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私はこう考える【イラク戦争について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2003年5月号 文藝春秋
ブッシュが仕掛けた古典的戦争
岡崎久彦(おかざき ひさひこ)(岡崎研究所所長・博報堂特別顧問)
山内昌之(やまうち まさゆき)(東京大学教授)
江畑謙介(えばた けんすけ)(軍事評論家)
 
 江畑: 三月二十日、バグダッドのサダム・フセイン政権中枢へのピンポイント爆撃から、イラク戦争が始まりました。翌二十一日には、クウェートから地上軍が進攻し、数日のうちにバグダッドから百キロ足らずの地点に迫った。これは史上例を見ないスピードです。
 一方、イラク軍は米英軍の延びきった補給線を突いたり、ウンムカスルで抵抗したりといったゲリラ戦を展開します。砂嵐に襲われて、さしもの米英軍の進撃速度も鈍ったので、一週間ほどで米英軍が勝利をおさめるのではないかという開戦直後の根拠のない超楽観論から、今度は、長期化するおそれありというこれまた確たる根拠のない悲観的トーンが濃くなってきた。
 岡崎: アメリカの株価と同じですね。ダウ平均は続伸し千ドル上がって、攻撃が始まった直後、八千五百ドルに達しました。戦争が始まる二、三週間前、財界の人たちと話をする機会がありましたが、「戦争が始まると石油は下がり、アメリカの株価は上がります。日本の株の値動きはやや遅れますが、三月三十一日の決算には間に合いますよ」と言うと、多くの人は変な顔をしていました。
 私が言った通りになったわけですが、その後、悲観ムードで三百ドル下がりました。まだ差し引き大きくプラスで、戦争の実態もそんなものでしょう。控えめな楽観主義というところ。
 江畑: こうしたムードの激しい振幅は、新聞、テレビなどのマスコミで顕著ですね。しかし、それは今回の戦争の本質があまりよくわかっていないからで、当の戦争指導者たち、ブッシュ大統領もブレア首相もこうした事態は当然、覚悟していたと思います。
 そもそも今回のイラク戦争は、日本の一・二倍の広さのイラクを制圧して、首都を落とさなくてはならない。クウェートからイラク軍を追い出すだけでよかった湾岸戦争とはまったく違い、うまくいっても最低一カ月かかる。千人単位の犠牲者が出ることも覚悟した方がいい。逆に言うと、約百五十人の死者を出しただけであんな短時間に勝利を収めた湾岸戦争の方が異例なのです。
 むしろ今回の方が、きわめて「古典的な戦争」といえますね。米英軍は圧倒的な空軍力を背景に、地上軍が一気に進撃する。対するイラク側は、要所要所を固めて反撃している。首都近辺にいちばん強い部隊を配置して、ここで決戦をやるという点では、教科書に出てくるような典型的な防御戦です。
 山内: ウンムカスルなどで展開されているゲリラ戦も、ある意味で古典的であると同時に、事前に予想されたことですね。一説に、サダム義勇軍が米軍の軍服を着て、イラクの市民をも犠牲に巻き込む攪乱作戦を展開するとも伝えられていますが、これも第二次大戦のアルデンヌの戦いやバルジ大作戦でドイツ軍が行なったことです。
ラムズフェルドの誤算
 岡崎: 緒戦でいちばん大きかったのは、アメリカが南部の油田地帯を押さえたことです。戦争中、イラクから石油が輸出されないことはすでに織り込み済み。しかし、イラクが油田に本格的に火をつけてしまったら、旧に復するまでに半年はかかるところでした。これで、石油が暴騰する危険性がなくなり、戦争の経済的影響は予測可能になった。
 では、アメリカに誤算がなかったかというと、やはりあった。ひとつは戦術的な面で、ウォルフォウィッツ国防副長官が三月二十六日の記者会見で、「予想外のことが起こったとすれば、それは進撃が速過ぎたことだ」と言っています。これは自慢しているようにも取れますが、進展が速過ぎて補給線が延び過ぎてしまった危険を認めてもいる。
 山内: その延びきった補給線の各所をイラクに攪乱されています。バスラでは、市民が孤立し、水と食糧に苦しむ事態を招いたのですから、米英軍の予想を超えるものだったといえます。
