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私はこう考える【イラク戦争について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年7月号 中央公論
イラク復興のシナリオと日本の選択――「大中東」構想と自衛隊の役割
山内昌之(やまうち まさゆき)(東京大学大学院総合文化研究科教授)
戦争と復興の三理念
――位相の変化
 いまアメリカのブッシュ政権は、主観的には〈善〉への確信から出た三つの理念がイラク人の抵抗や反乱にあって、危険な位相に変化していく事態に直面している。
 第一は、二十一世紀に無頼国家と対決するために考えられた先制攻撃と「予防戦争」の理論が、アメリカ型の民主主義の樹立につながらず権力の空白と治安の悪化をもたらしたことである。無政府状態は独裁政治よりも悪い、とブルガリア人の哲学者トドロフは語ったものだ。「無政府状態は一人の独裁を万人の独裁でもって置き換えるからである」(大谷尚文訳『イラク戦争と明日の世界』)と。
 第二は、どの国も外からリベラルな民主主義を輸入できるというネオコン(新原理主義者)の絶対的な〈善〉の信仰がイラクで痛烈な試練を受けていることである。ロシアの作家ワシーリー・グロスマンは、〈善〉の夜明けが始まるところでは、子供と老人が死に血が流される、と述べたことがある。高邁な主観的理想だけでは、イラク人の夢と幸福を保証することはできないのだ。
 第三は、ハイパーパワー(極超大国)としてのアメリカの権力が無制限であり、その意思と指導性を地球大に広げられるという確信の揺らぎである。これまでアメリカは安全保障という国益が地球の全体に関わっていると考え、国益を守るためならすぐに軍事力を行使する用意があった。たしかに古典的なタイプのイラク戦争の本体では成果を収められたが、住民にテロリズムやゲリラを心情的に支持させる環境をつくっては勝利も容易でないのである。
 日本はこの三つの位相から距離をおいてきたにせよ、日米同盟と国際協力の間でイラクに人道復興支援をおこなうために、サマーワに陸上自衛隊を派遣している。したがって、日本も好むと好まざるとにかかわらず、イラクでは日米同盟の意義と限界に日夜直面しているのだ。この論考では、日本独自の中東外交の関心と利益に照らして、アメリカの蹉跌に学びながらイラクの復興と尊厳を確保するうえで留意すべき点について考えてみる。なかでも、自衛隊の活動の意味は、日本外交と市民世論をつなぐ喫緊の関心事ともなるだろう。
 実際にアメリカは、イラクにおいて三つの問題の結びつきによって、戦後復興と秩序回復がままならぬ危険な陥穽にはまろうとしている。その第一は、国際テロリズムやフセインの残党と一部市民との連携を切断することに失敗して、「イラク戦争の第二段階」あるいは「第二次イラク戦争」とも呼ばれる内戦を招いていることだ。もし市民の間にアメリカが原因となり、抵抗に参加もしくはそれを支持させる不正や怨恨があるならば、それを取り去ってテロリストを孤立させねばならない。
 第二は、アブー・グレイブ刑務所の捕虜虐待問題に見られる軍紀の頽廃である。これは、本来イラク人の自由をめざし最初はかなりの歓喜を招いた「解放軍」が市民を抑圧する占領軍に変質したのではないかという疑いを日本の世論にも与えることになった。イラク人の屈辱は、アラブひいてはイスラーム世界の屈辱として受けとめられたのも当然であろう。
 第三は、アメリカが協力すべき戦後復興の全国レベルの担い手を見つけられなかったという問題である。アメリカが第二次世界大戦後の復興を援助した日本とドイツには、均質な国民としての日本人やドイツ人と呼ばれる実体が存在した。しかし、同じ意味での「イラク人」や「イラク国民」と言える集団の実在については、最初から疑問符がつけられていた。
