2003/05/10 朝日新聞朝刊
脅威は幻だったのか イラク戦争(社説)
戦勝気分に包まれたブッシュ政権といえども、これは大いなる誤算に違いない。核も生物化学兵器も、イラクの国内からいまだに見つからないことだ。
国連の査察では、こうした大量破壊兵器を隠し持つイラクの武装解除はできない。米英両国が国連を振り切って戦争に踏み切った理由は、そこにあったはずだ。
開戦前の米国が強調した大量破壊兵器の脅威は、具体的だった。
イラクは計500トンの化学兵器を作ることができる材料や、3万発以上の化学兵器用弾頭を保有していた疑いがあり、それらを廃棄した証拠はない。炭疽(たんそ)菌などの病原体も廃棄しておらず、兵器をつくり続けている。米国はそう主張した。
開戦後も、ラムズフェルド国防長官は「化学兵器は現場の判断で使える状態にある」と緊張感を高め、ブッシュ大統領は「化学兵器を使ったら、我々の正しさが証明される。我々の勝利だ」と言い切った。
だが、大量破壊兵器による反撃などなかった。米英の特殊チームが捜索を続けているが、兵器保有の証拠は見つからない。事前の機密情報は的外れだったのだろうか。
フセイン政権が消えたのだから、大量破壊兵器のことなど、もういいではないか。米国内にはそんな空気もある。
だが、それですむわけがない。
誰よりも困るのは米国自身だ。大量破壊兵器を抑え込むための国連決議違反を戦争の「大義」としたのだ。特殊チームを増員したのも、現状への危機感ゆえだろう。
過去に兵器の保有や開発計画があったことは、イラク自身が認めている。時間をかけて念入りに調べれば、いずれ何らかの新しい証拠は見つかることだろう。
ただ、多少の生物化学兵器が見つかっても、それが戦争に訴えるしかないほどの脅威だったのかという疑問は残る。
ブッシュ氏は大量破壊兵器が国外に移動された可能性も示唆した。そうだとすれば、米国が最も恐れる兵器の拡散を、戦争がかえって促したことになってしまう。
「戦争は国の破壊と人命という点で非常に高くついた。査察で抑えることができた脅威なのに」。国連査察を率いたブリクス委員長の言葉がずしりと響く。
いずれにせよ、イラクの大量破壊兵器をめぐる真相は究明されなければならない。その調査は、公平さという意味からも、米英ではなく国連に委ねられるべきだ。
米国はイラクに対する経済制裁の解除を求めている。制裁に関する過去の安保理決議は大量破壊兵器の廃棄が確認されることを解除の条件としている。国連査察団を戻すことは米国の政策にもかなうはずだ。
いかに「大義」があろうと、戦争は最後の最後の手段でなければならない。その「大義」もあやふやだったとなれば、この戦争は何だったのか。支持を表明した日本にとっても逃げられない重い課題である。
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