日本財団 図書館


6 プロジェクト企画と活動の評価
 自治体の各種事業企画やプロジェクト活動における評価について、再検討を加える時期にきている。ここでは、その評価指標として「アウトカム指標」と「5E基準」という概念を紹介する。
 これらの指標・基準の具体化は、全国一律に行なうものではない。各自治体が自ら検討・設定し、それによって企画や活動を自主的に評価することが重要である。また、その評価結果に基づいて「学習」することも重要である。評価は「査定」をするだけではなく、学習に基づいて軌道修正を行なうためでもあるからだ。
 その意味で、以下の指標・基準は、評価装置であると共に、極めて有効な「学習ツール」でもある。
 
(1)アウトプット指標からアウトカム指標へ
 近年、政策評価のための新たな指標づくりと、それを支える統計資料の作成方法の研究が始まっている。行政的な事業や各種プロジェクトの評価により役立つような新しい指標作りが求められているのである。特に、政策による結果(アウトプット)より、むしろ、その政策のもたらす効果(アウトカム)に評価の重きを置く流れができている。あるいは「アウトプット指標」だけでなく「アウトカム指標」も加えた活用である。
 アウトプット指標とは「結果指標」、それに対してアウトカム指標とは「成果指標」と呼べるだろう。どのような結果がもたらされたかではなく、どのような成果が得られたかを指標にして政策・施策の評価をしていこうというものだ。
 
★渋滞解消のアウトカム指標例★
 例えば、渋滞解消という目的をもった政策により、各種の施策が実施されたとしよう。道路拡張、乗り入れ規制、駐車場整備の強化といった施策である。従来であったら、道路拡張の度合い、乗り入れ規制の実施頻度、駐車場設置道路の整備量、駐車場使用台数などが、統計資料として提出されればよかった。つまり、施策の単なる結果としてのアウトプット(結果)指標である。(あるいは、これらは、検討段階で「予測値」として提出されているはずだ。)
 たしかに、このような統計も「ある事実」を表すものとしては重要ではある。では、それが市民生活にとってどのような意味をもっていると言えるだろうか。その施策、インプットでどのような成果が得られたか、あるいは市民生活にとってどれだけの貢献をもたらしたのか、それらに答えうる統計資料の指標がこれまではなかった。
 では、市民生活にとっての成果を示すものとはどのようなものか。この場合は、例えば、施策の結果、夕方5時から7時台における、A市内から10キロ以内の通勤者の平均走行時間が20分短縮された、というようなものである。これがアウトカム(成果)指標、つまり施策が実際に役立つものとして成果を出したかを表す指標となるのである。要するに、単なる施策の効率性や有用性だけではなく、市民生活への実質的な有効性を計るということなのだ。
 もう一つ、ボランティア活動の促進という例を挙げよう。ボランティア講習の開催回数の増加をしたらどうなるか。出てくる統計は講習の開催頻度、受講生の人数といった、まさにアウトプット指標に過ぎない。それだけではなく、講習受講後に実際にボランティア活動に参加した人数・割合などを調べてみたらどうだろう。講習会がいったい何に参加者を導いたか、つまりどういう成果(アウトカム)があったのかが分かる。
 
○各自治体で政策毎に指標づくりをする
 ともすれば施策という手段は、政策という本来の方向付けとの関連を忘れて、自己目的化してしまう。その点、アウトカム(結果)指標は、手段の自己目的化を防ぐ意味もあるといえるだろう。逆を言えば、従来のアウトプット(結果)指標は、手段自体の統計的評価に過ぎなかったのである。例えば、電子投票などは、どんなアウトプット(結果)指標とアウトカム(成果)指標を出せばよいのだろうか。投票率や有効票率等のアウトプット(結果)指標だけでなく、それによって市民の政治参加や行政への関心が進むといったアウトカム(成果)指標はどのようなものなのだろうか。
 以上のように、アウトカム指標を各種政策・施策の評価方法として真剣に検討すべきである。実際に、自治体は各政策ごとに、どのようなアウトカム指標を選択すればいいのか、どうやって調べたらいいのか等について、積極的に検討して頂きたい。
 
(2)5E基準による多面的評価
 ある活動がうまく動いているかをモニタリングするのに必要な分析を「5E」の観点から設定する。これは、次の5つのEで始まる概念に基づき、政策等を検討するものである。
(1)Effectiveness(有効性・効果性)
 この活動はより大きな/長期な視野から観てふさわしいことか?
 
(2)Efficacy(効能性・可働性)
 この手段は有効に機能して結果をだすか?
 
(3)Efficiency(効率性)
 この手段の資源使用は最小だろうか?
 
(4)Ethics(倫理性)
 この活動は社会的倫理に反するものではないか?
 
(5)Elegance(洗練性)
 この活動は優雅でセンスあるものか?
 