 アメリカの占領政策は、フセインの政治基盤であったスンナ派アラブ住民の相当な部分を敵視しただけでなく、多様な集団がイラク国民として自由に凝集する可能性を狭めることになった。主権移譲から国会選挙にいたるプロセスについても意見の不一致が見られたように、三つの主要集団(シーア派、スンナ派、クルド人)にも混乱の責任がある。フセイン体制の打倒を望んだ者たちも、その結果のすべてを引き受ける用意がないことを示していたからだ。
 しかし、ファッルージャの場合に見られるように、これまで険悪だったスンナ派住民とアメリカとの関係にも、治安回復のために追放されたバース党員の将軍らを活用することで改善の動きも少し見られる。スンナ派地域の治安を維持するには、今後ともバース党員であっても政治性の薄い旧職業軍人であれば、能力次第で日常の活動に起用すべきであろう。
イラク情勢のシナリオ
――二〇〇四〜〇五年
 アメリカの任務は短期的には、低規模の内戦に陥っているイラクの国内情勢を安定させ統治の基盤をつくることにある。現在の混乱から導かれる近未来のシナリオとしては三つが考えられよう。第一は、中部のスンナ派地域と南部のシーア派地域の治安が悪化し、経済状況もスパイラルのように下降しながら、ソマリアのモガディシオのようにアナーキーな状況になって、アメリカが〈不名誉の撤退〉をはからざるをえなくなるというものだ。アメリカの民間人たちも犠牲になる今回の断頭事件のような犯罪テロが頻発するからである。イラク人への主権移譲は形式上実現しても、それを支える力がないために、まもなく空洞化してイラクが破綻国家になるシナリオである。もちろん、その時にはサマーワの自衛隊は完全撤退しているだろう。
 第二は、国連の信託のもとに正統性をもつイラク暫定政府をつくって、六月三十日にイラク人に主権を引き渡すシナリオである。しかし、それを阻止しようとする勢力は、アメリカの報復を引き起こすような挑発を繰り返すことによって、暫定政府を苦境に追い込もうとする。この政府をイラク統治評議会と同じくアメリカの傀儡として印象づけながら、米軍撤退のためにテロなどで圧力をかけ続けることになる。サマーワの自衛隊の近辺でテロや攻撃も起こるが、後で触れるように撤退するか否かはオランダ軍の動向と、イラク特措法でいう「非戦闘地域」の消滅に関わる解釈が大きく左右するだろう。
 第三は、アメリカと国連の協調関係が成立する結果として、年末の選挙が無事におこなわれ、議会の多数をシーア派が占めて新政権が適法に成立する場合である。選挙で正統性を得た新政権は、おそらく基本的に米軍の長期駐留を認めたがらない。それは、徐々にアメリカから距離をとるようになり、国連の保護監督下におかれることを希望する可能性が高い。しかしサマーワのシーア派住民は別かもしれない。もし、かれらが新政権に陳情を重ねて自衛隊の駐留継続を望むならば、新政権の要請とにらみあわせながら、自衛隊はしばらく人道復興支援を継続できるだろう。
 アメリカに期待されるのは、中長期的にイラクの新しい市民社会の担い手として未来志向の「新しいイラク人」をいかに生み出すかということである。アメリカに抵抗する意味で宗派や民族を超えるのではなく、自由な市民社会をつくるために宗派や民族の閾(しきい)を越えるという前向きの「新しいイラク人」にほかならない。良識あるサイレント・マジョリティとしての「新しいイラク人」が生まれなければ、安定した平和なイラクをつくりあげることはできない。宗教・宗派・民族の差異を超えた「新しいイラク人」をつくらなくては、ファッルージャの防衛戦に象徴されるように、武装した市民を、外国からきたイスラーム・テロリズムの戦士やフセインの残党から切り離すこともおぼつかないのだ。
 「新しいイラク人」を生み出すことによって、かれらが同胞を説得し、必要と判断するなら実力行使するようになることこそ、〈テロとの戦い〉で勝利を得られる大きな要因なのである。アメリカ人だけで戦おうとするなら、これからも無辜のイラク人に犠牲者を出し続けるだろう。アメリカは、〈善〉の使命感によって自由や民主化を押しつけるのは愚策であることを再び戒心すべきだろう。
 ナジャフのムクタダ・サドルとの戦いについていえば、彼自身はシーア派であっても、大アヤトラのシスターニーと違って学識、人格ともに重厚さを欠いた人物と思われる。しかし、シーア派の一般住民でさえアメリカのナジャフ攻撃に激昂するような状況では、野心と蛮力に長けた男が政治の中心に躍り出る「黙示録的な時期」というものが歴史には訪れるのだ。それは、アメリカの道徳的な権威が失われようとする危機的な時期と言い換えてもよい。それは、アブー・グレイブ刑務所の虐待問題に象徴されるように、イラクはじめアラブやイスラーム世界の人びとはもとより、アメリカの同盟国たる日本やヨーロッパの世論からも信頼を失いかねない危機的な時期にほかならない。「軍事力とは逆に、イメージの国際市場における戦争の主導者は、敗北を喫した」(トドロフ)と言われないためだろうか、アメリカ国内にはイラク人虐待の責任者としてラムズフェルド国防長官の辞職を求める声も強い。五月上旬に日本でも、内政に関連して内閣の実力者と野党党首の辞職タイミングの対照性が大きな話題を集めた。言葉は物を言うが、行動はそれ以上に物を言う場合もある。正確にいえば、沈黙の行動は雄弁な言葉に勝るというべきだろうか。ラムズフェルドの辞職は、アメリカの失った信頼性を回復するのに絶好の「沈黙の行動」になるはずであった。
限定された主権か、完全な主権か
――人道復興支援の条件
 アブー・グレイブ刑務所の虐待事件によって、アメリカはイラク復興の中核となるシーア派の穏健グループにいた味方の一部を失ったはずである。アメリカにはますます、国連や日本はもとより、アラブやイスラームの国々とEUとの現実的な協力や同盟関係の再構築が問われることになった。明るい材料をあげるとすれば、イラクのクルド人については動揺を懸念しなくてもよいことだろう。
 ただし、基本法(暫定憲法)はクルド人に憲法制定について事実上の拒否権を与えており、他の集団から不満も出ている。人口の六〇%を占めるシーア派穏健グループの指導者シスターニーは、少数派を過度に優遇し多数派の権利を制限した基本法に不満を隠さない。アメリカとしては、シーア派の穏健グループの意向を無視できない以上、基本法の一部見直しについてクルド人の理解を求める必要もあるだろう。ムクタダ・サドルの「マフディー軍」について言えば、これ以上彼の挑発に乗らないことが肝腎である。発禁処分をくだした新聞などは再発行を許し、シスターニーをシーア派全体の交渉相手として重視すればよいのである。
 シーア派の穏健グループにしても、いますぐにアメリカがイラクから出ていくことを現実的に要求できるとは思えない。シーア派中心の暫定政府が成立するなら、バグダードに孤島のように浮かぶシーア派居住区の治安責任や、高度に組織された国際テロリズムの浸潤の阻止を担うためにも、地位協定を結んでしばらく米軍の駐留を認めざるをえないだろう。六月三十日に主権移譲を受けた暫定政府を尻目にアメリカがすぐに撤退するなら、イラクはさながら液状化状態になりかねない。失業率九〇%に達したコソヴォのように犯罪の理想的な温床になるだけなら、まだ良いほうだろう。かつてターリバンとアル・カーイダがアフガニスタンをイスラーム国際革命と国際テロリズムの根拠地としたように、内戦とテロがイラクをますます溶解させ、中東だけでなく世界の各地に深刻な脅威を拡散させかねない。各種の大量破壊兵器の取得と自爆テロ戦術が豊かな石油収入と結びつくなら、それはエジプトやサウジアラビアなど穏健派のアラブ周辺諸国にも深刻な脅威となるにちがいない。
 世界第二位の産油国を破綻国家にすることで利益が得られる勢力とは、純然たる国際テロリズムくらいであろう。
 こうした事態を避けるにはどうすればよいのだろうか。何よりも、イラク人に完全な主権を返還することが必要である。当初ブッシュ政権は、「限定された主権」という目論見をもっていたようにも思えるが、そうした狙いはスンナ派とシーア派を横断したナショナリズムの火に油を注ぎかねない。完全主権を与えて責任感あふれるイラク人に仕事を与えることが必要となろう。ただし、国防総省など一部の利益に適うだけのチャラビーら帰国者は、イラクの一般市民から疑惑の目で見られてきた。かれらが多く入る政権は正統性を疑わしくする。統治評議会の延長や拡大として暫定政府を考えることはできないのである。
 ダーワ党やSCIRI(イラク・イスラム革命最高評議会)などの宗教政党は、アメリカとの共通利益はあまりないにせよ、暫定政府を支持・構成する一員にはなるだろう。かれらはアメリカ以上に安定したイラクの再建を望んでいるからであり、国内基盤もそれなりにあるからだ。
 イラクにとって現実的には、日本などが進めている人道復興支援の条件となる治安維持のためにも、二〇〇五年の憲法制定と新政府の選出くらいまでは、米軍に駐留してもらわざるをえないだろう。米軍に国連からも正統性が与えられるなら、弱体な暫定政府に対して反乱が起きたとしても、その鎮定には市民の理解を基本的に得られるはずである。それは、米軍が近未来の適当な時期にイラクを退去する花道の用意にもつながるのではないか。また、忘れてはならないことが一つある。たしかに、いまのところアメリカはイラクで政治と軍事の目標を達成したとはいいがたい。しかし、現在の状況がおもわしくなくても、米軍がイラクで敗北を喫したというわけではない。
 大局的に見れば、アメリカはイラク復興の使命感を抱いており、とくにシーア派の穏健グループとクルド人の大多数を核とするサイレント・マジョリティはアメリカを完全に見限ったわけではないからだ。かれらが背を向けないためにも、アメリカは今回の忌まわしい軍紀の紊乱と将兵の頽廃を厳しくイラク国民の前で正さなくてはならない。三〇〇〇年から四〇〇〇年以前にさかのぼるメソポタミア文明の子たちの誇りと自負心を過小評価してはならないのだ。いかなる国民の場合にも、名誉と誇りの毀損は、傷つけられた側にとっては自死に値するほどの屈辱だからである。そして、屈辱は狂信的行為の温床なのである。
イラク問題とパレスチナ問題の並行性
――日本外交のリアリズム
 こうしてみると、日本政府はイラクの人道復興支援に取り組んでいる立場からしても、アメリカの友邦あるいは同盟国としても、イラク政策について真剣な憂慮と助言をアメリカ政府に向けて発すべき時が来たと言えよう。すべて無制限の権力は正当ではありえないとはモンテスキューの言であるが、政策に正当性を与えるのは、権力の行使の仕方なのである。アメリカには、軍事対決一辺倒でなくイラク市民との対話と交流を重視するように求めるべきだろう。すでに、川口順子外相は虐待事件についてアメリカ大使館に遺憾の意を伝えている。政治を道徳とすぐに混同してはいけない。政治は自らの基準によって判断されるべきかもしれない。また日本にとって中長期的に重要なのは、イラク問題を焦点とした日米同盟と中東外交との調整と共存のはかり方になるだろう。
 この難問を解くために、とくに戦略性の次元で三つの論点を考えてみたい。それは、イラク問題とパレスチナ問題の並行性、「大中東」パートナーシップ構想への対応、イラクからの自衛隊撤退の戦略的問題性、の三つにほかならない。
