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長崎県海事産業への期待・・・“大阪の地より長崎を想う”
国士交通省 近畿運輸局
海上安全環境部長 小坂光雄
 
1. はじめに
 私は九州運輸局長崎海運支局長として2000年4月の着任から2年3ヶ月、長崎の皆様方には大変お世話になりました。私の異動日となった今年7月1日には地方運輸局本支局の組織改編が行われ、支局では海運支局・陸運支局が統合されて各県に一つの運輸支局が置かれることとなりました。現在、改編後の近畿運輸局に勤務していますが、何かにつけ長崎を懐かしく思い出しております。
 ところで、10月1日に起こった三菱長崎造船所の「ダイヤモンド・プリンセス」大火災は私にとっても大変悲しいニュースでありました。人的災害がなかったのは不幸中の幸いでしたが、完成を楽しみにされていた長崎の皆様、特に久し振りの大型旅客船プロジェクトを長期間、手塩にかけて育ててこられた当事者の方々の落胆はいかばかりであったかとお察し致します。大型クルーズ船の建造は、10年程前、三菱長崎造船所建造の「飛鳥」、「クリスタルハーモニー」以外は欧州造船業の独壇場でしたが、クルーズ王国の米国を中心に活躍する「クリスタルハーモニー」が米国豪華客船ランキングで依然トップクラスの人気を保っており、こうした評価が今回の2隻の受注にも結びついたと思われます。幸いにも本船が修復可能で建造工事が再開されておりますが、是非名誉挽回して今後に繋げていただきたいと願っております。
 離任後暫く経っており、御地の状況が私の理解と変わっているかもしれません。その点はご容赦をお願いするとして、大変厳しい情勢が続く中で伝統ある海事産業のメッカ長崎への期待を込めて「私見」を述べさせていただきたいと思います。
 
2. 長崎県の基幹産業
 長崎は1571年長崎港の開港以来、港を中心に発展してきました。その基幹産業は、かつては炭坑業、水産業、造船業でしたが、近年は衰退した炭坑業に替わって観光業がその一つに位置づけられています。
 長崎県勢を全国比でみると、総面積1.2%、人口1.2%、GDP0.9%の弱小県です。しかし、島の数、海岸線の延長距離が全国一(北方四島を入れると北海道の海岸線距離が一位)であるなど海と関わりの強い海洋県です。また、その歴史的背景に港を通じた海外交流があることで、全国有数の海事産業が育っています。とりわけ長崎県の造船業は主な工業分野で唯一の全国一位(新造船全国シェア約20%)、また水産業は北海道に次ぐ全国二位(漁業生産額全国シェア約6〜7%)と、今も全国有数の海事産業立県として位置づけられています。
 しかし、未曾有の長期不況下の現在、水産業、地場中小造船業等は不振といわざるをえません。その中で、長崎は県を中心に観光資源を生かした経済の活性化を図る行動計画を策定し、地域ぐるみでの観光業がクローズアップされています。
 
3. 造船業
 日本の造船建造量は、1956年に世界一になって以来、半世紀近く首位の座を守ってきましたが、2000年に初めて韓国が首位となり、2001年には再び日本が首位に返り咲いています。世界の新造船建造量(総トン数ベース)の勢力図は、2001年の実績で(1)日本(世界シェア41%)(2)韓国(37%)(3)西欧(13%)(4)中国(6%:国別では世界三位)となっています。当面は日韓2強時代が続き、躍進中の中国が10年後には日韓と競合する造船大国になると予想されています。西欧造船業(欧州共同体及び北欧三国)は、1970年代に約40%の建造量世界シェアを誇っていましたが韓国等にシェアを奪われてきました。
 
 しかし、欧州諸国は旅客船、フェリー等を中心とした高付加価値船を多く建造していることから、生産額べースでは世界の1/4〜1/3を占めており日韓に匹敵する実績を保持しています。
 こうした構図を眺めると、日本造船業が目指すべきは欧州型高付加価値分野ということが自明の理であり、冒頭に触れました三菱長崎造船所の大型旅客船建造への意気込みも理解できるわけです。三菱長崎造船所は、我が国近代造船技術の発祥の地で、爾来、名実ともに日本造船業のトップに君臨してきた造船所でもあり、今回の災難を何としても克服していただきたいと願っています。
 日本の造船建造量は、長年世界一の座を守ってきましたが、そこに用いられる船型、推進機関、航海計器等の技術の多くは欧米諸国等の主導で開発されたもので、日本はそれらを造る生産技術の向上・高度化による優れた生産性・品質で今日まで競争力を維持してきました。しかし、韓国、中国等が日本を急追し、コスト競争では不利に立たされつつある今、日本造船業が目指すべきは、先端的技術を活用した「フロンティア創造型」産業への変革であるといわれています。その実現のために、目下、国土交通省では、メガフロート、次世代内航船、スーパーマリンガスタービン等の次世代技術開発に取り組んでいるところです。
 一例をあげますと、メガフロートとは超大型浮体式海洋構造物の略称で、これまでの実証プロジェクトにより4000m級の滑走路を有する海に浮かぶメガフロート空港が実用可能とされ、更に現在は、IT時代に対応した情報バックアップセンターとしての実証実験が行われています。メガフロートを用いた構想としては、これまでに、空港、防災基地、物流基地、エネルギー基地、レジャー施設、イベント施設など様々な計画が立てられています(例えば海に浮かぶ「出島」復元も可能です)。しかしながら、古くは関西空港が、また最近では沖縄の米軍普天間ヘリポートの代替施設がそうであったように、地元の建設業界・雇用への配慮、背後の政治力等のため、埋立て工法が優先的に選択されてきました。メガフロート工法は、移動、撤去、海面の復元も可能で環境面やコスト面では他を凌駕するといわれています。埋立地に多発する地盤沈下・浸水はなく、地震の影響を受けないという特徴を有しており、平地が少ない、また造船業の盛んな長崎にはメガフロート工法が打ってつけといえます。
 
4. 水産業
 長崎県は、東シナ海の好漁場に恵まれ、古くから以西底曳網漁業、まき網漁業が勢力を誇りましたが、残念ながら私の在勤中に、以西底曳網漁業は大減船が完了し、まき網漁業は大規模減船が実施されました。これら漁業の不振の原因は、中国・韓国漁船等の取り過ぎによる資源枯渇、地球温暖化・水温上昇に伴う生息分布異変、周辺国の公害・水質汚染に伴う生体異変、増えすぎた鯨による魚類捕食の影響など色々な説があることを耳にしました。真相は私には分かりませんが、こうした外的要因に左右されないためには管理型漁業の推進が有効な選択肢と思われます。
 数年前、ハワイの自然エネルギー研究所を訪れたとき海洋深層水を使った多くのプロジェクトの中に魚の養殖の成功例があることを知りました。深層水とは、水深200m以上の光が届かない海域の水(海水全体の95%を占める)で、光合成が行われないため養分・ミネラルが豊富かつ無菌であり、養殖魚は急速に成長し、また無公害魚としても評価が高くなります。長崎近海は大陸棚で浅海が多く深層水プロジェクトには向かないと想像していたところ、長崎在勤中2001年夏の新聞で朗報を知りました。
 それは、長崎県北松浦郡沖で水深80mの海底にブロックを積んだ人工の海底山脈を作ったところ、そこが豊漁の海に生まれ変わったというものです。深層水流から分岐した潮の流れが海底山脈に衝突し、栄養分を含む大量の海底水が上昇、付近でプランクトンが倍増して魚が大量繁殖するようになった結果、漁獲高が何倍にもなっているということです。
 
 長崎近海が古くから好漁場であるということは、つまり、魚の生育に適した水に恵まれていることを裏付けており、その活用について一考の価値があると思われます。深層水は、人の皮膚疾患等にも大きな効果があるとされており、魚だけでなく、人の治療・保養等への多目的活用の可能性もあります。有効活用を模索中の県内の離島、あるいは先述のメガフロートの活用として妙案かもしれません。
 
5. 観光業
 長崎を離れて何が懐かしいかと問われると、当時の生活・知人に加えて、きれいな海(外海)と島々、豊富な海の幸、斜面地とすぐ思い浮かびますが、残念ながら一般の観光地については、際立った印象がありません。観光という観点で考えますと、長崎は多面性があり面白い街ですが、今の観光形態が、旧来の名所・旧跡巡り中心の見学型から「参加・体験型」に変化し「本物志向」になっているということをもう少し考慮する必要があるように思います。
 
 そこで、長崎の特徴を生かした観光は何かと考えてみますと、長崎の原点「海」に目を向ければ本物の観光資源が沢山あるように思います。港内から眺める長崎の斜面市街美もさることながら、外海に出れば見られる海岸線や島々、そして澄んだ水など「自然の創り出す美」そのものが感動的な美しさです。また、海底炭坑の採掘土石による人工島「端島(軍艦島)」は、その最盛期の昭和30年代は、居住者5300人以上の世界一人口過密地域の一つでしたが、昭和49年の閉山後は無人の島となり、日本初の鉄筋コンクリート高層団地群の廃墟が林立し放置されており、その光景・盛衰の歴史には強烈な印象を覚えます。
 長崎の海・島は知られざる海洋資源・史跡の宝庫といえますが、ここに長崎にふさわしい「海に根ざした観光」なるものを思いつくままに列挙してみたいと思います。
・手頃なクルーズ(日本一の海岸線・島々の自然美、斜面都市美、海の幸等)
・親水型レクリエーション(近場の海・島でのボート、ヨット、水上バイク、釣り)
・体験漁業(水産業のメッカの漁船・水産施設・海を活用、博物館の必要性)
・造船業の体験学習(造船所、史跡、資料等を活用)
・炭坑業の体験学習(海底炭坑跡、団地群廃墟等を活用)
 クルージングといえば、豪華客船で欧米スタイルの優雅な長期旅行のイメージが一般的ですが、諸外国では、短期間(数日)景色を楽しみながらの河川クルーズも底堅い人気があります。日本人の65%がクルーズ参加への願望を持つという調査結果もあり、海岸線、島々の自然美、海の幸等に恵まれた長崎の魅力を満載したカジュアルスタイル、和風温泉宿スタイルなどの「数日間クルーズ」があれば人気を呼ぶかも知れません。行動派の団塊の世代が熟年に達し、やがて退職、観光・クルーズの中心層に加わることも重要な要素です。
(参考:2001年クルーズ人ロデータ)
・世界一の米国690万人に対し日本20万人
・対人口比率は我が国が先進諸国中最低の8位
 
6. 港湾と静脈物流
 過去20年間で、国際物流ではコンテナ化が進みコンテナ取扱量が大幅に増加しましたが、日本の港湾はその動きに乗り遅れ劣勢に立たされています。アジア時代を象徴するかのように、2001年のコンテナ取扱量は上位5港全てアジアが占めており、日本でコンテナを扱う国内58港全部を足しても香港の69%、シンガポールの80%に過ぎないような状況です。
 中国が世界の工場といわれるようになり、中でも上海・蘇州の華東地区が目覚ましい発展を遂げており、上海港はコンテナ取扱量が90年代から年率30%程度の成長を続けて2001年には世界のベスト5に入り、まだまだ拡張途上にあります。
(参考:世界主要港のコンテナ取扱量ランキング)
(1980年)(1)ニューヨーク(2)ロッテルダム(3)香港(4)神戸(5)高雄・・・(12)横浜・・・(18)東京
(2001年)(1)香港(2)シンガポール(3)釜山(4)高雄(5)上海・・・(18)東京・・・(20)横浜・・・(20)神戸
 港湾サービスは、まず、ハードの整備に加えて、「速い、安い、安全、確実」の4原則を満たす必要があるといわれています。阪神大震災がきっかけとなり、アジアに大きくシフトしたという出来事もありますが、日本の港は「高い、遅い」というレッテルが貼られてしまいました。
 こうした劣勢を挽回し、“アジア主要港に引けを取らない競争力をつける”そのために国土交通省が描く「スーパー中枢港湾」構想では、先進的な港数ヵ所を選んで国際競争力をつけるという国家プロジェクトが組まれており、今年度内にはいくつかの候補地が決定される予定です(現在、東京湾、伊勢湾、大阪湾、九州北部の4地域に11港指定されている中枢港湾を大幅に絞り込んで大幅コスト削減、リードタイム短縮を目指す)。長崎港としても、こうした動向も見据えた構想が必要になると思われます。
 