 江畑: ただ、これは評価が難しいところで、進撃を止めると、敵に攻撃される。進めるときに出来るだけ進むというのは正しい戦い方ではあります。進撃が速過ぎて、後続部隊の増員が追いつかず、補給線を防護するだけの十分な兵力の余裕がない。うまくいきすぎたために生じた危険性ですね。
 山内: 私が気がかりなのは、ラムズフェルド国防長官の戦略の背後に、楽観主義や主観的イデオロギーの臭いが感じとれることです。
 湾岸戦争で、パウエル統合参謀本部議長は圧倒的な兵力と火力を集中し、きわめて短時間で勝利を手にしました。これはまさに職業軍人の現実的な認識に基づく作戦でした。それに対して、ラムズフェルドは制服組の慎重かつプロフェッショナルな伝統的方法をあえて退け、もっと小規模で機動性の高い、洗練されたと自負する方法を追求してきた。その端的なあらわれが兵力の動員数です。パウエルがクウェートに四十五万人を投入したのに対し、ラムズフェルドは広いイラクでの地上戦に二十万人しか動員していない。
 岡崎: それどころか、ラムズフェルドは最初、五、六万人でやる気だったんですね。それが、去年の秋になって陸軍から「それでは危険すぎる」と公然と批判の声が出てきて、しぶしぶ二十万人を集めたのです。いまとなってみると、陸軍の意見が正しかった。
 江畑: ラムズフェルドは「軍事における革命」(RMA)の提唱者です。つまり、情報システムを活用すれば、少ない兵力で効率よく簡単に勝利を収められるというわけですね。
 実際、現在の米軍の柔軟で効率的な指揮統制には目を見張るものがある。今回の戦争で、その能力の凄さを実感したのは、開戦当日の動きでした。あの日、米英軍はバグダッド空爆と同時にクウェートから進攻する手はずで準備を進めてきた。それが直前になって、フセインを目標としたピンポイント爆撃に切り替えられ、地上軍の進攻を一日遅らせたのです。こんな事はこれまでの軍事の方式ではありえない。
 山内: 数万からなる軍隊ですからね。陸海空の連携や兵站・補給ラインを考えると、止めようと思ったら、数日前に命令を出さないといけない。
 江畑: 作戦前日に、地上戦をピタッと止められたのは、「軍事における革命」で兵站、補給のシステムも含めて、効率的な運用ができるようにしていたからこそ可能になった離れ業です。
 また、このRMA方式は、ユーゴスラビア、アフガニスタンと、結果を出してもいる。しかし、どちらでも米軍が主体となった地上戦の経験は乏しい。その意味で、私もアメリカは事態をやや甘く見ていたのではないか、という疑問を持っています。
 そもそも、クウェートには米軍はわずか二個師団しかいませんでした。現在、バグダッドに進攻しているのは、一個師団、一万八千人です。しかも、トルコが基地の使用を許可しなかったために、北部から入れるはずだった二個師団プラス補給部隊など六万二千人の投入がないままに戦端を開いてしまった。
 山内: トルコからの戦力投入がうまくいかなかった最大の原因は、トルコのエルドアン首相の拙劣な外交交渉にあります。
 昨年十一月と今年三月にトルコで政権交代があって、公正発展党(AKP)が政権についたのですが、エルドアン首相以下、政権首脳は、いずれも外交的経験がないに等しい。彼らは、トルコ外務省など外交のプロたちの進言を無視して、イスラムの結束、絶対反戦という国民世論に引きずられていったのです。エルドアン首相はイスタンブール市長だったのですが、市庁舎の出入り業者と落札額を駆け引きするような感覚で、基地使用を餌にアメリカからの支援をつり上げたといわれています。
 江畑: 実は、トルコから入れる予定だった師団こそ、ラムズフェルドの思想を体現した高度デジタル化師団、第4機械化歩兵師団だったのです。それがトルコから入れなかったので、三月二十三日にスエズ運河を通り、一週間かかってクウェートに運ばれて来たのですが、全部荷揚げするのにさらに一週間かかった。
 何百輛という戦車を米本土から持ってくるのですが、全部防水シールを張って、油などは抜いてあります。それに潤滑油を入れ、燃料を入れ、防水シールを剥がして試運転をしなければならない。弾薬は別の船で運ばれてきますから、これもおろして、装填して・・・。
 一方、ドイツに駐留している第1機甲師団も、輸送手段がなくてずっと足止めを食わされていた。こうした状況で開戦したのですから、相当高をくくっていたとしか思えないところがありますね。
