2003/06/11 朝日新聞朝刊
「大義」をごまかすな イラク戦争(社説)
イラク戦争を正当化するために、大量破壊兵器(WMD)の脅威を故意に誇張したのではないか。米英両国でそれぞれの政権に対する批判が噴き出している。
同じ脅威を理由に戦争を支持した小泉首相にとっても、ひとごとではない。
米英は、WMDを隠し持つイラクの武装解除を「大義」として、国連による明確な武力行使容認の決議なしで開戦した。この「大義」を証明するために、両国軍は懸命な捜索を続けている。
だが、バグダッド陥落から2カ月が過ぎ、核も生物化学兵器も、あるいはそれらの保有を示す証拠も見つかっていない。
「米英が戦争前に安保理などで説明した『証拠』の数々は一体何だったのか」「WMDはかなり以前に廃棄されていた可能性が高い」。国連の査察責任者、ブリクス氏は疑問を投げかける。
まず疑惑の的となったのは、WMD開発の「証拠」を集めた英政府の報告書だ。
昨年9月に公表された報告書には、イラクがアフリカの一国からウランの入手を試みた、と記されていた。ところが、国際原子力機関がその根拠とされた文書を調べたところ、偽物であることがわかった。
報告書は、イラクが生物化学兵器を「45分以内に実戦配備できる」とも指摘した。しかし、BBCの報道によると、この部分はもともとの情報機関の判断を不満とした英首相府が「もっと人目を引くように」と書き直させたものだった。それを、当の情報機関の幹部が認めたという。
脅威は演出ではなかったか。そんな批判をブレア首相は「馬鹿げたことだ」と一蹴(いっしゅう)するが、英議会は首相の開戦判断が正しかったかどうかを調査することを決めた。
米国では、国防情報局が昨秋「イラクに化学兵器が存在する有力な証拠はない」との分析を含む内部報告書を作成していたことを、同局が認めた。上院は、政府が得ていた情報の確度について調べるという。
議会やメディアの批判に対して、ブッシュ大統領は「イラクの人々は自由になった」と強調する。WMDはともかく、戦争は正当化できるということに違いない。
確かに、イラクはフセイン政権の圧政から解放された。だが、米英両国でこうした論議が起きていること自体、戦争をするにあたっての「大義」がいかに重いものかを示している。まして脅威が故意に誇張されたとすれば、米国の先制攻撃論に対する国際社会の不安はいや増すだろう。
米英の議会には真相を徹底的に調べてもらいたい。両政府には、脅威と判断した根拠を改めて世界に説明する責任がある。
小泉首相は脅威についてどんな説明を受け、戦争の必要性に共感したのだろうか。イラクに自衛隊を出そうとする前に、この点を明らかにすべきだろう。
今日、国会で党首討論がある。格好の機会ではないだろうか。
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