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平成12年仙審第61号
件名

漁船第七十五輪島丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成13年1月18日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(藤江哲三、根岸秀幸、上野延之)

理事官
大本直宏

受審人
A 職名:第七十五輪島丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:輪島漁業生産組合代表者

損害
機関長死亡

原因
漁ろう作業に対する安全措置不十分

主文

 本件乗組員死亡は、漁ろう作業に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
船舶所有者が、漁ろう作業を行わせる際の安全措置について、乗組員の教育を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成10年12月17日16時51分
 直江津港北西方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第七十五輪島丸
総トン数 48.28トン
全長 29.60メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 235キロワット

3 事実の経過
 第七十五輪島丸(以下「輪島丸」という。)は、大中型まき網漁業船団に付属する鋼製灯船で、A受審人、機関長Dほか3人が乗り組み、操業の目的で、平成10年12月17日13時00分石川県小木港を発し、船団とともに鳥ケ首岬灯台北方約10海里の漁場に向かった。
 輪島丸は、昭和54年9月に進水した一層隆起甲板型で、船首部に甲板長倉庫があって、船首端から約4メートルの同倉庫後部から船尾方の隆起甲板前部まで約5メートルのウエルデッキには、船首端から約5メートルの左舷側にワイヤリールと右舷側にキャプスタンとをそれぞれ設け、その船尾方には船体中心線付近に集魚灯電源ケーブル巻上用ウインチが5台備え付けられていた。そして、ウエルデッキの上部には、木製の仮設甲板が隆起甲板と同じ高さで同デッキ全面に張られ、その両舷ブルワーク上には、船首端からそれぞれ約8.5メートル、6.5メートル及び4.5メートルのところに集魚灯昇降用の支柱(以下「昇降用支柱」という。)が取り付けられていた。
 ところで、昇降用支柱は、直径4.7センチメートル(以下「センチ」という。)の鉄管製で、ブルワーク上高さ約52センチのところから逆L字型に曲げられて約60センチ舷外に張り出した先端に長さ約60センチの鉄管をT字型に溶接し、その両端に小型滑車を取り付けたもので、集魚灯を海中に降下する際には、重さ約10キログラムの同灯に接続された電源ケーブルを同滑車外帯片側から直接シーブに乗せて手動で繰り出し、同灯を揚収する際には、電源ケーブルを巻上用ウインチに導いて巻き上げるようにしていた。
 B指定海難関係人は、石川県輪島市に主たる事務所があって、大中型まき網漁業などの事業を営む輪島漁業生産組合の代表者で、昭和63年9月から輪島丸を含む同組合所属船団の船舶所有者としての職務に当たっており、毎年総会を開催した際、各船団の漁撈長に対して荒天時には無理な操業をしないよう指示していたほか、輪島丸が入港した際に年間5ないし6回訪船し、船長に対し荒天が予想される際には荒天準備を十分に行うことなど、航海や操業について一般的な指示を与えていたものの、乗組員に漁ろう作業を行わせる際には作業用救命衣を着用することなどの具体的な安全措置については、乗組員を集めるなどして教育することも、同措置を励行するよう船長に指示することも行っていなかった。
 A受審人は、発航操船を終え甲板員に船橋当直を委ねて休息したのち、15時00分鳥ケ首岬灯台西北西方沖合約20海里の地点で昇橋し、単独で当直に当たって能登半島東方沖合を東行し、やがて操業予定水域に至って魚群探索を開始することにし、16時20分同灯台から336度(真方位、以下同じ。)8.6海里の地点で、針路を090度に定め、機関を半速力前進にかけ、7.0ノットの対地速力で、昇橋してきた甲板員を魚群探知器の監視に当たらせ、新潟地方気象台から波浪注意報が発表されている状況下、北方からの波高約2メートルの波浪を左舷側に受ける態勢で進行した。
 ところで、A受審人は、平成10年1月から輪島丸に船長として乗り組んだもので、同船には乗組員数分の作業用救命衣が備え付けられて各乗組員がそれぞれ自室に保管しており、漁ろう作業に従事する際の安全措置として同救命衣を着用することが必要であることを知っていたが、平素から、同救命衣を着用するよう乗組員に指導していなかった。
 16時49分A受審人は、甲板員から魚群がある旨の報告を受けて集魚灯を海中に降下することにし、船内放送で、「集魚灯を入れるよ。」と乗組員に準備を促した後、左舵をとって船首を波浪に向けたところ、船体がピッチングを始めて1ないし2メートルの上下動を繰り返すようになり、漁ろう作業中の乗組員が身体の平衡を失するおそれがある状況であったが、慣れている作業なので海中に転落することはあるまいと思い、作業用救命衣を着用するとともに付近の船体構造物にロープで身体を繋ぐよう乗組員に指示するなど、漁ろう作業に対する安全措置を十分にとることなく、同時50分鳥ケ首岬灯台から000度8.0海里の地点で機関を中立運転として漂泊し、仮設甲板上で待機していたD機関長及び乗組員2人に集魚灯を降下するよう指示した。
 集魚灯の降下を指示したのち、A受審人は、舵と機関とを併用して船首を波浪に向けたまま漂泊するよう船体姿勢の制御に当たり、操舵位置から仮設甲板前部右舷側で作業中の甲板員の状況は見えたものの、操舵室前部の窓から下方が死角になって同甲板後部左舷側の甲板員及び同甲板後部右舷側のD機関長が見えず、その後D機関長の作業状況を監視しないまま漁ろう作業を続けた。
D機関長は、作業帽、作業ズボン、作業用防寒衣、ゴム手袋及びゴム長靴を着用して仮設甲板後部右舷側に立ち、昇降用支柱に取り付けられた小型滑車のシーブに電源ケーブルを乗せて集魚灯を海中に降下する作業に従事中、16時51分前示漂泊地点において、船体がピッチングした際に身体の平衡を失して海中に転落した。
 当時、天候は晴で風力1の北風が吹き、視界は良好で、波高は約2メートル、水温は摂氏17度であった。
 A受審人は、仮設甲板前部右舷側で作業中にD機関長(昭和16年8月22日生)の叫び声を聞いた甲板員から、機関長が落ちた旨の報告を受け直ちに操舵室から出て右舷側の海面を見たところ、右手で電源ケーブルをつかんで浮いているD機関長を認め救命浮環を投じて救助に当たり、16時56分同人を自船に引き上げて直江津港に向かい、18時00分同港に入港して救急車で病院に搬送したが、18時15分溺水による死亡と確認された。

