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平成12年長審第85号
件名

漁船第八大吉丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成13年7月4日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(河本和夫、平田照彦、平野浩三)

理事官
弓田

受審人
A 職名:第八大吉丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:第八大吉丸一等航海士 海技免状:四級海技士(航海)
C 職名:第八大吉丸前任漁ろう長 海技免状:五級海技士(航海)

損害
甲板員1人が溺死

原因
漁労作業の不適切

主文

 本件乗組員死亡は、まき網の投網作業中、標識灯投下係が走出する標識灯ロープに引かれて、漁網とともに海中に落下したことによって発生したものである。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年7月14日03時34分
 東シナ海

2 船舶の要目
船種船名 漁船第八大吉丸
総トン数 135トン
全長 45.10メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 860キロワット

3 事実の経過
 第八大吉丸(以下「大吉丸」という。)は、大中型まき網漁業船団の網船として操業に従事する幅7.80メートルの鋼製漁船で、船体中央部に船橋楼を有し、同楼前端部に操舵室が位置し、同楼後端から船尾方約12メートルの間の上甲板が船幅一杯にわたる網置場で、網置場後端から船尾端まで約3メートルが船尾甲板となっていた。
 網置場は、上甲板からブルワーク上端までの高さが約1.6メートルで、船尾方はスロープ状になって船尾甲板につながっており、ブルワーク上端と船尾甲板とは同じ高さで、右舷側はブルワーク上にほぼ全長にわたって揚網用のサイドローラーが設置され、左舷側はブルワーク上高さ約70センチメートルまで鋼製囲壁が設置されていた。
 網は、長さが約1,000メートル幅約400メートル、浮子綱の長さが約1,500メートルで、網置場に収納するときは浮子を左舷側幅約1メートルに、沈子を右舷側幅約1メートルにまとめ、その間に網を折りたたみながら船首側から重ねてゆき、中央部がやや高くなって左右がブルワーク上縁付近の高さになると船尾方にずらし、これを1列とする7ないし8列で網置場に置かれ、このとき浮子はブルワーク上縁とほぼ同じ高さまで、沈子は上甲板から約50センチメートルの高さまで、それぞれ網置場の前端から後端までほぼ水平に並べられていた。
 網の浮子綱には、投網を開始する前に5個の標識灯を等間隔に、それぞれ長さ約15メートル直径約6ミリメートルのロープ(以下「標識灯ロープ」という。)で取り付け、標識灯は網上の右舷寄りに投下順に並べて置かれ、網の上を左舷方から右舷方に直線状に渡して余った標識灯ロープは標識灯のすぐ近くに輪状にまとめて置かれていた。
 網の沈子綱には、網を絞り込むための環及び環ワイヤが取り付けられており、さらに、投網前にネットゾンデと称する水中検知器が3個取り付けられていた。
 標識灯は、長さ27センチメートル直径約5センチメートルの円筒形の硬質プラスチック製で、上部ランプの周囲に厚さ約8センチメートル直径20センチメートルの円盤状の浮きが付いたものであった。
 投網時における網置場付近の乗組員配置は、沈子上に標識灯投下係が2人及びネットゾンデ投下係が1人、網上に標識灯ロープが網と一緒に出て行かないように持ち上げるとともに標識灯投下のタイミングを知らせる係(以下「連絡係」という。)が1人、そのほか船尾甲板左舷に灯船との浮子綱及び環ワイヤ受け渡し係2人、網置場前方にウィンチ操作係が2人であった。
 投網作業は、灯船が集魚ののち大吉丸が灯船に接舷して浮子綱及び環ワイヤを渡し、最初船速を約5ノットとして船速と自重で網を船尾から投入してゆき、その後約12ノットに増速して約1,500メートルを右回りして一周する間に、連絡係の指示で標識灯及びネットゾンデが順次右舷側のサイドローラー越しに投げ込まれ、灯船のところに5ないし6分で戻り、灯船から浮子綱及び環ワイヤを受け取って環ワイヤを巻き締め、揚網にかかるもので、操業は1日に1回ないし3回行われていた。
 標識灯の投下は、2人の投下係のうち船尾側に位置した者が連絡係の合図で1番目の標識灯を投下すると、2番目の標識灯を投下するもう1人の標識灯投下係の船首側に移動して3番目の標識灯投下の準備をするという要領で行われていた。
 投網中の網置場の作業環境は、連絡係は網の上、標識灯投下係は沈子の上でそれぞれ足場が悪かったが、網上方から60ワットの作業灯が8個点灯されていて、作業に支障ない程度の明るさがあった。
 C受審人は、M漁業株式会社が大吉丸を購入した平成10年4月以来漁ろう長として乗船していたところ、同12年6月28日東シナ海において操業中病気で倒れ、漁ろう長職の経験がある通信長に同職を引き継ぎ、ヘリコプターで緊急下船したが、それまで乗組員に対し、投網中手順が狂うと網と一緒に海中に落下する危険があるので、通常の手順から外れたことが起こったときには手を触れないよう注意を与えていた。
 A受審人は、操業中は漁ろう長の指揮のもとで、船橋で操船に当たっており、船長として乗組員に対し、救命衣の着用や投網作業についての一般的な注意を与えていた。
 B受審人は、安全担当者で、操業中は船首部の環巻きウィンチの操作に当たっており、乗組員に対して日頃から救命衣の着用などの安全指導を行っていた。
 大吉丸は、C受審人の下船後新漁ろう長の指揮のもとで操業を続け翌7月10日航海の途中台風避難で長崎県奈良尾港に寄港し、翌11日A受審人、B受審人ほか20人が乗り組み、船首2.80メートル船尾4.60メートルの喫水で、08時10分同港を発して17時ごろ東シナ海男女群島周辺海域の漁場に至って、翌12日から操業を始め、翌々14日03時32分A受審人が操船に、B受審人が環巻きウィンチの操作に、甲板員Dは救命衣を着用しないままほか1人と標識灯投下係について、他の乗組員とともに投網を開始した。
 D甲板員は、2番目の標識灯を投下したあと、3番目の標識灯投下態勢にあったもう1人の標識灯投下係の船首側に移動したとき、網上に置かれていた4番目の標識灯が沈子上に転げ落ちたので、かがんでこれを拾い、標識灯ロープを巻き直そうとし、安全を十分に確認しないまま、標識灯を船尾方の沈子上に投げて左手に輪を作りながら標識灯ロープを巻き始めたところ、標識灯が船外に流れ出る沈子に絡まって引かれ、一瞬にして左手指が標識灯ロープで締め付けられて船尾方に引きずられ始めた。
 大吉丸は、引きずられて行くD甲板員に対し、誰もが一瞬のことでどうしようもできず、03時34分北緯32度7分東経127度38分の地点において、D甲板員は流れ出る網がかぶさった状態で船尾から海中に落下した。
 当時、天候は曇で風力4の南西風が吹き、海上はやや波があった。
 大吉丸は、直ちに停船して海面を監視したが、D甲板員が浮上しないので急ぎ残りの網を投下したのち揚網にかかったところ、D甲板員が網とともに水面付近まで浮上したので、機関長が飛び込んで網から出し、05時14分D甲板員を船上に引き上げた。
 この結果、D甲板員(昭和29年3月28日生)は溺死した。

(原因の考察)
 労働安全衛生規則において、漁ろう作業に従事し、海中転落のおそれのある者は作業用救命衣の着用が義務付けられているところ、本件死亡者は、同救命衣を着用しておらず、同救命衣の不着用が原因であるとの主張があるが、本件の場合、同人が海中に落下した経緯は、同救命衣の着用の有無と関係がなく、また、同人は網がかぶさった状態で海中に落下していることから、たとえ同救命衣を着用していたとしても同人の溺死を防止できたとは認められず、同救命衣の不着用は、規則に違反していて遺憾ではあるが、本件発生の原因とは認められない。
 また、A受審人は船長として、B受審人は安全担当者として、C受審人は下船するまでは漁ろう作業の責任者としてそれぞれの責務は果たしていたものと思料されるので、各受審人の所為は本件発生の原因とするまでもない。

(原因)
 本件乗組員死亡は、まき網の投網作業中、ほどなく投下予定の網上に設置されていた標識灯が沈子上に落下した際、標識灯投下係がその標識灯ロープを巻き直そうとし、標識灯を走出する沈子の上に投げたことから、標識灯が船外に流れ出る沈子に絡まって引っ張られ、同人の左手が標識灯ロープの輪で引き締められて網とともに引きずられ、網がかぶさった状態で同人が海中に落下し、水中に没したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
 B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
 C受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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