日本財団 図書館


<寄稿>
CDM(クリーン開発メカニズム)について
社団法人 海外運輸協力協会 竹内義治
1. 背景
 近年の著しい地球規模の温暖化は、二酸化炭素を始めとする温室効果気体の大気中濃度の上昇と密接に関係している。急激な温暖化は、地球上の生態系に多大な影響を及ぼすだけではなく、台風や集中豪雨等の激しい気象現象の多発、砂漠化の進行、海面の上昇などが予測されており、このまま放置すれば人類の生存すら脅かしかねないと懸念されている。そこで、1997年に京都で国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)が開催され、先進主要国に対しては2008年〜2012年の期間を定めて、法的拘束力を持つ各国の温室効果気体排出削減目標が定められた。この決議を京都議定書という。
 この京都議定書には先進主要国の温室効果気体排出量削減目標だけではなく、開発途上国の経済発展と温室効果気体の排出抑制を配慮した、京都メカニズムと呼ばれている市場原理に基づく新たな手法が導入された。これは、日本を始めとするすでにエネルギー効率の向上や排ガスのクリーン化を進めてきた先進国では目標通りの削減は非常に困難な状況にあることと、開発途上国で排出量削減策を行えば経済発展にブレーキがかかる恐れがある一方で、そのまま放置すれば先進国の排出削減努力にかかわらず、地球全体の温室効果気体排出量を削減できない、という懸念への解決策として導入されたものである。
 
2. 市場原理
 ここで言う市場原理とは、比較的排出量削減が容易なセクターや企業では、排出量削減に要したコストより高い価格で削減量を市場に提供する。一方、排出量削減が困難なセクターや企業は、自ら削減するために必要なコストより安い価格で削減量を市場から購入できれば、それらのセクターや企業でも削減枠を達成することができるとともに、削減の容易なセクター・企業は設定された削減枠以上に削減を進めるインセンティブが働き、この結果、全体として削減量を確保できる。その条件としては当然ながら、削減量の取引市場の形成が不可欠であるが、すでに排出権取引市場が一部とはいえ、形成されている。
 なお、ここで、排出削減対策がほとんど未整備で先進国の技術導入により削減が容易なセクター・企業を開発途上国側(ホスト国)、すでに排出対策が進んでしまい国内でのこれ以上の排出量削減が困難なセクター・企業を先進国側(投資国)と想定しているのが、京都メカニズムのねらいであることは言うまでもない。
 
3. CDMの概要
 国として温室効果気体削減の数値目標を達成するための仕組みとして、京都メカニズムでは市場原理を活用した3手法を導入した。それぞれ、
共同実施(JI:Joint Implementation)、
クリーン開発メカニズム(CDM:Clean Development Mechanism)、
排出量取引(Emission Trading)である。
 それぞれ削減量の取り扱いの仕組みが異なるが、今回はCDMについて説明する。
 CDM実施の前提として、国の参加資格と事業者の参加資格には以下の制約がある。
(1)国の参加資格
 投資国となる先進国が京都メカニズムを活用するためには、以下の参加資格を全て満たすことが必要となる。
京都議定書の締約国であること
初期割当量を算定し、算定に関する必要な補足情報を2007年初までに提出していること
温室効果ガスの排出量及び吸収量の算定が行える国内システムを2007年初までに整備していること
直近の排出量及び吸収量目録(Inventory)を毎年提出していること
国としての排出枠保有量の管理を行うための国別登録簿を整備していること
などが挙げられているが、具体的には京都議定書のために設立される「遵守委員会・執行部」が判断する、とされている。国は参加資格を満たしていることを2007年初までに気候変動枠組条約の事務局に報告し、報告後16ヶ月後までに、執行部から問題提起されない限り、参加資格を満たしているとされる。
(2)事業者の参加資格
 先進国の事業者によるCDMプロジェクトの実施、CDM登録簿内へのCER(途上国内において排出削減プロジェクトを実施した結果生じた排出削減量に基づくクレジット:Certified Emission Reduction)の発行・分配は、国の参加資格の有無によらない。
 また、事業者が京都メカニズムを活用して、排出枠の獲得・移転には以下が必要である。
当該事業者が参加承認を得ている国が、京都メカニズム参加資格を有していること
国別登録簿中に事業者の保有する排出枠を管理する“法人用保有口座”が開設されていること(具体的な日本の手続きは未定)
国が参加資格を獲得する前の段階からCDMプロジェクトの準備は可能
 事業者が活用する場合でも、京都議定書の目標達成義務は国にある、とされている。
 CDMは、温室効果気体排出量の数値目標が設定されている先進国が協力して、数値目標が設定されていない開発途上国内で排出削減(又は吸収増大)等のプロジェクトを実施し、その結果生じた排出削減量(又は吸収増大量)に基づいてクレジットを発行し、そのクレジットをプロジェクト参加者間で分け合い、その結果として投資した先進国の総排出枠の量が増大する、という仕組みである。その仕組みを下図1に示す。
 
