|
2003/03/14 朝日新聞朝刊
踏みとどまる勇気を イラク戦争(社説)
国連の承認が得られなくとも軍事力でイラクを屈服させる。ブッシュ米大統領の決意はもう変わらないのだろうか。
このまま突き進めば、世界に禍根を残す戦争を始めた大統領として、ブッシュ氏の名は記憶されるかも知れない。
フセイン大統領のような危険な独裁者が大量破壊兵器をもつことの脅威。兵器がテロ集団に渡る恐怖。その根を断ちたいという米国民の思いはわかる。
だが、イラクの脅威はただちに戦争という手段に訴えなければならないほど差し迫っているだろうか。
国連が進めている査察は、ブッシュ政権が断定するほど効果が乏しいのか。
イラクを圧政から解き放つという米国の主張は、イラク国民のおびただしい流血を正当化する理由になるだろうか。
国連安保理の中間派諸国が悩み続けているのは、いずれの問いにもすっきり「イエス」と答えにくいからであろう。
いま国際社会が何より深く懸念するのは、この戦争が「米国の米国による米国のための戦争」だからではないだろうか。
米国には二つの顔がある。内向きの孤立主義と世界の秩序作りに積極的にかかわっていこうという国際協調主義だ。
孤立主義の伝統は英国から独立した後、欧州列強による干渉を拒むところから出発した。20世紀になると二つの大戦が米国を国際舞台に引き出し、国際連盟や国連の設立につながった。冷戦期も「西側」の国際協調が不可欠だった。
だが、共和党内でも保守色の強いブッシュ政権の下で、孤立主義への先祖返りが起きている。グローバル化した世界のなかで、それは米国の安全や利益をもっとも優先する単独行動主義へと装いを変えた。
「9・11」後の対テロ戦争は世界の支持を得たものの、ブッシュ政権が国際協調の重要性を学んだわけではなかった。イラクをめぐる国連軽視や先制攻撃論もまた単独行動主義の表れである。
予防的な先制攻撃論は、誰にも負けない軍事力をもつ米国にはまことに都合がいい理屈だろう。
しかし、これが世界で独り歩きを始めたら、緊張関係にある国々が疑心暗鬼から国連の承認なしで戦争することを止められない。「ブッシュ氏の戦争」は、世界中でパンドラの箱を開きかねないのだ。
カーター元大統領は米紙への寄稿で「攻撃はまだ正当化できない」と論じた。
米議会でも異論が出始めた。民主党の長老、バード上院議員は本会議で「戦争に対する議会の沈黙は不気味だ」と嘆いた。
「9・11」の舞台となったニューヨークの市議会を含め、米国の多くの都市で性急な戦争に反対する決議が相次いでいる。
米国と国際社会はともにいきていくしかない。この当たり前のことを、ブッシュ大統領は勇気を持って直視してほしい。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|