 第一に、占領という政治現象から見るなら、イラクとパレスチナの現状の間にパラレルな性格があることは否定できない。日本は、イラク問題への関与を中東和平プロセスの信頼醸成のためにも活用すべきであろう。アメリカのイラク占領に対する抵抗とアラブ世論の硬化は、さながらイスラエルによるヨルダン川西岸とガザ地区の入植地維持政策に対するパレスチナ人の不満を思わせるところが多い。
 アラブ人からすれば、イラクの抵抗を抑えつけるアメリカ製の兵器やヘリコプターは、イスラエル軍によってパレスチナ人にも使われている以上、イラクとパレスチナの抵抗はインティファーダとして共通性をもっているようにも見えるだろう。しかもブッシュ大統領は、ガザの入植地放棄をヨルダン川西岸の入植地確保とスワップしようとしたシャロン首相を「平和の人」と呼んだことがある。しかし、ハマスの最高指導者二人を暗殺し、アラファトの生存を脅迫するような行為は、イラクにおけるアメリカの〈善〉なる復興努力を損なうことを忘れてはならない。
 現在のイラクとパレスチナの抵抗は、倒錯した狂信者による純粋テロリズムの仕業と考えるわけにはいかない。アメリカとイスラエルは、〈テロとの戦い〉の意味を強調するあまり、住民全体が武装蜂起や擬似テロリズムに同情する心性を理解しようとしない。かれらがその大義を正当だと考えるなら、〈テロとの戦い〉は成功もおぼつかないのである。
 たしかに、真正のテロリズムも一部に関与していることはまちがいない。しかし、日本は、アメリカの支援を受けるイスラエルに対するパレスチナ人の怨恨が占領の永続化に向けられており、イラクとパレスチナの占領地域で生命が軽視されがちな住民が同じアラブ人であることをアメリカ政府に向かって語るべきだろう。しかもイスラエルは、占領地はおろか本国のテルアヴィヴやハイファでさえテロの脅威から免れておらず、平和と治安を維持する政策に失敗しているのだ。日本の政治リアリズムは、イスラエルの轍をイラクでアメリカに踏んでもらっては困るという点にあるのだ。
 もちろん、国土をいずれ住民に返してイラクを去ろうとするアメリカと、できるだけ多くの入植地を確保しながらパレスチナ人の尊厳を無視するイスラエルとの相違は大きい。また、主観的にはイラクに希望にあふれた未来を与えて立ち去ろうとするアメリカは、パレスチナ人に絶望を与え続けるイスラエルとは異なるだろう。パレスチナの自治政府を無視し住民に屈辱感を与えながら民族自決を断念させようとするシャロン首相ならばいざ知らず、ブッシュ大統領はイラク人に敗北意識と劣等感を植え付けることで得られる利益は少しもないのだ。傲慢者が誠実な助言者であることはできない。
 日本は、平和復興と民主化こそ自分たちの利益だとイラク人に信じさせるためにも、アラブ対話フォーラム(サウジアラビア、エジプト、日本)などの対話と文化交流事業にイラクを参加させなくてはならない。イラク・チームのアテネ五輪参加は、その象徴的な成果である。
「大中東」構想と自衛隊の役割
――民主化の条件とは
 第二の戦略的論点は、アメリカが新たに打ち出す「大中東」パートナーシップ構想に対する日本の心構えである。ここでも重要なのは、意図がどれほど〈善〉であっても、アラブはじめ中東内部の改革意欲と刷新の環境にそぐわなければ、かえって逆効果をもたらす危険性があることだ。地獄への道は善意で舗装されているとは、イギリスの歴史家A・J・P・テイラーの言でもある。地中海からパキスタンにいたる「大中東」の民主化構想の問題点は、アラブやイスラームの世界だけでなくイスラエルも含めて、英仏の植民地的支配の記憶をもちイラクの内戦やパレスチナの自爆闘争などで緊張が増している複雑な地域に、アメリカ型の民主主義と近代化理念を外からもちこもうというところにある。
