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平成12年横審第91号
件名

漁船第一亀吉丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成13年1月31日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(西村敏和、猪俣貞稔、半間俊士)

理事官
古川隆一

受審人
A 職名:第一亀吉丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
B 職名:第一亀吉丸一等航海士 海技免状:三級海技士(航海)

損害
甲板長が第3頸椎骨折に伴う頸髄損傷により死亡

原因
揚縄作業における安全措置不十分

主文

 本件乗組員死亡は、揚縄作業における安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年1月25日07時45分
 伊豆諸島八丈島南西方

2 船舶の要目
船種船名 漁船第一亀吉丸
総トン数 64.97トン
全長 31.74メートル
登録長 24.53メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 698キロワット

3 事実の経過
 第一亀吉丸は、専らはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人、B受審人及び甲板長Dほか6人が乗り組み、操業の目的で、冷凍餌2トンと氷4トンを積み、船首1.15メートル船尾3.10メートルの喫水をもって、平成12年1月22日14時00分神奈川県三崎漁港を発し、1航海12日間の予定で伊豆諸島八丈島南西方の漁場に向かい、23日09時30分八丈島南南西方約100海里の漁場に到着し、24日01時ごろから操業準備に取り掛かり、12時ごろきんめだい約500キログラムを漁獲して1回目の操業を終えた。
 ところで、第一亀吉丸は、平成6年有限会社亀吉丸がかつお一本釣り漁船を購入し、ラインホーラーを設置してはえ縄漁船に転用したもので、船首側から順に船首甲板、前部甲板、船橋及び船尾甲板を配し、漁ろう甲板となっている前部甲板は、長さ8.2メートル幅5.5メートルで、甲板下は全て魚倉となっており、漁ろう設備として、船橋前端から5.0メートル前方の右舷ブルワーク上縁にサイドローラが取り付けられ、これから2.5メートル内側の第二魚倉上蓋の右舷側に、揚縄用のラインホーラが右舷側に向けて設置されていた。同ラインホーラーは、甲板上1.16メートルのところに直径48.0センチメートル(以下「センチ」という。)幅6.5センチの主ローラーがあって、15キロワットの電動機で駆動される油圧ポンプの油圧により主ローラーを回転するもので、サイドローラの両側に設置された操作レバーを起倒することによって、主ローラの発停と巻揚速度の調整を行うことができるようになっていた。また、サイドローラを介して引き込まれた幹縄は、ガイドローラのした方から主ローラの前部に導かれ、主ローラ外周のv字型をした深さ8.0センチに溝の底部に食い込んで、その摩擦力によって巻き揚げられ外され、その下方に置いた籠の中に直径30ないし40センチの大きさにコイルされるようになっていた。
 第一亀吉丸が使用する漁具は、きんめだいの漁獲を目的とする底立てはえ縄と称するもので、幹縄、枝縄、瀬縄及び中石縄から構成され、幹縄は、直径10ミリメートル(以下「ミリ」という。)の合成繊維索で、幹縄400メートルを1籠として、4籠ないし6籠分を繋いで(つないで)はえ縄1連とし、枝縄は、釣針を2メートル間隔で23本付けた長さ50メートルのナイロンテグスで、上端に直径12センチの浮子と下端に釣石と称する重量約940グラムの重りをそれぞれ付けて、幹縄1籠当たり60本の枝縄をスナップフックによって取り付けていた。また、1連の幹縄の両端には、上端に浮標識と下端に重量約30キログラムの重り2個(以下「アンカー」という。)を付けた、直径12ミリの合成繊維索の瀬縄を投縄地点の水深より長くして取り付け、更に幹縄2籠ごとに、中石と称する重量約15キログラムの鎖環を付けた、直径8ミリ長さ100メートルの合成繊維索の中石縄を取り付けており、アンカー、中石及び釣石をそれぞれ水深500ないし700メートルの海底に着底させて施縄する漁法を採っていた。
 そして、第一亀吉丸は、毎日00時ないし01時ごろから投縄予定地点に移動を開始するとともに、約2時間かけて装餌などの操業準備を行い、05時ごろから投縄を始め、潮下に向けて微速力で前進しながら船尾からはえ縄を投入し、約1時間を要して2連の投縄を終えて縄待ちし、07時ごろから揚縄に取り掛かり、約5時間を要して12時ごろ揚縄を終える操業形態で操業していた。
 A受審人は、25日00時00分ごろシーアンカーを揚収して2回目の投縄予定地点に向けて北上を開始し、移動中の02時40分から装餌などの操業準備に取り掛かり、03時30分八丈島南西方約74海里の漁場に到着して漂泊待機した後、05時00分から潮下の東方に向けて約2ノットの微速力で前進しながら水深480ないし520メートルのところに投縄を始め、06時10分幹縄6籠分と4籠分とをそれぞれ1連としたはえ縄2連の投縄を終えて縄待ちした。
