2003/03/19 朝日新聞朝刊
「新秩序」に潜む傲慢さ
アメリカ総局長・西村陽一
国際社会の亀裂が深まるなかで米国が挑む対イラク戦争は、国際秩序を組み直す歴史的な転換点となる可能性がある。「武力行使の正当性」「同盟」「多国間主義」「封じ込めと抑止」。これまでの常識や基本とされてきた考えは、新しい戦争の衝撃波にことごとく揺さぶられるだろう。だが、その先に現れる世界が米国の一極構造を安定させるものとなる保証は、どこにもない。
ブッシュ大統領は17日の演説で、「世界の安全のためにいますぐフセインを武装解除すべきだ」と説いた。米国が国連安保理に代わって「危険を排除する責任を全うする」と語り、「中東に平和な国をつくる先例を示す」とうたった。
新しい戦争の特色がここに浮き彫りにされている。それは次のようなものだ。(1)国際社会の脅威は、米国がおのれの基準で裁定する(2)相手が米国攻撃を準備している切迫した証拠がなく、国連安保理が武力行使にお墨付きを与えていなくても、自衛のために先制攻撃に踏み切る権利がある(3)相手国の政権を覆し、体制変革を踏み台とした地域秩序の再編をめざす。
根幹の先制攻撃ドクトリンは、01年の同時多発テロを機にまとめられた。初めての適用がイラクとなる。ブッシュ政権は、「国際圧力」「報復の脅しによる抑止」「査察」はイラクには無力だと唱えてきた。先制攻撃の戦争は、国際法上の違法性が指摘されるだけではなく、伝統的な封じ込めや抑止、忍耐が求められる不拡散政策からの決別を意味している。
軍事力で他国の体制を変える点に注目すれば、キッシンジャー元国務長官のいうように、「国家の主権尊重、内政不干渉といった17世紀以来の国際システムの原則を変える」ことにつながるといえるだろう。
こうした「決別」と「変革」を支えているのが、ブッシュ政権の中枢に根強い二つの自信だ。「9・11」後の新国際秩序は自らの手でつくるという自信と、米国が圧倒的な強さと指導力を示せば、いずれ他国はついてくるという自信と。
チェイニー副大統領は語った。「テロを境に、前世紀の戦略、政策、機構は、大量破壊兵器とテロの脅威に役立たなくなった。同盟国と違い、新世紀の課題を理解している米国は、それに対処する新しい道を見つけなければならない」
ウォルフォウィッツ国防副長官は「単独行動も辞さない意志こそが、集団的な行動へとつながる効果的な道」が持論だ。自信が過信となり、米国はイラクをめぐる国際世論を読み違えた。
新しい戦争は同盟のあり方も揺さぶるだろう。「合意作りに絶えず汗を流す同盟よりも、米国が任務を決め、問題ごとに組む相手を変える便宜的な連合の時代だ」。スタインバーグ元大統領副補佐官の指摘である。
大統領はそれを「やる気がある者の連合」と名づけた。しかし、トルコやパキスタンには経済支援や制裁解除を奮発し、チェチェン人グループを「テロ組織」に認定してロシアに恩を売るといった「やる気の買い付け」に走らざるを得ない。戦後のイラク再建でも、欧州からは「米国が料理をつくり、欧州が皿洗いをする分業」への不満が出るだろう。流動的な要素はあまりにも多い。
ブッシュ大統領が00年の大統領選中に訴えたのが、「同盟の重要性」と「謙虚な外交の必要性」だった。今の米国は、仏独との傷ついた同盟と、「傲慢(ごうまん)な単独行動主義の代償」(スコウクロフト元大統領補佐官)を背負いながら、戦争に突入しようとしている。
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