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2 事故原因等の調査分析手法及び調査の方法
[本委員会及び同検討作業部会において紹介された分析手法等の概要]
 
 事故原因等を調査分析する手法は、多数あるが、いずれもヒューマンファクター概念に基づく海難原因及び背景要因を探求するための手法として考えられる。
 
(1)4つのM(4M分類法)
 航空事故の原因分析手法として、米国で開発された。表面的には単純に見える事故も、発生に至るまでのすべての経過を調べると、事故を構成する要因が一つということはなく、複数の要因が重なって起こっていることが明らかになる。
[具体的な調査の手法]
 事故発生に関係あると考えられるすべての要因について、次のどの「M」に該当するかを検討する。
Man (人間の判断や操作のミス)
Machine (機械や装置の欠陥・故障・扱いにくさ)
Media (情報や環境条件)
Management (企業や行政機関が何をやり何をやらなかったか)
 
 また、4つのMにMission(使命感)を加え5つのMとした分析手法を(有)日本ヒューマン研究所長黒田勲が提唱している。
 
(2)ISO及びJIS規格における原子力発電所の制御室設計に関するシステム設計原理
 
人間工学設計コンセプト(ISO11064第1部設計原理 2000)
 
 人間、機械、環境、運用・管理の4要素で構成されるモデル。
 人間を中心に機械、環境、運用・管理の4要素を等距離に置くシステムを作る際に有効とされている。
 人間が不注意を起こすとすれば、全ての項目がからんでいる。
[具体的な調査の手法]
 要素が4つ、2者関係が3つ、3者関係が3つ、4者関係が1つとなる。
 調査用紙は各要素の4枚から始まり、それぞれの関係ごとに調査用紙を用意し、その関係での問題点を記載・整理していく。
 次にこれらを時系列に整理する。何月何日何時何分に何が起きたのかをできるだけ集める。新聞記事、テレビの録画ビデオを含め、足りなければインタビューで集める。
 各要素に加え、2者関係から4者関係のインタラクテイブな交互作用を主軸として、時系列のイベントフローを書き、それをクロスしてギャップを意識的に探しだす。
 
(3)SHELモデル
 SHELモデルの構成要素は次の4つである:
 
ソフトウエア (S:software)
ハードウエア (H:hardware)
環境 (E:environment)
人間 (L:liveware)
 
 SHELモデルは通常図式的に表され、4つの構成要素だけでなく、人間とその他の構成要素との関係又はインターフェースも図示する。次図はインターフェースの一致又は不一致がブロック自体の性質と同じくらい重要であるという事実を示そうとしたものである。不一致はヒューマンエラーの発生源になり得るし、不一致の特定はシステムにおける安全の欠陥を明示するものかもしれない。
 
Hawkins、1987による。SHELモデル
 
人間(中心的構成要素)
 このシステムで最も価値があり柔軟な構成要素が人的要素(ヒューマンエレメント)、すなわち、人間であり、これはモデルの中心におかれている。各人は、肉体的、生理的、心理的又は心理社会的な能力及び限界をそれぞれ持っている。
 この構成要素は運転又は運転支援にかかわる人全てに適用できる。対象となる人は、他の4要素のそれぞれと直接的に相互作用している。各人及び各相互作用あるいはインターフェースはヒューマンパフォーマンス調査の対象となる。
 
人間(周辺)
 人間の周辺要素とは、管理、監督、乗組員の相互作用及び意思疎通等の要因を含むこのシステムの人対人の相互作用に関するものである。
 
ハードウエア
 ハードウエアとは、輸送システムの機械部分にかかわる。それは、ワークステーション、ディスプレー、操舵装置、座席などの設計を含む。
 
ソフトウエア
 ソフトウエアとは、組織上の方針、手順、マニュアル、チェックリストのレイアウト、海図、地図、助言、さらに最近増加しているコンピュータプログラムを含むシステムの非物理的部分である。
 
環境
 環境には内部及び外部の気象、温度、視界、振動、騒音及び人が作業する場所の条件を構成するその他の要因が含まれる。時には、システムを運用することについての広い意味での政治的、経済的束縛がこの要素に含まれることもある。温度の調整は、意思疎通、意思決定、管理及び調整に影響を与えるため環境の一部として取り扱う。
 
 事故のおおもとになっているのが真中の人間(リブウエア)、この人間が動くようにソフトウエアを作り、ハードウエアをおき、環境を作っている周りの環境があり、人間対人間の関係がある。
 
 また、全体のSHELのモデルがうまく動くためのマネージメント(管理)も含めて「M−SHELモデル」という言葉を使用している。
 事故調査は、対策を講じ、改善に結びつかなければならず、調査に当たっては常にM−SHELモデルを頭におきながら証言を取り、分析を加えて、その背後に潜む背後要因を探究することが効果的である。
 
(4)SHELモデル及びJ.Reasonのハイブリッドモデル
 IMO決議A.884付属書では、事故の因果関係を明らかにするため、リーズン(1990)モデルを使用することを提案している。
 リーズンモデルはSHELモデルで収集したデータを更に系統立て、理解を深めるのに有用である。
 調査官は生産の体系を用いた事故因果関係についてのReason(1990)モデルを、事件の経緯を展開させる手引きとして使用できる。同様に、ReasonモデルはSHELモデルで収集した作業システムデータを更に系統立てるのを容易にし、ヒューマンパフォーマンスに関するこの作業システムデータの作用について理解を深める。事件経緯は五つの生産要素、すなわち、意思決定者、ライン管理、必要条件、生産活動及び防護のいずれかを巡る発生事象と状況に関する情報を整理して展開される。
 
