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インド[聖と俗の間で]・・・田村仁
 一九七一年に初めてインドを訪れて以来、何度となくインドに出掛けたが、いつも最初 に訪ねる町がカルカッタ(コルカタ)である。
 初めてのカルカッタ取材では、約三ヶ月間滞在したが、その時の体験は、自分の人生観を変えるほど、インパクトをもたらした。
 当時、東パキスタン(現代のバングラディシュ)で独立戦争が起こっていて、カルカッタ周辺には八百万人近い難民が押し寄せていた。
 私はカルカッタをベースに毎日、東パキスタンの国境に向けて取材をしていた。
 国境に向かう一本の道は、あふれんばかりの避難民たちがひたすらカルカッタ方面に向かっていた。
 難民たちが市内に入るのを食い止めるため、道筋には多くの難民キャンプが設けられていたが、収容人員には限りがあった。
 そんな中で力尽き行き倒れで死んで行く人も多くいた。
 戦闘中に巻き込まれ、手足を失った人や遺体を運ぶ人たちがあちこちに見られた。
 肉親を失ったのだろうか、老人や幼児の死体も田圃の中に捨てられ散乱していた。
 こんな状況の中、雨期でコレラが蔓延し、一日に数百人が死ぬというすさまじい毎日であった。
 取材からカルカッタ市内に戻ると、そこには別の地獄がまっていた。この町では、餓死者や行き倒れは日常化していた。
 町のあちこちに路上生活者が氾濫し、手足や鼻の溶けた癩者、痩せ細って目ばかり大きな子供たち、両足を太股から切り落とされ板車に乗った男等、さまざまな乞食たちが「バーブージー」(だんなさん)を繰り返しながら後をつきまとう。
 そしてポン引き、ヤミ屋、詐欺師、麻薬の売人などが殺到し、一日中、気が抜けないのである。
 無視しても、振り払っても、ちょっとやそっとでは諦めない。そのうち根気負けした人は何らかの施しをすることになるが、これで終わったわけではない。それを知った仲間たちが次々と押し寄せ、かえって始末におえなくなったりする。
 こんな連続であるからそのうちに平常心を失い、些細なことから怒りが爆発し、相手かまわず怒鳴りまくっている自分だったりする。
 カルカッタで平常心を保ち行動するにはそれなりの時間が必要であった。
 インド人同士の口喧嘩もよく目にする。これは自分の非を絶対に認めない人たちだからなかなか決着がつかない。
 しかしめったに暴力沙汰にならないのは不思議である。論争好きのインド人に比べ、我々は口下手である。低レベルの口喧嘩や政治論争にしても、自己主張をとことん貫こうとするインド人のしつこさとか粘り強さには、なかなか太刀打ちできない。インドでは、並々ならぬ根気と忍耐が必要なのだ。
 こんな毎日の葛藤の中で、自分の価値観や認識がどうにもならないと感じた時、ある人は解決策を見出せることなく、本当のインドを見ずして逃げ出すことになる。
 確かにカルカッタは想像を絶する貧困と人種、宗教、カースト、文盲などインドのかかえ込むさまざまな政治問題や矛盾をいっしょくたにしたような町である。しかし、カルカッタはそんな醜い面ばかりではない。
 詩聖タゴールや映画監督チャタジット・レイそしてシターリストのラヴィ・シャンカールなど世界的なアーチストを輩出する文化都市でもある。
 市の郊外に一歩出れば黄金のベンガルと言われる田園風景が遠々と広がり、そこにはどこの国でも見られるような生き生きとした目の澄んだ子供たちの姿や働き者で純朴な農民たちにも出会えるはずである。ここには、都会の喧騒の中で見る欲とか俗という単純な世界でなく、大自然の中で、ヒンドゥーの神々や動物たちと共生して生きるゆったりとした悠久の世界がある。
 インドという国は悠久とか永遠という言葉の似合う国である。
 日本にも信仰が生きていた時代があり、仏教を通じて「輪廻転生」という言葉を知っているはずである。
 しかし、今ではほとんど前世だの来世だのということを信じる人はいない。生きているうちがはな、この世はすべてカネ次第的な実践哲学がまかり通っているのが実情である。それに比べてインドのヒンドゥー教徒たちは、死して生まれ変わり、転生することなく天国で安住したいという「輪廻」思想を信じる人は今でも多い。
そんなヒンドゥー教徒の生き方の一端を見るのには、ガンジス(ガンガー)河の聖地を歩いてみるとよい。
 インド一〇億の人口の八○パーセント近くを占めるヒンドゥ教徒たちが「母なる河」と崇めるガンジス河は、西ヒマラヤの氷河を源流とし、多くの支流を集めながら二五〇〇キロメートルの道程を経て、ベンガル湾に流れ出す。ガンジス河の河岸には大小さまざまなヒンドゥー教の聖地があり、その代表的なのがインド最大の聖地ベナーレスである。ベナーレスの町中には二千近くの寺院があり、それぞれの寺院や祠には五十万体に及ぶヒンドゥ教の神々が祀られているという。
 ベナーレスはカルカッタに劣らず喧騒な町である。貧困、乞食、詐欺師、町の汚さと共通点も多いが、カルカッタのような陰湿さがあまりない。
 ただベナーレスは死者を天国へ送り出す営みが年中行われているため、老い、死体、火葬場といった死に直結する場によく出合う。
 日頃、死や生だの考える余裕さえない我々も、ここでは否応なしに死ということを意識することになる。
 夜の明けきらないガート(沐浴場)に行くとヒンドゥー教の神々をたたえた聖歌の流れる中、信徒たちは次々にガートの階段を下り聖なるガンジス河の流れに身を清める。
 日の出が近づくとさらにその数を増し、ガンジス河のほとりは、信徒たちで埋めつくされる。
 人々は日の出時が一番清いと考え、いっせいに太陽に向け礼拝をする。その中には、死期を間近にした人が、家族にささえられながら沐浴する姿もある。
 信徒たちはガンジス河に何度も身を沈め、これまでの罪悪を洗い流し、心身共に浄化されることを祈るのである。
 祈りを終えた人々は、口をゆすいだり、全身を洗った後、身にまとっていた衣装の洗濯をする。神聖な祈りの場は一瞬にして汚れを取り除く、生活の場に一変する。沐浴場の一画には火葬場があり、一日中煙が立ちこめている。ガンジス河のほとりで茶毘に付し、遺骨を聖河に流すことで、天界という楽園行きを信じる人々の表情からは、死に対する悲壮感などはありえない。
 これは人が神々の存在を信じるか否かの問題だけなのであろうか?
 ガンジス河の聖地では、長い歴史の中で、誕生から死に至る通過儀礼が絶えず繰り返えされてきた。
 そして、ベナレースは昔も今も、聖性と俗、生と死の世界が一体となり共存しながら生き続けている。







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