 従来行政で主に使われていた経済性(Economy)は、「5E基準」で言う効率性とほぼ同じと考えて良い。Efficacy(エフィカシー)は、医学や薬学の関係者以外には馴染みが薄いものである。ここでは効能性もしくは可働性と訳しているが、要するに、例えば薬が効き目があるかどうかを問うものである。
 
★スプーンかスコップか★
 最初の三つのEの概念を明確にしよう。
 例えば、ある人が庭に出て穴を掘る時に、食卓のスプーンを使ったとしよう。スプーンは効能的(可働的)であるだろうか。答えはイエスである。スプーンを使って庭に穴を掘ることは可能だからだ。
 では大きなスコップを使ったとしよう。これはどうだろうか。もちろん効能的(可働的)である。穴を掘ることができるからだ。(しかし、例えば、小さな子供やお年寄り、あるいは身体障害の方でスコップを扱えない人にはスコップには効能性はないかもしれない。つまり、この例は、ある手段の評価は絶対的なものではないことを意味する。)
 ではスプーンとスコップと、どちらが効率的であろうか。もちろん、普通はスコップの方が効率的だ(しかし、前例のように必ずしも全てそうだというわけではない)。
 さて、ここでスコップとスプーンの議論を終えてはいけない。なぜなら、ここで、穴を掘ることについての有効性を考えなくてはならないからだ。もし、その人が次のホノルルマラソンの出るための準備運動として穴を掘っていたとしたらどうなるか。穴を掘ることは有効だろうか?庭に穴を掘るよりは、むしろ、家のまわりをジョギングした方がより有効だといえるであろう。
 
★新幹線は有効か★
 次の例を考えよう。ある人が東京から大阪へ行く方策をいくつか考えた。
・東京から大阪まで新幹線で行く。
・東京から大阪まで、東名、名神高速を使って車で行く。
・羽田から伊丹空港まで飛行機で飛んで、前後はタクシーにする。
・東海道を歩いて行く。
 さて、どの案もちゃんと東京から大阪までたどりつける方策であるから、一般的には効能的(可働的)であるといえるだろう。ではどれが一番効率的か。時間効率を考えれば、飛行機が良いかもしれない。しかし、家族揃って荷物が多いとすれば、車で行くことの方が効率的な場合もある。もしコストだけを考えれば、夜間の鈍行で行くことが効率的だろう。
 ところで、実はその人は札幌で開かれる学会に出るという目的を持っていた。とすれば、これらの方策はまったく有効ではない、ということになる。
 
★熱冷ましの薬は効くか★
 最後に薬の例を示してみよう。
 ある熱冷ましの薬があったとする。薬Aは一日一回一粒飲めば熱が下がる。薬Bは三粒づつ食後三回飲むと熱が下がるという。どちらも熱を下げるということには効能がある。どちらが効率的かといえば、価格の問題を別にすれば、この場合、一回で済むAの薬だといえよう。
 しかし、この薬は下痢の症状には有効ではない。熱冷ましの薬だからだ。ここで薬=政策と考えてみよう。例えば、いくら道路を立派な最新設計で(効能的に)、かつ格安で(効率的に)造ったとしても、それが市民の生活に何の意味もないものだったら、あるいはもっと優先順位の高い政策があり得るとしたら、この道路を造るという政策は有効性がある効果的な政策とは言えないのだ。
 
○政策の有効性を問う
 このように、「有効性(効果性)」「効能性(可働性)」「効率性」の三つの側面で評価することが、政策を検討するときに役立つ。
 日本の企業は、効率性について戦後、世界に冠たる体制を作り上げた。生産現場が特にそうであった。しかし、ホワイトカラーの効率性は非常に低いと指摘されている。そして勤勉に働くものの必ずしもその働いた成果が有効になっていないのが最近だ。行政の非効率が指摘されることがあるが、それ以上に、そもそも有効な政策であるかどうかも近年厳しい指摘を受けることもある。前項で述べたように、アウトプットよりもむしろアウトカム(結果)指標が重要であるとするならば、この「5E基準」により検討を行うことが有効となる。
 
○社会倫理の基準も必要
 最近はこの三つのEに加えて、さらに二つのEが評価基準としてある。
 一つ目のエレガンス(Elegance)は洗練性と訳されているが、要するにこの活動はセンスの良いものであるか、ということだ。
二つ目めエシックス(Ethics)は社会倫理に反するものでないか、を問うものだ。行政には、この基準が極めて重要であることは言うまでもない。
 
(3)おわりに
 電子自治体関連の政策をはじめとして、これからの政策は従来とは違うものになっていく。時代が激変する中で、新たな地域づくりと業務プロセス改革を自主的に目指すものでなければならない。その時、政策の事前評価と事後評価における「アウトカム指標」「5E基準」が重要となっていく。
・これらの指標・基準の具体化を各自治体が自ら検討・設定する。
・それによって企画や活動を自主的に評価する。
・その評価結果に基づいて「学習」する。
 以上のように、これらの「評価装置」を「学習ツール」として活用していただきたい。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION