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平成12年広審第102号
件名

旅客船レインボーのうみ岸壁衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成13年3月28日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(内山欽郎、竹内伸二、中谷啓二)

理事官
安部雅生

受審人
A 職名:レインボーのうみ前船長 海技免状:四級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:レインボーのうみ船長 海技免状:五級海技士(航海)(履歴限定)
指定海難関係人
広島県佐伯郡能美町交通局

損害
のうみ・・・船首側ランプウエイドアが曲損
岸 壁・・・上面に亀裂を伴う損傷

原因
操機取扱不適切

主文

 本件岸壁衝突は、着桟時のクラッチの作動確認が不十分で、右舷主機のクラッチが前進位置となったまま進行したことによって発生したものである。
 広島県佐伯郡能美町交通局が、着桟前に後進テストを行うようにとの通達事項の励行を徹底していなかったことは本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年10月30日20時42分
 広島県広島港

2 船舶の要目
船種船名 旅客船レインボーのうみ
総トン数 380トン
全長 62.28メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,618キロワット

3 事実の経過
 レインボーのうみ(以下「のうみ」という。)は、船体中央部に船橋を有し、船首と船尾にランプウエイドアを設けた2基2軸の鋼製旅客船兼自動車渡船で、平成6年2月に竣工以来、広島県中田港と広島港間の定期航路に就航し、中田港内の佐伯郡能美町中町から同町高田を経由して広島港第4旅客桟橋(以下「桟橋」という。)に至り、同桟橋から高田を経由して中町に折り返すという運航を繰り返していた。同船は、バウスラスターを備え、主機として、減速逆転機(以下「クラッチ」という。)付きのディーゼル機関を2基(以下、各主機を「左舷機」及び「右舷機」という。)装備し、船橋内の船首側と船尾側にいずれも舵輪、バウスラスター遠隔操縦レバー及び主機遠隔操縦ハンドルを組み込んだスタンド(以下「操舵スタンド」という。)を設け、船尾付け時にも操船がしやすいようになっていた。また、各操舵スタンドには、向かって前面中央上部に舵輪を、上面左側にバウスラスター遠隔操縦レバーを、右側に両舷機の主機遠隔操縦ハンドルをそれぞれ配置し、操船者1人で、操舵のほか、左手でバウスラスターが、右手で主機がそれぞれ遠隔操縦できるようになっていた。
 両舷機の主機遠隔操縦ハンドルは、1本のハンドルで回転数の制御とクラッチの切替えを行うもので、片手で同時に操作が可能なように並べて取り付けられており、同ハンドルを中立位置である垂直から前方または後方に倒すことにより、クラッチ切替用の3位置シリンダ内のピストンが操作空気によって移動し、クラッチが中立位置から前進位置または後進位置に切り替わるようになっていたが、3位置シリンダのピストンの気密がVシールと称するゴム製パッキン(以下「ゴムパッキン」という。)で保たれるようになっていたことから、同パッキンが硬化して操作空気が多量に漏洩した場合には、同ピストンが移動しないためにクラッチが切り替わらなくなるおそれがあった。また、クラッチ位置は、両舷機の主機遠隔操縦ハンドルの両側に設けられた各主機のクラッチ位置表示ランプで確認できるようになっていたが、舵輪の手前に立った操船者からは、左舷機のクラッチ位置表示ランプは見えるものの、右舷機のクラッチ位置表示ランプは円弧状に盛り上がったハンドル付け根部分の陰になって見えないため、同ランプを確認するには、操船者が1歩右に移動するとか少し上半身を右側に倒す必要があった。
 指定海難関係人広島県佐伯郡能美町交通局(以下「能美町交通局」という。)は、交通局長ほか局員3人で能美町が所有するフェリーや高速艇の運航管理に携わり、運航管理規程に則って交通局長が運航管理者を、また、局員の1人が機関部担当の運航管理補助者を兼任し、所属船員を2人ないし3人のチーム編成で配乗して各船員の労働時間をできるだけ均等にするために頻繁に交替させており、のうみについては、1日7便のうち第1便から第2便、第3便から第7便までを各々別のチームに運航させていた。
 ところで、能美町交通局の運航管理者及び運航管理補助者は、いずれも船舶の運航経験がなく、各旅客船会社などの事故例等を参考にして、着桟前にはクラッチの作動確認でもある後進テストを行うようにとの指示を繰り返し各船に対して通達していたものの、通達事項が確実に実行されているかどうかについては確認しておらず、通達事項の励行を徹底していなかった。
 A受審人は、現場の船長であるとともに甲板部担当の運航管理補助者を兼務して、運航管理者を補佐すると同時に各船長を指導する立場にあったもので、運航管理者から通達されていた着桟前の後進テストは行っていなかったものの、主機遠隔操縦ハンドルを前進位置から中立位置または後進位置に操作した場合には、必ずクラッチ位置表示ランプを確認するなどして運航に従事していた。