 新しい物流の形態として、廃棄物を輸送する静脈物流が注目されています。廃棄物の循環・処理に関する事業を血液循環に例えて静脈産業と呼んでいますが、循環型社会構築に向け静脈産業は、2010年には約40兆円に成長するとの予測もあり関係者が大きな関心を寄せ始めています。
 国土交通省では、その物流拠点港としてのリサイクルポートとして、室蘭・苫小牧、東京、神戸、北九州の4地域5港を1次指定しました。リサイクル用の家電、OA機器、ペットボトル、プラスチック、自動車、スクラップ、建設廃材等を各地域ごとに内航船等で拠点港に集積し、リサイクルを推進・支援していくというプロジェクトで、北九州市・響灘地区でも関連施設の整備が進められています。
 私の長崎在勤中、FRP製(ガラス繊維入り強化プラスチック)のプレジャーボート、漁船のリサイクルを検討する会が設置されました。長崎県は、漁船や釣りボートが多く、その殆どがFRP製で、それらの数は全国2位となっています。問題は廃船後の処理が実用化されていないことで、放置艇、不法沈船などが多発して社会問題化していることです。マリンレジャーが将来の成長産業と目される中で、現在、国土交通省では、FRP船を破砕した廃材をセメント原燃料に用いる方向でリサイクル型モデルプロジェクトを進めており、全国有数のFRP船所在地域として、この動向にも留意いただきたいと思います。
 近い将来、出島バイパス開通、女神大橋線の九州道への連結などが予定され、それらとの連携によって港湾機能のアップが期待されるところですが、国内、更には世界の港湾の動向も視野に入れて長崎港の今後を検討する必要があると思います。
 
7. おわりに
 資源がなく国土にも恵まれない極東の島国日本が世界第2位の経済大国までになった要因は、疑うまでもなく、もの造りに長けた勤勉な国民性によるといえます。バブル以降、若者の技術離れが進み製造業が敬遠されるような傾向が見られるのは大変残念なことです。日本産業の空洞化が過大に叫ばれていますが、日本製造業の海外生産比率は現在16%(1985年は2%)で、米国、ドイツ等の25%前後と比べても、まだ国内生産が健闘しているといえます。
 グローバル化の時代を迎えてこそ、国として、また地域として必要な産業・技術は何かを見据えることが肝要であり、時には政策的に支えていくことも必要であると思います。むしろ、隣国中国の著しい発展の中で世界最大の人口を抱える巨大市場が目覚めつつあることに目を向けて、中国との共存を図っていくことが望まれるところです。
 今回は、長崎に何が必要かについて、海とともに発展してきた長崎の原点に立ち返っていただきたいとの個人的な思いをエールを送る気持ちで述べさせていただきました。長崎の今後のご発展を心より祈念申し上げます。
 

「本稿は長崎経済研究所月報「ながさき経済」への寄稿文として執筆されたものを、著者ご了解の上、本誌にも掲載させていただいたものです。」







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