 生産要素自体は基本的に時系列で配列される。事件又はインシデントを招くことになる事象や状況は必ずしも事件現場に時間的にも場所的にも近接しているとはいえないことから、この時系列という点は重要な系統要因となっている。このデータの逐次的配列を組み立てることによって、「即発的(active)要因」対「潜在的(latent)要因」というReason(1990)の概念が導入される。
 
 即発的要因とは、事件に至った終局的な事象又は状況である。即発的要因はシステムの防護(例、警報システムの機能停止)内で直接発生するか、あるいは間接的にシステムの防護違反(例、悪い手順の使用)になる生産活動現場(すなわち、作業システムにおける人、ソフトウエア及びハードウエア要素の統合した活動)のどちらかで発生するので、即発的要因の作用は直ちに明らかとなる。
 潜在的要因は人、組織レベルの双方に存在するもので、所与の作業システム内に存在する条件の中に出現することがある(モデルの必要条件要素を参照)。潜在的要因の例としては、不適正なルールや手順、不十分な訓練、過重な作業負担及び異常な就労時間によるプレッシャーなどがある。
 実際には、調査官がデータ収集ステップを開始する時、調査の準備的段階でたとえ断片的情報であっても、この情報を事件経緯の文脈に置こうという考えは当然である。こうした並行活動をしやすくするため、SHELとReasonの両モデルを次図に示すように組み合わせることができる。
 
 調査中に収集したデータ(すなわち、事象や状況)はSHELモデルの複合構成要素を用いることによって、Reasonモデルをベースとして事故テンプレート(この場合、事件のシナリオ)を取り囲む構造に体系化できる。原因となりうる要素、すなわち、不安全行為/不安全意思決定及び不安全条件がこれにより特定される。
 事故は偶然に起こるものではなく、人間の過失だけとか、不注意だけということではなく、むしろ不注意は事故の原因ではなく結果であるということを科学的に証拠に基づいて示す一つのモデルである。
 人間のやることで完全無欠はなく、どこかに穴がある。穴は小さい方がよく、穴の種類は少ない方がよいが、あってもかまわない。穴をずらせば事故に至らない。事故は原因が複合して起きる。これが、セーフティーマネージメントの考え方である。
 
(拡大画面:76KB)
SHEL及びReasonハイブリッドモデル
 
(5)FTA(欠陥樹法)フォールト・ツリー・アナリシス Fault Tree Analysis
 FTAは1961年米国において、宇宙ロケットの安全性解析のため開発された手法であり、その後産業界において機械装置、設備の危険性評価の手法として広く用いられるようになった。
 FTAはシステムの望ましくない事象を頂上事象として、分析作業の出発点にする。この出発点から分析作業を行い、その事象をもたらす可能性のある原因や事象をそれ以上分解できない基本事象まで遡って分析していく。作業は、事象等の状態をすべて「Yes」か「No」か、というように二つの状態のいずれかとして分析を進める。
 頂上事象から基本事象に至る間の論理的関係を事象記号と論理記号を用いてダイアグラム化していく。システムの故障あるいは事故といったシステムにとって望ましくない頂上事象、その事象を招く原因となる事象などを事象記号で、また、そうした事象間に存在する因果関係を論理記号を用いて図式化していく。
 
(6)ETA イベント・ツリー・アナリシス Event Tree Analysis
 ETAは、システムの事故を招く原因となる望ましくない初期事象を分析作業の出発点とし、その初期事象が最終的にもたらす結果に至るまでの各段階の問題点を分析する手法である。
 作業は、初期事象を図の左側に置いて出発点とし、論理の展開結果を右側に向かって記載していく。また、図の上部に事象などの関連事項を時系列にしたがって記載する。装置の作動、操作者の行動などについての論理を展開する場合は、正常な作動あるいは適切な行動は図の上部に、誤作動や不適切な対応は図の下部に記載していく。
 
(7)VTA バリエーションツリー分析 Variation Tree Analysis
 VTAは従来、主としてハードウエアを対象としていたFault Tree Analysis:FTAなどの分析手法の欠点を補い、事故・事件発生におけるヒューマンファクターを解明するために考案された手法である。
 VTAは時間軸に沿って人間の行動や判断を中心に分析する。通常から逸脱した行動や判断の流れを描き出して、人間行動の背後に潜む問題を追及する簡易性が重視された手法である。即ち、責任所在の追及ではなく、対策指向型の分析手法である。
[具体的な調査の手法]
(1) 事故に関与した当事者、関係者、関連事象などの「軸」として設定する。
(2) 左端に時間軸をとる。時間の経過は下から上に進む。
(3) 変動要因や通常作業(ノード:それぞれの発話や行動や判断など)を四角枠で囲って示す。(変動要因は太い枠にする。)
(4) 全般に影響していたと見られる要素は「前提条件」として、図の最下部に記述する。
(5) ノードは簡潔な言葉で表現し、説明が必要な場合には図の右脇に説明欄を設け、ノードに付けた番号の補足説明を記す。
(6) 各ノードの関連(連鎖)を直線矢印で結ぶ。
(7) 事故の直接的あるいは間接的な要因と考えられるものを「排除ノード」として右肩に○をつける。(通常は変動要因)
(8) ノードの連鎖を断ち切ることによって事故に至らずにすんだと判断される個所(ブレーク)に水平線破線を引く。(通常は通常作業の連鎖)
 このようにして作成されたVTAを用いて排除ノードの裏側にあるヒューマンファクターを解析し、それに対する多重の再発防止策を検討する。
 
VTAの基本型







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