(原因)
 本件乗組員死亡は、直江津港北西方沖合において、船首から波浪を受ける態勢で漂泊し、船体がピッチングする状況下で漁ろう作業を行わせる際、同作業に対する安全措置が不十分で、作業用救命衣を着用しないまま作業中の乗組員が、身体の平衡を失して海中に転落したことによって発生したものである。
安全措置が十分でなかったのは、船長が、乗組員に漁ろう作業を行わせるに当たり、作業用救命衣の着用を指示しなかったことと、乗組員が同救命衣を着用しなかったこととによるものである。
 船舶所有者が、漁ろう作業を行わせる際の安全措置について、乗組員の教育を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、直江津港北西方沖合において、船首から波高約2メートルの波浪を受ける態勢で漂泊し、船体がピッチングする状況下で乗組員に漁ろう作業を行わせる場合、作業用救命衣を着用するよう指示するなど同作業に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、慣れている作業なので海中に転落することはあるまいと思い、漁ろう作業に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により、作業用救命衣を着用しないまま作業中の乗組員が、身体の平衡を失して海中に転落し、同乗組員を自船に引き上げて病院に搬送したものの溺水により死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が、船舶所有者の代表者としての職務を行うに当たり、漁ろう作業を行わせる際の安全措置について、乗組員の教育を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、現在、船舶所有者の代表者の職務を退いていることに徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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