2003/03/23 朝日新聞朝刊
米欧は分裂を深めるな イラク戦争(社説)
米英軍がイラク全土への大規模な空爆を始めた。被害者の数は正確にはわからないが、逃げるすべもなく、被弾の不安にさいなまれる民衆を思うと胸が痛む。
トルコ軍がクルド武装勢力の流入を阻む名目でイラク北部に越境した、との情報もある。トルコ軍がクルド人と衝突すれば、戦乱が拡大する恐れもある。
こうした戦況とともに懸念されるのは、欧米諸国が分裂を深めていることだ。
米国と英国は、国連査察の継続を求めるフランスなどの反対を押し切って戦争に踏み切った。英国は国連安保理で合意できなかったのは「フランスの責任」と批判し、仏外務省は「欧州のパートナーに値しない対応」と切り返した。
開戦の日と重なった欧州連合(EU)首脳会議でも両者の溝は深かった。シラク仏大統領は他の首脳とは抱き合ったのに、ブレア英首相には儀礼的な握手で応じただけだったという。
米仏間でも感情的な対立が強まっている。米国内で「フレンチフライ」を「フリーダムフライ」(自由フライ)と改名する食堂が出てきたり、パリでの反戦デモでハンバーガー店マクドナルドのガラスが割られたりしている。
だが、欧米諸国が亀裂を深めることは双方にとって利のないことである。
空爆や戦闘は米英だけで担えるだろうが、これから予想される難民の支援や戦後の復興までは手に負えまい。ましてテロ組織の捜査、資金源の追及といった幅広いテロとの戦いは各国の連携なしに成り立たない。パレスチナ問題を含む中東和平交渉も米国とEUの協力が欠かせない。
第2次大戦後の欧州統合は、武力を使わずに問題を平和的に解決することが目的でもあった。統合を引っ張ってきた仏独には、どんな問題も多国間の外交で解決すべきだという意識が強い。
一方、「9・11」後の米国では力への信奉が強まった。テロへの脅威感や武力行使の是非では米欧は一致しないという「欧州異質論」さえ台頭している。
このままではブッシュ政権の単独行動主義はとどまるところを知らず、米国の一極支配が強まるばかりだ。その結果、アラブ・イスラム世界の反米感情を刺激し、テロの温床が広がる。悪くすると、そんなシナリオが現実になりかねない。
米国に歯止めをかけられるのは、歴史的につながりが深く、何度も外交で渡り合ってきた欧州である。
欧州の一角を占める英国にとっても、イラク戦争に加わったとはいえ、米国の独走は望むところではないはずだ。まず英国とフランスが非難合戦に終止符を打って関係を修復する。そのうえで米国を国際協調に引き戻す道を模索すべきだろう。
米欧の分裂を深め、米国の単独行動主義を増長させる戦争であってはならない。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|