 アラブに限らず、日本やEUの目から冷静に見るなら、民主化を中東和平の前提条件とするアメリカ政府の考えは、パレスチナ問題解決を遅らせる口実ではないかと疑われる。しかも、ネオコンに影響された変革の議論は、民主主義というものが人びとの政治的尊厳が達成されて初めて実現されたという歴史の事実を無視してはいないだろうか。パレスチナ人が毎日のようにイスラエル兵のもとで屈辱を強いられている現状で、しかもヤシン暗殺に際してアメリカが国連安保理の非難決議に反対した時に、パレスチナ人に法の支配と民主主義の魅力をいかにして説こうというのだろうか。アメリカ占領下のイラク人のなかにも同じ疑問を抱く者が多いことだろう。ブッシュ政権が「大中東」構想を成功させG8の政策協調に訴えようとするなら、宗教と伝統が絡んだ地域の政治文化のあり方とも向かい合わなくてはならない。構想実現のプログラムについては、アラブ諸国と一緒に工夫すべきであり、かれらに上から一方的に示されてはならない。宗教や文化の伝統、人間と社会の関係が根本的に変革されるというなら、エジプトやサウジアラビアの人びとは民主主義なる価値を歓迎しないだろう。アメリカ型の民主化はメリットだけをもたらすのではない。トドロフは巧く言い表している。
 「伝統的社会に民主主義の規則を押しつければ、結果はどうなるかわからない。それぞれの体制の長所はその短所と分かちがたく結びついている。民主主義を機械的に導入すれば、長所を犠牲にして短所を助長するかもしれない」
 この意味においても、日本はますますアラブ各国との政策対話や文明間対話に自信をもつべきなのである。もちろん、これはアメリカとの対立を深めることを意味しない。G8間のアプローチの相違は、六月のシーアイランド・サミットで調整されるべきであり、イラク戦争に端を発した米欧亀裂を深めてはならない。アラブにおける民主化のプログラムを成功させるためには、三つの点に留意する必要があるだろう。その一は、民主的発展をうながすための好環境をつくりだすうえで、民主化活動家たちの人権や自由な言論活動の保障を求める必要があることだ。これは、中東アラブの各政府に合法的な政治活動の拡大を認めさせることにつながる。日本はじめG7は、自由と民主主義を尊重する国にはODAや通商貿易の面でも特権を考慮し、民主化の趨勢に逆行する国には援助の削減や引き揚げなどを考えてもよいのではないか。
 その二は、中東アラブの民主主義者の活動を援助することである。アメリカは、パレスチナとイスラエルの二者関係あるいはイスラエル対アラブといった二項対立の冷戦的パラダイムを超えるために、冷戦終結の遠因となったCSCE(欧州安全保障・協力会議)のヘルシンキ合意モデルに学んだ集団安全保障体制を「大中東」につくることを真剣に考慮すべきではないだろうか。アフガニスタンとイラクの平和維持活動を成功させ、パレスチナとイスラエルの紛争解決を包括的に「パクス・オリエンティス」(オリエントの平和)のなかで実現するには、アメリカ中心の和平と復興のパートナーシップ構想のもとで国際テロリズムの影響力を弱めると同時に、国家によるテロの発動と理解されても仕方のない強者の横暴をチェックする方策も必要となる。
 その三は、日本国内でもパレスチナやイラクにおける民主主義育成を中東戦略の柱として今後数十年も続ける覚悟をもつことである。中東の言語だけでなく金融やエネルギー事情に通じた外交官や専門家や、高い資質と教養をもつNGO・民主化活動家の新世代の育成も必要となるだろう。
 最後に第三の戦略的論点は、サマーワの自衛隊の役割と撤退問題にほかならない。イラク特措法を忠実に解釈するなら、非戦闘地域が戦闘地域に変わる場合、自衛隊が人道復興支援活動を継続する根拠は失われる。サマーワに駐屯するオランダ軍がムクタダ・サドル派の武装民兵やテロリスト兵力に恒常的に襲われ、治安維持活動がむずかしくなるような場合、あるいは治安悪化のためにオランダが兵力を撤収する場合、自衛隊の活動継続はむずかしい状況に追いこまれる。内閣法制局には、サドル派を「国に準じる者」と解釈する傾向があるらしい。かりそめにこれを援用すればサマーワは「戦闘地域」となりかねない。地域情勢は可変的であるにせよ、いまのところサマーワは「非戦闘地域」のままであり住民の大多数もサドル派の動きを歓迎していない。反対に、新たな国連決議や主権移譲によって、改めて自衛隊の駐留が国連とイラク暫定政府によって要請される場合には、サマーワが戦闘地域にならないという前提で人道復興支援活動を続ける正当性が確認されるのは当然である。
