2003/04/01 朝日新聞朝刊
影薄い中国、戦略したたか(風 東京から)
編集委員・加藤千洋
このイラク戦争をめぐる世界の主要国の動きの中で、なぜか中国の影が薄い印象だ。
米英軍の軍事作戦は、結局は国連の枠組みと決別して実行された。中国外交で最もパワフルな足場は国連安保理で拒否権を握る常任理事国であることだ。その重要な外交戦場を迂回(うかい)されては、存在感を十分アピールできないということもあろう。
たまたま政権の交代期に重なったこともある。昨秋の党大会と先の全国人民代表大会(全人代)で、江沢民(チアンツォーミン)・朱鎔基(チューロンチー)体制に代わる胡錦涛(フーチンタオ)・温家宝(ウェンチアパオ)体制が発足したばかりだ。
全人代での朱首相の最後の所信表明で異例だったのは、長文報告に例年ある「外交」の項目が今回はなかったことだ。
開戦直前の微妙な時期だったので、あまり踏み込むわけにもいかなかったのだろう。一時、パフォーマンス好きの江沢民前国家主席が米英仏独ロの首脳と頻繁に電話会談を行ったが、これは多分に国内向けの「大国外交」の演出のにおいがした。
新たにトップに立った胡国家主席と温首相は先週、最初の外国首脳としてパキスタンのジャマリ首相を北京に迎えた。だが発言は「中国の立場は一貫している。戦争を早く終わらせ、国連の枠内で政治解決を目指すべきだ」と、判で押したよう。
自己主張を派手に発信しない理由は、それだけではない。
前回91年の湾岸戦争は中国にとっては多様な意義を持つ戦争だった。外交面では米国に対して「消極的支持」の距離感を保ち、89年の天安門事件後に苦しんでいた西側の制裁に風穴を開ける貴重な機会となった。
軍事面ではレーダーに映らないステルス攻撃機や精密誘導弾など米軍の新兵器の威力を見せつけられ、「ハイテク条件下の局地戦」へと軍事戦略を転換させる契機になった。「唯一の超大国の米国が国際秩序をリードする」という、極めて現実的な世界情勢認識を固めるに至ったのも、この時からだ。
今回の中国の基本的スタンスは、北京の政府系シンクタンクの専門家の言葉を借りれば「決してババを引かない」というものだ。これは99年のNATO(北大西洋条約機構)によるユーゴスラビア空爆の際、最後まで反対の声を上げて、気がつけば国際的な孤立を招いてしまったという、あの苦い経験を繰り返すまいという本音である。
今回は仏独両国が米国に反対する立場を先に鮮明に打ち出してくれた。中国はそれに便乗する形で国連の枠組みを無視する米国の単独行動主義に、安心して「ノー」が言える。
胡錦涛政権も引き続き高度成長を安定的に続けることを至上命題に据えている。そのためには対米関係を決定的に壊すわけにはゆかないのである。
中国の有力な国際問題専門家はほぼ同様の見方をしている。米国の先制攻撃ドクトリンは極めて危険な考え方だ。だが9・11事件以降の「反テロ」をかすがいとする中米協調は、なお両国の関係強化に「得難い機会を提供する」というのだ。
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