 一方、B受審人は、平成2年ごろ船長に昇格したもので、繰り返し運航管理者から着桟前には後進テストを行うようにとの通達が出されていたのに、同テストを行っていなかったうえ、主機遠隔操縦ハンドルを操作した際にもクラッチ位置表示ランプを確認しないで操船を行っていた。
 のうみは、同7年11月に右舷機用クラッチの3位置シリンダのゴムパッキンを新替えし、中田港と広島港間の運航を繰り返していたところ、同パッキンが次第に硬化し、同11年10月29日の第1便運航中に、同パッキンから空気漏れが生じ、右舷機のクラッチが前進位置から中立位置に切り替わらない状態が発生した。
 同日、B受審人は、第2便を終えたのうみに乗り組んだ際、前任者から、右舷機のクラッチに前示の異常が発生したが主機遠隔操縦ハンドルを前後進に操作したら正常に復帰した旨の引継ぎを受けたものの、同人と共に数回クラッチの作動テストを行って異常がないことを確認し、更に高田寄港時にも異常がなかったことから、以後はクラッチ位置表示ランプを確認しないまま運航を続け、最終の第7便終了後に下船した。
 翌30日、A受審人は、06時45分発の第1便に乗り組み、中町を発して高田に寄港しようとした際、右舷機のクラッチが正常に作動するものの空気漏れしているのを認め、以前に同様の空気漏れを経験したとき、他の船長から一旦主機遠隔操縦ハンドルを後進側に操作してすぐに中立位置に戻すと空気漏れが止まるということを聞いていたので、同様の処置をして空気漏れを止めたが、それ以後は異常がなかったこともあり、空気漏れが生じれば異常音によってすぐに気付くと思い、第2便終了後にB受審人と交替する際、右舷機のクラッチ操作系統に空気漏れの異常があったことを引き継いで注意を喚起しなかった。
 こうして、のうみは、B受審人ほか2人が乗り組み、第3便から第6便までの4航海を無事に終えたのち、最終の第7便として、旅客11人と車両5台を載せ、船首尾とも2.5メートルの喫水をもって、20時00分中町を発し、高田を経由して広島港に向かった。
 B受審人は、両舷機を回転数毎分600(以下、回転数は毎分のものとする。)の全速力前進にかけて14ノットの対地速力(以下「速力」という。)で航走し、20時35分広島港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から134度(真方位、以下同じ。)200メートルの地点に達したとき、舵輪の後方に立ってバウスラスターを始動し、359度の針路で、両舷機の回転数を450に下げて9ノットの速力で進行したのち、機関長と甲板員を船首配置に就けて船首側のランプウエイドアを水平近くまで下ろし、更に両舷機の回転数を最低回転数の350まで下げて西防波堤に沿うようにわずかに左転しながら続航した。
 20時38分B受審人は、西防波堤灯台から343度470メートルの地点で、両舷機の主機遠隔操縦ハンドルを中立位置としたが、その際、左舷機用クラッチの中立ランプが点灯しているので右舷機のクラッチも中立位置になっているものと思い込み、右舷機のクラッチ位置表示ランプを確認しなかったので、右舷機のクラッチが前進位置のままであることに気付かず、そのまま5ノットの速力で大きく右転しながら桟橋に向かった。
 その後、B受審人は、いつものように、船首がほぼ着桟予定地点に向いたところで舵を中央に戻し、桟橋との距離が50メートルほどになったとき両舷機を微速力後進にかけたが、その際、いつもより船首が左方に振れて行きあしが大きいことに不審を感じたものの、依然、右舷機のクラッチ位置表示ランプを確認せず、そのまま桟橋に接近し続けるのを認めたので同桟橋との衝突を避けようと、両舷機の主機遠隔操縦ハンドルを全速力後進位置にするとともに左舵一杯、バウスラスター左回頭一杯としたが、のうみは、クラッチが前進位置のままであった右舷機が全速力前進にかかって大きく左転しながら進行し、桟橋との衝突は避けることができたものの、20時42分西防波堤灯台から007度880メートルの桟橋付け根の岸壁に、船首側ランプウエイドアの先端が4ノットばかりの速力でほぼ直角に衝突した。
 当時、天候は曇で風力1の北北東風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
 B受審人は、直ちに主機遠隔操縦ハンドルを中立位置とし、機関室に急行した機関長から右舷機のクラッチを手動で中立位置に切替えたとの報告を受け、左舷機のみを使用して桟橋に船尾付けし、旅客と車両を降ろしたのち、修理のためにのうみを中町に回航した。
 この結果、のうみの船首側ランプウエイドアが曲損し、桟橋付け根の岸壁上面に亀裂を伴う損傷を生じたが、のちいずれも修理された。また、のうみの右舷機用クラッチの3位置シリンダも開放整備されてゴムパッキンが新替えされた。
 一方、能美町交通局は、本件発生後、甲板部と機関部のチェックリストを作成するなどして交替時の引継ぎを確実にし、異常があった際には都度携帯電話で直接運航管理補助者に連絡するようにしたほか、着桟時には必ず後進テストを行うよう各船長に徹底させた。

(原因)
 本件岸壁衝突は、広島港第4旅客桟橋への着桟に当たり、両舷機の主機遠隔操縦ハンドルを共に前進位置から中立位置に操作した際、クラッチの作動確認が不十分で、右舷機のクラッチが前進位置となったまま進行したことによって発生したものである。
 クラッチの作動確認が十分でなかったのは、前任船長が、右舷機のクラッチ操作系統に空気漏れの異常があったことを後任船長に引き継いで注意を喚起しなかったことと、後任船長が、両舷機の主機遠隔操縦ハンドルを前進位置から中立位置に操作した際、右舷機のクラッチ位置表示ランプを確認しなかったこととによるものである。
 能美町交通局が、着桟前にクラッチの作動確認でもある後進テストを行うようにとの通達事項の励行を徹底していなかったことは本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 B受審人は、桟橋への着桟に当たり、両舷主機の主機遠隔操縦ハンドルを共に前進位置から中立位置に操作した場合、前日に右舷機のクラッチが前進位置から中立位置に切り替わらないことがあった旨の引継ぎを受けていたのであるから、クラッチの作動確認を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、左舷機のクラッチが中立位置になっているので右舷機のクラッチも中立位置になっているものと思い込み、右舷機のクラッチ位置表示ランプを確認しなかった職務上の過失により、右舷機のクラッチが前進位置のままであることに気付かず、そのまま進行して桟橋付け根の岸壁に衝突する事態を招き、のうみの船首側ランプウエイドアを曲損させたほか、岸壁にも損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人は、船長職を交替する場合、自身の運航中に右舷機のクラッチ操作系統に空気漏れの異常を認めたのであるから、このことを後任船長に引き継いで注意を喚起すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、空気漏れすれば異常音によりすぐに気付くと思い、右舷機のクラッチ操作系統に異常があったことを後任船長に引き継いで注意を喚起しなかった職務上の過失により、後任船長が右舷機のクラッチの異常に気付かない事態を招き、前示の衝突を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 能美町交通局が、着桟前にクラッチの作動確認でもある後進テストを行うようにとの通達事項の励行を徹底していなかったことは本件発生の原因となる。
 しかしながら、能美町交通局が、本件発生後、甲板部と機関部のチェックリストを作成するなどして交替時の引継ぎを確実にし、異常があった際には都度携帯電話で直接運航管理補助者に連絡するようにしたほか、着桟前には必ず後進テストを行うよう各船長に徹底して、事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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