業指導と安全管理の指針として、安全管理システムと題する安全マニュアルを作成したうえ、月2回の割合で安全会議を主催し、各船の安全責任者である船長と実務作業に当たる機関長に対して安全教育を行っていた。また、各船には、荷役作業及びガスフリー作業のために接触燃焼式の携帯用可燃性ガス検知器(以下「ガス検知器」という。)を支給していた。
 安全マニュアルは、平成9年10月に打ち出された安全基本方針に則って作成され、L海運の経営管理者及び運航管理者並びに船長の責任と権限について明文化するとともに、L海運の文書管理、訓練計画等について規定しており、運航と保守に関しての具体的な作業手順書と作業チェックリストの書式を含んでいた。
 L海運は、実務作業者がガスフリー作業中にタンク内ガソリン蒸気を吸って気を失う事故が発生したことから、平成10年11月の安全会議において、安全マニュアルの最新版を示し、ガスフリー作業チェックリストの記入と提出を指導した。この中で、ガスフリーファンによる換気のあと、タンク内酸素濃度の確保とガソリン蒸気の排出が達成されたかを確認するため、ガス濃度が爆発下限界の20パーセント以下であることを確かめることとしたが、その後、各船からのチェックリストを提出させて、その記載内容を見るなど、作業の実施状況を確認しなかった。
 A受審人は、昭和62年にL海運株式会社に入社して社船に乗船し、平成5年1月から富士宮丸の船長として運航と安全管理に携わり、L海運の主催する安全会議にはその都度出席して、安全マニュアルの概要や、河川区域では諸種の危険要因に伴う事故を防止するためにガスフリー作業が禁止されていることなどを認識していたが、同10年11月の安全会議において、ガスフリー作業チェックリストの記入と提出を指導された以降も同チェックリストの記入と提出を行っておらず、揚荷後のガスフリー作業全般とガス検知器の使用については、機関長らに任せ、同11年3月にC機関長およびD一等機関士が乗船してからも、ガス検知器によるガス濃度測定を指導していなかった。
 富士宮丸は、A受審人、C機関長及びD一等機関士が乗り組み、ガソリン300キロリットルを積載し、平成11年4月3日08時20分京浜港川崎区を発し、荒川を遡上して12時15分埼玉県和光市のモービル石油北東京油槽所に着桟して揚荷したのち、船首0.50メートル船尾1.60メートルの喫水をもって、14時00分同油槽所桟橋を発し、主機を回転数毎分380にかけ、途中減速指示区域で減速しながら約7ノットの対地速力で同区多摩川係船場に向かった。
 A受審人は、C機関長が離桟後まもなく、次航の軽油積載に備えて各貨油タンクのマンホール蓋を開いたうえ、ガスフリーファンを始動して貨油タンクの換気を開始したが、河川区域におけるガスフリー作業を禁止せず、14時40分ごろ同機関長及びD一等機関士が貨油タンクに入って残油回収の準備をするのを認めたが、特に指示しなくてもガス濃度を測定するものと思い、タンクに入る前にタンク内ガス濃度の測定をするよう指示することなく、操舵室で操船を続けた。
 C機関長は、ガス濃度を測定しないままD一等機関士と1番貨油タンクの両舷に分かれて入り、ベルマウス付近のガソリンを回収し、14時45分ごろタンク外に出てきたのち、引き続き同一等機関士と両舷に分かれて3番貨油タンクに入ったが、同タンクの底部に降り立ってすぐに息苦しくなり、同時50分タンク外に出て、同じような状況で右舷側のタンクから出た同一等機関士に「まだだめだから一服しよう。」と声をかけ、同一等機関士を甲板上に残して、自らは操舵室の横を通りながらA受審人には特に報告しないまま、左舷側入口から機関室に入った。
 A受審人は、C機関長らが3番貨油タンクからすぐに出てきた様子から、同タンク内の換気が十分でないことを察知したが、なおもタンク内ガス濃度を測定するよう指示せず、機関の運転音で声が届かないので、操舵室天井の蓋を開いて上半身を出し、マンホールのそばに立っていたD一等機関士に向かって両手を交差して見せ、右手を後部から弧を描くように前方向を指し、もっと下流に下ってから作業をするよう示し、合図の意味が理解されたと思っていたところ、14時55分同一等機関士が再び3番貨油タンクの右舷側マンホールの梯子に足をかけて降りて行こうとするのを見て、いったん外へ出てからの時間経過が短いことに不審をいだきながらも、タンク内に忘れ物をしたのかと思い、制止しなかった。
 こうして、D一等機関士は、濃いガソリン蒸気が残っていた3番貨油タンクの右舷側に入って底部を船尾側に移動しているうちにガソリン蒸気を吸って昏倒し、15時00分新岩淵水門から真方位135度3,550メートルの地点で、同タンク中央付近で倒れているところを、機関室を一巡してタンク上に戻ったC機関長によって発見された。
 当時、天候は曇で、風力2の南風が吹いていた。
 C機関長は、3番貨油タンク内に降りてD一等機関士を救出しようとしたが、同一等機関士をどうにか1フレーム分移動させたところで息苦しくなり、マンホールから上体を出してA受審人に事態を知らせた。
 A受審人は、初めて異変に気付いて急ぎ機関を中立にし、操舵室を離れて3番貨油タンクに入り、C機関長とともにD一等機関士をタンク外に運び上げ、操舵室に戻って電話で救急車を依頼したのち、同機関長と共同で同一等機関士の人工呼吸を試み、15時40分ごろ付近の桟橋に接舷して同一等機関士を救急車に引き渡した。
 その後、D一等機関士(昭和18年5月31日生、四級海技士(機関)免状受有)は、病院に搬送されたが、翌々5日死亡し、乏酸素性窒息による死亡と検案された。
 L海運は、本件後、ベルマウス付近からの残油回収のために細管と専用の回収ポンプを設置してガソリンを回収するよう改め、河川区域におけるガスフリー作業を厳重に禁止し、タンクに入る際にはタンクの底部、中部及び高部の各高さごとにガス濃度と酸素濃度の測定を行うよう、チェックリストの項目を改め、作業の実施に当たっては船舶管理部長に電話をすることを義務付けるなど、安全体制を強化した。

(原因)
 本件乗組員死亡は、ガソリン揚荷後のガスフリー作業において、タンク底部の残油を回収するに当たり、タンク内のガス濃度測定が行われず、作業者がガス濃度が高いままのタンクに入ったことによって発生したものである。
 運航会社船舶管理部が、ガスフリー作業の手順について、タンクに入る際にタンク内のガス濃度を測定するよう、安全責任者でもある船長らを指導したのち、チェックリストを提出させて、その記載内容を見るなど、作業の実施状況を確認しなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、ガソリン揚荷後のガスフリー作業において、作業者がタンク底部の残油を回収するためにタンクに入る準備をしているのを認めた場合、安全性を確認できるよう、タンク内ガス濃度の測定を指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、特に指示しなくてもガス濃度を測定するものと思い、タンク内ガス濃度の測定を指示しなかった職務上の過失により、作業者がガス濃度が高いままのタンクに入り、ガソリン蒸気を大量に吸って昏倒する事態を招き、作業者を窒息により死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の六級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 指定海難関係人L海運が、ガスフリー作業の手順について、タンクに入る際にタンク内のガス濃度を測定するよう安全責任者でもある船長らを指導したのち、チェックリストを提出させて、その記載内容を見るなど、作業の実施状況を確認しなかったことは、本件発生の原因となる。
 L海運に対しては、本件後、タンクに入る際にはタンク内ガス濃度と酸素濃度を測定させ、作業の実施に当たっては船舶管理部長に電話をすることを義務付けるなど、安全体制を強化したことに徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION