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「海と船の企画展」図録:豊饒の島の物語

 事業名 海事博物館ネットワークの構築
 団体名 日本海事広報協会 注目度注目度5


黄金をめざして!
 1860年代から金はオタゴを急激に現在の姿にしていきました。セントラル・オタゴ、ローレンスの近くで1861年5月に金鉱が発見され、ゴールドラッシュが何回か起こったため、すべてのものが変わってしまいました。
 オタゴ港へ寄港する船の数は、発見の前年1860年の69隻から、256隻にはね上がっています。また12ヶ月の間にこの地区の人口は12,000人から30,000人に、実に2.5倍も増加しています。採掘技師、鉱夫そして一山あてることを夢見る事業家たちが、オーストラリアやカリフォルニアからなだれ込んできました。彼らはしばしば困難な場所で過酷な仕事をこなしていきました。ある鉱夫は「この島はハンマーでたたきのばされたがっているんだ。」と言っています。幸運をつかめた金鉱掘りが、わずかであったのは事実ですが、1860年代にオタゴで採掘された金は―21,000,000英国ポンド相当額―ダニーデンに大きな幸運をもたらしました。
 
19世紀の金の選鉱
 
 金の採掘方法でもっとも多かったものは、川床やその周りで行われた「水門式」でした。地下深くから金鉱石からを掘り出し精錬する、坑道方式の採掘もみられました。そして電気式砕鉱機と化学的加工方法の時代となり、さらに1890年代からは浚渫機が登場し、川床とその周りの土地を掘り返していきました。
 
水門式の採掘(マタカヌイ 1880年)
 
 オタゴは現在も金の産出地です。マクラエス鉱山では膨大な量(年におよそ4,000,000トン)の鉱石を掘り返し、ニュージーランドで最大の金鉱山となっています。これ以外にも小規模な採金操業がこの地方に点在しています。
 
Going for Gold!
From the 1860s rushes to the present day
Gold transformed Otago. The discovery of gold near the Central Otago town of Lawrence in May 1861 led to a series of gold rushes that changed everything.
Ship arrivals at the Port of Otago leapt from 69 in 1860 to 256 the following year. Within 12 months the province's population had increased two and a half times, from 12,000 to 30,000.
Prospectors, miners and entrepreneurs poured in from the goldfields of Victoria, Australia and California. They worked hard in often difficult terrain - 'This island wants hammering flat,' said one miner. But even if few gold diggers made their fortune, the gold produced in Otago in the 1860s - worth 21 million pounds sterling - was a huge boost to Dunedin's fortunes.
Most gold came from sluicing operations in and around riverbeds. Hard-rock mining, involving tunnelling, extracted gold-bearing ore from under the ground. It ushered in an era of stamper batteries and chemical processing. Then, from the 1890s, came the dredges - great clattering machines that worked riverbeds and adjacent land.
Otago is still a gold producer. The Macraes mine, which turns over massive quantities of ore (about four million tonnes per year), produces more gold than any other plant in New Zealand. Smaller operations based on alluvial sources are dotted about the province.
 
金みたいにいいぜ!
黄金がもたらした富
 
 金はオタゴに人と力をもたらしました。この地域には1861年創業のローレンス・ガブリエルズ峡谷をはじめとした、多くの金鉱があり、その中のいくつか、特にショットオーバーは、世界的に有名な鉱山となっています。
 
金鉱石
 
 金の生産は主に、川砂利の中から金塊や砂金を探す方法で行われていましたが、後に、地下の金鉱石を掘り出す岩盤採鉱が行なわれるようになり、巨大な浚渫機の時代となっていきます。
 現在、ニュージーランド最大の金鉱は、中央オタゴの東端、マクレーズにあります。
 南の人々は今でも、満足のいく、たたえるに足ることを言い表す時に、よく「金のようにいいぜ!」(申し分がない)という言い方をします。
 
Good as gold!
The enriching influence of gold
 
Gold brought people and commercial power to Otago. There were goldfields in many parts of the province, starting with Gabriel's Gully, Lawrence, in 1861. Some Otago goldfields - notably the Shotover - were as rich and fabled as any overseas diggings.
Most of the gold production was based on alluvial mining, which sought the nuggets and fines in river gravels. Later, hard-rock mining targeted the gold in quartz veins, and huge dredges worked riverbeds.
With today's technology, gold mining can move small mountains. New Zealand's largest gold mine is at Macraes, the eastern edge of Central Otago. Southern people often use the expression 'Good as gold!' to describe anything satisfactory or commendable.







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更新日: 2018年12月8日

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