 国益とナショナリズムを前面に出す暫定政府の成立は、イラクの異なる宗教・宗派・エスニック集団の利害の凝集につながるだろう。一九八○年から八八年までのシーア派イランとの戦争でも、イラクのシーア派とスンナ派のアラブ住民は結束して戦った過去をもっており、今年四月のファッルージャでも合同協議会をつくって共同で行動したものだ。不完全燃焼とはいえ、このイラク・ナショナリズムの前に米軍も妥協せざるをえなかったのである。
 すでに触れたように、イスラエルと同じくアメリカに対するアラブ住民の反発の本質は、外国人の占領と支配への抵抗にほかならない。アメリカは、主権移譲後も自軍を地位協定によってイラクの国内法の外におくはずである。イラク暫定政府の決定にも拒否権をもとうとするだろう。この場合に、アメリカの個別利益と国連の共通利益の判別も時としてむずかしくなる。国連はもとよりイギリスでさえ米軍への作戦支援がむずかしくなる時が来るだろう。日本は、暫定政府の成立と主権の移譲を機として、サマーワでの任務をイラク全土に周知させる努力をもっと重ねる必要がある。そして、イラクの資源に野心をもたず占領軍でもないことを声明しながら、任務の完了後すぐにイラクを撤退する意思を誤解の余地なく告知しなくてはならない。イラクにおける自衛隊活動の継続は、治安の安定という客観的条件に加えて、暫定政府と国連の要請という条件も重なる場合に可能なのである。
どんなイラクができるのか
――結びにかえて
 六月三十日に米英暫定占領当局(CPA)からイラク暫定政府に主権が移譲される。その権限は限られているにせよ、首相と内閣が決定権をもち、国家元首として大統領と二人の副大統領が任命されるはこびになっている。この指導層が二〇〇五年一月に予定される暫定国民議会の選挙まで実権をもつことになる。そこで重要なのは、新たに出現するイラク国家の性格であり、世界第二位の産油国とアメリカとの関係ひいては中東政治における新国家の役割を予測することであろう。
 この問いは、ミッテラン大統領の官房長官を務めた元左翼レジス・ドゥブレのいうイスラーム原理主義的民主主義と非宗教的独裁の性格に関連する問題でもある(トドロフ『イラク戦争と明日の世界』)。前者は欧米の政策や秩序観に敵対的であり、後者は親和的なのである。どの個人や国にとっても、自らの安全と他者の民主化の二者択一を迫られるなら、究極的に自分の安全を選ぶのは自然のなりゆきであろう。イラクをさながら「アラブ版イスラエル」ともいうべき親米同盟国に改造しようとしたアメリカの目論見はひとまず挫折したといってもよい。せいぜいアメリカは、民主化を進めたイラクがリベラルな民主主義を政治の一翼として受け入れることで満足するのが現実的というものである。
 しかし、リベラルな民主主義とは、ヨーロッパで宗教的寛容の要求から始まったものにほかならない。アメリカは、イラクで多様性や束縛の否定を認める政治的な自由主義が認められるなら、シーア派が政府と議会でいちばん重い責任とポストを担うことを受け入れざるをえない。シスターニーは、イランのホメイニーのように「法学者の支配」じみた全能の制度を強制しないだろうが、アメリカから距離を置きながら自由主義的精神の果実だけは享受するにちがいない。