 A受審人は、はえ縄が着底したころを見計らって揚縄に取り掛かることにし、自身が船長兼漁ろう長として、操舵室で操船に当たるとともに操業全般の指揮を執り、同室右舷側で椅子に腰を掛け、右舷側の窓から顔を出し、前部甲板にはオーニングが張られていたため、ラインホーラー付近の状況は直接確認できないものの、前部甲板から一段高い位置にある右舷側の作業通路をはじめ、舷側から約2メートル内側までは十分に見通すことができる状況のもと、同通路での作業状況や幹縄の方向・張り具合などを確認しながら操船に当たっていた。また、A受審人は、B受審人をサイドローラの船尾側に就けてラインホーラーのレバー操作に当てるとともに揚縄作業の指揮を執らせ、C甲板長ほか3人を右舷側の作業通路に配置して枝縄の引揚作業などに、他の1人を第三魚倉付近に配置して漁獲物を釣針から外す作業に当てて、07時00分船首を北方に向けて右舷側から揚縄を開始し、6籠分を1連としたはえ縄の西端の浮標識を取り込み、ラインホーラーを使用して瀬縄を巻き揚げてアンカーを揚収した後、幹縄を巻き始め、B受審人が、サイドローラのところまで巻き揚げられた幹縄からスナップフックを開放して枝縄を外すとともに、枝縄の上端部分をはさみで切って浮子を切り離し、C甲板長らがB受審人から手渡された枝縄を順次引き揚げた。
 C甲板長は、昭和56年からはえ縄漁業に従事し、A受審人から操業時における保護具の着用について指示を受けていたものの、保護帽を着用せずに、野球帽、雨合羽、ゴム長靴及び両手に軍手を着用し、B受審人の船尾側に位置して枝縄の引揚を行うとともに、ラインホーラー後方の籠に溜まった幹縄の整理作業に当たり、幹縄が約200メートル揚がって籠の半分ほど溜まったところで、B受審人に同籠を移動することを告げ、作業通路から甲板上に降りてラインホーラーに近寄った。このとき、B受審人は、ラインホーラーを停止し、同甲板長が同籠を左舷側に約1メートル移動して第二魚倉上蓋の上に置き、別の空籠(以下「受け籠」という。)をラインホーラー後方に置いて作業を終え、作業通路上の元の作業位置に戻ったのを確認したうえで、ラインホーラーを駆動して幹縄の巻揚を再開したところ、間もなく幹縄が重くなって中石が根がかりしたことに気付き、そのことをA受審人に報告した。
 報告を受けたA受審人は、中石が根がかりすると、揚縄中に幹縄が緊張してラインホーラーの主ローラから滑り出したり、傷ついた部分が切れることがあり、幹縄が跳ねて乗組員に危害を及ぼすおそれがあるので、日ごろから乗組員に対して、保護帽などの保護具を着用するとともに、不用意にラインホーラーや幹縄に近寄らないよう注意を与えており、B受審人をはじめ各乗組員が長年はえ縄漁に従事し、揚縄時の注意事項についてよく知っているので、作業通路で枝縄を引き揚げていた乗組員に対して根がかりしたことを周知して注意を喚起しただけで、B受審人に対して揚縄中はラインホーラーや幹縄に近寄らせないよう、改めて指示をしなかった。
 A受審人は、根がかりした中石を外れやすくするため、船体が中石の真上に位置するよう、GPSプロッタにより記録した中石の投入地点や幹縄の状況を確認しながら機関を種々使用して操船に当たり、一方、B受審人は、ラインホーラーを微速と停止の操作を繰り返しながら、中石が瀬から外れるか又は中石縄が切れるよう、慎重に幹縄の巻揚を続行した。
 C甲板長は、根がかりしたことを知った後、幹縄が約100メートル巻き揚げられたところで、受け籠の中にコイルされた幹縄が溜まっているのに気付き、同縄を第二魚倉上に移動した籠に移し替えることにし、B受審人に対して「俺がやるよ。」と告げ、作業通路から降りてラインホーラーに近寄った。そのため、B受審人は、同甲板長に幹縄の移し替えを任せることにし、ラインホーラーを一時停止して幹縄の巻揚を止め、同甲板長が受け籠の中に溜まった幹縄を両手ですくって別の籠に移し替える作業を見守り、間もなく幹縄全量の移し替えを終えて受け籠が空になり、同甲板長が元の作業位置に戻ったのを確認して幹縄の巻揚を再開した。
 B受審人は、幹縄を更に約100メートル巻き揚げ、ほぼ1籠分の幹縄が揚がって、中石縄までの幹縄の長さが残り1籠分となり、中石縄の長さ100メートルを加えてほぼ水深と同じ長さとなって、幹縄がほぼ鉛直に張り、最も緊張するころとなったことから、ラインホーラーを最微速として巻揚を続行中、隣にいたC甲板長が、何も言わずに作業位置から離れたことに気付き、ラインホーラーを停止して振り返ると、同甲板長が受け籠に溜まった幹縄を移動した籠に移し替えようとしているのを認め、ラインホーラーを停止したまま、移し替えを終えるのを待った。
 B受審人は、C甲板長が幹縄全量の移し替えを終えて空になった受け籠から離れ、第三魚倉上蓋に腰を降ろしてきんめだいを釣針から外していた乗組員のところに向かって歩き始め、同人の近くで立ち止まったので、揚縄を再開することにしたが、同甲板長は間もなく元の作業位置に戻ってくるものと思い、根がかりを外すことを急ぐあまり、同甲板長が作業位置に戻るのを待たず、揚縄再開の合図を行うこともせずに、ラインホーラーを最微速にかけて揚縄を再開した。
 こうして、B受審人は、幹縄を約3メートル巻き揚げたころ、元の作業位置に戻ろうとしたC甲板長が、受け籠の中に新たに溜まった幹縄を移し替えようとして、再び同籠に近寄ったが、幹縄の張り具合などに注意を払っていたので、このことに気付かないまま揚縄を続けた。このころA受審人が、幹縄が右斜め前方に緊張したのを認めたので、これを弛ませようとして、機関を極短時間前進にかけたとき、07時45分八丈島灯台から真方位233度74海里に当たる、北緯32度20分東経138度43分の地点において、C甲板長が受け籠に溜まった幹縄を移動した籠に移し替えようとして持ち上げたところ、主ローラの溝に食い込んでいた幹縄が同ローラ後部の溝から浮き、隙間ができて摩擦力が減少したことによって、緊張していた幹縄が主ローラから滑り出し、幹縄を持っていた同甲板長の右手首に絡み、幹縄が主ローラ及びガイドローラから外れて右舷側に強く引かれ、頭部をラインホーラーで強打し、更にサイドローラのところまで引き寄せられた。
 当時、天候は雨で風力3の北東風が吹き、海上は比較的穏やかであった。
 A受審人らは、C甲板長の右手首に絡んだ幹縄を切断して人工呼吸や心臓マッサージなどの救命措置を施すとともに、操業を打ち切って三崎漁港に帰航した。
 その結果、C甲板長(昭和15年2月11日生)は、第3頚椎骨折に伴う頚髄損傷により死亡した。

(原因)
 本件乗組員死亡は、伊豆諸島八丈島南西方の漁場において、底立てはえ縄漁を操業中、ラインホーラーを操作して根がかりしたはえ縄の揚縄作業を行うに当たり、同作業における安全措置が不十分で、乗組員が巻き揚げた幹縄を整理しようとして、ラインホーラーの主ローラから滑り出した幹縄に手首を絡まれ、強く引かれて頭部をラインホーラーで強打したことによって発生したものである。
 揚縄作業における安全措置が十分でなかったのは、ラインホーラーを操作して揚縄作業を指揮する一等航海士が、巻き揚げた幹縄の整理作業を行うために中断していた揚縄を再開するに当たり、整理作業を終えた甲板長が元の作業位置に戻るのを待たずに揚縄を再開したことと、甲板長が、一等航海士に対して再度整理作業を行うことを報告せずに、駆動中のラインホーラーに近寄って同作業を行ったこととによるものである。

(受審人の所為)
 B受審人が、伊豆諸島八丈島南西方の漁場において、底立てはえ縄漁を操業中、揚縄作業の指揮を執り、ラインホーラーを操作しながら根がかりしたはえ縄を揚縄するに当たり、甲板長をして受け籠に溜まった幹縄の整理を行った後、同甲板長が元の作業位置に戻るのを待たず、揚縄再開の合図を行うこともせずに揚縄を再開したことは、本件発生の原因となる。
 しかしながら、以上のB受審人の所為は、甲板長が幹縄の整理を行っている間はラインホーラーを停止し、同甲板長が同作業を終えてラインホーラーから離れたのを確認したうえで揚縄を再開したこと、及び同甲板長が再度幹縄の整理を行うことを報告せずに、駆動中のラインホーラーに近寄って同作業を行ったことに徴し、職務上の過失とするまでもない。
 A受審人が、伊豆諸島八丈島南西方の漁場において、底立てはえ縄漁を操業中、操業全般の指揮を執って、根がかりしたはえ縄を揚縄するに当たり、揚縄中はラインホーラーや幹縄に近寄らないよう、乗組員に対する指示が徹底していなかったことは遺憾である。
 しかしながら、以上のA受審人の所為は、日ごろから乗組員に対し、揚縄中は不用意にラインホーラーや幹縄に近寄らないことなどを指示しており、各乗組員もそのことをよく承知していたこと、一等航海士をラインホーラーの操作に就けて揚縄作業を指揮させ、その指揮のもとに、経験豊富な甲板長を幹縄の整理作業に専従させていたこと、及び根がかりしたことを乗組員に周知して注意を喚起していたことに徴し、本件発生の原因とするまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。





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