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2003/03/21 産経新聞朝刊
【正論】イラク戦争 国際情勢の急速な変化に備えよ 
杏林大学総合政策学部教授 田久保忠衛
◆常軌逸したNHK
 ブッシュ米大統領のイラク武力攻撃決定は、あらゆる手段を尽くした結果だったと思う。「日米同盟と国際協調を両立させる」などと私には理解できない発言を記者団の前で繰り返していた小泉純一郎首相の説明には、隔靴靴痒(かっかそうよう)の感を拭い切れなかったが、外交の重要な節目に方向性を間違えるへまだけはしなかった。先ずは御同慶の至りと申し上げておこう。
 それにしても、日本のテレビ界の報道のあり方は常軌を逸していた。故あって三週間にわたり継続的にテレビのニュースを見たが、報道の生命である公正性はなかった。イラク問題の本質を無知か意図的にかは知らぬが度外視し、好戦的な悪の権化をブッシュ大統領、世界の「反戦世論の理性」をシラク仏大統領に設(しつ)らえ、米国がいかに国際社会で孤立しているかの画像をこれでもか、と提供する。とりわけ巨大な影響力を持つNHKの偏り方は尋常ではない。
 普遍性を問えば、評者に偏りはないかとの反論を受ける。が、それを承知で言えば、ホワイトハウス前の少数者の反戦デモに「世界的拡がりを持っている」の論評を加え、米国務省の中にブッシュ政権の対中東政策を批判して次々に辞任する者が出ているとのストレート・ニュースを意味あり気に流し、「米大統領は何故世界の世論を間違えてしまったのか」というコメントを解説者が何度も繰り返すなどの手法は、この組織としては報道、解説の常道を逸脱している。新聞界には相互批判が行われはじめたが、テレビ報道の分野ではそれすら欠けている。
◆晒された国連の無力
 相も変らぬ一部マスコミとそれに動かされた世論を尻目に国際情勢は急速に変化すると思う。第一は白日の下に晒(さら)された国連の無力ぶりだ。シラク大統領の反米的言動は一線を越え、サダム・フセイン大統領の時間稼ぎを徒(いたずら)に利してしまった。とくに英国が最後の土壇場で提案した「対イラク六条件」に対する素っ気無い拒否はイラクの拒否よりも素早かった(フライシャー・ホワイトハウス報道官)というではないか。何が最終の目標であるかを忘れたフランスが国際政治で発言力を増すとは考えられない。それよりも国連安保理事国十五カ国の中でフランスを先頭に立てて背後に巧妙な立ち回りを演じたロシアと中国、さらに自由な意見を表明する能力もないその他諸国の無様(ぶざま)な行動はわれわれに何を問うているか。日本は国連に自国の運命を任せられるか。
 第二はこれに関連するが、国際秩序の再編成は急速に進もう。米国の単独行動主義への反感も手伝って今回批判に転じ、皮肉にも自ら同じ役を演じるに至ったピエロのフランスと、国内事情で雁字搦めとなったドイツはどこへ向かうのか。在独米軍基地が旧東欧諸国に移動した場合には「新しい欧州」が誕生するかもしれない。
 第三に、イラクの民主化への変化はサウジアラビアの王制を揺るがさないか。改革を目指しつつ、国内守旧派による掣肘(せいちゅう)をことごとに受けてきたイランのハタミ政権にも、ひとつのはずみが生まれないか。冷戦終焉(しゅうえん)以来地域化したイスラエル・パレスチナ問題にも一つの転機が訪れそうな気配がある。
◆迫る北東アジアの危機
 私が何より心配しているのは、日本の眼前に展開されようとしている地政学的変化だ。今後の任期五年間に韓国の盧武鉉(ノムヒヨン)政権が日米両国との関係をどうするか。北朝鮮に対して引き続き打ち出す太陽政策に韓国国民の反米感情や親中国ムードが包み込まれていったときに、早晩出現するであろう統一国家が核武装をし、反日的傾向を強めた場合にわれわれはどうするかも検討を開始する必要がある。
 新しい国際秩序に対応するため日本はどうしたらいいのか。軍事面での抑止力をすべて米国に頼ったままの外交には選択の幅がほとんどない。にもかかわらず、与党の議員の中にすら米国に無条件に追随することをためらった向きが少なくない。一部マスコミがつくり出した俗論と票に拘泥するからである。反戦世論に阿(おも)ねった独仏首脳と政治的リーダーシップを発揮した英国のブレア首相の言動は鮮やかな対照を示した。政治家としていずれがより大きな勇気を要したかは言うまでもなかろう。小泉首相は迫りくる北東アジアの危険に際し覚悟を固めてほしい。
(たくぼ ただえ)
◇田久保忠衛(たくぼ ただえ)
1933年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
時事通信社・那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長を経て、現在、杏林大学教授。
 
 
 
 
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