根強い不信と猜疑
 岡崎: 誤算というか、高をくくっていた最大の理由は、イラクの人心をあてにしたことにあります。アメリカ、イギリスの諜報機関は、戦争が開始されたらすぐにイラク国民がフセインから離反する、と思っていた。
 何故、そんな結論が出たかといえば、簡単なことです。イラク外の亡命イラク人は、一説では四百万人、はっきりしているだけで数十万人になる。彼らはそれぞれイラク国内に親戚知人がいて、それが米英の諜報機関にとって最大の情報源になっています。彼ら、反フセインの亡命イラク人から情報を集めたところ、ほとんどが「イラクにいる自分の仲間は、戦争が始まったらみんな離反する」と証言した。しかし将来は別として、いまのところそうなっていない。
 江畑: ウンムカスルやバスラ周辺でゲリラ戦がありましたね。ゲリラ戦というのは、住民の支援がなければ成り立ちません。少なくとも住民が離反していたら実施できない。
 岡崎: もっともイラク国民がフセインを支持しているかというと、そうも言い切れない。もともとアメリカでも懐疑的な人たちは、イラク国民は恐怖でがんじがらめになっていて、サダム・フセインが死んだと聞かなければ安心して離反することが出来ない、と分析していました。これが正しいかどうかも、フセインが倒れるまでわからない。
 実は、私はこの点こそ一番のポイントではないかと思うのです。イラクの民心がフセインからの解放を喜ぶか、アメリカを解放者として受け入れるのか。これは戦局を左右するばかりか、イラクの戦後経営にも影響し、ひいては戦後のアラブ世界全体にも関係してきます。
 山内: イラク市民の模様眺めはきわめて大きな要素ですね。特に湾岸戦争の時にバスラで蜂起しながら米国に見捨てられたシーア派市民は、じっと息をころして情勢の推移を見ています。米軍の勝利が確実と見極められなければ、容易にアメリカを解放者と呼べないでしょう。それだけサダムの<死のしばり>が強いのです。
 イラクという国は大きく三つのグループに分かれます。そのなかで最大のグループは、イスラム教シーア派(千四百万人)で、これが全体の六三パーセントを占める。バグダッドの市民たちも、多数を占めるのは実はシーア派ですからね。それから、一三パーセント程度ですが、現在のアラブを支配しているスンニ派(二百九十万人)。サダム・フセインもここに入ります。そして、二〇パーセント近い北部のクルド人(四百五十万入)。宗教的には圧倒的にスンニ派が多い。
 このうち、クルド人に対するサダム体制からの離反工作は非常にうまく進んでいます。問題はシーア派です。基本的にはフセインに対する敵対者なのですが、湾岸戦争以来の、アメリカに対する不信感、猜疑心には根強いものがある。アメリカはこの感情や心性を過小評価してはならない。
 江畑: 湾岸戦争のとき、アメリカはクルド人に対しても、似たようなことをやっていますね。クルド人に蜂起を呼びかけておいて、バグダッドが危なくなった途端に支援をやめた。その結果、クルドはフセインから攻められて、北部飛行禁止区域で保護しなくてはならなくなりました。クルド人には、アメリカへの不信感はないのでしょうか。
 山内: その時だけではなく、アメリカはクリントン政権になってからも、工作や支援の中止など何度か同じことをやっていますね。
 しかし、クルド人からすると、戦争が起きた場合、アメリカが味方しようがしまいが、かならずフセインはクルドを攻撃するわけです。だから、今はクルドの存在感と力をアメリカに高く認識させるチャンスだと考えているのではないでしょうか。しかも今回、アメリカはCIAだけではなく軍の特殊工作もかなり本気で行なっている。
 では、シーア派のアメリカへの不信をどう取り除いていくかですが、ひとつの鍵となるのは、ウンムカスルから荷揚げされる人道支援物資。もうひとつは、市民の犠牲が少なくなるかたちでの戦況の進展です。メディナ機甲師団など共和国防衛隊を撃破するなど、米英軍の勝利がはっきり見えてきたとき、彼らが反フセインに一挙に振れる可能性はある。すでに一部では米英軍の進攻に呼応した住民蜂起なども起きているようです。
 江畑: 米軍の誤算に戻ると、イラクの人心に対する甘い見積もりと、動員のもたつきは共通の根をもっているように思われます。
 たしかに戦争前から、イラクの士気は低く、国民には反フセイン感情が根強いという見方はありました。湾岸戦争でも、正規軍はすぐに白旗をあげ、一万人くらいの投降者を見込んでいたら、十万人もやってきて収容しきれなくて大慌てだった。
 しかし、そうした人心とか、士気といった要素は数値化できません。近代的な戦争は科学です。あくまでも計算可能な、確実な要素を使って、作戦を組み立てなくてはならない。つまり、イラク国民が一人も離反しなくても勝てるだけの作戦でなければならないはずです。これを忘れたのが、太平洋戦争の日本軍でした。食糧ひとつにしても、敵の食糧をぶんどってまかなう、といった非常にムシのいい作戦を立てて負けた。その点、欧米は合理主義を貫徹するだろうと考えていたのですが、今回の作戦を見ていると、ひょっとすると米軍も旧日本軍と同じ落とし穴にはまったのではないかと思いましたね。
フセインの最後
 山内: 一方、イラク側はどのような戦いをしてくるか。それを考える上で重要なのは、今回の戦争がイメージの戦争でもある点です。象徴的なのはウンムカスルの戦いでしょう。人口わずか四千人くらいの港町でゲリラ戦が始まる。全体としては圧倒的に優位な米英軍ですが、一部では攻略に手こずる局面が生じました。するとイラク側は、それを戦果としてメディアに発表する。
 米英軍の補給線に対する遊撃的な攪乱も同様ですね。ゲリラ戦では、とうてい米英軍主力の進撃を止めることはできない。しかし、後方や兵站、補給を妨害する映像をつなぎ合わせると、イラクが戦果を挙げているような印象を与えることができる。ゲリラ戦とメディア戦を組み合わせているのです。
 江畑: そうやって国際世論に訴えていくことが、イラクの唯一の戦略でしょうね。逆に言えば、他に戦いようがない。まず制空権はアメリカに握られてしまっている。戦車というのは地上では強いのですが、上からの攻撃には弱い。メディナ機甲師団といっても、実際にはできるだけ隠れていて、ぱっと動いてはまた別の砂山の陰に隠れるだけです。
 ゲリラ戦をやり、それでも駄目なら市街戦に持ち込んで、米英軍の損害を増やす。アラブに対しては、ここまで戦ったんだと示し、同時にアメリカ国内世論に働きかけて戦意喪失を狙うほかありません。
 岡崎: これは非常に重要な問題を含んでいますね。つまり、イラクはどうせ負ける戦争を何故するか、ということです。
 サダム・フセインは殉教者になるのを希望している、という見方がありますね。それが目的ならば、生物化学兵器や油田の本格的な焼き討ちではなく、古典的な戦闘に持ち込んだ理由も見えてきます。殉教者なのだから、ダーティな印象の残る作戦は取らず、イラク軍はいかに勇敢に戦ったかというところを見せて死ねばいいわけです。戦争というのは、どうせ負けるからしないというものでもないらしい。たとえ国が滅びても民族の精神を永遠に残そう、という動機もある。
 山内: アラブ・イスラム世界で非常に重視されるのは、ナームス(名誉)です。これを失ったら、あの世界では生きていけない。特にサダムは現代イラクに部族の利益と価値観を復活させて、政治統合をはかった人物です。部族における「名誉」は何ものにもかえがたい。サダム・フセインは亡命して逃げたらサダムではなくなってしまう。
 もうひとつ、歴史に名をとどめるという点では、七世紀、ホサイン(フセイン)という名の預言者ムハンマドの愛孫がカルバラの地で殉教しています。もしかしたらフセインは、バグダッドで自作自演の「殉教」をとげて、同じ名前を持つこの英雄と自分とを重ね合わせることを狙っているのかもしれません。
 岡崎: そうなると、北朝鮮に影響しますね。朝鮮の人たちにも、これで引いたら男ではないという名誉の意識が強い。フセインに徹底的に頑張られると、金正日も後には引けなくなるのではないか。
 山内: もうひとつ、フセインが狙っているとしたら、長期戦に持ち込んで、サウジになるか国連になるか、フランス、ロシアになるかわかりませんが、名誉ある休戦と講和の仲介をしてもらうことでしょう。アメリカにとっては最悪のシナリオです。もちろん実現の可能性はほとんどないと思いますが。
 岡崎: ここで万が一、戦争の長期化にアメリカの民心が倦んで、アメリカが戦争をやめたら、今後、二十年は立ち直れないでしょう。ベトナム戦争からアメリカが立ち直るまで、やはり二十年かかりました。そうなったら、世界は混迷に陥る。中東には誰も手をつけず、ヨーロッパやアメリカでは反米左翼のようなものが跳梁するでしょう。それを知っているから、アメリカも引けませんよ。
もっとも厳しい報道管制
 江畑: イラクのメディア戦略の話が出ましたが、私の感じから言うと、今回のイラク戦争ほど厳しく報道管制が敷かれた戦争は、ベトナム戦争を含めて、ここ三十年間ありません。
 あれだけ毎日、現地から映像が流されているのに、肝心なことは一切わからない。たとえば第82空挺師団の一万八千人がどこにいるのかも分からない。第101空挺師団についても詳しい情報が出てきたのは、やっと開戦一週間後でした。内容には規制をしないといいつつ、下級部隊の名前は一切入れるなという。それでは、戦況など何もわかりませんよ。加えて、指揮官が許可した時間帯しか映像を送れない。
 山内: ユーフラテス川の東側を遡っている海兵隊の情報もあまり出てきませんね。
 江畑: 北に向かっているのか、東に行っているのかも三月二十六日の時点ではわからない。
 岡崎: 北部のキルクーク、モスルといった油田の情報もない。
 山内: アメリカ軍空挺旅団の一部がクルドの一部とキルクークを押さえに向かっているという話はありますね。ただ油田に火災が起きていないところを見ると、アメリカの特殊作戦部隊が掌握するか圧力をかけているのだと思います。
 江畑: 湾岸戦争では、ダラーン基地などから離陸する映像がリアルタイムに送られてきました。今回、飛行機の出撃が映されたのはイギリスのフェアフォードだけ。カタール、オマーン、クウェートの航空基地からの映像はまったく出ていません。空母は五隻いますが、報道陣はキティホークに集中していて、空母コンステレーションからの映像は、「大本営発表」のみです。
 米国はカタールの中央軍司令部に、二百万ドルをかけて記者会見室を作りましたね。プラズマディスプレイをあちこちに置いて、ハリウッドの美術監督に設計させたというものですが、これがまったくと言っていいほど使われていない。戦争が始まって四日目に、ようやく精密誘導兵器が命中する画像を見せたのですが、これもベトナム戦争のときと同じような映像でした。
 報道によって戦争観がガラッと変わる、「CNN効果」にどう対処するか。民主主義国家ですから、メディアを締め出すわけにはいかない。そこで出た結論は、囲い込みといいますか、メディアを積極的に取込み、千人ともいわれる空前の記者団を従軍させて、一見、協力姿勢を示す。しかし実際にはごく限られた情報しか流させないという手法だったのです。従軍記者団の配属先も米軍が決めるのですが、当然、親米的、親ブッシュ政権のメディアはいい場所に配属されています。
 山内: メディアという点で、湾岸戦争のときと大きく違うのは、カタールのテレビ局、アルジャジーラですね。イラクのイメージ戦争にとって、アラブのメディアの存在はたいへん大きかった。これまでのメディアは、たとえCNNであっても、視点、感覚、取材の傾向など、根底にあるのは、欧米の世界観でした。
 アルジャジーラを通して、イラクは欧米ルートではないかたちで自らの戦況イメージと政治宣伝を送り出せるわけです。米兵の死体や捕虜の映像は、アメリカ市民社会を確かに揺さぶった。
 江畑: イラクは一般市民の被害を盛んに報道して、米英軍を非難していますね。最初のバグダッド空爆では、イラク市民が負傷しているという映像が流れましたが、あのうちの相当数は、イラク軍の高射砲の破片によるものではないでしょうか。高射砲というのは、時限信管がついていて、撃ってから何秒かして爆発する。その破片がバラバラと降ってくるわけです。それも米英軍による被害だと言い張っている可能性があります。
 山内: たしかにメディア戦争は諸刃の剣でもある。アルジャジーラが米軍の捕虜や死体を放映することは、イラク国内やアラブ諸国に対しては、士気を鼓舞し、イラクの勇敢さを示したかもしれないが、欧米の市民にはどういった影響を与えたか。
 イラクの人権意識のなさ、暴力是認の価値観が、欧米世論に対してマイナスに働く可能性があります。たとえば、イギリスでもあれほど強かった反戦世論が一気に変わり、ブレアの支持率も五二パーセントを超えました。
 岡崎: そろそろイラクの戦後経営がどうなるかを論じましょうか。すでに具体的な話が決まりつつありますね。
 まず戦後、中央軍がそのまま進駐して、フランクス中央軍司令官が、占領軍司令官となります。マッカーサーと同じですね。どうも二年ほどやるという。いまのところ、暫定政権、亡命政権はつくらせないようです。暫定政権をイラク国民が支持するかどうかわからない。反フセインの亡命イラク人といっても、多くは一九七八、九年にイラクを離れた人々ですから、どの程度基盤が残っているかもわからない。
 江畑: 石油はどうなりますか。
 岡崎: ブッシュは一貫して「イラク人民のためだけに使う」という姿勢ですね。では、何がイラク国民のためかを決定するのは誰かというと、占領当局。つまりアメリカです。
 山内: 石油利権については、勝負がつきましたね。自ら血を流したアメリカが、フランスやロシアの既得権益をそのまま尊重するということはまずないでしょう。
中東で一番民主化しやすい国?
 岡崎: 二月二十六日、ブッシュ大統領が共和党最大のシンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所で行なった演説があるのですが、ここでイラクの戦後経営について興味深い言及を行なっています。まずイラクに自由民主政府を作り、中東全体の手本にする。つづいてパレスチナに民主的な政権を作る、という「ニュー・ブッシュ・ドクトリン」です。
 キッシンジャーの言葉によれば、エルサレム経由で(パレスチナ問題を解決してから)バグダッドに行くのではなく、バグダッド経由でエルサレムに行くということです。これで戦争目的は、サダム打倒、中東の民主化となったわけで、その思想は三月十七日の対イラク最後通牒にはっきり表れています。
 山内: しかし、その「ニュー・ブッシュ・ドクトリン」がはたしてうまくいくのでしょうか。アメリカは民主化という概念をよく使いますが、これが成功したのは、第二次大戦後のドイツや日本のように、議会制民主主義や複数政党政治、つまり政権交代の経験をもっていた国です。それをイラクのなかに見いだせるかというと、ほとんど絶望的なんですね。
 中東における民主化が難しいのは、普通選挙、多党政治がただちに国民の幸福や民生の安定をもたらす政権に結びつかないことです。
 九一、九二年のアルジェリアではFIS(イスラム救国戦線)というイスラム主義過激派の政党が選挙に勝って多数派となり、組閣をはじめたとき、軍部のクーデタが起きた。それに対して、フランスもアメリカも沈黙を守りました。民主的に選ばれた過激派よりも、軍部独裁の方がましだということです。
 岡崎: もちろん「ニュー・ブッシュ・ドクトリン」のもとにあるのは、ウォルフォウィッツなど新保守主義者の希望的観測ですからね。そのなかで興味深いのは、アラブが民主化するとしたら、一番可能性が高いのはイラクだとしていることです。何故なら、イラクはイスラム教の国の中で一番世俗化、脱宗教化が進んでいる。
 山内: それはその通りです。サダム・フセインはいいことはほとんどしませんでしたが、事実上、宗教と政治を分離して世俗化し、欧米にも留学生をたくさん出したり、テクノクラートを養成したりしてきた。女性に対する教育もずいぶん進んでいます。その意味では、この戦争にせめてもの意義を見出すとすれば、中東で一番民主国家になる可能性が高いイラクに、はかない希望を託すしかないのかもしれません。
◇岡崎久彦(おかざき ひさひこ)
1930年生まれ。
東京大学法学部中退。英ケンブリッジ大学大学院修了。
東大在学中に外交官試験合格、外務省入省。情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使を歴任。
現在、岡崎研究所所長。
◇山内昌之(やまうち まさゆき)
1947年生まれ。
北海道大学大学院中退。
エジプト・カイロ大学助教授、東京大学助教授、米ハーバード大学中東研究所客員研究員を経て、東京大学教授。
◇江畑謙介(えばた けんすけ)
1949年生まれ。
上智大学大学院修了。
軍事評論家。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。







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