 シーア派中心の政治体制の試金石は、民主化の政治的果実とクルド人の自治をきちんと尊重する点にかかっている。それが果たされるなら、アメリカにとって新政府は許容範囲に入るが、テロリズムの拒否と内戦勢力の一掃を強く義務づけるだろう。
 しかし問題は、原理主義的な民主主義の反米性と世俗的独裁の親米性の関係が、アメリカの理想や政策にそぐわないねじれをイラク問題でも起こすことである。中東の改革と民主化は手法と結果だけが原理主義的な民主主義(反米)に利用されがちとなり、〈テロとの戦い〉にまがりなりにも参加しているエジプトやアルジェリアなどの独裁的な政権の基盤を脅かしてしまうからだ。そのうえ、ひとたび民主的な手続きによって権力を掌握した原理的な民主主義は、ハードルをいくつも設けるあまり自由な選挙を次に保証するとは限らないのだ。
 グラハム・フラーが忠告するように、「テロ対策と自由化・民主化政策を同時に実施するのは極めて難しい」のである(『フォーリン・アフェアーズ』二〇〇四年三・四月号)。アメリカは秋の選挙で誰が大統領になっても、最終的には中東の自由化や民族自決よりも、安全保障と安定を優先するはずなのだ。これは、パレスチナにも適用されている国益中心の原理であり、イラクだけを例外とするわけにはいかないだろう。
 いずれにせよ、新しいイラクの近未来は、暫定政府の統合力とアメリカの復元力の強さによって、三つのシナリオが考えられる。
 
シナリオI 暫定政府の統合力がうまく働く場合には、アメリカの本格的な撤退を要求する「強いイラク」に成長する可能性をもっている。アメリカによる〈民主化の遺産〉は、アラブ世界全体にも徐々に波及し各国の体制の変化を促す可能性を秘めている。イラクは長期的に見るなら、民主化と経済成長の点で停滞したままのエジプトを超える強国しかも産油国パワーとして、アラブの東端にあるハンディキャップを逆にイスラーム世界の中心に変えるダイナミズムを発揮するかもしれない。トルコ、イランはもとより、パキスタンやバングラデシュを誘引する新たな地域構想を示す潜在力を蓄えるかもしれない。
シナリオII アメリカが捕虜虐待問題を清算して本格的復興に乗り出す時、治安と経済の面でアメリカに依存する「弱いイラク」がしばらく続くだろう。イラクは、地位協定などにより米軍に長期の基地提供を認めざるをえない。イラクは、アメリカの「大中東」構想をむげに斥けられないが、反米主義や反イスラーム主義など各種の世論を反映する複数政党政治体制を確立できるなら、中東で政治的正統性をもつ国家として成長する可能性も高い。
シナリオIII 暫定政府とアメリカがともに力を発揮できない場合、とくに憲法と政治体制がイラクのどの勢力をも満足させられず、各地にアフガニスタンの軍閥のように部族や民族・宗派の集団が対立割拠することで国内の分裂が深まる。米軍駐留の長期化とイラクの液状化は、パレスチナ問題の錯綜とあいまって中東全体の緊張を激化し、この地域の未来を不透明にしかねないのだ。イラクは、豊富な石油資源を虎視眈々と狙う欧米の強国と隣接する域内大国(サウジアラビア、トルコ、イラン)の野心や談合のなかで国運を左右される破綻国家に近づく可能性も否定できないのである。
 
 日本は、少なくともイラクがシナリオIIに軟着陸するために、人道復興支援における資金提供、自衛隊など人員の現地活用、対話と文化交流のソフトパワーの駆使などに努めるべきだが、近未来のPKO活動の本格的な実施にあたって多国籍軍との連携協力をいかに進めるのかという点などについても、新たに検討を進めるべき時期が到来したといえるだろう
◇山内昌之(やまうち まさゆき)
1947年生まれ。
北海道大学大学院中退。
エジプト・カイロ大学助教授、東京大学助教授、米ハーバード大学中東研究所客員研究員を経て、東京大学教授。
 
 
 
 
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