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私はこう考える【イラク戦争について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2003/04/02 朝日新聞夕刊
イラク戦争と日本(思潮21)
五百旗頭真
 
 ブッシュ大統領のアメリカが、過大な使命観と安全保障への強迫観念、そして全能の幻想が入り交じった衝動に駆られて、イラクへの戦争に突入した。
 この事態にあって、日本はどう振る舞うべきか。今年初めの本紙インタビューでも指摘したが、日本外交は三つの原則に立って行動すべきであると思う。第一に、正統性の乏しい戦争を慎むよう米国に助言する。第二に、いかなる場合にも米国の友人であることを明確にする。第三に、日本自身は紛争国や破産国家の平和的な経済再建と国づくりに積極的な役割を果たす。この三者はどれも欠くことのできないものでありながら、互いに矛盾するところもある。それだけに日本国民の外交的成熟がなければ、どれかを切り捨てて道を誤る危険があろう。
 
 第一の局面はすでに過ぎたが、勝てるからといって十分な理由なく安易に戦争手段を用いるなら、アメリカは国際的正統性を失い、世界のあちこちで、暴力的な覇者とみなされるに至るだろう。戦えば勝つのに、勝つ度に敵が増え、さらなる戦勝を必要とする循環に陥り、ついに「四面楚歌(そか)」に至った項羽の故事に、米国は、はまってはならない。世界の現存システムの多くは米国がつくり、米国なしでは成り立たないものである。米国自身がその主宰者ではなく破壊者となるなら、世界は天下大乱の事態を招くこと必定である。日本は自己利益からも、世界の運命のためにも、さらには米国への友情からも、無名の師を起こさぬよう、少なくとも国連の場で世界の同意を得て進むよう助言してよかったのである。
 日本は米国に対して友情を込めて助言し諌(いさ)めるべきであるが、オレの言うことを聞いてくれねば絶交、もしくは一切協力しないと思い詰めてはならない。サダムは確かに悪(あ)しき指導者であり、どちらの判断が正しいか、実は微妙である。そのうえ、そもそもこれは米国の事業であって、言うべきことを言ったら米国の最終判断を尊重するという姿勢が妥当である。
 なぜなら、戦後日本を経済国家として再生させる路線を吉田首相が米国に認めさせた時以来、日米は同盟関係にあっても、軍事安全保障は圧倒的に米国の任務とし、日本は対等の責任を担うことの免除を求めてきた。二超大国が雲を突き抜けるほどの力を持った戦後世界において、米ソと対等の力を持つ同盟国などどこにも存在しなかったから、日本の行き方は、思われているほどは特異ではない。が、軍事についての免責を求めつつ軍事問題の発言権を同等とせよ、否、日本の言うことを米国が聞かねばならない、とするのは錯乱という他ない。
 その主張は、日米同盟と日米友好を壊しても、日本の反戦平和の原理主義を貫くという覚悟を決めるなら、成り立つかもしれない。だがその覚悟は、日本が同盟を失って現実の危機に直面する時、自前の核武装を含む全面的再軍備を行うという対極的な覚悟に、あっけなく道を譲ることになるであろう。しかも、そうしたとて現在よりも著しく日本の安全度は低下するであろう。それゆえプラグマティックな政治的判断力を持つ人は、米国と別れる選択ではなく、圧倒的な米国の力を日本の安全と世界秩序のため聡明(そうめい)に用いるよう誘導する方途を考えるのである。
 
 そう言えば、やっぱり対米従属しかできないのか、と言われるかもしれない。私は一年間の在外研究から、つい先日帰国したが、テレビをつけると「対米追随」を嘆ずる発言の洪水であった。日本ほどの国がどうして対米コンプレックスから卒業できないのだろうか。
 先述のように、ず抜けた超大国に対し、他の国と同じく日本も対等ではありえない。けれども、それは問題の一面でしかない。米国は敵国であった日本にガリオア・エロアの援助を提供し、ララ物資を運び、フルブライト計画で日本の有為な若者を招いて学ばせ、吉田路線を了承し、岸首相の安保条約対等化の希望を容(い)れ、池田首相が、国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)などの国際経済機関でフルメンバーの地位を得るよう応援し、佐藤首相の沖縄返還の要請を、ベトナム戦争下であったにも拘(かか)わらず受け容れたのではなかったか。中曽根首相が世界のリーダーとして振る舞うのを歓迎し、橋本首相の普天間基地移転の要請に同意したアメリカではなかったか。一方的な従属という被虐的イメージよりも、双方とも相手の切実な要請には最大限の好意的配慮をもって応えてきた関係と見るのが、実相により近いのではあるまいか。
 
 この日米が築いてきた関係を大事にすべきである。一年間の在米経験を通して、私はブッシュがイラクの次にもう一つ戦争をすることは難しいし、ブッシュの路線が四年を超えて続く可能性は高くないと考えている。アメリカの制度と文化は変化を内蔵しており、われわれの危惧(きぐ)を真剣に受けとめるアメリカ人は少なくない。だからこそ言うべき事を言って、後は米国自身の変化に任せてよいのである。
 第三に、軍事偏重の米国と対照をなして、日本は平和回復後の経済的再建と国づくりに主導的な役割を果たすことである。1977年の福田ドクトリンは、ベトナム戦後の東南アジア諸国連合(ASEAN)とベトナム双方の経済的発展と安定を日本が支援する「地域政策」の宣言であり、対米従属とは無縁の日本独自の外交展開であった。
 93年のカンボジア和平に際し、日本が米国の方針を制して先導的役割を果たしえたのは、経済再建において主導的役割を果たすことが予期されていたからである。日本の政府の途上国援助(ODA)は東アジアの経済成長による貧困削減と社会的多元化に、他のいかなる国のODAよりも貢献してきたが、その能力は日本の貴重な外交資源をも成している。緒方貞子を共同議長とする東京でのアフガン復興会議の成功は記憶に新しい。今、スリランカの紛争後再建にも、日本は踏み出している。イラクの戦後復興にも日本の能力が発揮されるであろう。米国の戦争につぐ戦争がイスラムとの「文明の衝突」的機運をいやおうなく強化するのに対し、日本は、雨にも負けず風にも負けず、その地の人々の民生向上のために地道で誠実な努力を重ねて、文明間の対話と協力の実を築くべきである。
 それは二十一世紀の国際社会が絶望と自爆攻撃を克服して生存するために、不可欠な努力なのである。日本は自信をもって、静かに人類社会に意義深い仕事を行うべきである。それこそが真の意味での日本の自立性の証しではあるまいか。
◇五百旗頭 真(いおきべ まこと)
1943年生まれ。
京都大学大学院修了。
広島大学政経学部助教授、米ハーバード大学客員研究員を経て、神戸大学法学部教授。
 
 
 
 
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