図1 クリーン開発メカニズム(CDM)による排出量の移動の仕組み
 
 ここで、実際にプロジェクトが実施される国をホスト国、プロジェクトを支援し協力する国を投資国という。CDMは京都議定書の第一約束期間(2008〜2012年)が始まる前にクレジットの獲得が可能であることが大きな特徴である。ただし、クレジット発行には厳格な審査が必要とされる。
 CDMプロジェクトは投資国の事業者がホスト国内で任意に実施できるわけではなく、以下の(1)〜(6)の手順により各ステップ毎のハードルを超える必要がある。
(1) プロジェクト参加者によるCDMプロジェクトの計画策定
CDMプロジェクトとして認められるためには、そのプロジェクトがホスト国の「持続可能な発展に貢献する」ことが必要とされ、その判断はホスト国が行うこととなっており、計画段階からホスト国の意向を取り入れた計画策定が必要となる。さらに、プロジェクト設計書はプロジェクト参加者自身で作成する必要があり、後で説明する必要事項を満たしていなければならない。
(2) 投資国、ホスト国によるプロジェクトの承認
投資国としての日本及びホスト国側もほとんどの国が具体的な手続きは未定だが、実施を予定するプロジェクトが、投資国・ホスト国両方とも書面による手続きを経て承認を得る必要がある。
(3) CDMプロジェクトの有効化と登録
プロジェクト参加者が作成したプロジェクト設計書をもとに、CDMプロジェクトとして適格性が評価・判断される有効化が行われることになる。この有効化はプロジェクト参加者が選定する指定運営組織(DOE:Designated Operational Entity)が行う。この指定運営組織は、今年(2002年)10月にインドで開催されるCOP8で初めて指定される組織が誕生する見込みだが、申請組織が少なく流動的との情報もある。有効化されたプロジェクトは気候変動枠組条約締約国会議(COP)のCDM理事会により適正であると判断されると正式に登録されることになる。
(4) CDMプロジェクトのモニタリング
プロジェクト参加者はCDMプロジェクトを実施するとともに、計画書通り温室効果ガスが削減されているか、排出削減量(又は吸収増加量)の算定に必要なモニタリングの義務が課せられる。このモニタリングにより検証・評価された分が以下のCER獲得分としての認証の基礎となる。
(5) CERの検証・認証・発行
プロジェクトの成果とも言うべき、CERの発行手順の概要は次の通りである。
プロジェクト参加者によるCDMプロジェクトのモニタリング結果と算定される排出削減量のDOEへの報告
DOEは報告を審査してモニタリング結果と排出削減量を検証する。
DOEは検証結果に基づいて排出削減量を正式に認証するとともにCDM理事会に答申する。
CDM理事会はDOEが認証した排出削減量に相当するCERを発行する。
(6) CERの分配
発行されたCERはプロジェクト参加者が全量得る権利が発生するわけではなく、現時点で明確に決められているわけではないが、概ね次のようになる。
発行されたCERの2%は途上国支援の活用分となる。
CDM運用経費としてしかるべき%分(何%になるか現時点で未定)が差し引かれる。
残りのCERをホスト国とプロジェクト参加者で分配する。分配比率は両者であらかじめ決めておく必要がある。
 
4. CDMプロジェクトの条件
 CDMプロジェクトは温室効果ガス排出削減に繋がればどのようなものでもいい、というわけではなく、いくつかの制約がある。最も重要な要件に、先に述べたホスト国側が判断してそのプロジェクトが「持続可能な発展に貢献する」かどうかであり、その他に、
原子力施設から生じたクレジットは国の数値目標達成に活用することを控える
吸収量増大プロジェクトは新規植林、再植林プロジェクトに限定
公的資金活用のプロジェクトでは、その資金はODAの流用であってはならない
ホスト国の要件として、京都議定書の批准とCDM担当政府機関の指定が必要
などの条件が課せられている。
 CDMプロジェクトが有効化されて登録されるための要件として、プロジェクト設計書に以下の内容が盛り込まれている必要がある。
(1)プロジェクトの目的、概要、境界
(2)ベースラインの設定方法
(3)プロジェクトの実施期間、クレジット獲得期間
(4)プロジェクトによる人為的な温室効果ガス排出削減量の説明
(5)環境に対する影響分析(必要に応じて環境影響評価結果)
(6)公的資金を活用の場合、公的資金がODAの流用でないことの確認書
(7)利害関係者からのコメントとその対応の報告
(8)モニタリング計画
(9)人為的な温室効果ガス排出削減量の算出
(10)参考資料
 これらはCDM理事会の公用語である英語で記載されることが必要となる。
 
5. CDMプロジェクト実施の課題
 CDMプロジェクトの目的は言うまでもなく、そのプロジェクトの実施によって温室効果ガスの大気中への放出量を削減することである。ではその削減量はどのようにして算定するかが大きな問題となる。例えば、旧式のジーゼルエンジンバス1台を燃料電池で動くバスに換えるプロジェクトを考えてみる。削減量を求めるためには期間も考慮に入れる必要がある。その期間のことをCDMではクレジット期間と呼ぶ。
 さて、燃料電池は水素と酸素の反応で生じる電気が動力源となるので、運行の課程では二酸化炭素は生じない。従って旧型ジーゼルエンジンバスを使い続けた場合に排出される二酸化炭素排出量が削減量となる。他の要因から排出される二酸化炭素とあわせて旧型バスを使い続けた場合の二酸化炭素排出総量のことを、ベースラインという。このようにCDMプロジェクトの計画策定は一見単純なように思えるが、旧型バスの二酸化炭素排出量をどのようにして算定するかが実は大きな問題なのである。
 一義的にはジーゼルエンジンの燃料である軽油が完全燃焼したときのCO2発生量はわかっているので、旧型バスが定期間に使う燃料使用量から算定できる。しかし厳密に考えるとジーゼルエンジンは常に完全燃焼するわけではなく、燃料使用量から算定される理論的なCO2排出量と実排出量は一致しない。1台や数台の小規模プロジェクトなら多少の誤差は許され、燃料使用量の減少分から算定されるCO2分をそのプロジェクトによる温室効果ガス削減量と見なしても許容範囲内として認定される可能性は高い。
 これが例えば新都市交通システム(モノレール等)の導入でパーク アンド ライドによるモーダルシフトを行い、都市内への乗用車乗り入れを数千台規模で抑制する大規模なプロジェクトを考えるとする。この場合のCO2削減量はそのプロジェクトを実施する都市内での燃料販売量減少分から算定できるであろうか。答えはNOと言わざるを得ない。理由はいくつも考えられる。それまで都市内に乗り入れていた乗用車は必ずしもその都市内で給油していたとは限らない。都市内での交通混雑の緩和で全体の走行速度が上がり、全体の燃費が向上する。逆に混雑緩和で外部からの通過車両が増えるなどである。さらに、新都市交通システムによるCO2排出分(電力製造に必要な重油など)も考慮する必要がある。このようなプロジェクト実施によって新たに加わる温室効果ガス排出量をリーケージといい、プロジェクトにより削減される量から差し引いた分がCERの基礎となる。
 運輸分野のベースライン設定は、交通量、自動車の走行モード、走行速度、車種、車齢等多くの要素が関係しきわめて複雑である。具体的なベースラインの設定のための指針はCOP8で決定される予定であるが、道路交通からのCO2排出量算定手法は未だ大きな研究テーマであり、国土交通省では平成15年度から2年度かけて、開発途上国の大都市をモデルとして研究開発を計画している。いずれにしても、運輸分野からの温室効果ガス排出量は全体の約20%を占めるが、運輸分野の削減量をその割合で分担することになると、国内での排ガス規制の強化だけでは京都議定書の排出枠を約束期限内に達成することは困難であり、何らかのCDMプロジェクトを積極的に推進する必要がある。そのためには、一刻も早いベースライン設定手法の確立と、運輸分野でどのようなCDMプロジェクトがどこで可能かを判断するためのデータベースの整備も重要な課題である。これらの課題に対して、当協会としては、今までに数多くの開発途上国における運輸分野の支援調査を通して得たノウハウを最大限に活用して積極的に取り組む方針である。
 
6. まとめ
 運輸分野だけではなく、CDMプロジェクト全体を推進するに当たり、今大きな課題となっているのは、CDMプロジェクト形成に大きな役割を与えられている指定運営組織(DOE)の存在である。今年開催されるCOP8で初めて指定される見込みだが、現実には1〜2社程度になる見込みで、とても「CDMプロジェクト参加者が指定運営組織を選定する」状態にないことは明らかである。国連の気候変動枠組条約締結国会議のホームページには、CDM理事会による運営組織の認定手順や資格要件が示されているが、具体的な認定・指定がどのようになるか推移を注視する必要があるとともに、我が国がCDMプロジェクトを推進するためには、国内にも分野毎に指定運営組織が存在する状況にあることが望ましいことは言うまでもない。当協会としても、この状況形成に何らかの役割で貢献する方針であり、その研究体制づくりに取り組んでいる。
 CDMは先進国と開発途上国がまさに「持続可能な発展に貢献」しつつ、地球規模の温暖化防止のための温室効果ガス排出量削減を行う市場原理を導入したメカニズムであり、有効な手段とするためには国と企業が一体となって推進すべき課題である。京都議定書の約束期間までの時間はそう多くはない。その中で解決すべき課題も多くある。国土交通省と会員とともに、21世紀当初の最大の課題とも言うべき地球環境問題のうちの運輸分野での課題に積極的に取り組んでいきたいと願っている。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION