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自然と文化 72号

 事業名 観光資源の調査及び保護思想の普及高揚
 団体名 日本ナショナルトラスト  


霊をもてなす
 民俗に見るろうそくの用いられ方としては、他にもいくつか例を挙げることができる。一家の祭祀や村祭、あるいはムーダン(巫覡)のクッ(シャーマニズム信仰に基づく祭祀)でも必ずろうそくが灯される。
 私は幼年期をまだ電気のきていない村で過ごしたが、日常的に使われる照明は灯盞の明かりであった。これは昔ながらのもので、役所の中庭に明かりを灯す必要に際してはそれが松明のようなものに形を変えた。しかし、祭祀のときだけはろうそくが灯されたように記憶している。そのため、ろうそくを灯す日は私にとって特別な日として記憶に刻まれている。
 祭祀のような神聖な行事にろうそくの火を灯したのは、それが闇を追い遣るのみならず、世俗の垢を焼き尽くすと信じられていたからのようだ。祭儀の空間にろうそくを灯しておけば不浄なものが逃げ、神霊が感応すると信じられた。しかしこのような信心は後に拡張解釈されたもので、日常的な時間から神聖な日と場所を区別しようとの意が先にあったものと思われる。
 済州島の巫俗神話であるメンガム・ポンプリ<福や豊年を祈る厄払い>(サマン<人名>)に出てくる話は、ろうそくとの関連で非常に興味深い。ここでろうそくは、あの世の使者をもてなす役割をしている。
 
数々の燈台と燭台(灯盞博物館・京畿道龍仁郡)
撮影−白智舜
 
 ひどく貧しかったサマンは、山で拾った骸骨を先祖のように手厚く祀ることにより金持ちになった。別の話には骸骨ではなく瓢とある。しかし、骸骨であれ瓢であれ形は似通っており、韓国語にはこの二つの語をいっしょにした「骸骨瓢」(骸骨の意)という語もある。
 ある日、その骸骨の主だという老人が夢に現われ、あの世の使者がサマンを連れに来ると知らせてくれる。そうしてサマンに「三叉路に掛け軸の屏風を巡らし、カヤの重ね膳にささやかな料理をしつらえ、香を焚いてろうそくを灯し、お前の姓名三文字を書いて貼り付けておけ」と語る。サマンはその言葉どおりにすることで死を免れ、その後三十年生きるところを三千年も生きたという。
 この話では、あの世の使いを力で退けようとはしない。むしろきちんともてなすことで、自分が被るはずの不利益が避けて通るように仕向ける。そこに韓国民俗の特異性がある。
 ここで、霊をもてなす小道具に必ずろうそくが登場していることに注目する必要がある。事実、ろうそくは宗教的な火であり、暖や光を採るという実用的な目的で灯されるのではない。告祀、祝願、祭祀、仏供など、宗教的で儀礼的な目的のためにのみ用いられる火である。香を焚きろうそくを灯すことは、神仏や神霊を呼び出すのになくてはならない。
 ろうそくは、聖域を聖域らしく演出する装置なのである。
 
ろうそくの火のように
草木印の蜜燭(国立民俗博物館・ソウル)
揖影−白智舜
 
 
 『三国遺事』にろうそくと関連して二つの興味深い話が出てくる。うちひとつは「包山二聖」条であるが、ここでは比喩的に、ろうそくが非常に尊く価値あるものであることが示されている。
 西暦九八二年、高麗時代に成梵という僧が包山の道成庵に起居し、万日弥陀道場を開いて五十年余り熱心に修行していた。『三国遺事』の編者は、その間に不思議なことが頻繁に起こったとし、その一例を紹介する。包山の麓に住む信徒二十人余りは、共同で毎年ビャクシンを集めては寺に奉納していたが、山に入ってビャクシンを掘り、それを細かく割って洗い箱の上に載せておくと、夜にはその木がろうそくの火のように光を放つというのである。
 私はここで「ろうそくの火のように」という比喩に注目したいと思う。これは単にそのような光が出たというにとどまらず、ろうそくの火がそれほど尊く価値あるものなので、何か貴重なものの象徴として用いられたのではないだろうか。
 また、先に紹介した済州島の巫俗神話と似た話が「駕洛国記」条に出てくる。駕洛とは伽のことで、西暦六世紀半ばに新羅に併合された国だ。
 伽を併合した新羅に忠至という人物がいた。伽の金官城を討ち城主将軍となるがその下にいた英規という人物が、城主将軍の威勢を借りて伽の後裔が祭祀を行っていた祠堂を奪い、いい加減な祭祀を行った。ある日、祠堂にこのことを告げると、どうしたことか突然梁が折れ、英規はその下敷となって死んでしまう。『三国遺事』の編者は、その日が端午の節句だと記している。
 これを受けて城主将軍は、「前世の因縁か、聖王のいらした国の城で僭越ながら祭祀を奉ることになろうとは、ありがたいことだ。しかるべく真影を描いて祀り、香とろうそくを供えて、臣下としてその恩恵に報いよう」と言った。
 そして、真新しい三尺の絹に真影を描き、壁に懸けて祀り、朝夕にろうそくを灯して仰ぎ見ては恭しく(うやうやしく)祀った。そうして三日が過ぎると、影幀の両の目からは血の涙が溢れ出て地面に溜り、一升近くにもなったという。
 この話は、韓国の古代三国を一つに統一した新羅の王室と深い関係がある。三国統一の主役は武烈王とその息子・文武王である。文武王は武烈王と王妃・文姫の間に生まれた息子であったが、文姫の父はもともと伽の王族出身であり、兄は武烈王を助けて三国統一を果たした金庚信である。文姫が武烈王の夫人となって男児を産み、その子が王位に昇って文武王になるわけで、これは新羅と伽の劇的な結合といえよう。
 のみならず、文武王以来その直系後孫が八代にかけて王位を継承することになる。ゆえに伽という国は消えても、その王たちを祀る祭祀は途絶えることなく行われていた。英規という人物はそのような背景を無視して、好き勝手に祭祀を執り行ったがために禍を被ったのである。
 ここでろうそくは、神に捧げる祭物として描かれている。済州島の巫俗神話で神霊に捧げる霊妙な祭祀にろうそくの火が使われているのと、まったく意を同じくする。このように韓国では古代より、ろうそくの火が神聖な祭祀という意味で広く用いられてきたのである。







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