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平成12年横審第116号
件名

漁船大恒丸貨物船グリーン グローブ衝突事件
二審請求者〔理事官関 隆彰〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成13年7月27日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(小須田 敏、黒岩 貢、甲斐賢一郎)

理事官
関 隆彰

損害
大恒丸・・・船体中央部で分断、船尾部が沈没
船長が行方不明、のち死亡認定
グ号・・・船首両舷外板に擦過傷

原因
大恒丸・・・動静監視不十分、船員の常務(前路進出)不遵守

主文

 本件衝突は、大恒丸が、動静監視不十分で、無難に替わる態勢にあったグリーン グローブの前路に進出したことによって発生したものである。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年6月4日06時45分
 房総半島南東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船大恒丸 貨物船グリーン グローブ
総トン数 6.6トン 3,046トン
全長   87.94メートル
登録長 11.97メートル  
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力   1,912キロワット
漁船法馬力数 120  

3 事実の経過
 大恒丸は、船体中央部に配した機関室の後方に隣接して操舵室を設けたFRP製漁船で、船長Aが単独で乗り組み、いか一本釣り漁の目的をもって、平成12年6月4日04時10分千葉県御宿漁港を発し、同漁港南方沖合約8海里の漁場に向かった。
 ところで、A船長は、大恒丸の右舷船首、右舷中央及び左舷船尾に全自動式並びに右舷船尾に半自動式いか釣り機をそれぞれ1台ずつ装備し、漁場においては、半自動式いか釣り機を操作しながらその脇に導いた主機及び操舵用遠隔操縦装置を用いて、また、漁場を移動するときなどには、操舵室船尾端の屋根に設けた風防付きの操縦区画で立って操船に当たるようにしていた。
 A船長は、04時50分ごろ漁場に至ったところで船尾にスパンカーを展張し、40数隻の僚船とともに操業に従事していたところ、全自動式いか釣り機の1台が故障したので、06時15分ごろ修理のためにその場を一時離脱するつもりで南方に向けて発進し、同時25分ごろ勝浦灯台から141.5度(真方位、以下同じ。)7.3海里の地点において、機関を中立回転にして同機の修理に取り掛かった。
 06時41分半A船長は、いか釣り機の修理を終えたことから直ちに漁場に戻って操業を再開することとし、船首が245度に向いたまま機関を前進にかけて10.3ノットの対地速力で進行した。そのとき同船長は、右舷正横190メートルのところにグリーン グローブ(以下「グ号」という。)を認め、間もなく針路がほぼ同じであるうえに自船がグ号よりも少し速く、無難に替わる態勢であることを知り、このまましばらく直進したのち同船の船首方を横切って北上することとしたが、その後継続的にグ号との船間距離を確かめるなど、同船の動静を十分に監視することなく進行した。
 A船長は、06時44分半グ号の船首端を右舷正横後35度140メートルのところに見る状況となったとき、同船に対する動静監視が不十分なまま、その前路を替わすことができる距離になったものと思い、針路を320度に転じたところ、グ号の前路に進出する態勢となったが、このことに気付かないまま続航した。
 A船長は、06時45分わずか前右舷正横至近に迫ったグ号を認め、衝突を避けるための措置をとろうとしたものの、どうすることもできずに、06時45分勝浦灯台から145.5度7.2海里の地点において、大恒丸は、同じ針路、同じ速力のまま、その右舷中央部にグ号の船首が後方から65度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で、風力3の北北西風が吹き、視界は良好であった。
 また、グ号は、主に木材輸送に従事する船尾船橋型鋼製貨物船で、船長B及び三等航海士Cほか19人が乗り組み、木材2,142トンを載せ、船首4.8メートル船尾5.4メートルの喫水をもって、同月3日17時30分小名浜港を発し、三河港に向かった。
 B船長は、船橋当直を一等航海士、二等航海士及びC三等航海士による4時間3直制を採り、各当直に甲板手1人を付けていた。また、同船長は、各当直交替の約10分前に昇橋し、航海士の引継ぎに立ち会ったのち、しばらくの間、操舵室左舷船尾側に置いた海図台で航行予定海域の水路状況などを確認するようにしていた。
 C三等航海士は、翌4日06時00分勝浦灯台から103度7.9海里の地点で、前直の航海士から船橋当直を引き継ぎ、B船長の指示により、針路を215度に定め、機関を全速力前進にかけて8.8ノットの対地速力で自動操舵により進行し、同時30分同灯台から135度7.6海里の地点において、針路を240度に転じ、その後右舷前方で操業する漁船群に注意しながら続航した。
 06時41分半C三等航海士は、勝浦灯台から141.5度7.2海里の地点に達したとき、左舷船首85度190メートルのところに大恒丸を初めて認め、在橋していたB船長に同船の存在を報告し、引き続き同船の動静を見守るうち、間もなくほぼ同じ針路で直進しているうえに自船より少し速く、無難に替わる態勢であることを知った。
 C三等航海士は、06時44分半左舷船首40度170メートルのところに大恒丸を見るようになったとき、同船が大きく右転して自船の前路に進出する態勢となったことを認め、急いで船長に報告するとともに大恒丸の様子を確かめるために左舷側ウイングに走った。
 一方、B船長は、自らも左舷正横付近にいる大恒丸が無難に替わる態勢であることを確認して海図台に向かっていたとき、C三等航海士の急を知らせる報告を受けて視線を船首方に向けたところ、一瞥(いちべつ)して同船と衝突の危険が生じていることを知り、直ちに自ら手動操舵に切り替えて右舵一杯にとり、機関停止に引き続いて全速力後進を令したが及ばず、グ号は、255度に向いて6.5ノットの対地速力となったとき、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、大恒丸は、船体中央部で分断されて船尾部が沈没し、グ号は船首両舷外板に擦過傷を生じた。また、A船長(昭和7年11月21日生、一級小型船舶操縦士免状受有)が行方不明となり、のち死亡と認定された。

(原因)
 本件衝突は、房総半島南東方沖合において、大恒丸が、動静監視不十分で、ほぼ同じ針路で無難に替わる態勢にあったグ号の前路に進出したことによって発生したものである。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:48KB)





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