2003/04/18 朝日新聞夕刊【大阪】
イラク戦争国益のみ主張した日本 中西寛京都大教授に聞く
関西スクエア
米英軍がイラク全土を制圧し、ポスト・フセインを模索する動きが始まった。初の単著『国際政治とは何か――地球社会における人間と秩序』を出した京都大教授の中西寛さん(国際政治学)に、この戦争の意味、日本の対応への評価、イラク復興のあり方などについて聞いた。
(石田祐樹)
――イラク戦争の総括を。
フセイン政権は打倒されたが、本当の意味で戦争が終わったかどうかは疑問。中東やアラブ、イスラム社会が国際社会で安定したときこそ、本当の終戦といえる。
米英と仏独ロの対立は、「危険な存在に対し、軍事力をどう使うのか」という一般的な原則をめぐるものだった。米英は「9・11テロを考えて、予防的に武力行使する」とし、仏などは「それでは従来の枠組みから踏み出して望ましくない」とした。
私はアメリカの選択にそれなりの合法性はあったと思う。国連安保理事会の決議にイラクが違反してきたからだ。ただ、ブッシュ政権は「賢明さ」を欠いていた。もう少し待って仏独に責任を持たせるなり、アラブ諸国の動きを見るなりすべきだったのではないか。
――日本の対応への評価は。
90年の湾岸危機の際、留学していたアメリカではみんなが真剣に議論していたが、帰国した日本ではひとごとのようで、ショックを受けた。中東や安全保障の知識も不十分で、抽象的な世界観から平和か戦争かと言う一方、日本人の人質は返してくれと要求していた。手荒に言えば「放校」は免れたものの、落第点だったと思う。
今回はなんとか及第点だろう。この十数年で日本人の国際政治に対する見方は成熟し、専門家も質量ともに増えた。小泉首相がアメリカを支持すると早い段階で表明したのも、正しかったと思う。
しかし完璧(かんぺき)であったとはいえない。日本も「主要国」の一つだが、主要国は国際政治において秩序という観点を失ってはならず、自らの国柄や現状分析と結び合わせて立場を表明すべきだ。だが、日本は、米英と仏などが対立している時に「日米同盟が重要」「北朝鮮の脅威がある」と、国益にとって何が得かしか言わなかった。それでは信義に値しない国家とみなされる可能性がある。
アメリカがイラクに対して行ったようなことを北朝鮮にしたら、日本や東アジア地域へのマイナスは非常に大きい。歯止めをかけるには、基本的な日米の友好関係が必要。また、拉致問題の解決は、核の問題が前提だ。対話を進めながら、アメリカが拉致問題を忘れぬよう働きかけるべきだ。
日本は、アメリカのほかに信頼できる国をつくる必要がある。日米が対立した時、日本寄りで中立を守ってくれるような国があると精神的に安定する。2、3年前なら韓国だろうが、金大中政権の末期から対米関係は悪化しており、歴史問題もあって難しい。長期的な課題とすべきだ。
――イラク復興の進め方は。
戦争が米英主導で進んだ以上、カンボジアやアフガンのような国連主導型の復興は無理だろう。軍事部門は米英主導型、人道支援では国際的な枠組みが関与することに問題はない。新政権にどう結びつけるかは議論が分かれるが、米仏を日本が仲介できればいい。
ある程度枠組みが決まるまで、日本はできることを準備しておくべきだ。情勢が落ち着けば、自衛隊の派遣もあり得る。経済や教育の支援など、中長期的にやれることはたくさんある。90年代の経験は、自衛隊か非軍事かという議論だけに収斂(しゅうれん)するのは不十分だったと教えている。
●分析に生きる恩師の影響
これらの分析には、恩師である京都大教授、高坂正堯さんの影響が強くある。著書は高坂さんの『国際政治』(66年)と同じ中公新書から出た。「師匠ということ以上に、あの本は名著。10年かかったが、物まねではなく、精神はある程度引き継げたと思う」
高坂さんの言葉「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である」。それを「政治の本質について、日本の国際政治学者が書いた至言」という。「ただし、60年代の状況を反映したものとも考えるようになった」。90年代以降のグローバル化などで、国家のまとまりが問われ始めたからだ。それを踏まえて、自分の考え方を著書にした。
この10年、歴史研究や日本の外交政策の分析を続けてきた。「外交資料を読みつつ政府の決定を見ると、人間の知識や判断力はそう大したものでないと感じる。できるだけ情報を集めたうえで、賢明さといった目に見えない“知恵”を生かすことが重要だ」
高坂さんが亡くなって約7年。「読んでいただきたかった。ある部分はもっと説明した方がいいと指摘され、でも次で頑張れと言ってくださると思う。読み比べてくれる読者がいればうれしい」
◇中西寛(なかにし ひろし)
1962年生まれ。
京都大学法学部卒業。京都大学大学院修了。
京都大学助教授を経て、京都大学教授。
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